招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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ベルフラウがバレンタイン短編書けっていったんだ!
作者は悪くない!
ベルフラウに脅されたんだ!



幕章
母ト娘ト創造主


 マルティーニ家の屋敷の中をドタドタと騒がしい足音をたてて少女が走る。

 大きな窓から差し込む日の光に照らされながら執務を片付けていたベルフラウはその音に気がつくと、眉間に皺を寄せた。

 すっかり大人になったベルフラウは人差し指で眉間をマッサージすると、椅子から立ち上がり部屋に入ってくるであろう人物を迎える準備をする。

 

「お母様!!」

 

「どうしたの、フラン。屋敷の中を走るなって言わなかったかしら?」

 

 勢い良く扉を開けて部屋に飛び込んで来たのはベルフラウの娘、フランネルだ。

 母親譲りの青い瞳でベルフラウを捉えると、母親からの注意を流して話始めた。

 

「ナツミから聞いたんだけどね、ナツミの世界では今日はバレンタインって日みたいなのよ!」

 

 ナツミとはフランネルがサイジェントの街で出会った少女の名前だ。

 ナツミはニッポンなる世界から召喚された人物らしい。

 サイジェントで発生したオルドレイク率いる無色の派閥の一派による、魔王召喚事件に偶然巻き込まれることとなったフランネルはナツミやその仲間たちと共に事件解決に尽力したのだ。

 それ以降ナツミたちと仲良くなったフランネルは文通をしているらしい。

 

「バレンタイン? ゲンジさんからは聞いたことなかったけど。どういう日なの?」

 

 あの島にいた老人、ゲンジもニッポンから召喚されてきた人物だが、彼からバレンタインなる日について聞いたことはなかった。

 

「ふふん! バレンタインっていうのはね……好きな人に想いを伝える日みたいなのよ!」

 

 フランネルはナツミの手紙に書かれていた知識を自慢げに披露する。

 それを聞いたベルフラウの行動は早かった。

 自分の娘の両肩を掴むと顔を寄せて目線を合わせる。

 どこかぎらついたような迫力のある目でフランネルの目を見つめると、驚いたフランネルはその迫力に押されてか怯えたように目を揺らした。

 

「詳しく教えてくれるかしら?」

 

「は、はひ!」

 

 

 

 ところ変わってマルティーニ家厨房。

 普段はお抱えの料理人たちが腕を振るっているその場所だが、今は彼らの姿は無く女性二人だけの姿があった。

 

「それにしてもチョコレートを、ね」

 

「チョコレートと一緒に想いを送るんですって。何故チョコレートなのかは知りませんけど」

 

 厨房で仲良く横に並び、銀色のボウルをかき混ぜているのはベルフラウとフランネルだ。

 しばらく作業を進めていた親子だったが、ベルフラウが懐かしむようにポツリとこぼした。

 

「そういえば、フランと一緒に料理をするなんていつ以来かしら」

 

「もう覚えていませんわ」

 

「ごめんね。私、フランに母親らしいこと出来てなかったかもしれないわ」

 

「仕方ありませんわ。お母様は帝国が誇る大貿易商マルティーニ家の当主なんですもの。忙しいのは私も理解しているつもりよ」

 

 ベルフラウは父の後を継いでマルティーニ家の当主となった。

 当主の身は忙しいらしく、あまり娘の相手を出来ていないのが実情だ。

 

「ありがとうフラン。私ったら、ついついパッフェルに甘えてあなたのこと任せちゃうんだもの」

 

「いつも振り回してる私が言うのもなんだけど、パッフェルを労ってあげて頂戴。あとは私としては……ハネムーンとやらに私も連れて行ってくれればいいわ」

 

 マルティーニ家のメイド、パッフェルは忙しいベルフラウの代わりにフランネルの世話役を任せられることが多い。

 フランネルは母親への不満をパッフェルを振り回すことである程度解消していた。

 フランネルとしてもその事を内心申し訳なく思っていたらしい。

 

「パッフェルの事は任せて頂戴。でもね……ハネムーンのことは無理なのよ」

 

「どうしてよ?」

 

「当主というのはね、ストレスが溜まるものなのよ。忙しいし、やっかみは受けるし、他の家の当主たちは下品な目で見てくるし」

 

