招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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今話のタイトルはカルマルートで使用する予定だったタイトルです。


楽園ヲ喰ラウ者

 言葉によってベルフラウの心を惑わしていた源罪はついにその恐るべき力を振るわんとする。

 戦闘態勢を整え始める仲間たちと同じように武器を構えようとしたベルフラウだったが、後ろにいるアメルに制止されてその手を止めた。

 

「ベルフラウさん、あなたにはお願いしたいことがあります」

 

「何でも言って頂戴。私がイリのために出来ることなら」

 

 後ろをふり返ったベルフラウがアメルの目を見つめてそう言うとアメルは嬉しそうに笑った。

 目の前の女性は本気で種族の違う相手を愛しているのだとその言葉とその目に灯された意志から読み取ったからだ。

 豊穣の天使アルミネもそうだった。

 天使の身で一人の人間──アルス・クレスメントを本気で愛していた。

 

「メルギトスの源罪を倒しても根本的な解決にはなりません。あの源罪自身が言った通り、イリさんの食欲を焚きつけているだけだと思います」

 

 たとえ源罪を消し去っても既に目覚めたイリの食欲が止まることは無い。

 この事態の根本を解決しなければならない。

 つまり──。

 

「食欲のほうをどうにかしろっていうのね?」

 

「ええ、その通りです。源罪が食欲と結合しているのなら、イリさんの中の源罪の気配を追えば食欲に辿り着けるはずです。誘導は私がやりますから。私の手を握って……目を閉じて……」

 

 ベルフラウはアメルの言葉に従いその手を取ると目を閉じて意識を埋没させる。

 ベルフラウとイリの繋がり──広大な糸の海へとその精神を飛び込ませた。

 

 

 

 源罪が言葉による奸計から力による排除へ移行することを宣言すると、イリの魔力が解き放たれる。

 辺りに魔力が吹き荒れて大気が震え、物理的な風が発生していた。

 アティたちはそれに吹き飛ばされないように懸命に踏みしめる。

 異識体の身体に漲る界の意志を超えるほどの魔力に酔いしれた源罪は自身に立ち向かおうとする矮小な者たちを見下ろして嗤う。

 

「うひひ……ひゃはははは……あーっはっはっはっは! 素晴らしいですよ、異識体の力は。運命の糸を律するどころか思うがままに運命の糸を生み出せる……思い通りに世界を操れる存在。世界そのものを舞台とした操演者となれるわけです。ひひひ……」

 

 メルギトスの源罪による人の心を弄ぶ言葉と奸計、異識体の操り糸、そして異識体の持つ魔力によって世界そのものを手の平の上にのせて玩具とする操演者。

 メルギトスの源罪と異識体が組み合わさることによってリィンバウムに発生した脅威。

 今までに戦ったこともない強大過ぎる敵を前に──マグナは絶望していなかった。

 剣を強く握りマグナは源罪へ一歩近づく。

 

「源罪<カスラ>……お前が自分の思い通りに運命を生み出すと言うのなら……俺は因果を超える者……超律者<ロウラー>としてお前が生み出す運命を超えてみせる!」

 

 かつて運命を律するとして恐れられたクレスメントの一族の称号『調律者』ではなく運命を超える者『超律者』の称号を名乗ったマグナはその声を自身の宿敵に向ける。

 マグナが名乗りを終えるとアティも前へと踏み出してマグナに並んだ。

 

「私は……救い、切り開く者……抜剣者<セイバー>として! ベルフラウさんとイリの絆を守ってみせます!」

 

 アティもマグナに続いて抜剣者の称号を名乗る。

 魔剣の適格者として切り開く者であり救うもの。

 SaberでありSaverでもある者。

 その声を核識の間に響かせて名乗りを上げるとアティは自身の手にある果てしなき蒼<ウィスタリアス>を見つめ、果てしなき蒼が誕生したあの日の事を思い返していた。

 あの日ウィゼルは魔剣の魂となるアティ自身の確固たる思いが必要だと言った。

 そしてアティは答えを見つけ出して決意をしたのだ。

 

