招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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黄昏、来タリテ 後

 帝国軍の使者として現れた副隊長ギャレオは決着を望んでいると語った。

 勝利か玉砕か二つに一つであり、敗北による撤退などもうないと。

 帝国軍が指定した場所は夕闇の墓標と呼ばれる、建造物の残骸があちこちに点在する丘。

 石柱や石畳だと分かる残骸がかつてここに暮らしていた人々の残した影となっていた。

 

 アティたちが夕闇の墓標にたどり着いた頃にはすでに待っていた帝国軍が部隊を展開していた。

 アズリア、ギャレオ、イスラ、ビジュ……そして個々の名は知らぬ兵士たち。

 

「来たな、アティ。我らは我らの未来のために戦う。貴様が自分の願いのために戦うのと同じようにな」

 

「アズリア、やっぱり戦うしかないんですか? 今ならまだ間に合います! この島のみんな、きっと受け入れてくれるから……!」

 

「くどいぞ、アティ。さあ、決着を付けようじゃないか!」

 

 アズリアの号令と共に戦端が開かれる。

 アティ達と帝国軍の未来を決める決戦が始まった。

 

 

 

 夕闇の墓標に剣戟の調べが響く。

 お互いが剣に誇りを込めて打ち合い、かつて戦場であったであろうこの場所を再び戦場に変えた。

 数で勝り、帝国軍式の訓練を受けたその腕はある程度以上の実力が保障されている。

 対するアティたちは少数精鋭といえば聞こえはいいが、数で劣りその腕も得意分野もてんでばらばらだ。

 それでもアティたちは善戦し、戦局は拮抗していた。

 

「うぉらっ!」

 

 カイルの叫びとともに振るわれた拳が兵士の腹にめり込み、吹き飛ばす。

 その左から槍を持った兵士が拳を振り終え隙が出来たカイルに接近していた。

 

「ほら、アニキ! 左! 危ないって!」

 

 それをカバーしたのはソノラだ。

 ソノラの銃弾が槍を持った兵士を打ち抜き、倒れ伏す。

 

「ありがとよ、ソノラ。それにしても流石帝国軍の一部隊ってところか。多いな、こりゃ」

 

 カイルの視界にはまだ多くの帝国軍兵士たちが見える。

 

「ベルフラウとイリが居ればバーって薙ぎ払ってくれるのになー」

 

 口をアヒルの嘴のようにしてぶーぶーと言い出すソノラにカイルは呆れる。

 

「言っても仕方ねぇだろ! ほら、次くるぞ!」

 

 ソノラを窘めつつ、拳を打ち鳴らしたカイルは迫りくる敵に構えた。

 

 

 

 徐々にアティたちが押し始め、戦況が傾いていく。

 その立役者となっているのが島の護人たちだ。

 彼らは伊達で護人を名乗っているわけではない。

 遺跡で召喚術を学び、さらには儀式で自身を強化した彼らは島内においては優れた戦闘能力を発揮できるのだ。

 ファリエルの大剣が、ヤッファの爪が、アルディラの召喚術が、キュウマの刀が敵を次々と倒していく。

 そうして出来た道はついにアズリアたちの元へと届く。

 

「来たか……アティ」

 

「今日はあのガキはいねぇのかよ。しまらねぇなオイ」

 

「あいつがいないなら好都合じゃないか。今日こそ、君たちには死んでもらうよ!」

 

「今日こそ貴様たちに勝利し、帝国に剣を持ち帰る! 覚悟しろ、海賊風情共!」

 

 アズリア、ビジュ、イスラ、ギャレオ。

 部隊内でも実力者の四人と相まみえる。

 

 

 

 アティとアズリアはお互いの合図も無しに自然と闘いの中心から外れた場所へ足を向けていた。

 少し歩くと足を止めて向かい合い、剣を構える。

 

「これが最後だ。ここで決着をつけて、部下たちを故郷へと帰す。それが隊長としての私の役割だ」

 

「私は諦めません。命を奪い合う以外の道を探して見せます!」

 

 アズリアは素早く踏み込みアティに肉薄する。

 狙うのは先制開幕の必殺。

 魔剣の力を使われる前に、これ以上戦況が不利になる前に仕留める。

 紫電の如く高速で突きを繰り出す秘剣──。

 ──紫電絶華。

 

「クロックラビィ! 『ムーブプラス』!」

 

