招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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イツカ夢見タ明日ヘ

 精神世界内でベルフラウが対峙する宿業のイリデルシアが狂竜へと姿を変じさせていたころ、現実世界での戦いも激しさを増していた。

 フランネルのトラン・スレイグによって強化されたアティたちのイリデルシアへの攻撃は有効打となり、それに応じて源罪の攻撃も激しくなっていく。

 

「私はお母様とお父様と一緒に居たいのよ! あなたなんかに私たちの日常を壊させはしないわ!」

 

 指から伸びる糸──トラン・スレイグによってアティたちに力を供給するフランネルは源罪を睨み付ける。

 彼女が大好きな母と父との平穏な日常は現在によって壊されようとしている。

 フランネルにはそれが我慢ならなかった。

 母は時々娘に残念な部分を見せるし、父はそもそも価値観が大幅にズレている。

 それにフランネルとパッフェルが振り回されたり苦労させられることもある。

 それでも母がいて、父がいて、パッフェルがいて、そこに自分がいる──その日々が彼女にとっての宝物だった。

 

「一緒にいたい……? 何故です? 何故世界を喰らう化け物と一緒にいたいなどと願うのですか? 命が惜しくないのですか? いつ喰われるかも分からないのに……怖くはないのですか?」

 

 源罪にとってフランネルの願いは心底不可思議だった。

 世界を脅かす化け物の近くにいること自体が恐怖であり、命惜しさに逃げ出して離れるのが普通だ。

 勿論、異識体がその気になったら世界ごと食べられてしまう以上、どこにも逃げ場などないのだが。

 

「怖くなんてありませんよ。イリを信じていますから」

 

 アティは蒼く輝く魔剣を振り下ろしてイリデルシアの脚を攻撃すると怖くないと言い切った。

 

「理解……出来ない。あなたがたは全てを喰らう業を背負った存在を……界の意志をも超える存在を……信じると言うのですか?」

 

「源罪……人の心は理論や理屈だけじゃないんだ」

 

 メガネ越しに鋭く目を光らせるネスティが召喚したロレイラルの召喚獣のレーザーが空から降り注ぎ、イリデルシアの脚を打ち据える。

 

「誰かと一緒に居たい、その思いに損得なんて関係ないんですよ」

 

 イリデルシアの脚が振り下ろされ、傷ついた仲間たちをアメルの力が癒していく。

 

「俺だって普通の人からしてみれば化け物だよ。クレスメント家の罪と調律者の魔力を持つ俺は許されない業を背負う化け物だ。それでも……そんな俺にも一緒に居てくれる人たちがいるんだ! どんな存在かなんて、どれだけ強い力を持っているかなんて関係ないんだよ!」

 

 クレスメント家はかつて許されざる罪を犯した。

 他でもない悪魔王メルギトスと取引して強大な魔力を手に入れた彼らは取引を反故にした。

『リィンバウムへの門を開く』という対価を踏み倒し、メルギトスを騙した彼らはメルギトスの報復を恐れて更なる罪を重ねていった。

 メルギトスに対抗するため、人間の味方だった豊穣の天使アルミネを機械による強化改造と自我の消去を施した兵器──召喚兵器<ゲイル>にしてしまったのだ。

 人間の味方をしてくれていた異世界の友人たちはそれに怒り、人間たちを見捨ててしまう。

 メルギトスを騙して怒らせたばかりか、リィンバウムが異世界の友人たちに見放される原因を作ったクレスメントは大罪を背負う家名なのだ。

 

「分からない……源罪である私が……ココロの闇と結びつく私が……ニンゲンのココロが分からないだと!? 何故無闇に信じられる? 何故私に立ち向かえる?」

 

 困惑した様に問うメルギトスの源罪に答えを返したのはアティの諭すかのような声だった。

 

「本当に分からないんですか? こうして結果にも出ているのに」

 

「な、なにを……」

 

「あなたの言う通り、イリは界の意志を超える力を持つ存在です。だったらおかしいですよね? あなたと戦っている私たちはまだ生きて存在しているんですから!」

 

「お父様の力なら私たちの存在そのものを消滅させることなんて簡単よ。でもあなたはそうしていない……いや、出来ない! お父様の意志があなたの力を押さえているんでしょう?」

 

