招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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蘇ル悪夢ト悪食

 ベルフラウたちの背後から突然現れた人物アズリア・レヴィノス。

 帝国軍海戦隊第六部隊の隊長であり、アティの軍学校時代の同期であり──無色の派閥がこの島に上陸したあの日、アティの目の前で殺された人物。

 オルドレイクに怯え震えていることしか出来なかったアティとオルドレイクの間に割り込み、アティを守って散っていった人物。

 アティの後悔の象徴、アティのトラウマ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……私が弱かったから……ごめんなさい……」

 

 生前のままの姿の同期を見て顔を青くしたアティは震える脚で後ずさり、顔を俯かせて口元を手で押さえると胃の中の物を逆流させた。

 

「先生!! 惑わされないで!! あなたはアズリアが殺された瞬間を見たんでしょう!?」

 

 口を押さえる指の間から胃液を垂らすアティは地面に膝をついて蹲って震え始めてしまい、ベルフラウの言葉は届かない。

 

「ごめんなさい……私のせいで……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

「アティ……会いたかったぞ……」

 

 蹲るアティに近づこうとするアズリアだったがその行く手を遮られて足を止める。

 

「おっと……事情はよくわからねぇが……先には行かせられねぇぜ、姉ちゃん」

 

 大剣を構えて牽制するフォルテに鋭い目で睨まれたアズリアはアティに近づけずにいた。

 その隙にベルフラウがアティに近寄ると膝を地に付け、左手でアティの顎を強引に持ち上げて自分とアティの目を合わせる。

 ベルフラウの目と涙を流すアティの目が合うとベルフラウは右手を大きく振りかぶってアティの頬を勢いよく叩いた。

 

「しっかりなさい! それでも私の先生なの!? さっきのイスラ達が糸くずになったのを見たでしょう? あれはアズリアじゃないわ!!」

 

「……アズリア……じゃない……?」

 

「ほら、しゃんとしなさい。これ以上私に先生の情けない姿を見せないで」

 

 ハンカチをポケットから取り出したベルフラウがアティの涙をふき取り、アティの手を握って立ち上がるように促すとアティはベルフラウと共に立ちあがった。

 

「アズリア……私は……」

 

「どうして貴様は生きているんだ……? あの日私は殺されたのに……どうして貴様だけ……?」

 

「っ!?」

 

「先生」

 

 アズリアの言葉に動揺したアティだったが、自身を呼び手を握るベルフラウの存在に励まされるとアズリアを見つめる。

 あれはアズリアではない。

 アティの知るアズリア・レヴィノスはあの日確かに死んだのだから。

 

「アティ……貴様も死ぬんだ。私と同じところに来い……キシ、キシシシシ」

 

「……ごめんなさい、それは出来ません。私にはまだやらなければならないことがあるから!」

 

 アズリアからの死への誘いをアティは強い意志が篭った瞳で跳ね除ける。

 今も隣で手を握ってくれている生徒のためにやらなければならないことがアティにはあるのだ。

 

「死ねっ死ね! 貴様も死ね……! キシシシシッギッギギギッギ……」

 

 アズリアの声にノイズが入りはじめる。

 イスラの時にも起こった現象とまったく同じことが起き始めていた。

 

「まさか!?」

 

「ギシリリリ! 排除セヨ! 異分子ヲ! 罪人ヲ! 咎人ヲ!」

 

 イスラと同じようにイリと似た口調となったアズリアが剣を振り上げた。

 それを見たベルフラウたちも武器を構えるが──予想もしていなかったことが起こった。

 

「ギッ!? ギィイイイ!?」

 

 アズリアが振り上げた剣はアズリア自身の腹に振り下ろされたのだ。

 

「アリ得ヌ!? 影法師<ズィルゥ>ガ制御ヲ……!?」

 

 自ら腹を貫いて倒れたアズリアを見たアティがアズリアに駆け寄ると顔を覗き込んだ。

 

「アズリア!?」

 