『生徒に叱られたり、守られたりする情けない先生だけれど……ベルフラウの笑顔を守りたい』

 

『ベルフラウとイリがしてくれたように、二人を守りたい』

 

『二人にはずっと仲良くしてほしい』

 

『ベルフラウとイリの間にある絆を守りたい』

 

『何があろうともベルフラウとイリの絆を守って見せる』

 

 砕けた碧の賢帝<シャルトス>を打ちなおしたあの日、果てしなき蒼<ウィスタリアス>に込めた確固たる想いと誓いを今ここに。

 蒼き魔剣と共に想いと誓いを胸に掲げる。

 

「みんな、勝ちましょう! この島と……この世界と……二人のかけがえのない絆を守るために!!」

 

「ほざけぇええええ! この圧倒的な力の差を前に……そんなことが出来るものかよォ!!」

 

 アティが掲げた蒼く澄んだ魔剣を構えなおすと、黒い風を纏わせたイリデルシアが源罪の声とともに巨大な八本の脚を動かして巨体を揺らし、耳障りな異音を核識の間に響かせた。

 

 

 

 ベルフラウはかつて新たな力を得るために訪れた場所──糸の海の中を移動していた。

 かつてと違うのはベルフラウを先導するように前方を浮かぶ光の存在があることだった。

 光に従って糸の海を掻き分けて進んでいるとついにその果てが見え始める。

 ベルフラウとイリの繋がりである糸の海を抜けると宙に放り出されたような浮遊感のあとにベルフラウは薄暗い空間に降り立った。

 

 自身が降り立った足元の感触に違和感を覚えたベルフラウが地面を見下ろすと、幾つもの糸が織り重なった糸の層が足元に広がっていた。

 一面に広がる糸の層──それは異識体が創造した世界、繭世界<フィルージャ>の再現。

 ベルフラウとイリの繋がりの先──イリの深層意識内には疑似繭世界とも呼べる空間が広がっていた。

 そしてベルフラウの眼前──糸の層で出来た床の上の空間に浮かぶ黒い靄のようなもの。

 アメルによる誘導が上手く行ったのなら、あれこそが──。

 

「あれがイリの食欲なの?」

 

「ギッギィィ。異識体ノ意志ヲ惑ワス異分子ガ……ワザワザ喰ワレニ来ルトハナ」

 

 遺跡に来る前に戦ったイスラやアズリアと同じようにベルフラウを異分子と呼んだ靄はその形を忙しなく変えている。

 

「喰われに来たわけじゃないわ! あなたを倒しに来たのよ。イリとずっと一緒にいるために!」

 

 当然ながらベルフラウは自分からエサとして食べられにきたわけではない。

 彼女の護衛獣であり、今は結婚までして夫となったイリとずっとに一緒に居たいという願いを叶えるためにここに来たのだ。

 

「愚カ! 異識体ハ全テヲ喰ラウ者! 全テヲ奪ウ者! 我ハソノ食欲ソノモノ! 我コソハ宿業<カルマ>! 宿業ノイリデルシア! 異識体ガ身ニ宿ス業ノ具現ナリ!」

 

 宿業<カルマ>のイリデルシアを名乗ったそれこそがイリの食欲そのもの。

 ベルフラウと出会い、他者と共に在ることを知った『イリ』ではなく、他者を喰らい孤独こそを是とする『イリデルシア』。

 かつてイリがベルフラウを裏切った原因。

 ベルフラウに存在によって抑えられていたもの。

 いつか抑えられなくなり全てを喰らうもの。

 かつて五つの世界を消滅寸前までおいつめたもの。

 イリの中で荒れ狂う飽くなき衝動そのもの。

 イリがその身に宿した業そのもの。

 ベルフラウの願いを阻むもの。

 そして──ベルフラウが倒すべき最大の敵。

 

「イリは喰らうだけじゃない! 奪うだけじゃない! 私と二人で娘を生んだもの!」

 