 ため息をつくベルフラウはフランネルから見ても美しい。

 母親の美しさはフランネルの誇りの一つだった。

 当主として表舞台にたつベルフラウは多くの人々の前にたち、見られることになる。

 そのため、やっかみや下卑た目を向けられることもある。

 フランネルの自慢の母の美しさは、母のストレスの原因となっていた。

 

「まあ、そういうことはあるでしょうね。その……お母様は美人ですし」

 

「だからね、そのストレスを癒やすためにイリ分が必要なのよ」

 

「……イリ分?」

 

 同情したフランネルが最後の部分を照れたように言うと、ベルフラウの口からなにやら造語が飛び出し、フランネルは首を傾げる。

 

「イリと一緒にいるとイリ分が補給されるのよ。イリ分は心の栄養。イリと二人きりで過ごしてイリ分を補給すれば、荒んだ心が癒されるの。ハネムーンの後はまたしばらく頑張れるのよ!」

 

 熱く語り出したベルフラウにフランネルは閉口する。

 返事をしないフランネルに構わず、ベルフラウはイリの事を考えてかニヤニヤし始めた。

 聡明で美しい母はフランネルの誇りだが、こういう所は全く誇れなかった。

 

 

「イリ、喜んでくれるかしら? チョコレートより私を食べて、なんて……!」

 

「お父様相手にそれはシャレになりませんわよ……」

 

 両手を頬に当て顔を横に振るベルフラウと比べて、それを半目で見るフランネルは冷静だった。

 フランネルの母親は夫のことになるとすぐにこうなってしまう。

 勿論フランネルはその事を知ってはいたが、今回ばかりはドン引きだった。

 フランネルが母親の残念な部分を憂いていると、少し落ち着いたらしいベルフラウが話題を変えた。

 

「それにしても、良かったわ。こうやってフランと一緒に料理が出来て。少しは母親らしいことできたかしら?」

 

「お母様……。そうね、こうやって親子らしいことはなかなか出来なかったから……。その……嬉しかった」

 

 いつも忙しくなかなか一緒に何かをすることはないし、残念なところもある母親だが、フランネルはそんな母親のことを尊敬しているし、大好きだった。

 

「フラン……。私も嬉しかったわ。さて、あとは召喚術で冷やして仕上げにしましょうか」

 

「私に任せなさい! 私だって召喚術、使えるようになったんだから!」

 

 フランネルの召喚術は危なげなく成功し、娘の成長を目の当たりにしたベルフラウはその頭に手を乗せ、フランネル目を閉じた。

 そのままベルフラウが頭を撫で始めるとフランネルはなすがまま受け入れる。 

 親子二人水入らずの時間は止まった二人の時計の針を動かして、開いた距離を縮めていった。

 

 

 

 チョコレートを完成させた二人は待ちきれないように早歩きで屋敷内を移動してイリがいるはずの部屋を目指す。

 

「イリ!」

 

「お父様!」

 

 ベルフラウとフランネルが扉を開けると、机に広げられた敷地の地図を見ながらイリとパッフェルが何やら話し合っているようだった。

 

「ベルフラウトフランネルカ」

 

「イリとパッフェルの二人で何をしてたの?」

 

 ベルフラウが地図を覗き込むといくつか印が書き込まれているのが分かる。

 その印の意味が分からず首を傾げたベルフラウにパッフェルが答えた。

 

「ご主人様とお屋敷周りの警備について相談してたんですよ」

 

「警備っていうとお父様の兵隊……蜘蛛の尖兵たちのことよね?」

 

 名も無き島での事件の後、白い異形たちの正体がイリより語られた。

『蜘蛛の尖兵』それが異形たちの名前で、イリが生み出した兵隊たちだったというのだ。

 それを知った仲間たちの反応は様々だった。

 驚愕、困惑、感謝。

 その中でもアティの反応は感謝だった。

 天然の気がある彼女だが、軍学校で首席だった彼女は聡い。

 

 アティは悟ったのだ。

 無色の派閥が上陸したあの日、アズリアが殺されたあの日。

 絶望と恐怖で動けなくなったアティと、逃げようにも逃げられなかった仲間たちを助けてくれたのがイリだったと。

 ベルフラウを裏切り離反して遺跡に閉じこもっていた筈のイリが、アティたちを逃がすために蜘蛛の尖兵たちを動かしてくれたのだと。

 アティがイリに頭を下げると、仲間たちも真実に気がついたようだった。

 