「あの性悪の思い通りになどさせるものか……」

 

「アズリア……もしかして本物のアズリアなんですか?」

 

 アズリアの口調は落ち着いた彼女自身のものに戻っていた。

 もしかしたら本物のアズリアなのかもしれない、そう思ったアティの問いにアズリアは顔を横に振って答える。

 

「私はただの残滓……残りカスにすぎない。私に構わず早く行け、アティ。お前にはやらなければならないことがあるんだろう?」

 

 それにアティが頷いたのを見届けたアズリアは微笑むとイスラたちと同じように糸くずとなり、溶けるように消えていった。

 アティはアズリアが消えた地面を一撫ですると立ち上がって仲間たちの顔を見渡す。

 

「行きましょう。私たちにはやらなければならないことがありますから」

 

 そう言ってアティが歩き出すとマグナたちも慌ててアティを追いかけるのだった。

 

 

 

 ベルフラウはアティの横を歩きながら思案する。

 ──何かがおかしい。

 ベルフラウはイスラとの戦いの後からずっと違和感を覚えていた。

 イスラもアズリアもそれぞれベルフラウとアティのトラウマとなる人物だ。

 それをわざわざベルフラウたちに差し向けてきた。

 それがおかしいのだ。

 今回の件の犯人がイリならば──―そんなことをするだろうか? 

 イリの妻であるベルフラウから見てもイリは人の心を理解していないと言える。

 そのイリが人のトラウマに付け込むようなことをするだろうか? 

 その疑問がベルフラウの中で生まれて違和感としてこびりつく。

 ベルフラウはイリ以外の何らかの意志の存在を感じていた。

 

 

 

 かつての戦いの崩落により天井の無くなった鉄の空間。

 遺跡最深部・核識の間にフランネルは父親と共に訪れていた。

 普段、イリからフランネルをどこかに誘うことなどない。

 だからこそフランネルは父親からの『共界線の扱い方』を教えるという誘いに飛びついた。

 もしかしたら父親との距離を縮められるかもしれない、そう期待したフランネルは自分もついていくと言い出した母親を苦労して説得して父親と二人きりで遺跡へとやってきたのだ。

 

「ふぅ……これが……共界線」

 

 共界線へと意識を接続し、埋没させていたフランネルが共界線との接続を切ると意識を浮上させた。

 核識であったディエルゴがいなくなってもこの遺跡そのものの機能が失われたわけではない。

 この遺跡はこの島の共界線の集合点であり、未だに共界線に接続したことが無かったフランネルにその方法を教えるのに最適だった。

 

「お父様! 終わりましたわ!」

 

 初めて共界線へ意識を接続した疲れからか溜息をついたフランネルは周りを見渡すが、あの小さな白い蟲の姿は見当たらなかった。

 

「お父様……?」

 

「ギリッキシキシギィイイイイイ!」

 

 上から声が聞こえたフランネルが頭上を見上げると巨大な蜘蛛の姿となったイリが崩落した天井から差し込んだ光に照らされていた。

 

「お父様……? どうしてその姿に……?」

 

 父親が蜘蛛の姿へ変わっていたことにフランネルは疑問を抱くがイリはそれに応えずに巨大な脚を一本動かして振るうとフランネルを床に押し倒した。

 悲鳴を上げて冷たい床に体を押しつけられたフランネルは突然の父親の行動に困惑する。

 

「だ、駄目よお父様!? お父様との距離は縮めたかったけれど……こういうのは違うと思うわ! 私たちは親子なのよ!?」

 

 床に押し倒されたフランネルは父親の顔が自身に近づくと混乱して何事か口走りはじめる。

 するとそれを聞いていた第三者の呆れたような声がその場に響いた。

 

「何を言っているのですか、この娘は……」

 

「誰っ!?」

 

 この場にはイリとフランネルしかいないはずなのだ。

 それなのに聞こえるはずがない三人目の男の声が耳に入ったことで異常を察知したフランネルが辺りを見渡すが父親以外の姿は見えない。

 