「娘……無駄! 無意味! 異識体ハ簒奪ト浪費ヲ繰リ返ス者! 自ラガ生ミ出シタ後継者サエモ自ラガ喰ラウ! ソレヲ何度モ繰リ返シテキタ! ドレダケ願オウトモ……異識体ガ何カヲ残スコトナドッ! アリハシナイノダ!!」

 

 ベルフラウは二人の間の娘フランネルの存在でもって、イリが喰らい奪うだけの存在ではないと主張するが宿業のイリデルシアはそれを無意味だと断じた。

 それは──イリは今までに何度も自身の後継者となる存在を生み出してきたからだ。

 かつてイリは自分が存在した証を残したいと願い、後継者を生み出した。

 だが後継者を生み出したはずのイリはずっと孤独だった。

 何故ならば──喰らってしまったからだ。

 後継者が育つのを待っていたイリは我慢しきれずに喰らってしまった。

 そしてイリは新たな後継者を生み出してまた我慢出来ずに喰らってしまった。

 後継者を生み出すたびに我慢出来なくなっては喰らう、そのサイクル。

 それを何度も何度も何度も何度も繰り返し──イリはずっとひとりぼっちだったのだ。

 

 そしてベルフラウは理解する。

 自身を裏切ったイリを喚び自身の想いをイリに伝えたあの日、イリが何度も『我慢出来なくなる』と言っていたその理由を。

 あれはイリの経験則。

 何度も我慢できずに喰らってきた経験があるからこそ出た言葉なのだ。

 イリ自身ですら逃れ得ぬ業。

 イリの宿業とはイリ自身の願いをも阻むものに他ならない。

 それを理解したベルフラウは目を閉じて深呼吸をすると再び目を見開き、宿業のイリデルシアを敵意のこもった眼差しで見つめる。

 ベルフラウは目の前の宿業のイリデルシアを名乗る存在がイリにとってどのような存在なのか判断し──絶対に滅ぼすべき敵だと断定した。

 そしてベルフラウが次に口を開いたのはアティが抜剣者の名乗りを上げたのとほとんど同時だった。

 

「宿業のイリデルシア……あなたがイリ自身の願いを阻むと言うのなら……私たちの未来を喰らおうと言うのなら……私はイリとイリの願いを結ぶ者、イリと魂を響かせ合い共に生きる者──響命者<ハーモナイザー>として……私とイリの幸せな未来を作り上げてみせる!」

 

「却下! 否定! 妄言! 妄想! 幻想! 空想! 虚妄! 笑止ッ!」

 

 宿業のイリデルシアはベルフラウの言葉を否定するとその靄のような身体を広げて大きくなっていく。

 広範囲に広がった靄は拡大を辞めると蠢き、形を成していく。

 まず形が出来たのは太く長い脚。

 先端が鋭く尖り爪のようになっている巨大な脚が八本。

 そして頭部。

 その口は円形で周囲にいくつもの鋭い牙が並ぶ全てを喰らう口。

 その頭部の左右には砲塔のようなものが出来上がり、明らかに攻撃用のものだと察せられる。

 宿業のイリデルシアの姿は今アティたちが戦っているイリと同じ大蜘蛛の形態をとった異識体のものだ。

 だがベルフラウの知るイリとは決定的に違う。

 何故ならその体色は白い大蜘蛛であるイリの対極──黒だからだ。

 宿業のイリデルシアはその黒い身体の所々に紅い光を灯すとその頭部にある目のような発光体を輝かせた。

 

「融合捕食! 完全同化! ギシシッ……リィンバウムゴトッ! 我ニ喰ワレテ消エルガイイ!」

 

 黒い大蜘蛛は異識体本来の在り方を歪める異分子を睥睨しそれを喰らわんとする。

 巨大な黒い脚が振るわれるとそれを斜め前に跳んで避けたベルフラウはそのまま自身が打倒すべき敵へと駆け出した。

 ベルフラウ自身の願いを叶えるために。

 イリの願いを叶えるために。

 

 

 

 核識の間では既にアティたちの戦いが始まっていた。

 各々が武器を手に源罪とイリデルシアに立ち向かって行く。

 アティも果てしなき蒼で白いイリデルシアの脚を斬りつけるがその巨体故に大きなダメージを与えたような手ごたえはなかった。

 