 界の意志を超える魔力を誇るイリのもつ力は強大で、それを前にしたアティ達がまだ立っていること自体が本来なら奇跡とも呼べることだがそれだけではない。

 イリはかつてこの島の共界線の要であったディエルゴに代わり島の共界線を支配している。

 イリならば敵対者の共界線に直接干渉して存在そのものを消滅させることすら出来るのだ。

 それなのに未だアティたちは消滅していない。

 つまり──アティ達が今も生きて存在していること自体がイリを信じられることの根拠。

 

「ふふふ……確かにその通りですよ。ですが……だからどうだと言うのですか? 異識体の力が抑えられていてもなお、私とあなたがたの間には大きすぎる力の差が広がっている! 貴様らに勝ち目などありはしないのだ!」

 

 源罪は異識体の意志による抵抗を素直に認めたが、その余裕は崩れていない。

 出力が減少していても酔いしれてしまうほどの膨大な魔力は圧倒的だ。

 

「まあ……その力の差は気合でどうにかするさ」

 

 フォルテが大剣を振り下ろすとその重さが威力に加わってイリデルシアの脚を傷つける。

 

「それに私たちには仲間がいるもの! 来て、シルヴァーナ! 『ガトリングフレア』!」

 

 ミニスが召喚したのはミニスの相棒である銀の翼竜だ。

 ミニスの意志に応えたシルヴァーナのブレスがイリデルシアの脚を焼いて焦げ付かせる。

 

「そうだよな……メルギトスを倒した仲間たちが一緒なんだ!」

 

 膨大な魔力を纏わせた剣を振り下ろすマグナは不敵な笑みを浮かべた。

 メルギトスとの戦いも絶望的だったが、それでも仲間たちと共に乗り越えてきたのだ。

 それが彼らの自信となる。

 

「小癪な!」

 

 イリデルシアの口から糸が伸びるとマグナの首を締め上げる。

 心を操る糸ではなく物理的な力を持つ糸はマグナを絞め付けて苦しめる。

 

「もがきなさい! 苦しみなさい! このままくびり殺してくれるわ!」

 

 マグナが糸を必死に引きはがそうとしているのを見て嗤う源罪はマグナを絞め殺すべく糸の力を強くしていく。

 

「やらせませんよ! 力を貸してください! 天兵! 天誅斬!」

 

 アメルが召喚した天使がマグナの首を締め上げる糸を切り裂くと解き放たれたマグナは鉄の床に着地する。

 それを視界の端で確認したアティは果てしなき蒼を構えると神経を研ぎ澄ませ、魔剣に強く想いを込める。

 

「絶対に守ってみせます! 私はベルフラウさんの先生だから!」

 

 アティの想いに応じて強く輝く蒼穹の魔剣は蒼い弧を描いて残像を残しながら──イリデルシアの脚を切り裂いた。

 度重なるダメージが蓄積され、全ての脚が動きを停止する。

 脚がその体重を支えられなくなりその巨体が揺らいでいく。

 

「ば、ばかな……こんなことが……」

 

 そしてついに──イリデルシアの胴体が核識の間の床に崩れ落ちた。

 核識の間を覆っていた巨体が大きな振動と共に床に激突するのをアティたちは呆然と見つめていた。

 

「勝った……のか? 俺たち……」

 

 マグナの言葉が耳に届くと皆が勝利を実感しはじめた。

 

「そうです! 勝ったんですよ! これで──」

 

「ひひひ……ひゃははははははは!」

 

 アティの声を遮ったのは源罪の嗤い声だった。

 その声と共に赤い靄が発生するとイリデルシアの身体を包んでいく。

 

「これは……まさか!?」

 

 アティはこの赤い靄を見たことがあった。

 これは無色の派閥との最後の戦いで見たのと同じ光景だ。

 靄が晴れるとアティたちの視線の先に白い翼膜が見える。

 役に立たなくなった脚は既に消え、代わりに生えた八枚の白い翼がイリデルシアの身体を飛翔させている。

 その背後には外側に向かって棘の生えた禍々しい光輪が現れ、その地位を──世界を喰らう創造主の地位を主張していた。

 

「勝ったとでも思いましたか? 一瞬でも勝ったと思いましたか!? あっはははははははは! 言ったでしょう? 勝ち目はない、と」

 

 かつてオルドレイク達無色の派閥を蹂躙した力が今度は敵となり、アティへと牙を剥く。

 

 

 