「その娘の戯言に構う必要はありません。さあ、異識体よ! その娘を喰らうのです! 己の食欲のままに!」

 

 相変わらず姿の見えない男の声から自分の父親がなんのために自分を押し倒して顔を近づけているのかフランネルはようやく理解した。

 

「嘘よね……? お父様……私を食べたりなんてしないわよね?」

 

 フランネルが瞳に涙を浮かべて自身に迫る父親を見上げた。

 大きな円形の口に牙の様な物が並んでいる父親の顔がゆっくりとフランネルに近づいていく。

 イリの目に涙で潤んだ娘の顔が映りこむと──狼狽えたように八本の足を動かして後退した。

 

「お父様……」

 

「何をしているのです!? 早くその娘を……!」

 

 自分から離れた父親を茫然と見るフランネルの耳に焦ったような男の声が聞こえると核識の間入り口方面から複数の足音が近づいて来た。

 

「イリ! フラン! 二人とも無事かしら!?」

 

 母親の声を聞いて入り口から姿を現したベルフラウとアティに気が付いたフランネルは戸惑いながらも母親に目を向けた。

 

「お母様……」

 

 ベルフラウはフランネルに駆け寄ると強く抱きしめた。

 母親の体温を感じたフランネルはベルフラウを抱きしめ返して胸に顔をうずめた。

 

「あれが……ベルフラウさんの護衛獣なのか……」

 

「ベルフラウお姉ちゃんの旦那さん……すごく大きい……」

 

 マグナとハサハはイリを見上げるとその規格外の巨大さに驚嘆して口をぽかんと開けていた。

 普段は冷静なネスティですら驚きのあまり言葉が出なくなってしまっている。

 

「それに……凄まじい魔力です。……この感じ……? なにか混ざって……!? まさか……マグナ!!」

 

 アメルはイリの魔力を感じ取ってその凄まじさに圧倒されそうになるが、その魔力に覚えのある感覚が混じっていることに気が付いた。

 

「ああ、アメル。わかるよ……間違いない……間違えるはずはない……! この魔力は……!!」

 

 マグナもアメルと同様にそのよく知る魔力を感じ取ったようで、イリを──いや、彼の宿敵を睨んだ。

 

「ヒヒヒ……気が付いたようですねえ」

 

 その声とともにイリから黒い風が吹き荒れる。

 その声、その魔力、その風──マグナが間違えるはずもなかった。

 その全てが彼のよく知る物──彼の宿敵の物。

 

「メルギトス!!」

 

 虚言と姦計の悪魔王として恐れられる存在──メルギトスだ。

 

「正確にはメルギトスの源罪ですよ。自我を持つまでに成長した……という正し書きは付きますがね」

 

「あなた、イリに何をしたの? イリはあなたなんかに操られるほどヤワじゃないわ!」

 

 ベルフラウの疑問ももっともだろう。

 いくらメルギトスが魔王とはいえ、その源罪にイリをどうこうする力はないはずなのだ。

 

「ええ、確かに……残念ながらその通りです。だから……私は背中を押して差し上げただけですよ。彼の中に眠る……彼自身の業の背中をねぇ!」

 

「業……? ベルフラウ、君の護衛獣の業とは一体何なんだ?」

 

「……食欲よ。この世界を……全てを喰らうほどの食欲」

 

「世界を!?」

 

 世界を喰らうほどの食欲──それこそが彼女の護衛獣の業だというのだ。

 マグナ達はメイメイがベルフラウとイリの結婚について否定的な態度をとっていたのを思い出す。

 メイメイのあの態度もそれならば納得できるというものだ。

 

「ええ。イリはかつて世界を喰らう存在だったそうです。でもベルフラウさんのお蔭で食欲は大人しくなっていたそうなんですが……」

 

「アイツが……メルギトスの源罪がその食欲を焚きつけたのか」

 

 そしてその世界を喰らう食欲を目覚めさせた犯人こそが源罪なのだ。

 

