招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~ 作:あったかお風呂
島の住人たちから受け入れられたベルフラウたちは船の修繕のため、朝早くから力に自信のあるカイルを中心に木材の伐採を行っていた。
枝の処理を慣れた手つきで行うアティは傍で見学しているベルフラウと雑談していた。
「昨日はよく寝られましたか?」
「ええ。先生たちのほうは大変だったみたいですけどね?」
「あはは……」
爆音が聞こえたあの時、ベルフラウはもう遅いから寝なさいと言われ仲間はずれにされた。
どうやらそのことを気にしているらしく、嫌味を込めてベルフラウが言うとアティは気まずそうに笑った。
枝の処理が終わった旨を報告すると、スカーレルからカイルに戻ってくるように伝えてほしいと頼まれる。
アティとベルフラウ、イリはカイルを呼びに森の中へと向かった。
カイルに会って船に戻るように伝えたあと、ベルフラウたちは辺りを少し散歩することにした。
海賊たちと出会って仲間が増え、この三名だけで過ごす時間は少し減ってしまっていた。
そのことに不満をもっていたベルフラウがアティを散歩に誘ったのだった。
「ねぇ、先生──」
ベルフラウがそう切り出そうとしたところだった。
茂みを掻き分けてシルターン風の服を着た女性が現れ──倒れた。
「ちょっ、ちょっとしっかりしてください!?」
どうやら脱水症状で倒れていたらしい女性に水を与えると凄まじい勢いで飲み始めた。
その飲みっぷりに一同が驚く中、意識を取り戻した女性が言うにはより美味しくお酒を飲むために水分を絶っていたとのことだった。
その理由を聞いて呆れた様な目を向けるベルフラウたちの目線を気にせずに女性は笑う。
「干物にならなくてすんだのは、あなたたちのおかげだしぃ」
そう言った女性がアティ、ベルフラウの顔を見て──イリの姿を確認したところでその表情が固まった。
「どうしたんですの? この子がどうかしまして?」
「ひっ!? にゃ、にゃははは……な、なんでもないわよぉ!」
声を上ずらせた女性は誤魔化すかのようにお礼をするから付いてくるようにと言い、歩き出した。
メイメイと名乗った女性から彼女の店に案内されたベルフラウたちはお礼を受け取り、船へと戻っていった。
ベルフラウたちを見送り、その後ろ姿が見えなくなったことを確認するとメイメイは店のドアを閉め──吐いた。
店の玄関に吐物がまき散らされる。
しかし彼女にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
「ど、どうして……!? どうしてあんなものが……異識体がリィンバウムにいるのよ!?」
メイメイは異識体を知っていた。
リィンバウムと四つの世界を喰らう意識体の存在を『別の世界のメイメイ』からの報告で知っていたのだ。
別の世界のメイメイからは勇者たちが異識体を討伐し、世界の滅亡は防がれたと報告を受けていた。
だが現に、目の前に異識体が現れてしまった。
つまり討伐は失敗したということ。
メイメイは腕で自身の体を抱きしめ、体を震わせていた。
──恐ろしい。
何故、さも少女の護衛獣であるかのように傍にいたのか。
異識体が人間の護衛獣に?
ありえない。
──恐ろしい。
何故、異識体から力を感じ取れなかったのか。
異識体は界の意志と同等以上の存在。
そして界の意志をも欺き、気づかれずに世界を喰らい続けたほど偽装に長け、狡猾な存在。一体何を企んでいるのか。
メイメイには何もわからなかった。
わかったのはただ意識体級の存在がこのリィンバウムに顕現している、ということだけ。メイメイにはこの世界が深い闇に閉ざされてしまったかのように思えた。
船へ戻ったベルフラウとアティは授業を始めていた。
本日の授業は戦闘の基礎について。
この島では既に何度も戦闘が発生している。
ベルフラウの身を護るためにも戦闘の基礎を学ぶことは重要だった。
「まずは武器ごとの特色について。武器の間合いによって三つに分類されます」
アティの剣やカイルの拳などの近接武器。
ソノラの銃などの遠距離武器。
槍などの間接武器。
それぞれの間合いと周りの地形を生かし、有利な状況を作り続けるのが重要だ。
一通り説明を受けたベルフラウにアティは問いかける。
「それで、ベルフラウさんはどの武器を使うつもりですか?」
「弓でしたらすこしかじったことがあるわ」
お嬢様らしく鹿狩りもしたことがあるベルフラウは弓にはある程度の自身があるようだった。
「でも弓だと近づいて来た敵には不利になりますよ?」
「近づく前に、しとめてしまえばいいのよ。それに、イリもいるもの。ね? イリ?」
