招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~ 作:あったかお風呂
赤ん坊のように泣き続けたアティはやがて泣き疲れたのか眠りだしてしまう。
ベルフラウの膝に頭を乗せて眠るアティの頬には涙の跡が太陽に反射してキラリと光る筋を作っている。
砕けてしまった魔剣とアティの心をどうすれば直せるのかは分からない。
だがこのままここで途方に暮れているわけにもいかなかった。
アティを自分たちの拠点である海賊船へと運び、ベッドに横たえる。
アティを背負って運んでくれたカイルにベルフラウがお礼を言うとカイルは気落ちした様子で出て行ってしまう。
カイルは……いや、他の誰もがアティに無理をさせてしまったのではないかと後悔しているようだった。
「先生、泣いてたわ。全く、情けないわね……」
「ギィイ……」
「……情けないのは私よ。戦いが嫌いな先生がみんなのために戦って……誰かを傷つけるなんて無理だってわかっていたのに、止められなかった……」
「……」
「きっと、止めれられるとしたら私だった。先生を一番近くで見てきた私だった……」
表情に後悔の念を滲ませるベルフラウは扉へ向かい、手をかける。
一度だけ後ろをふり返り、眠る赤子の様なアティの寝顔を僅かに眺めるとベルフラウはイリを連れて部屋から出て行った。
あれから三日経ってもアティは部屋から出てこなかった。
生徒であるベルフラウに続き、閉じこもった教師はどうやらこれはまたベルフラウと同じように飲まず食わずの様子で仲間は大層心配した様子だった。
無理やりにでも食事を食べさせるべきだとカイルは主張するが、そっとしておくべきだと言うスカーレル、そしてこの局面を今の戦力でどう乗り越えるかが重要だと言うファリエルで意見が割れ、口論が始まってしまう。
だがその口論は静観しつつ、何かを探して辺りを見渡していたヤードの言葉で中断されることになった。
「さっきから気になっていたのですが……ベルフラウが見当たりませんね」
傍にいるのならば口論に口を挟むであろうベルフラウの不在に気付いたヤードは先ほどから幼い少女の姿を探していたようだった。
「イリもいねぇな……」
「あの二人だったらきっと一緒に居るよ! ベルフラウがイリを離す筈がないし」
「フレイズに捜索をお願いしておきますね。彼なら空から探せますから!」
一同はベルフラウとイリの捜索のために動き始める。
無色の派閥がいるこの島での単独行動は命の危険にも繋がるのだ。
早急な発見が必要だった。
ベルフラウは早朝の森の中を歩いていた。
その前を浮遊し先導しているのは彼女の護衛獣、イリだった。
「もう……! どこに行くって言うのよ!?」
「タダツイテ来レバイイ」
イリについてくるように言われ、ベルフラウは目的地も知らずにイリと二人森の中を進む。
やがて森が開け、ベルフラウの視界に見えたのは岩槍の断壁──アティの剣が砕けた場所だった。
アティの剣と心が砕けたその瞬間を見たベルフラウとしてはあまり来たい場所ではない。
「ここは……ここに何の用があるのよ……?」
あの光景が半ばトラウマとなっているのか、ベルフラウは不機嫌な様子。
「ギィイ……。壊レタモノハ直セバイイ。壊レタモノヲ直スノニハ……部品ガ必要ダ」
アティの剣のことを言っているのだろう。
イリの言う部品……砕けて辺りに散らばった魔剣の欠片が太陽の光を受けて光っていた。
「そうよね……。直す方法は分からないけど、この欠片が無いときっと先生の剣は……心は直せない」
イリの言葉に頷いたベルフラウは魔剣の破片を拾い始める。
自身の教師の笑顔を再び取り戻すために。
アティの部屋に訪れたソノラが語ったのは、ベルフラウがいなくなったということだった。
それをアティに伝え、自身も捜索のために海賊船を出て行ったソノラを虚ろな目で見送るとアティは立ち上がり始める。
自分の生徒だから探しにいかないといけない、半ば義務感のようなそれに動かされアティはベルフラウ捜索のためにフラフラとした足取りで外に出ていくのだった。