「イリがこうなったのはあなたのせいなのね? 絶対に許さない!」

 

 イリが纏う黒い風をベルフラウが睨み付けるが、源罪はそれをあざ笑い──語りだした。

 

「許さない? 可笑しなことを言いますねえ。異識体を苦しめる罪人であるあなたが許さないと言いますか」

 

「私がイリを苦しめているですって?」

 

「ええ、そうですよ。あなたが異識体を苦しめているのです。惨いとは思いませんか? いずれ全てを喰らい、孤独になる運命にある異識体に他者と共にいることを教えたのですから!」

 

「抑えられていたイリの食欲を焚きつけたのはあなたでしょう!?」

 

「ふふふ……その抑制がいつまでも続くとでも思っていたのですか? 私の後押しによって少し時期が早まっただけですよ。私がいなくてもいずれ同じことが起こったでしょう」

 

「そんな……」

 

 メルギトスは虚言と姦計の悪魔王と呼ばれているが、常に真実しか話さない。

 彼は例えそれがどんなに残酷であったとしても真実を突きつける。

 そして人間たちはそれを嘘だと言って逃避し、彼を嘘つき呼ばわりするのだ。

 故に彼は虚言と姦計の悪魔王であり、その呼び名こそが人間の心の弱さの証明。

 

「何も知らなければ苦しまずに済んだのに……あなたと出会って余計なことを知ってしまったせいで異識体は苦しむことになるのです」

 

 明けない夜が無いように、落ちない陽も同様に存在しない。

 幸せな時間はいつか終わりを迎え、その後の闇をより深く濃いものにする。

 全てを喰らうだけだったイリはもう他者と一緒にいることを知ってしまった。

 全てを喰らった後、イリはきっと苦しむことになるだろう。

 甘い悦楽を知ってしまったが故に。

 いずれ消えゆく光とはとても罪深いものなのだ。

 

「私が……イリを苦しめているなんて……」

 

「ふふふ……さあ、裁かれなさい。異識体自身が罪人を誅殺して下さるそうですよ」

 

 イリの周りに魔力が渦巻き始める。

 それはベルフラウとアティが何度も見たことがある前兆だった。

 次に何が起こるのか察したベルフラウは目を閉じて佇む。

 自分が存在することでイリを苦しめるのなら、自分はいない方がいい。

 それがベルフラウの意志だった。

 かつてきった啖呵は嘘ではなく、彼女は本気でイリのために命を賭けているのだ。

 

「イリ……ごめんね……愛しているわ」

 

 目を閉じて抵抗の意志を見せず断罪の時を待つベルフラウの頭上に光が発生して降り注ぐ。

 

「そんなの間違っています! 果てしなき蒼<シャルトス>!!」

 

 その光を切り裂いたのは蒼色に輝く魔剣だった。

 飛び上がり、ベルフラウの頭上に迫った誅殺の光を裂いた白い髪のアティがベルフラウの前に降り立つ。

 

「先生!?」

 

「ベルフラウさんの命を奪っても何も解決しません! それどころかイリの食欲を抑えられる人がいなくなってしまうんですよ! それこそ源罪が言った通りイリが孤独になって苦しむだけじゃないですか!」

 

「都合のいい真実だけを話して相手を誘導する……メルギトスの常套手段だ」

 

 アティとネスティの言葉を聞いてベルフラウはハッとする。

 自分はイリへの想いを利用され、思考を誘導されていたのだと気づかされたからだ。

 

「もう少しで邪魔者を排除できるところだったのに……残念ですが仕方ありません。力ずくで排除させてもらいましょうか! なにせこちらには異識体がいるんですからねぇ!」

 

 源罪が実力行使に移ることを宣言し、アティ達はそれに応じて武器を構えた。

 人の心を理解していない異識体と人の心をよく理解している源罪。

 恐るべき二つの脅威が動き出そうとしていた。

 

 




次回真ボス『イリデルシア』戦。

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