 アティが召喚したのはメイトルパの召喚獣。

 時計を持ったウサギのような姿の召喚獣の持つ力は憑依召喚と呼ばれる特殊なもの。

 召喚獣はアティの身体に吸い込まれるように消えるとアティに特殊な力を与える。

 その効果は時間感覚を狂わせアティの意識を加速させる。

 加速した世界の中でアティは高速の突きを躱していく。

 本来躱せるような速度ではないはずの剣はアティの世界では頬に掠らせながらも躱すことができる速度になっていた。

 やがて突きを放ちきりアズリアは硬直する。

 本来なら一瞬の隙だが加速した世界においてはその隙は長すぎた。

 アティは隙だらけの顎にアッパーを繰り出す。

 

「ごがっ!?」

 

 アズリアは少し宙を浮き、すぐに背から地面に叩きつけられる。

 その首筋にアティの剣先が突きつけられた。

 

「私の……負けか……」

 

 アズリアの視界に膝を付くギャレオたちの姿が目に入り、勝敗を悟った。

 

「勝者はお前だ、アティ。全てを終わらせてくれ。お前にはその義務がある」

 

「そんな義務、ありません! 義務というのなら、勝者に従うのが敗者の義務じゃないんですか!?」

 

「それは……」

 

「私は命を奪いあって決着をつけるなんて、認めません! だから生きてください。帝国に帰る手助けならしますから、恥でもなんでも生きていてください!」

 

「……負けた以上、従うしかないか。敗者に生き恥をさらせとは、酷い勝者もいたものだな……」

 

 アズリアは肩を竦めて少し笑うと部隊に降伏の宣言をするために立ち上がる。

 そこで始めてイスラが肩を震わせて笑っているのに気が付いた。

 

「……イスラ? どうしたんだ?」

 

「あはははは! ……まあ、こんなものかな。終わってみれば結局戦争ごっこか。姉さんにとってそいつはオトモダチな訳だしね、仕方がない」

 

「ま、所詮甘ちゃんだからなぁ。隊長殿は……」

 

 イスラとビジュのアズリアへの侮辱に怒るギャレオが吼える。

 

「貴様らっ! 隊長を愚弄するなぁ!」

 

「あはは! 役立たずの番犬がよく吼える。役立たずはそろそろ黙っていてもらえるかな? 僕の部隊が到着したみたいだからさ……!」

 

 イスラの言葉を証明するかのように丘に影が現れる。

 いつの間にか傾いた夕日をバックに浮かび上がった無数の影にその場の誰もがざわついた。

 

「援軍……援軍が来たのか!?」

 

「俺たちはまだ戦える……!」

 

 帝国軍の兵士たちは影を見て歓声を上げる。

 自分たちは本国から見捨てられたわけではなかったのだと。

 これでまだ戦えるのだと。

 作戦を終えて故郷に帰れるのだと。

 そしてその幻想は──隊長自身によって打ち砕かれた。

 

「違う……あれは……帝国の兵士じゃない!!」

 

 

 

 隊長であるアズリアの口から告げられた言葉を兵士たちは理解出来なかった。

 目前まで迫った希望に縋りたかった。

 帝国の兵士じゃない、その言葉を飲み込めず茫然とする兵士たちを正体不明の死神が襲う。

 

 そこから始まったのは一方的な虐殺だった。

 精神的にも肉体的にも追い詰められ、希望の光を目の前にぶら下げられた帝国軍兵士たちはそれに群がる小魚だ。

 そして碌な抵抗もできずにアンコウに丸呑みにされる。

 次々に殺されていく兵士たちを見てアティたちは混乱するほかなかった。

 

「どうして……? 味方にどうして攻撃してるの!?」

 

 ソノラの質問に嗤いながら答えたのはイスラだ。

 

「僕の部隊は僕の味方だよ。援軍なんて一言もいったかな? あははは!」

 

 イスラが口を歪ませ嗤う間にも兵士たちは次々に殺されていく。

 それを見てアティは思う、ベルフラウがここに居なくてよかったと。

 それは決して子供に見せていい光景ではなかった。

 

 

 

 謎の襲撃者たちに指示を出していたマフラーを首に巻く女性は辺りを見渡すと呟く。

 

「雑魚の始末はこれでおしまい……」

 

 その言葉通り辺りには帝国軍の兵士たちの無残な屍と赤い海が広がっていた。

 

