招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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黄昏、来タリテ 前

 アティに海賊船の自室に送り届けられたベルフラウはベット上に座り、ぼうっと窓を眺めていた。

 光のない瞳が見つめる窓の外は暗い闇に閉ざされ、激しく降る雨が窓にぶつかり音を立てる。

 いつもならこのベッドにいるはずのイリの姿はそこにはない。

 ベルフラウの右手は自然とイリの頭を撫でるように動き、何にも触れずに空を切った。

 ベルフラウの昏い瞳から一粒の滴がながれると、その頬を伝って落ちていった。

 そのまま窓を眺めつづける。

 それで何かが変わるわけでもないとわかっていながら。

 

 

 

 カイルたち一味よりも少し遅れて海賊船の食堂に訪れたアティが扉を開けるとカイルたちは既に朝食を食べ始めていた。

 

「……ベルフラウは?」

 

 カイルの問いにアティが首を横に振って答えるとカイルは思わずため息をついてしまった。

 昨日、海賊船に帰ってきたアティはベルフラウを部屋に送り届けるとカイル一家に事情を説明していた。

 イリの裏切りはカイル一家も知ることとなった。

 

「あの子、イリにお熱だったから……。その分ショックなんでしょうね」

 

 スカーレルの表情には憂いが浮かぶ。

 まだ幼いベルフラウの受けた精神的な傷を想像して眉をしかめた。

 

「ベルフラウ、イリのこと大好きだったもんね……。仲が悪かった訳でもないのに、どうしてイリはベルフラウを裏切ったのかな?」

 

 ソノラのその問いに対しての答えを持つ者はこの場にはいない。

 未だ部屋から出てこないベルフラウを心配することしか出来なかった。

 

 

 

 アティは海賊船の甲板に出ると伸びをする。

 昨日の嵐は晴れて暖かい日差しがアティを照らしていた。

 しかし空模様とは違いアティの心は晴れていない。

 部屋に篭ったきりのベルフラウのことで頭を悩ましていた。

 しばらくベルフラウをどう励ますべきか思案しているといつの間に海賊船に訪れていたのか、クノンが甲板に姿を見せる。

 

「アティ様。アルディラ様がお呼びです。話がある、と」

 

 

 

 ラトリクスの中央管理施設に訪れたアティにアルディラは開口一番に切り出す。

 

「まずはこれを見てほしいの」

 

 アルディラの合図でクノンが差し出したのはリペアセンターに入院していたイスラのカルテだった。

 

「これは!? 一定周期で心肺停止寸前まで陥っている……!?」

 

「つまり、死と再生を繰り返している。そう言っても間違いではないでしょう」

 

 クノンが告げたのはイスラの身体の衝撃的な事実。

 医学の常識ではとても考えられないような事態だ。

 

「驚いたでしょう? 普通ならあり得ない。でも魔力よる干渉を前提とするならば医学の常識は覆されるわ」

 

 そしてそれが真実ならば、イスラは死と再生を繰り返す不死の存在である可能性がある。

 告げられたイスラの事実に衝撃を受けるアティに対してアルディラは話題を切り替えた。

 

「それと……イリのことで話があるの。あなたにとってはこちらのほうが本題かもしれないわね」

 

「イリのことですか!?」

 

 その話題にアティが食いつく。

 ベルフラウのために少しでもイリについての情報が欲しいところだった。

 喰い気味のアティにアルディラは少し苦笑するとコンソールを操作して三つのデータをディスプレイに表示した。

 

「……これは?」

 

「イリの魔力反応よ。左から順に昨日の昼間……遺跡に入る前、昨日の夜、今日の朝のイリから観測された魔力反応を示しているの」

 

 三つのデータに記載された数値は昨日の昼間の時点のものが一番小さく、今日の朝の時点でのデータが一番大きい。

 それを見てアティはすぐに察した。

 

「……増えている?」

 

「ええ。イリの魔力は時間の経過とともに加速度的に増しているの。私はイリが遺跡の機能を使って共界線から魔力を吸い上げているのではないかと推測したわ」

 

「共界線から……魔力を……」

 

「幸いというべきか、今の遺跡は不完全よ。遺跡の機能で汲み上げられる魔力はそう大したものではないと思うわ」

 