風雷の郷で老人ゲンジに叱咤されて教師としての在り方を解かれ、ユクレス村ではフラついた様子を見かねたジャキーニに果物をもらい、少し気力が湧いたアティがたどり着いたのは岩槍の断壁だった。
そこに自然と足が向いたのは壊れた心が失った部分を求めたからだろうか。
ベルフラウがこんなところに居るわけがないと思いながらも辺りを見渡すアティの視界に入ったのはしゃがむベルフラウの後ろ姿。
崖の端ぎりぎりのところでしゃがみ、崖の下に手を伸ばそうとするベルフラウは断壁に引っかかっている何かを取ろうとしていた。
幼いベルフラウの腕は短く、もう少しのところで届かない。
その少しの距離を埋めようとして体を乗り出し──バランスを崩した。
「ベルフラウさん!?」
バランスを崩し、前のめりに崖から落ちたベルフラウはアティの視界から消え、思わず悲鳴をあげたアティは崖に駆け寄っていく。
アティが顔を青くしていると何かが崖に遮られた視界の向こうから現れた。
ベルフラウが消えた崖から姿を現したのは浮遊し、上昇してきたイリと服の背中部分をイリに咥えられたベルフラウだった。
顔を青くしたアティは安堵の溜息をつくが、教師としては叱らないわけにはいかない。
「どうしてあんな危ないことをしたんですか!? あんな高いところから落ちたら死んでいたかもしれないんですよ!?」
「これよ……。これを拾おうとしていたの」
ベルフラウが差し出した手の平の上にあるのは碧の欠片。
「これは……砕け散った碧の賢帝の欠片……」
「剣を元通りに出来れば、先生の心も元に戻ると思って集めてたのよ」
「私の……ために?」
「あんなあなたを見るのはもう嫌なのよ! あなたは私の先生でしょう!? あんな情けないままでいるなんて、許さないんだから!」
涙を浮かべて訴えるベルフラウにアティは気づかされる。
弱い自分が剣を砕けたことを理由に逃げていただけだったのだと。
アズリアを失ったこと、戦わなければならないこと、それらの現実から目を伏せていただけだったのだと。
ベルフラウのしてくれたことが、ベルフラウのくれた言葉が、こんなにも嬉しく感じられるのだから──自分の心は折れてなどいないと。
「約束します、もう負けません。誰にも、自分自身にも」
約束をすると地面に膝を付けて、ベルフラウの小さな身体を抱きしめたアティだったが、ベルフラウの頭を一回撫でて立ち上がる。
「剣の破片を直そうなんて、よく思いつきましたね」
「実はイリの案なのよ。壊れたモノを直すために部品を集めなきゃいけないって」
「そうなんですか?」
それが意外だったのか、少し驚いた表情のアティがイリに問いかけるとイリは頷きで返す。
「ギィイ」
「それで、集めた破片はどうやって直すつもりだったんですか?」
「えっとそれは」
「……我ガ復活サエスレバ──」
「──その魔剣の欠片を渡してもらおうか?」
イリの言葉を途中で遮った声は低い男の声。
驚いたベルフラウたちの前に現れたのはオルドレイクと行動を共にしていた剣士、ウィゼルだった。
着物と呼ばれるシルターン風の服を海風ではためかせ、鞘に納刀された武器の柄に手を翳しているその男はその目から独特の圧力を発しながらベルフラウたちに近づいてくる。
「砕けたとはいえ、魔剣だ。何か使い道もあるだろう」
ベルフラウとアティはウィゼルの眼力に負けず、確固たる意志を持ってウィゼルを睨め返す。
ウィゼルは二人の目から何かを感じたのかほう、と感心したように息を吐いた。
「剣が砕けてもなお、立ち上がったのか。心が砕けてはそう簡単には立ち直れまい。それを成したのはそこの小娘か」
「……ええ、この子のおかげで私は立ち上がれました。私はもう負けません! 自分にも、イスラにも……あなたたち、無色の派閥にも……!」
ウィゼルの問いにアティは肯定で返す。
自分の自慢の生徒のお蔭で自分は立ち直れたのだと、もう絶対に負けないのだと。
それを聞いたウィゼルは口元を緩め──面白そうに笑った。
「心が折れても立ち上がった魔剣の主に、狂気の化生の主か……。面白い……久しぶりに面白い素材に出会うことが出来た」
笑い始めたウィゼルにベルフラウとアティはきょとんと目をぱちくりとさせる。
立ち込めていた緊張感はいつの間にか霧散し、笑うウィゼルを見てベルフラウとアティは気が抜けたようだった。