ベルフラウは浮遊するイリの頭に手を載せると撫で始めた。
アティに小さな来客が現れたのは授業が終わってすぐのことだった。
「はじめまして、マルルゥというです。ここに先生さんって人はいるですか?」
マルルゥと名乗った妖精はアティたちを集落に案内するために迎えに来たようだった。
アティに付いていくと名乗りを上げた者はだれ一人としていなかったが……。
マルルゥに案内されたどり着いた集いの泉ではアルディラとファルゼンが待っていた。
アルディラは言う。
アティたちが本当に島の仲間として受け入れられる相手なのか、直に話をすることで島の住人たちに判断してもらいたいと。
他の住人たちと話をしてみたかったアティとしては反対する理由はなかった。
そしてアティは機界集落ラトリクス、鬼妖界集落風来の郷、霊界集落狭間の領域、幻獣界集落ユクレス村を回り、住人たちと挨拶をしていくのだった。
集落を回る途中で迷い込んだのか『遺跡』への道へと足を踏み入れたアティの前に現れ、引き返すよう伝えたファルゼンとフレイズはアティを見送っていた。
アティが視界から消えるとファルゼンはフレイズに向き直る。
「それで……先日の喚起の門の反応の件ですが……」
大鎧のファルゼンから聞こえたのはその見た目からは想像もできないような少女のような高い声だった。
「まだわかりません……。喚起の門がいったいなにを呼んだのか……」
異世界の存在を召喚する装置、喚起の門。
偶発的に起動し、異世界の住人を呼び込むこの装置は危険な者を呼び込む可能性もあるため、警戒が必要だった。
「それに、今回は妙だったんです。いつもと何か違うような──」
挨拶周りを終えたアティは集いの泉に呼び出され、護人たちから作物を盗む人間たちの存在を聞くこととなった。
そしてその討伐に協力してほしいと依頼される。
これは実質的に試験。
アティたちの覚悟を試すための試験だった。
カイルたちは討伐に協力することに了承する。
島の住人の信頼を得る機会でもある今回の依頼を逃す手はなかった。
「それで先生、どんなだった? 集落の様子って」
船に帰ってきたアティに好奇心を隠せない様子のソノラが島の集落について尋ねるとカイルとヤード、スカーレルもアティの傍に来て囲む。
及び腰になってアティに付いてこなかった彼らだったがなんだかんだで集落の様子が気になっていたようだ。
海賊たちがアティと楽しそうに話す中、それをベルフラウは少し離れた場所で見ていた。
──面白くない。
楽しそうに話すアティと海賊たちを尻目に船から飛び出してきたベルフラウはイリを連れて夜の浜辺に座っていた。
自分の家庭教師であるアティが海賊たちや島の住人ばかりを相手にしている。
そのことがベルフラウにとっては不満だった。
不満は積み重なり、行動や態度に出てしまう。
「私、子供みたいよね。子供扱いされたくないのに、悪い子みたい。本当はわかってるの……」
ベルフラウは内心をぽつぽつと言葉にし始める。
夜風で冷えた砂の冷たさが自身を責めているようにベルフラウには感じられた。
──理解できない。
内心を吐露し始めたべルフラウの隣でふよふよと浮きながら話を聞いていたイリにとってベルフラウの感情は理解できないものだった。
異識体にとって他者とは喰らうものでしかない。
欲しいものがあれば喰らってしまえばいい。
嫉妬という感情はイリからは程遠いものである。
だがイリは理解出来ないベルフラウの話を聞き続けた。
イリ自身にもその理由はわからない。
理解できない感情が自身を打倒した『何か』のヒントになると思ったのかもしれない。
それとももしかしたら他の理由だったのかもしれない。
疲れたベルフラウが船へ戻るまで、ベルフラウの隣で感情の吐露を聞き続けていた。
次の日、アティたちは野盗の正体であった海賊ジャキーニ一味を懲らしめるとジャキーニ一味に償いとして畑で働かせることとなった。
畑仕事をすることとなったジャキーニは悲鳴を上げるが、野盗にたいしての罰としては温情のある罰だろう。
悲鳴を上げるジャキーニを眺め、苦笑を浮かべたアティたちは護人たちからの依頼を終えて、彼らに覚悟をしめすことが出来た。
シルターン風の店のなかでメイメイは椅子に座り、深呼吸をしていた。
あれから落着きを取り戻したメイメイはまずは自分の役目、自分のしなければならないことを導きだす。
「報告しないといけない……。他の世界の……メイメイたちに、異識体は滅びてはいないと!!」
魔力を練り上げ水晶に手をかざし、他の世界のメイメイたちに報告をしようとして──。
──視られた。
容疑者は「メイメイさんの胃に穴をあけたかった」などと供述しており