「さて、会場の準備が出来たみたいだし……そろそろ式典が始まるよ。病気で苦しんでいた僕に生きるための力を与えてくれた偉大な力の持ち主を迎える宴がね」

 

 イスラが宣言すると謎の勢力は整列し、集団を二つにわけて道を作った。

 部下たちの作った道を悠然と歩くサングラスをかけた黒い長髪の男とそれによりそう様に歩く白いローブで身を包んだ女性が歩いている。

 

「馬鹿な……まさか直々に出向いてくるなんて……!?」

 

 黒い長髪の男を目にしたヤードはその顔を真っ青にし、身体を恐怖に震わせる。

 

 黒い長髪の男の前に進み出たイスラは跪く。

 つまりそれはこの男がイスラの主人であるということ。

 

「同志イスラよ。ご苦労だった。目障りなゴミ共も掃除されたようだな」

 

 黒い長髪の男の言葉でそれが証明される。

 黒い長髪の男に寄り添う白いローブの女性はアティたちに聞こえるように声を上げて宣言する。

 

「控えなさい、ケダモノどもよ! この御方こそこの島を継ぐためにお越しになられた……無色派閥の大幹部、オルドレイク・セルボルト様です!」

 

 オルドレイクと呼ばれたその男は不敵に口の端を曲げた。

 無色の派閥……かつてこの島を実験場にしていた勢力であり、魔剣を作り上げた勢力。

 無色の派閥の始祖が残した遺産であるこの島を手にするためにやってきたのだ。

 

「貴様ら……! さっきから雑魚だ? ゴミだ? 目障りだ? 貴様らにそんな扱いをうける謂れが……部下たちを殺される謂れがあるものか!! 帝国軍人をっ! 舐めるなぁ!」

 

 目の前で部下たちを皆殺しにされたギャレオが走る。

 許せなかった。

 不出来な寄せ集めの部隊ではあったが、共に過ごし共に戦った仲間たち。

 それをむざむざと殺されて黙っていることなど、ギャレオには出来なかった。

 雄叫びをあげて突撃するギャレオを見るオルドレイクの目はゴミを見る目。

 

「我が手を下すまでもないゴミだ……ヤレ」

 

「仰せのままに……。ほんと、最後まで馬鹿だよね? 脳みそまで筋肉しか詰まってないんじゃないの? ははは!」

 

 イスラの振るった剣がギャレオの胸を貫き──。

 

「あばよ副隊長殿! あんたは最後まで無駄に暑苦しくて、ウザいだけの男だったぜぇ!」

 

 ビジュの召喚術による稲妻がその身を貫き、焼く。

 

「ギャレオ……そんな……イヤあああああああああ!」

 

 自らの腹心の死を目に焼き付けたアズリアが絶叫を上げるが、オルドレイクはそれを意に介さずアティに歩み寄る。

 

「まずは『剣』のほうから受け取るとしようか?」

 

「こ、来ないでください!」

 

 オルドレイクから発せられる魔力と威圧感に背筋を震わせる程の恐怖を感じたアティは魔剣を抜き、対抗しようとする。

 しかしそれはオルドレイクを歓喜させただけだった。

 魔剣から放たれる膨大な魔力の波動を心地のいいそよ風のように受けながら、笑みを浮かべてアティとの距離を縮めていく。

 

 やがて恐怖が限界に達し耐えきれなくなったアティは召喚術を行使する。

 

「ワイヴァーン! 『ブラストフレア』!!」

 

 銀色の翼竜が召喚され、その口から火球が放たれる。

 オルドレイクは右手を翳し、『魔抗』と呼ばれる魔力の結界を展開した。

 炎が消えて視界に現れたオルドレイクは──無傷。

 それに驚愕する仲間たちだったが、アルディラは冷静に分析した。

 

「やつの結界が強力なだけじゃない……。相手の身まで案じる優しいアティには、命を奪うような一撃を放てないのよ!」

 

「ふん、興ざめだな……。いくら道具が良くても使い手がこれでは宝の持ち腐れというものよ」

 

 迫るオルドレイクにアティの膝はがくがくと震え、やがて腰が抜けて尻もちをつく。

 

「ひっ!? 来ないで……! 助けて……!」

 

「全く……下らん。これで終いだ」

 

 怯えるアティを見て冷めたような目をするオルドレイクは溜息をつきつつ、手を翳す。

 オルドレイクに魔力が集まり、召喚術を放とうとする。

 