 黄金の竜が上空から強襲すると白銀の竜はその巨体からは想像できない俊敏さで後ろへ跳んで回避し、口を大きく開いてその内に蓄えられた魔力を放出した。

『絶大なる邪神』の一撃に相応しいブレスが狂竜へと向かうと狂竜も口を開いて同様の攻撃を繰り出す。

 魔王がありえないと評した魔力同士がぶつかり合うとその衝撃波で疑似繭世界を構成する糸が揺れ、ベルフラウは自分とは存在の格が違うもの同士の戦いに瞠目する。

 お互いのブレスを打ち消し合った狂竜と響竜は相手に掴みかかると格闘戦を始めた。

 金と銀が混じりあう光景を目にしたベルフラウはこのまま見ているわけにはいかないと自らも戦闘に参加するべく走り出した。

 

 駆けるベルフラウが目指すのは狂竜の腹部の口の中に存在する赤黒い球体。

 ベルフラウの記憶が消えなかったことに動揺し、激怒した狂竜は今まで隠していたあの球を晒した。

 怒りと同時に腹の口を開いたことからあの口を解放することには狂竜にとってベルフラウを倒すための何かしらのメリットがあり──今まで隠していたことから同時にデメリットもあるはずなのだ。

 ベルフラウはあの球体こそが狂竜の弱点に類する部分ではないかと推測した。

 狂竜と響竜が組み合い動きが止まると響竜の尻尾に跳び移ったベルフラウが尻尾を伝って背へと駆け、銀の腕へと移りその上を危なげなく走る。

 そしてその上から飛び降りて不滅の炎を赤黒い球体へと振り下ろした。

 

「なっ!?」

 

 だがその刃は見えない壁に弾かれ、ベルフラウが驚愕に目を見開く。

 弱点と思われていたあの球体は不可侵の防壁によって護られていたのだ。

 

「安易! 軽率! 餌食! 馬鹿ガ釣レタカ……誅滅!」

 

 狂竜がベルフラウを嘲笑うとベルフラウ目がけて赤い光が降り注いだ。

 

「きゃああ!?」

 

「ベルフラウ!?」

 

 光に貫かれたベルフラウは悲鳴と共に糸の層に叩き落とされ、ベルフラウの身を案じたイリがそちらへ目を向けると宿業のイリデルシアはその隙を見逃さず尻尾をイリの胴に叩きつけた。

 

「他者ヲ気ニカケル……愚カ! 完全ナ個タル異識体ニ他者ナド不要! 他者ナド余計ナモノデシカナイ!」

 

 立ち上がったベルフラウは申し訳なさそうに響竜の顔を見上げた。

 

「……ごめんなさい、足引っ張っちゃったわ」

 

「無謀……蛮勇……無知。左ノ翼ノチカラ『不可侵防護』ニヨッテ奴ハ守ラレテイルヨウダ」

 

 右翼が記憶へ干渉する能力を持っていたように左翼もまた別の能力を持っていた。

『不可侵防護』かつて無色の派閥との戦いでイリがベルフラウを守るのにも使用された不可視の壁を生み出す能力。

 

「もう、知ってたなら教えてくれてもいいじゃない……なんて、私も何も言わずに突っ込んじゃったからお互い様よね」

 

 少し拗ねたように言うベルフラウの視線の先には未だ護りの力を発揮し続ける左翼があった。

 あれから破壊しなければ球体に攻撃することは叶わないだろう。

 

「翼ハ我ニ任セルガイイ。不可侵防護ガ消エタラ──」

 

「私があの球を叩けばいいのね?」

 

 自身の言葉を引き継いだベルフラウに頷いた響竜は吼えると魔力のブレスを放つ。

 

「無理! 不可能! 夢物語! 貴様ラガドウ足掻コウガ、チカラノ差ハ変ワラヌ!」

 

 魔力の奔流を上空へ飛翔して躱した狂竜は翼の破壊を待つベルフラウを睥睨して嗤う。

 

「貴様ハ何モシナイ気カ? ヤハリ足手纏イ! 不必要!」

 

「夫が任せろって言ったんだもの。信じて待つのもいい妻ってものよ」

 

「戯言ヲ……」

 

 嗤われてもそれを気にせずにイリへの信頼からか笑みを浮かべるベルフラウを見て機嫌を損ねる狂竜だったが、ベルフラウが信じるイリが自身へ飛び掛ったことで視線の変更を余儀なくされる。

 