「全く……雑魚もこれだけ多いと煩わしいですね。折角の機会ですし教えて差し上げましょうか。実力行使とは何も破壊力に任せることだけを言うのではないのですよ」

 

 アティたちの攻撃を儚い抵抗だと嘲笑する源罪が打った手は──糸だった。

 イリデルシアの身体から操り糸が伸びるとアティたちに向かっていく。

 まず糸が狙ったのは糸を断ち切ることが出来る存在であるアティ以外だ。

 通常の武器では切れないその糸はただ避けるしかない。

 それに捕まってしまったのは前衛組よりも動きが鈍い召喚師たちだった。

 まず幼いミニスの身体に糸が繋がれ、次にネスティの身体にも糸が接続される。

 

 その糸の効果をアティたちは知っている。

 その糸こそ島の住人たちを操っていたものと同一のものだからだ。

 それによってどのような結果が起こるか知るアティは果てしなき蒼を手に駆けるとミニスとネスティの糸を断つべく剣を構える。

 だがその背後から糸がすぐそこまで迫っていた。

 そう、ミニスやネスティはアティの隙を作るための囮に過ぎなかった。

 本命は糸への対処法を持つアティだったのだ。

 

「アティさん! 後ろだ!」

 

 マグナが気づいて叫ぶが既に糸はアティまであと僅かな距離まで迫っており──そして接続された。

 

「そんな……」

 

「ひひひ……さあ、踊りなさい。この世界の操演者たる私の手のひらの上で朽ちるまで踊り狂い続けるがいいわ!」

 

 アティが糸に捕らわれたことで糸を断ちきれるのは同じ魔剣の所有者であるベルフラウだけとなってしまった。

 しかしベルフラウは既に別の戦いを始めてしまっており力を借りることは出来ない。

 つまり操り糸への対処法を持たないマグナたちはこのまま全員源罪の操り人形になるしかないのだ。

 誰もがその状況に絶望し、リィンバウムは源罪の手に堕ちてしまうのだと悟ってしまう。

 

 その時だった。

 操り糸とは違う糸が後方から現れるとそれはアティ、ネスティ、ミニスに繋がって──それに弾かれるようにアティたちの操り糸が外れて消えてしまった。

 驚いて後ろを振り向いたマグナたちが見たのは両手を前に突き出して指先から糸を伸ばすフランネルの姿だった。

 フランネルの糸はマグナたちにも繋がり、マグナたちは己の内から湧き上がる力を感じていた。

 

「これは一体……? 身体の中から力が湧き出てくる!」

 

「『トラン・スレイグ』……お父様とお母様の娘である私を忘れないで欲しいわね! あなたがみんなの心と運命を操る操演者なら……私は勝利の可能性を指し示し、輝かせる者……指輝者<コンダクター>としてみんなを勝利へと導いてみせるわ!」

 

 フランネルの使ったトラン・スレイグはイリの使うものとは少し違った。

 イリのトラン・スレイグは自身だけを強化するものだがフランネルのそれは自身以外を強化するものだ。

 それは異識体であるイリの性質と人間との響界種であるフランネルの性質の差が原因なのだろう。

 白い髪の少女が母親と同じ青い瞳で自身の父親を唆した源罪を睨むと己の企みを阻止された源罪が吼える。

 

「異識体の娘!! 本来存在しないはずの……存在してはいけないイレギュラーが……消え去れぇええ!」

 

 本来なら異識体が他者と何かを生み出すなどということはありえない。

 ましてやそれが異識体に喰われずにまだ存在しているという事態はありえないイレギュラーなのだ。

 何故なら異識体は個で生命を創造出来る存在であり、自身が創造した生命を我慢できずに喰らう存在なのだから。

 そのイレギュラーを消去するために二つの砲門から放たれた破滅の一撃は操り糸から解放されたアティの輝く魔剣とマグナの魔力を纏わせた剣によって受け止められる。

 

「やらせません! フランネルちゃんはここに生きています! それをイレギュラーなんて呼んで否定する権利なんて誰にもありません!」

 