「その砕けた剣、俺が修復してやってもよい」
「でもあなたは無色の派閥の一員なんですよね? 敵の私にどうして……」
アティの疑問は尤もだ。
オルドレイクと行動を共にするウィゼルは立場で言えばベルフラウやアティたちの敵であると言える。
その疑問にウィゼルは機嫌を損ねた様子もなく答える。
「何か勘違いをしているようだが、俺は無色の派閥の徒でもなければオルドレイクの部下でもない。奴らの言う新世界など俺にはどうでもよいのだ。俺の望みは使い手の意志を体現する最強の武器を作り上げること」
そして武器を使うべき強い意志を持つ使い手としてウィゼルが選んだのはオルドレイクだった。
彼の狂気を武器に込めるためにウィゼルはオルドレイクと行動を共にしてきた。
だがウィゼルは狂気への興味と同時に見たくなったのだ。
狂気に立ち向かおうとする二人の意志が狂気に勝てるのか、その結果を。
「あなたに剣の修復をおねがいします。私はもう負けたくないから、そのための力を……」
「任されよう。俺もお前の意志に相応しい腕を振るってやる。……ついてこい」
そう言って自分の後についてくるよう促すとすぐにウィゼルは歩き始めてしまう。
ベルフラウとアティは顔を見合わせ、そのあと慌ててウィゼルの後ろを追いかけるのだった。
ウィゼルの後ろを追いかけるベルフラウたちだったがウィゼルが足を止めたのを見て安堵する。
ウィゼルの目の前にあるのは赤い外壁のシルターン風の建物──メイメイさんの店、そこがウィゼルの目的地だったようだ。
「……あらあら、これはまた珍しいお客さんねぇ。キシシシ」
遠慮なく扉を開けたウィゼルを出迎えたのは店主メイメイ。
相変わらず酔ったように顔を赤らめるメイメイの手には酒瓶が握られていた。
「む……? 店主……いや、今は何も問うまい……」
メイメイを見て少し目を細くしたウィゼルだったが、それよりも剣を打つことを優先したいのか工房を借りる旨を伝えるとさっさと工房へと向かってしまう。
「キシシ……彼、すごいのよぉ。伝説と謳われる魔剣鍛冶師だもの」
まさかウィゼルがそんな人物であったとは知らないベルフラウたちの驚愕を知らず、炉と道具の確認を終えたウィゼルは工房から戻ってくるとベルフラウに声をかける。
「修復作業に取り掛かる。娘よ、助手と頼めるか?」
「え……? 私が……?」
「魔剣は心の刃だ。こやつの心を打ちなおす助手に相応しいのがお前以外にいるのか?」
そう言われて断るわけにはいかない。
アティを一番近くで見ていたのは間違いなくベルフラウなのだから。
「……わかりましたわ。やってやろうじゃないの!」
「魔剣の主には別にやってもらわなければならないことがある。俺がこれから打つ剣は遺跡の意志ではなくお前の意志を核として力を振るう。お前がこの剣に込めるべき確たる想いを探せ」
アティ自身の意志を核とする新たな魔剣は込められた想いを魂にして完成するのだ。
魔剣の魂となる想いをアティが自分自身の心の中から見つけ出さないといけない。
工房で作業を始めるウィゼルとベルフラウと店側のスペースで待つアティとイリ。
メイメイは在庫整理に行くようで、店の奥の扉に消えてしまった。
アティの目の前で浮かぶイリは、汗を流し作業を続けるベルフラウをじっと見守ることを決め込んでいるようだった。
アティは自身の心の中に思考を巡らせる。
考えているのはウィゼルに言われた確たる想いについて。
そしてほどから引っかかっていることについてだった。
岩槍の断壁でウィゼルが現れたときからずっと気になっていた。
ウィゼルが現れたときに遮られたイリの言葉が。
(『……我ガ復活サエスレバ──―』)
その後に何を言おうとしていたのか、と考えて首を降る。
いや、それはきっと重要なことではないのだ。
きっと重要なのは『復活』という言葉そのもの。
復活さえすれば、ということはつまり──裏を返せば、目の前に浮かぶイリは復活していない状態だということ。
アティの脳裏に以前アルディラから見せられたデータと説明が思い起こされる。
見せられた三つのデータ、それが示していたのは時間の経過とともにイリの魔力が増え続けていることだった。