「我ハベルフラウノ夫ラシイ。ギシシッ! 何時マデモ待タセルワケニモイクマイ!」

 

「他者……依存……夫婦……不快! 不要! 消去! 滅ビヨ!」

 

 黄金の竜の口に魔力が集まると自身へ掴みかかっている白銀の竜の肩へと放つ。

 あまりにも膨大な魔力が白銀の身体を焼き、イリは激痛に悶えた。

 

「ギッギアアア……ム、無敵ッ! 絶対──無敵ナリ!」

 

 襲い続ける痛みを受けるイリが想起したのは自身を信じて待つベルフラウの笑顔だ。

 他でもない異識体が、完全な個を名乗る異識体が任せろと言ったのだ。

 それをたがうことなどあっていいはずがない。

 内より強い力が湧きだすと苦痛に耐えながらも、イリは狙いを定め竜の口から魔力を解き放つ。

 指向性を持ったその魔力は黄金の左翼へと向かい──貫いて爆発した。

 

「ギィイイイイ!? マ、マダダ!! 我ガ翼ハマダ……」

 

 左の翼より爆発が起きて狂竜が右へとよろめく。

 黄金の輝きが鈍くなり、朽ちかけた左翼だがまだその権能を発揮していた。

 だが響竜とて一撃で破壊できるとは思ってなどいない。

 狂竜がよろめいた隙にすばやく接近し──。

 

「断絶!!」

 

 その翼を根元から切り落とした。

 

 

 

 飛行形態へ変化したイリデルシアはアティたちへと怒涛の連続攻撃を仕掛けていた。

 遺跡の硬質な床から発生した爪がネスティ達召喚師組を襲い、連続で放たれるレーザーがアティたち前衛組に降り注ぐ。

 それでもフランネルの力によるアティ達の強化とイリの意志の抵抗によるイリデルシアの弱体化が相まって激しい攻撃を耐えることが出来ていた。

 

「本当にしぶといですね。それでは少し趣向を変えてみましょうか」

 

 倒れないアティたちを眺める源罪は新たな一手を打った。

 核識の間の崩れた天井と床に巨大な魔法陣が出現すると回転し始めた。

 

「これは……!」

 

 マグナはメルギトスが全く同じ攻撃を使用したのを見たことがある。

 源罪の記憶を核にしてイリデルシアの魔力により再現されるのはメルギトスの特殊召喚攻撃。

 回転しながら合わさるように移動する魔法陣同士が接触した瞬間、魔力の大爆発が核識の間を包み込んだ。

 

「メルギトスの攻撃!?」

 

 それを魔抗によって軽減し、耐えたマグナが驚愕するとそれの表情を見て声色を愉悦に染めたメルギトスの源罪が嗤う。

 

「まだまだ……これだけではありませんよ。これはどうです?」

 

 サイジェントの街でオルドレイクが召喚し、誓約者たちに倒された餓竜の悪魔王スタルヴェイクの振るう力──巨大な隕石が召喚されると穴が開いた天井から核識の間へと侵入し床へ激突する。

 

 かつてこの場所でハイネルのディエルゴが使用した『存在否定』により床から魔力があふれ出しアティ達を襲う。

 

 少し先の未来に現れる堕竜ギアンの魔力が雨のように降り注ぎ逃げ場を奪う。

 

 遥か遠い未来の人物、遺産継承者ブラッテルンが扱う冥土の力が周囲にまき散らされる。

 

 イリデルシアが今までに喰らった世界の記憶から再現される、過去から未来へ至るまでの時代に存在する者たちの猛攻が繰り返される嵐の中源罪は狂ったように嗤いつづける。

 

「あはははははは! ひゃっははははははは!!」

 

「おいおい、滅茶苦茶じゃねぇかこりゃ……」

 

 常人ならば一瞬で灰燼へと帰すだろう熾烈な嵐の中に、靴の底で鉄の床を踏み高い音を響かせて一歩一歩を踏みしめながら進む者がいた。

 

「イリは今も食欲と戦っているのに……私がここで諦めるわけにはいきません!」

 

 蒼穹の魔剣の主アティの闘志は未だ折れず敵をしっかりと見据える。

 

「アティ先生。私が共界線に接続して一瞬だけあの攻撃を止めるわ」

 

「お願いしますね、フランネルさん」

 