「イレギュラーなんかじゃない、必然で生まれた命なんだよ!」

 

 トラン・スレイグによって力を増したアティとマグナは攻撃を防ぎきると確信する。

 身体から溢れ出すほど力が漲る今ならばこの強大な相手にも太刀打ち出来ると。

 

 

 

 ベルフラウは立て続けに振り下ろされる黒い脚を躱しながら走り宿業のイリデルシアに接近すると自身の心に宿る魔剣不滅の炎<フォイアルディア>を喚び出す。

 抜剣覚醒により白くなった髪をたなびかせるベルフラウは自身の右腕に出現した橙色に輝く魔剣で宿業のイリデルシアの身体に切りかかる。

 

「ギッ!? ギィイイイイ!?」

 

 その攻撃を大したものではないと想定していた宿業のイリデルシアは予想外に大きい痛みを受けて叫ぶ。

 封印の魔剣とは心の刃。

 ベルフラウの心そのものである刃はイリの心にある食欲そのものである宿業を傷つけることができる数少ない武器の一つだった。

 さらに不滅の炎は浄火の力を持つ魔剣だ。

 その斬撃は宿業そのものを浄化せんとする炎の一撃なのだ。

 つまり不滅の炎とは宿業のイリデルシアに対して特効ともいえる唯一の武器。

 ベルフラウが追撃に舞うような美しい剣技を繰り出すと何度も宿業のイリデルシアの身体が斬られて焼かれていく。

 

「勝つのは私よ! 勝ってイリとずっと……」

 

「贄ガ! 思イ上ガルナァ!」

 

 自身に傷をつける愚か者への怒りを燃やした宿業は左右二本計四本の脚をベルフラウを挟み込むように勢いよく振るう。

 空間を切り裂く風切り音とともにベルフラウに迫る四本の脚の内の一本が躱しきれなかったベルフラウの胴を打ち据える。

 

「きゃあ!?」

 

 悲鳴を上げたベルフラウは脚に弾き飛ばされて糸が織り重なる床へとごろごろと転がった。

 確かに不滅の炎は宿業のイリデルシアを傷つけることが出来る武器だ。

 だがベルフラウが有利というわけではない。

 宿業のイリデルシアの攻撃は強力無比でありその全てがベルフラウの攻撃よりも重い。

 不滅の炎を持つことでベルフラウはようやく勝負という土俵に立っただけなのだ。

 

「負けないんだから……絶対に負けたりなんか……しないんだから!」

 

 ふらつきながらも立ち上がるベルフラウの眼にはまだ闘志が灯っていた。

 強大な敵を前に未だ勝利を掴む意志を見せるベルフラウの姿に対し宿業はイラついたように吐き捨てた。

 

「敗北確定! 勝率皆無! 抵抗ハ無意味! 愚カ者ガ……誅殺!!」

 

 次に宿業のイリデルシアが放とうとする攻撃はベルフラウが何度も見たことがあるよく知る攻撃だ。

 虚空から出現した光を見ずに前を向いたまま躱したベルフラウは跳び上がると宿業のイリデルシアの頭部へと魔剣を突き立てた。

 

「ギッギリィイイイイイ!!」

 

 宿業の存在そのものを焼くような痛みに絶叫を上げた黒い巨蜘蛛はベルフラウを振り払おうと脚を振るうがベルフラウは咄嗟に黒い頭部を蹴って離れる。

 空中を落下しているベルフラウに黒い二つの砲門の先が向けられた。

 

「空中デハ躱セマイ! 破滅セヨ!」

 

 砲の内部に魔力の光が輝いたのを見たベルフラウは不滅の炎を構えると次に放たれた破滅の力を輝く剣で受け止めた。

 緑色のビームを受けたベルフラウは吹き飛ばされて糸の層に叩きつけられる。

 身を起こしたベルフラウの受けたダメージは大きいが──その顔に浮かぶのは不敵な笑み。

 宿業のイリデルシアの攻撃は確かに重く強力だ。

 だがベルフラウは見たことがあるのだ。

 イリが振るった脚の先端がディエルゴの体躯を貫いたのを。

 イリが放った緑色のビームがディエルゴにとって重要な装置である共界線を制御する柱を打ち砕いたのを。

 