「貴様らの思い通りにさせるものか! 外道どもめ!」

 

 それを阻止したのはアズリアだった。

 アズリアはオルドレイクに切りかかり、その剣はオルドレイクの抜いた剣とぶつかる。

 

「早く逃げろ、アティ。こんな血まみれの戦場に立つのは軍人だけで充分だ。そうだろう?」

 

「帝国の犬如きが、我が野望を邪魔するか……。来い、砂棺の王。『霊王の裁き』!」

 

 オルドレイクの背後に現れたのはそれ自体が棺のような姿をしたサプレスの死霊の王。

 それが錫杖をもった両手を掲げる。

 

「姉さん、そんなやつかばう必要はないよ。そいつは他人を傷つけることで自分が傷つくのが嫌なだけなんだ。綺麗な自分が汚れてしまうのが怖いだけの卑怯者だよ!」

 

「それでも私は……守りたいんだよ。その綺麗なアティの笑顔を……」

 

 砂棺の王の魔力が雷となり、降り注ぐ。

 アズリアは尻もちをついたまま震えるアティを振り返ると笑いかけた。

 

「アティ……。逃げて……生きて、ね……」

 

 そしてアズリアは笑ったまま雷に飲み込まれて──消えていった。

 

「あ……アズリア……。嘘……ですよね? アズリア……アズリアァァアアアア!」

 

 夕闇の墓標は夕日に照らせれ、血に染められ……その名に相応しい朱い墓標となる。

 朱い墓標に響く赤い髪の女の絶叫は丘の向こうにまで聞こえるほどだった。

 顔に冷や汗を流すカイルは必死な形相で叫ぶ。

 

「アティを連れて逃げるぞ……! じゃなきゃあの女隊長の覚悟が無駄になっちまう……!」

 

 顔に冷や汗を流すカイルは必死な形相で叫ぶ。

 

「でも……どうやって逃げるっていうのよ!?」

 

 アルディラの言う通りだった。

 アティは腰が抜けて座り込み、他のメンバーも帝国軍との戦いでの消耗が激しい。

 そして敵は多数で実力も手練れ、消耗もほとんどしていない。

 

「妾が結界で防ぐ……! そのうちに逃げよ!」

 

「ミスミ様……! 殿を務めるおつもりですか? そんなこと認められません! スバル様を残して逝かれるおつもりですか!?」

 

 ミスミが殿を引き受けようとするが、キュウマがそれを即座に却下する。

 

「じゃが……ならばどうしろというのだ……!」

 

 焦りながらも状況を見渡すミスミはあるものに気づく。

 それは丘の向こうから現れた夕日に照らされる黒い影。

 

「嘘……また増援……? これ以上、どうすればいいのよ……」

 

 ソノラもそれに気づき、その表情は絶望に染まる。

 現状ですら逃げられないかもしれないのだ。

 これ以上増えてしまったらどうなるかなど、簡単に想像できる。

 

「……ツェリーヌよ。別働隊を配置していたのか?」

 

 オルドレイクが白いローブの女性、ツェリーヌに問いかける。

 しかしツェリーヌは首を横に振った。

 

「いいえ、あなた。別働隊など配置した覚えはありませんが……」

 

 それを聞いたオルドレイクは注意深く影を見つめる。

 そして影が近づき、皆が気づくことになる。

 その影が人の形をしていないことに。

 四つの脚を忙しなく動かす無数の異形の群れ。

 

「あれは……何だ? なんなのだ……あの数は……」

 

 おびただしい数の異形が迫る。

 そしてその恐ろしさをよく知るビジュとイスラは顔を引き攣らせた。

 未知の勢力として襲撃する側から未知の勢力に襲撃される側へ一転した無色の派閥は応戦を余儀なくされる。

 

「あいつら……! 今だ……! 急げ……! 逃げるんだよ!」

 

 カイルはアティを背負うと突然の乱入者に茫然としていた仲間に指示を飛ばす。

 異形と無色の派閥の戦闘を背に、アティたちは逃げ出したのだった。

 

「(大切なものを守れなかった……私が弱いから……綺麗ごとばかりで夢を見たから……)」

 

 夕暮れに染まる丘を駆けるカイルの背でアティは自身を責める。

 その瞳は……昏く濁っていた。

 

 




楽しい通常ルートは遥か遠くに
特殊ルートはツライけど
明けない夜はきっとないから
ツライの先に幸せな未来があると信じて…!


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