招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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ハグレ者タチノ島

 夜が明け朝食をとった後、アティはベルフラウを船内の一室に呼びだした。

 

「今から授業を始めましょう!」

 

 もともとベルフラウの家庭教師として雇われたアティだったが、まだ一度も授業が行われていない。

 こんなときでも仕事をしようとするのは彼女の真面目さゆえか。

 

「おっしゃることはわかりますが……」

 

 こんな海賊船で授業ができるのか、ベルフラウはそう言いたいのだろう。

 アティはそれを見越していたのかカイルたちから借りてきた紙とペン、ヤードから借りてきた本を机の上に出す。

 そつなく授業のための環境を整え、意気込むアティとは対象にベルフラウは少し困ったような表情を見せた。

 その二人を横目にイリが教科書とペンをしげしげとみつめていた。

 

 

 

 メガネをかけ、気分を教師モードへと切り替えたアティは最初の授業として召喚術の基本について教え始めた。 

 

「ベルフラウさんは召喚術についてどれくらいのことを知っているの?」

 

 召喚術とは魔力と呪文で開いた異世界と繋がる門から異世界の住人、召喚獣を呼び寄せ使役する術。

 それを説明してみせるベルフラウは少し得意そうだ。

 アティは基本的なことを知っているよくできた生徒を褒めると次の段階、サモナイト石の説明と四界についての説明をはじめた。

 

 黒い石は機界ロレイラル、機械の世界と繋がる石。

 赤い石は鬼妖界シルターン、人と妖怪が暮らす世界に繋がる石。

 紫の石は霊界サプレス、天使や悪魔などが存在する世界に繋がる石。

 緑の石は幻獣界メイトルパ、亜人や獣などが暮らす自然豊かな世界に繋がる石。

 透明な石は『名も無き世界』に繋がる石。四界に属さぬ未知の世界に繋がる石。

 

「イリは多分……メイトルパの召喚獣だと思うんですけど……」

 

 蟲のような姿からイリの世界を推測したアティだったが、当の本人はその体を横に振り否定して見せた。

 

「先生、違うみたいですわよ」

 

 ベルフラウに胡散臭げに見られたアティは少し慌て……イリが透明のサモナイト石を見つめているのに気が付く。

 

「名も無き世界の……召喚獣……? あなたは名も無き世界から来たの?」

 

「ギィイ!」

 

 四界とは違う世界、繭世界。

 イリ自身が創造したその世界がイリの住んでいた場所。

 イリにとっては餌場でしかなかったが、四界とは違う世界の一つ。

 リィンバウムからみたら名も無き世界の一つだろう。

 

「へぇ……イリは特別なのね?」

 

「ギリィイ!」

 

 ふふん、と少し誇らしげに胸を逸らすベルフラウと当然だ、とでもいうように頷いたように体を動かすイリを見てアティは笑みをこぼす。

 

「具体的な召喚術の手順はこれから教えていきます。今日の授業はこれでおしまい」

 

 丁度初めての授業が終わったところで、部屋のドアがノックされる。

 ドアから顔を出したのは金髪の海賊少女、ソノラだった。

 

 

 

 ソノラから伝えられたのは船長室で話し合いが行われるため、集合してほしいとのことだった。

 ベルフラウたちが船長室に入ると他のメンバーは既に揃っているようだ。

 

「さて……集まってもらったのは……」

 

 まず口を開き、音頭を取ったのは頭であるカイル。

 それから海賊たち側の事情について説明を受けた。

 アティの持っている『碧の賢帝』。

 それは『無色の派閥』にて厳重に保管されていた魔剣。

 ヤードは無色の派閥を抜ける際に魔剣を持ち出し、無色の派閥の計画を阻止しようとした。

 しかし、追手との攻防の中で剣は帝国軍に回収されてしまい、あの船で輸送されていた。

 

「で、事情を聞いた俺たち一家が、ひと肌脱いだってワケよ」

 

 だが襲われた船に偶然のり合わせていたベルフラウたちはたまったものではない。

 

「そのおかげで、私がどれほどひどい目にあったことか……」

 

 当然、ベルフラウとしては納得いかない。

 バスティスへたどり着けずにこの島へ漂流することになってしまったのだから当然だろう。

 ヤードから謝罪を受けるがやはり納得していないようだった。

 

「この責任は、きっちり取らせてもらう。あんたたちは必ずここから連れ帰る。だからしばらくの間だけ辛抱してくれ、この通りだ」

 

 カイルが頭を下げるとベルフラウは一応は納得し、怒りを収めたようだった。

 話し合いの間ベルフラウの腕に抱かれていたイリはベルフラウの腕に入った力がつよくなったのを感じていた。

 少し強張った表情のベルフラウを腕の中で見上げ、話し合いが終わるまで見つめていた。

 

 

 

 話し合いが終わった後、ベルフラウは自分に割り当てられた部屋のベッドに座っていた。

 

「あの人たちを責めても意味のないことぐらい、私にもわかってるわ」

 

 膝に乗せたイリを撫でながらそう呟く。

 あの場では謝罪を受け入れ、引き下がった。

 だが内心納得しきれているかと言われればそうではない。

 溜息をついたベルフラウはイリがうとうとと船をこぎ始めたのに気が付く。

 膝の上で撫でられ眠くなってきてしまったようだ。

 