 アティが嗤い声を響かせる源罪とイリデルシアへ駆けると、同時にフランネルの背にイリデルシアの背後にある物と同じ形の光輪が現れ共界線へと意識を埋没させる。

 フランネルは思うのだ。

 このタイミングで父親が共界線の扱い方を教えるなどと言いだしたのは源罪による暴走を予期してのことだと。

 自身を止めるために娘であるフランネルに力を授けたのだと。

 自分は父親に期待されている──そう思うと力が湧いてくるのを少女は感じた。

 

「お父様。あなたの娘フランネルは期待に応えて見せますわ! だから……見ていてください!」

 

 フランネルはこの島の共界線に触れるとその支配権を一瞬奪い──数多の激しい攻撃を消すべく干渉を始めた。

 イリデルシアへと走るアティの頭上から巨大な隕石が迫るがそれに構わず走り続ける。

 

「ひゃははははは!! 気がふれましたか? 自分の頭上にあるものを避けようとすらしないとは!」

 

 だが源罪の嘲笑に耳を貸す必要はない。

 アティがすべきことは自身の生徒の娘がそれを止めてくれると信じてひたすらに距離を詰めることだ。

 

「な……!? 消えた!? 何故です!? 私の攻撃が……」

 

 源罪が動揺した声が聞こえるとアティの口元が弓なりに曲がる。

 源罪の声からフランネルが攻撃を止めてくれたのだと察したアティがそれに応えるためにするべきことはただ一つ。

 

「やぁあああああ!」

 

 源罪が狼狽えたことで動きが止まったイリデルシアへと必殺の一撃を叩きつけることだけだ。

 アティの不屈の意志に呼応して蒼い魔剣が輝くと飛翔していたイリデルシアを遺跡の床へと叩き落とした。

 

 

 

 黄金の翼が切断されて落下を始めると響竜が銀の尾を振って追撃を加える。

 体勢を大きく崩した狂竜が響竜へと吼えると翼の付け根から黒い泡が立ち始めた。

 

「再生! 修復! 復元! 不滅! 無限! 無駄! 翼ノ一ツ、スグニデモ直シテクレル!」

 

「そんな時間はあげないわよ!」

 

 自身の相棒の攻撃が狂竜の翼へと直撃したのを見た時に走り出していたベルフラウは既に狂竜の腹部の口へと接近していた。

 白い髪と赤いスカートをたなびかせるベルフラウの目前には見えない壁が消えて護る物が無くなった赤黒い球体が黒いスパークを放ちながらも胎動している。

 膨大な量の糸が重なって出来た地面を蹴って跳躍したベルフラウと滅ぼすべき敵の距離は手を伸ばせば届くほどだった。

 

 ベルフラウはふと思う。

 ベルフラウがこの名も無き島に漂着したのも、その島が魔剣にまつわる島だったのも、そこでイリと出会ったのも、紅の暴君の主であるイスラと戦ったのも、その魔剣が戦いの中で破損したのも、イリと魂を響かせ合ったのも、魔剣を修復できる人物に出会ったのも、ベルフラウが適格者の素質を持っていたのも、打ちなおした紅の暴君が不滅の炎になったのも──全てが一本の糸によって繋がれていたことだと。

 

 全てがこの時、この瞬間、この一撃のための必然だったのだと確信する。

 ベルフラウが自身の内の感情を燃え上がらせると不滅の炎の刀身も燃える炎のように揺らめく美しい光を放った。

 

「もう二度と……イリを苦しめないで!」

 

 振り下ろされたベルフラウの心の刃が球体を縦に両断すると胎動していた球体は動きを止め──黒い粒子を噴出すると悲鳴のような高音と共に弾け飛んだ。

 

「グギッギギギィ……ギッギギ……アアア……アアアアア!?」

 

 響竜の糸がベルフラウへと伸びるとそれに身を任せて宙に釣り上げられ、銀色の頭の上に足をつける。

 目線が高くなったベルフラウの視界に映ったのは失われた左翼の付け根から黒い粒子を噴き出し、身体がドロドロと崩れ始めた宿業のイリデルシアの姿だった。

 

「あいつ……崩れていくわ。私たち勝ったのね?」

 

「肯定……勝利……奇跡……」

 

 ベルフラウとイリが狂竜を眺めていると健在だった右翼が朽ち果てて落下し、糸の層にぶつかると消滅した。

 

「敗北……何故……不可解……」

 