増え続ける魔力、その先が──あのデータの先がイリの言う『復活』だとしたら。
イリはどうなってしまうのか。
イリとずっと一緒に一緒に居たいと願うベルフラウはどうなってしまうのか。
『復活』によってベルフラウとイリの関係に再びひびが入るようなことがあるのならば、きっとベルフラウの笑顔はまた失われてしまう。
それは絶対に嫌だった。
──だから。
生徒に叱られたり守られたりする情けない先生だけれど、ベルフラウの笑顔を守りたい。
先日ベルフラウとイリがしてくれたように、二人を守りたい。
二人にはずっと仲良くしてほしい。
ベルフラウとイリの間にある絆を守りたい。
『復活』によって何がもたらされるとしても、守って見せる。
それが──アティが見つけた答え、確たる想い。
店内、工房スペースへと足を踏み入れたアティに気が付いたのかウィゼルが顔を上げ、その目を見つめる。
アティの目を見てウィゼルは変化に気づいたようだった。
「どうやら見つかったようだな……。では、最後の仕上げにとりかかるとしよう」
生まれようとしている魔剣にアティの想いを吹き込むのだ。
それが新たな剣の命となる。
ウィゼルが剣を叩く音がしばらく店内に響いていたが、ようやくそれが止まる。
それは最終工程が終了し、ついに魔剣が完成したことを示していた。
──それは蒼。
碧ではなく透き通った蒼色の剣。
それに手を伸ばしたアティが剣を握ると蒼い光と共にアティの髪は白く染まり、その手にある魔剣は蒼く輝き始めた。
「ありがとうございます、ウィゼルさん」
「礼はいらぬ……俺が好きでやったことだ。その剣を戦場で振るってみろ、それが俺への手間賃だ」
鍛冶師であるウィゼルにとって自身が打った剣が戦場で使われることが重要なのだろう。
アティの礼を流すと助手を務めていたベルフラウに目を向ける。
「娘よ、いつか貴様のための剣も打ってみたいものだ。……その時が来るまで化生に呑まれるなよ?」
最後にベルフラウに忠告をするともう用はないのかウィゼルは店の扉を潜り、出て行ってしまった。
「ちょっと遅れちゃったかしら? まあ、めでたしめでたしってことで……キシ、キシシシ」
店の奥の扉から姿を現したメイメイはアティの魔剣の完成の瞬間に出遅れてしまったようだった。
「折角だしぃ……めでたいついでにメイメイさんが名づけ親になってあげる。果てしなき蒼<ウィスタリアス>なんてのはどう?」
「果てしなき蒼<ウィスタリアス>……この剣なら……」
混じりけのない透き通るような自身の新しい剣を見つめ、アティは改めて決意をする。
島のみんなを守って見せると。
無色やイスラには誰も傷つけさせはしないと。
そして──何があろうともベルフラウとイリの絆を守って見せると。
──島に迫る巨影、その大きさに気づかぬまま。
店を出て行ったアティとベルフラウを入り口で見送り、店の中に戻ったメイメイは僅かに聞こえる何かを叩くような音に気付くと眉を寄せた。
「全く……うるさいっての」
苛立ったように吐き捨てたメイメイは先ほど在庫整理をすると言い訳をして入った扉を再び開ける。
扉の先は細い通路の両脇に棚が並び、雑多なものが並べられていた。
視界の端を過ぎ去る様々な商品には目をくれず、メイメイは奥へと進んでいく。
やがて行き止まりにたどり着いたのかメイメイはその歩みを止めた。
通路の一番奥、その壁に張り付いていたのは──白い繭。
大人一人よりも少し大きいそれからは左右の壁と天井、床に糸が伸び、繭を支えていた。
繭の中からは僅かに赤い光が透け、暗い通路と相まって不気味さを感じさせる。
さきほどの叩くような音は繭の内部から聞こえているようで、音と共に繭が僅かに揺れていた。
メイメイが繭に手を翳すと内部の光が強くなり、それと同期して揺れと音が弱まっていく。
メイメイが少しして手を下すと揺れと音は完全に停止していた。
「大人しくしてなさいよぉ……『私』。キシ、キシキシッ! キシシシシ!」
終局に向けての前振りのお話。
アティが気づいたのはタイムリミットの存在。
それに対してアティは答えを出しました。
答えを出そうが出すまいが、タイムリミットは刻一刻と迫っています。
次回、決戦。