「ちょっとお昼寝にしましょうか」

 

 既に意識が夢の中に旅立ったイリとともにベルフラウも微睡の世界へ旅立った。

 

 

 

 船長室に再び集合したベルフラウは島の探索について話し合うことにした。

 カイルたちが言うには、島には中心部を囲むように四つの明かりがあり、住人がいる可能性がある。

 住人の協力を得られれば船の修理も捗るというものだ。

 

「問題は四か所のどこからまわるか、ということですね」

 

 カイルは赤の明かり。

 ソノラは紫の明かり。

 ヤードは青の明かり。

 妖しい雰囲気の男スカーレルは緑の明かりを推し、そこにアティの一票が加わり、青の明かりへむかうこととなった。

 

「ベルフラウさんはここで待っていてください」

 

 アティとしては子供のベルフラウを心配しての事だろう。

 この島にどんな危険があるのかまだわからないのだ。

 当のベルフラウは不満そうにしているが。

 結局ベルフラウとイリ、そしてスカーレルに留守番を頼むこととなった。

 

「ベルフラウさんのこと、よろしく頼みますね、イリ?」

 

「ギィィ!」

 

 

 

 アティたちが出て行ってしまい、海賊船にはベルフラウとイリ、そしてスカーレルだけが残った。

 

「あたしは備品の点検をしてくるから、何かあったら呼んで頂戴」

 

 スカーレルはそう言い残し、船長室から出ていく。

 ムスッとした表情のベルフラウはイリを連れて自室へと戻っていった。

 

「……わかってるわよ。まだこどもだからってことくらい。でも……あの人は私の先生なのよ」

 

 置いて行かれたことに不満があるベルフラウは相変わらず、イリを撫でながら愚痴を吐いている。

 この島に漂流してから様々な事件があったせいか、ずいぶんとストレスがたまっているようだった。

 

「あなたはいつも一緒にいてくれているわね。まったく、先生も見習ってもらいたいものよね!」

 

 

 

 しばらくして船に帰ってきたアティたちは住民と話をしてきたようだった。

 住人たちによればこの島は召喚術の実験場であり、この島に暮らしているのは召喚されたまま帰れなくなってしまった召喚獣たちらしい。

 

「この島では、私たち人間のほうが異分子だったみたいなの」

 

 捨てられ、故郷に帰れなくなってしまった召喚獣たちは人間のことを信用していない。

 はぐれ召喚獣たちが襲ってきたのも当然のことだった。

 召喚術の勉強を始めたばかりのところで召喚術の闇ともいえる部分を知ってしまったベルフラウは少し暗い顔をしていた。

 

「でも大丈夫、話し合っていけばきっとわかりあえます」

 

 しかし……人と召喚獣がわかり合うのは難しい。

 そのことを証明する爆音が大気を震わせ辺りに響き渡った。

 

 

 

 召喚獣たちの姿を見た緑髪の顔に刺繍がある男が悪態をつく。

 

「なんだってんだ? この島は……。化け物だらけじゃねぇかよ!?」

 

 その男が着ているのは帝国軍の制服。

 べルフラウたちが乗っていたあの船で魔剣の護送をしていた帝国軍人の一人だった。

 彼が化け物と言っている通り、一般的にはぐれ召喚獣は危険なモンスターであり討伐対象なのだ。

 

「死ね! 死ね! 死んじまえっ!」

 

 大砲の砲撃にさらされながら逃げる召喚獣たちを見て笑い声をあげる男。

 その前に島の代表者、四人の護人の一人である赤いマフラーを巻いた白銀の大鎧、ファルゼンが立ちはだかった。

 

 

 

 爆音を聞いたアティたちもその場に駆けつけ、人と召喚獣の間にある壁の大きさを目の当たりにする。

 

「あれが、現実よ。人間は異分子を嫌う。私たちを化け物としてしか見られない」

 

 護人の一人、アルディラは言う。これこそが人と召喚獣の関係なのだと。

 

「でも……それでも……!」

 

 アティは走りだし、ファルゼンと刺繍の男の間に割って入った。

 

「なんだてめぇ? 人間のくせに化け物に味方するつもりかよ?」

 

「私はあなたが許せない! だから私はあなたを止めます!」

 

 

 

 帝国軍はアティたちに敗れ、即座に退却した。

 召喚獣たちを守ったアティたちを護人たちは信用し、受け入れることにしたのだった。

 そして──その様子を見ていた小さな影。

 

「ギリシシシィイ。種族ノ差。自分タチト違ウ者タチヲ排除ノ対象トシカ見ラレナイ」

 

 あの不快な者たちは言っていた。

 一人じゃないから負けないと。

 仲間がいるから負けないと。

 ──だが。

 

「一人ジャナイ……? 自分タチ以外ヲ排除スル存在ガ……? 笑止千万! 理解不能! 自身以外ヲ喰ラウ我ヲ一人ボッチト呼ビ、人間以外ヲ排除スル自分タチハ一人デハ無イト……? ギシッギシッギシシイ!」

 

 月明かりのみが木々を照らす薄暗い森に白い影の嘲笑が響き渡っていた。

 

 

 

 


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