「あなたは他者に依存する私たちに……私とイリの絆に負けたの。大人しく消えなさい!」

 

「ギシ……ギシシ! ココデ我ヲ滅ボソウト無駄! 徒労! 無益! 我ハ再ビ蘇ル! 異識体ガ異識体デアル限リ……ナンドデモ! 業カラハ逃レラレヌノダ!」

 

 異識体そのものが他者を……世界を喰らい続ける存在。

 同じ意識体である界の意志が世界を見守り育むのに対してあまりにも『異なる』あり方。

 だからこそ『異』識体であり、存在として身に宿した食欲からは逃れられない。

 いつか再びイリの内に全てを喰らう食欲が湧きだすことだろう。

 

「……そう。だったら私が何度だってあなたを叩きのめすわ! あなたが出てこなくなるまで何度だって!」

 

 何度でも現れるのなら、逃れられないのならその度に倒せばいい。

 ベルフラウにとって愛する相手の為ならばそれは苦ではない。

 その答えを示したベルフラウが不滅の炎の剣先を宿業のイリデルシアへと向けると響竜の周囲に四つの朱い呪眼が出現した。

 

「リ、理不尽!? 何故貴様ハソコマデスル!? 貴様ハッ……貴様ハ何ナノダ!?」

 

 朱い邪眼に見つめられる宿業のイリデルシアはもはや竜の姿を保つことすら出来なくなり、竜の口は半ば崩れかけていた。

 今の狂竜に呪眼を止めることなど到底出来ない。

 

「至高! 究極! 最強! ギシャシャシャ! 準備ハイイカ? ベルフラウ」

 

「いくわよ! イリ!」

 

 ベルフラウが頷くと朱い呪眼が消えて世界へと融合する。

 大きく開いた響竜の口元には魔法陣が展開されて輝き始めた。

 

「『絶対消去』!!」

 

 魔法陣からブレスのように放たれた絶対消去の一撃は周囲の織り重なる糸を消滅させつつ宿業のイリデルシアへと迫ると──もはや口の形すら無くして断末魔すら上げられなくなったその存在を消し去った。

 

 

 

 核識の間の床にはアティの放った一撃により地へと堕ちたイリデルシアの姿があった。

 

「ありえません……この私とイリデルシアを倒してのけると……?」

 

 覆るはずのない戦力差だったはずなのに源罪とイリデルシアは倒れ、アティやマグナたちは立ったままだ。

 信じられないと言いたげな源罪だったがもう一つの信じられない事態に驚愕の声を上げた。

 

「宿業が……敗れた!? ニンゲンの弱いココロに……全てを喰らうイリデルシアの欲望が敗れたと言うのですか!?」

 

 イリに喰われた源罪はその内に眠る宿業と結合することでイリの中に存在している。

 苗床となっていた宿業が消えたことで源罪はイリの中に居られなくなるのだ。

 自身とイリの結びつきが薄くなっていくのを感じ取った源罪はイリの身体から引き離されまいとしがみつく。

 その隙を見逃すまいとすかさず動いたのは──アメルだ。

 

「今なら! 光の翼よ! ベルフラウさんの大切な旦那さんから源罪を引きはがして!」

 

 アメルの背に白く輝く翼が現れるとその光が必死にしがみつこうとしていた源罪をイリから引きはがす。

 

「おのれぇ! アルミネェエエエエエエ!」

 

 イリから引きはがされた源罪はイリの頭上にその姿を晒した。

 生物を欲望のままに狂わせる黒い力は結晶となり不気味に蠢いている。

 

「二人とも! 今です!」

 

 アメルが作ったこのチャンスを逃すアティとマグナではない。

 頷いたアティが果てしなき蒼を源罪へと向けるとマグナが駆け寄ってきた。

 

「マグナ君、魔剣に手を添えて。特大の召喚術を打ち込みます!」

 

 アティの右に立つマグナが魔剣の柄へ手を添えると、マグナの反対側からもう一つの手が伸びてきて柄を握った。

 アティとマグナがそちらを見るとアティの左には決意を瞳に宿したフランネルが立っていた。

 

「私もやるわよ! 私はお母様とお父様の娘なんだから!」

 

 アティとマグナがそれに頷くと三人で源罪へ強い眼差しを向けた。

 

「超律者クレスメントと抜剣者、指輝者の連名において命じる」

 

 超律者マグナの人並み外れた魔力が魔剣へと送られる。

 