 ベルフラウが受けた宿業のイリデルシアの攻撃はそれと同一のものだった。

 だが実際に身体で受けたベルフラウは確信した。

 確かに強力な攻撃だがディエルゴとの決戦で放たれたイリの攻撃よりも威力が低いと。

 その原因についてもベルフラウは既に推測していた。

 ベルフラウが核識の間に入った時に見た光景──イリがフランネルから離れるように後ずさっていたあの光景から推測されるのは。

 

「宿業<カルマ>……あなた、全力を出せていないんでしょう? イリの意志に邪魔されて」

 

 ベルフラウがはじき出した答えはイリ自身の意志が宿業に抵抗しているということだった。

 だからこそイリはフランネルを喰らわずに離れた。

 だからこそベルフラウへと振るわれる攻撃の威力が落ちている。

 それを指摘された宿業はベルフラウに憎しみの篭った視線を向ける。

 

「ギリギシィイイイイ! 異分子ガ……貴様サエ居イナケレバ……異識体ノ意志ヲ惑ワス貴様サエ居ナケレバ……我ガ異識体ノ全テヲ掌握出来ルトイウノニ!!」

 

 源罪がイリにフランネルを喰らわせようとしていたのも、宿業がイスラの影法師<ズィルウ>を直接操作してベルフラウを排除しようとしたのも、源罪がベルフラウを惑わして排除しようとしたのも全てはそれが理由だ。

 ベルフラウとフランネルを排除することでイリが食欲に抵抗する理由を無くすためなのだ。

 

 ベルフラウへの憤怒と憎しみによって黒い大蜘蛛の身体が沸騰したように泡立っていくと肥大化しつつもその形を変えていく。

 警戒するベルフラウの目線を受けながらも姿を変えた宿業は新たな形態へと変化した。

 内側に棘が生えた禍々しい光輪とそこから生える八枚の翼。

 太く頑強な腕と巨体を支え疑似繭世界を踏みしめる足。

 後ろへ生えた二本の角と捩じれた二本の角を持つ竜の頭部。

 そしてその腹には噛み合わさった大きな牙が生えた二つめの口。

 それこそが異識体の狂気と欲望の到達点。

 これこそが異識体の無尽蔵の食欲と宿業の象徴。

 黄金の竜──異識体・狂竜。

 

「ギシッギシシ! 絶望セヨ! 喰ワレヨ! 贄トシテ捧ゲラレヨ!」

 

 界の意志<エルゴ>の概念すら超越してしまった絶対的な上位者である狂竜が降臨する。

 疑似繭世界に狂竜が現れたその光景は、かつて繭世界で行われた世界の存亡を賭けた戦いの光景に似ているが──あの決戦の時とは違い、狂竜に立ち向かっているのは勇者たちではなくベルフラウただ一人だ。

 

「私は絶望なんてしないわ。だって……」

 

 だが絶大なる邪神を前にしてもベルフラウの意志は屈していなかった。

 何故なら──。

 

「私は一人じゃないから! 来て、イリ!」

 

 イリの意志が今も宿業に抵抗しているのならばきっと──。

 イリの深層意識内であるこの疑似繭世界の中でならきっと──。

 

「ギィイイ!」

 

 イリの意志がベルフラウの喚びかけに応えてくれるはずだから。

 

 

 

 

 




真ボス戦は現実世界側と精神世界側を切り替えながら戦うザッピング方式。
宿業のイリデルシアは食欲そのものであり、メタ的な意味ではその名前の通りカルマルートそのものでもあります。

サモンナイト恒例行事、称号名乗りを終えて戦意は十分。
役者も揃い、戦いは後半戦へ。
イリ&ベルフラウ VS イリデルシア開始。

・現実世界:核識の間アティ側
VS源罪のイリデルシア

・精神世界:疑似繭世界ベルフラウ側
VS宿業のイリデルシア

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