 その蜘蛛の尖兵たちは現在、マルティーニ家の敷地内で警備要員として働いているのだ。

 

「フランお嬢様がオルドレイクを叩いてから、残党がちょくちょくくるんですよぉ」

 

「なるほどね。……そういえばパッフェルってオルドレイクの部下だったわよね? そのことはもういいの?」

 

 パッフェルの口からオルドレイクの名が出るとベルフラウが思い出したように言う。

 

「う゛っ。あれは黒歴史です! あの頃は若かったんです! 忘れてくださいよぉ! そ、それよりお二人共何か用があったんじゃないんですか!?」

 

 苦い顔をしたパッフェルが誤魔化すように言うと、ベルフラウとフランネルは本来の用を思い出した。

 

「今日はね、ナツミの世界ではバレンタインって言って、好きな人にチョコレートを送る日みたいなの!」

 

「だからフランと二人でチョコレートを作ってみたのよ」

 

 ベルフラウとフランネルの二人が取りだしたるは手作りのチョコレート。

 それを二人はそれぞれの渡したい相手に差し出す。

 

「イリ、受け取ってくれるかしら?」

 

「是非モ無シ。捧ゲラレタ贄ダ、受ケ取ルトシヨウ」

 

 初めてのイベントに緊張しているのか、ベルフラウが顔を赤らめながらも渡すとイリは躊躇いもなく受け取る。

 

「私からはその……パッフェルに。いっつも迷惑かけちゃってるから」

 

「お嬢様、迷惑だなんて一度も思ったことはありませんよ。私、今の生活がとっても気に入ってるんですから。でも折角だから貰っておきますね。ありがとうございます、フランお嬢様」

 

 照れて顔を逸らしながらチョコレートを手渡すフランネルにパッフェルが微笑む。

 オルドレイクに捨てられ、イリに拾われたあの日からパッフェルの人生は変わった。

 かつて暗殺者だったパッフェルは今ではマルティーニ家のメイドだ。

 組織からの追っ手は敷地内にひしめく蜘蛛の尖兵たちによって侵入後即排除される。

 追っ手に怯えることなく平穏を過ごすことが出来る今の状況に感謝しているし、彼女の主人とその妻、そして娘との生活が楽しかった。

 

 

 

 恥ずかしいのか視線を彷徨わせるフランネルは父親がチョコレートを食べようとしているのに気がつく。

 イリは魔力の糸で包装紙を破ると、一切の感慨もなくチョコレートにかぶりついた。

 

「お父様……感動も情緒もありませんわ……」

 

 母親が想いを込めてチョコレートを作ったのを知るフランネルはチョコレートを貪る父親を微妙そうな顔で見つめる。

 

「ご主人様はそういう方ですから……」

 

 フランネルと同じくなんともいえない目でイリを見るパッフェルは主人のフォローを入れようとするが、フォローにはなっていなかった。

 

「お母様はあれでいいのかしら」

 

「……どうやら満足してそうですよ」

 

 母を不憫に思ったフランネルだったが、パッフェルの視線の先を追いかけると自分が作ったチョコレートを喰らうイリをニコニコと嬉しそうに見つめるベルフラウの姿があった。

 

「私にはお父様とお母様がわからないわ……きっと、二人にしかわからない何かがあるのね」

 

「私も長い付き合いになりますけど、さっぱりわかりませんよぅ。ご主人様も奥様もあんなですから、お嬢様も結構苦労されてますよね」

 

 ため息をついて首を振るフランネルをパッフェルが慰める。

 フランネルは父親譲りの態度の大きさを持つが、それでも両親と比べれば常識人だ。

 色々と常識外れな両親に振り回される立場にあるフランネルは苦労人なのだ。

 それを理解しているからこそ、パッフェルは自分に当たることがあるフランネルに怒らないし、嫌いになれない。

 むしろ二人はマルティーニ家の苦労人仲間なのだ。

 

 フランネルとパッフェルは同時に溜め息をつくとベルフラウとイリをおいて部屋から出て行った。

 

 

 

 夜は更け、ベルフラウとイリの寝室の窓から見える空には星の光が瞬いていた。 

 

「イリ、いつまでそうしてるのよ。早く寝ましょう?」

 

 寝間着姿のベルフラウがベッドに腰かけて、窓から夜空を見上げるイリに声をかける。

 

「我ハ思ウコトガアル。我ハ本来此処ニ居ルベキデハナイノデハナイカトナ」

 