 それを聞いたアティはあることに気づく。

 遺跡が不完全な今でも急速に力を増しているのなら……。

 

「でもそれってつまり……。遺跡が完全に復活したら……」

 

「どうなるかなんて、想像がつかないわ。もしかしたら……ロレイラルの機神やサプレスの魔王……そういう領域まで、届き得るのかもしれない……」

 

 アティはディスプレイに表示された数値をじっと見つめた。

 そして『その先』の数値を想像し……アティの心に不安という影が差し始めた。

 

 

 

 海賊船へと戻ったアティはベルフラウの部屋の扉の前に立っていた。

 扉の向こうへ遠慮がちに声をかける。

 

「ねぇ、ベルフラウさん。さっきアルディラさんからイリの話を聞いて来たんですよ」

 

 扉の向こうからは返事が聞こえない。

 それでもアティは言葉をつづけた。

 

「イリが遺跡で何をしているか推測してくれたんです。イリは遺跡の設備を使って共界線から魔力を吸い上げているのかもしれないって」

 

 イリの情報を伝えてもなお、部屋からは返事はおろか物音すら聞こえなかった。

 

「……ベルフラウさん、そろそろ出てきてくれませんか?」

 

 アティは返事が返ってくることを祈るが、その祈りは通じず沈黙だけが帰ってくる。

 アティは肩を落とすと扉の前から離れていった。

 

 

 

 アティは出てこないベルフラウに落ち込みながらも集いの泉に向かっていた。

 アルディラが遺跡で起こった騒動を知らない護人の二人──キュウマとヤッファに事情を説明するらしいのだ。

 勿論、アルディラの行った裏切りについても含めて。

 集いの泉に集まったのは護人四人にアティを加えて五人。

 アルディラがキュウマとヤッファに事情の説明を始め、アティとファリエルは要所で注釈を加える。

 アルディラが説明を終えて口を閉じるとキュウマとヤッファは真剣で、それでいてどこか納得したような表情をしていた。

 

「お二人の様子がおかしかったのはそういう訳ですか」

 

 アルディラの遺跡での裏切りの後、アルディラとファリエルは誰とも接触しようとしなかった。

 そのことが気になっていたらしいキュウマは事情を知り、得心する。

 

「私のしたことは許されることじゃない。私のしたこと、全てを背負って生きていくつもりよ」

 

 アルディラは真剣に二人を見つめて視線を逸らさない。

 その視線を受けてヤッファが口を開いた。

 

「過去を全て背負って前に進む……そういうことか?」

 

「そうよ。自分がしたことから目を逸らさない、絶対に」

 

 それを聞いたキュウマはその表情を緩める。

 

「そういうことならば、我々が口を挟む必要はありませんね」

 

 ヤッファもそれに頷く。

 アルディラが選んだのは自分で自分を裁き、苦しめ続ける厳しい道。

 キュウマとヤッファはアルディラの決意を見届けることにしたのだった。

 

「……それと、話しておかないといけないことがあるわ。イリについてよ」

 

 イリが遺跡で行った裏切りのこと、そしてアティに見せたイリの魔力反応のこと。

 アルディラが二人にそれを話すとキュウマは顔を顰める。

 

「ミスミ様がおしゃっていました。アレには気を付けろと。とうとう本性を現した、というところでしょうか」

 

「そもそもが送還術を使う得体の知れない存在なんだ。何をしても驚かねぇよ」

 

 キュウマとヤッファの言葉を聞いたアティはつい口を挟んでしまう。

 

「そんな言い方……! イリはベルフラウちゃんの護衛獣なんですよ!」

 

「その護衛獣が主人を裏切ったんだろ?」

 

 そう言われてアティは返す言葉が無くなってしまう。

 悔しそうに手を握りめ、唇を噛む。

 

「なんにせよ、いつまでも放置するわけにはいきませんね。いつか手が付けられなくなります」

 

 アティにとって悪い方向に話が進み始めたその時、集いの泉にマルルゥが急いだ様子でやってくる。

 

「帝国軍の人が先生さんに会いにきたですよぉ!」

 

 マルルゥが告げたのは帝国軍の到来。

 決戦の時は近い。

 


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