「私たちの平穏を……」

 

 ベルフラウと異識体の娘である指輝者フランネルが父親譲りの膨大な魔力を魔剣へと込める。

 

「かけがえのない絆を閉ざす闇を打ち払って!」

 

 抜剣者アティが魔剣の機能により共界線から魔力を汲み上げるとマグナとフランネルの魔力に上乗せして三人の協力召喚が発動される。

 召喚されたのは光り輝く天使の翼をもつ紫色の竜。

 怠惰の悪魔王を滅ぼすために竜へと至った天使『至竜レヴァティーン』。

 レヴァティーンの口元に眩しさで目がくらむほどの光が収束すると三人分の魔力を乗せて放つ。

 

「ヒッ……やめろ!! 最強の身体を手に入れたのに!? こんな馬鹿な……馬鹿なぁぁああああ!!」

 

 レヴァティーンのブレス『ギルティブリッツ』が放たれると核識の間全体を覆うほどに広がった光に呑まれ源罪は完全に消滅した。

 

 

 

 ベルフラウの意識がイリの精神世界内から現実世界へ戻り、目を開けたのは丁度源罪が消滅する瞬間だった。

 

「あれは……源罪? 先生たち、やってくれたのね」

 

 アティたちによって源罪が倒され、ベルフラウとイリの意志によって宿業が倒された。

 イリデルシアの身体がみるみるうちに縮んでいくとベルフラウのよく知る小さな蟲イリの姿になった。

 

「イリ!」

 

 駆けだそうとしたベルフラウだったが自分よりも早くイリの元に走った人物の姿を見るとゆっくり歩き始めた。

 

「お父様! 私、成し遂げましたわ!!」

 

 イリの元へと急いで走ったフランネルは何かを期待するかのようにそわそわしながらも自分がやったことを報告し始めた。

 

「期待以上ダ。我ガ後継者ニ相応シイ」

 

「お父様!!」

 

 報告を受けたイリが満足げに言うとフランネルの幼い顔にぱあっと笑顔が咲く。

 フランネルはこの遺跡に来る前までは価値観が違いすぎる父親に自分が愛されているのか不安だった。

 だが今なら自信を持って自分は父親に愛されているとフランネルは断言するだろう。

 フランネルがご機嫌そうな笑顔で自身よりも小さい父親を抱きしめていると、ベルフラウがやってきてフランネルの頭を撫で始めた。

 

「フラン、よくやったわ。お疲れ様。イリもお疲れ様。それと……お帰り」

 

「タダイマ」

 

 イリの返事を聞いて昔この島でしたやりとりを思い出したベルフラウが小さく笑う。

 

「うん、お帰り! そしていらっしゃい!」

 

 べルフラウの言葉の意図がわからずにフランネルが首を傾げた。

 

「いらっしゃい?」

 

「私たち、イリの食欲をやっつけてきたのよ。だからいらっしゃい」

 

「新しいお父様にってことかしら? じゃあ私も! お父様いらっしゃい!」

 

 イリは共に自身の食欲を倒したベルフラウとイリが願ってやまなかった『自分が存在した証』であるフランネルの二人を見つめる。

 ベルフラウとフランネルの隣こそが後継者を喰らい続けてきたイリの願いがかなう場所。

 イリは生み出しては喰らう、何も残さないそのループから抜け出して新しい明日へとたどり着いたのだ。

 

 




Name 源罪のイリデルシア
Class 異識体
Skill
抵抗の意志(全ステータス低下・一部能力使用不可)
甲殻体
送還術
全異常・憑依無効
愚カナ!
潰レヨ!
誅殺!
破滅セヨ!
思イ上ガルナ!
串刺シノ刑ニ処ス!
シュペル・スレイグ
トラン・スレイグ
ヴァイア・スレイグ
魔王の怒り
機械魔の嘲笑
存在否定
裏切りの破片
完全否定



Name 宿業のイリデルシア
Class 具現体
Skill
抵抗の意志(全ステータス低下・一部能力使用不可)
甲殻体
全異常・憑依無効
愚カナ!
潰レヨ!
誅殺!
破滅セヨ!
思イ上ガルナ!
ダブルロケット
鬼神斬
ゲレサンダー
ブラストフレア
失われし記憶
絶大なる邪神
断絶
圧潰
誅滅の光
迫りくる絶望
不可侵防護
自己修復
絶対消去

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