 自身を呼ぶベルフラウを見ずに夜空を見上げたままイリは語り出した。

 

「そんなことっ!」

 

「我ハ全テヲ喰ライ、奪ウ者。我ハ本来ナラコノ世界ヲ喰ラッテイル筈。ベルフラウ達ト居ル事自体、有リ得無イ間違イナノダ」

 

 イリは世界そのものの捕食者であり、簒奪者だ。

 こうしてベルフラウたちと一緒に暮らしていること自体が異識体としては歪んだ在り方。

 異識体の正しい在り方とは全てを喰らうことなのだから。

 

「ベルフラウ、一ツ問イタイ。我ハ此処ニ居テモ……ベルフラウト共ニ居テモイイノカ?」

 

「そんなの良いに決まってるじゃない! 絶対に否定なんてさせないわ! 誰にも、イリ自身にも! あなたの妻である私が保証する! イリは此処に居ていいのよ!」

 

 ベルフラウの護衛獣は世界を喰らう存在だ。

 こうして此処にいるだけで世界は滅亡の恐怖に脅かされている。

 だがベルフラウにそんなことは関係なかった。

 イリが例え何者であろうとも、世界を滅ぼしかねない存在であろうとも。

 それを知った上でずっと一緒にいると誓ったのだから。

 

「……ソウカ」

 

 

「ええ、そうよ」

 

「……ベルフラウ」

 

「今度はどうしたの?」

 

「愛シテイル」

 

 ベルフラウは耳に入ったその言葉を一瞬理解できなかった。

 月明かりに照らされるイリの言葉を次第に脳が咀嚼し始める。

 

「えっ。わっうわっ!? イリ……! わ、私も! 私も愛してる! 愛してるわ! 好き、好きよ! イリ! 好き!」

 

 イリの言葉を理解したベルフラウは想いの丈を叫びながらイリに飛びつき、思い切り抱き締めると『好き』と連呼しはじめた。

 余程嬉しかったらしいベルフラウの叫びは大きく、しばらく屋敷の外まで響いていたが突如勢いよく扉を開けた乱入者によって中断された。

 

「うるっさいのよ! あなたたち!」

 

 青かった瞳を赤く光らせ肩を怒りに震わせ、鼻息を荒くして寝室に入ったフランネルは一直線に母親まで向かうと母親と父親を引き剥がし、母親の寝間着の襟元を掴んで引き摺る。

 

「待ってフラン! 今イリが愛してるって! 愛してるって言ってくれたの!!」

 

「はあ!? またお母様が無理矢理言わせたんでしょ?」

 

「嘘じゃないの! 本当なのよ! イリが……!!」

 

 フランネルと引き摺られるベルフラウは扉をくぐり抜けて廊下に出て行く。

 聞こえる声が小さくなるとともに姿も小さくなっていき、角に突き当たると向こうに消えていった。

 

「全ク、ヨクモアソコマデ騒ゲルモノダ」

 

 見えなくなるまで二人を見届けたイリは布団の中に潜り込んで眠りにつく。

 マルティーニ家の騒がしい一日はこうして幕を閉じた。

 

 




・ベルフラウ
マルティーニ家のヤベーやつ
大人になったことでヤバさに磨きがかかった
当主となり、立場と金を手に入れた彼女を止められる者はいない

・ハネムーン(ベルフラウ命名)
イリ分(ベルフラウ命名)を補給するための小旅行のこと
大抵日帰り

・イリ
相変わらずの価値観異形

・フランネル
両親と比べると遥かに常識人
両親がアレなせいで苦労人だったりする
ナツミたちと共にオルドレイクと魔王をしばいた

・パッフェル
元暗殺者の敏腕メイド
自分を拾い、追っ手を排除してくれるイリには恩義を感じている
マルティーニ家の苦労人
フランネルの旅に着いていった際かつての上司とついでに魔王をしばいた

・蜘蛛の尖兵
マルティーニ家の警備員
うようよいるため侵入者にとっては死地

・ナツミ
サモンナイト1の主人公にして二代目誓約者<リンカー>
日本から召喚された女子高生
現在でもフランネルと文通している

・オルドレイク
サイジェントの街で魔王召喚事件を引き起こした黒幕
パッフェルが久しぶりに目にした元ボスは前頭部の毛根が死滅していたらしい

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