招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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Belle Of The Ball


舞踏会ノ美女 前

 陽はもう傾き、時はもう夕暮れ。マルティーニ家の食堂ではいつも通り家族三人が夕食を摂っていた。

 燭台に顔を照らされる女主人はナプキンを手に取ると口元を拭く。夫や娘と比べると小食である彼女の分の料理はあまり量が多く無い。ベルフラウの目の前に置かれた皿はもう空になっていた。

 ベルフラウは隣に座る夫へと目をやる。大きな皿の上に盛られた料理をガツガツと食べている彼にはもうちょっとお上品に食べてくれないかしらと思うことはあるが、彼は存在からしてそのような価値観とは無縁の存在なのだから、言っても仕方がないのだ。

 ベルフラウは向かいに座る娘へと目をやる。父親の皿と同じサイズの皿に盛られた料理を食べるフランネルだが、父とは違いゆったりと味わうように食べている。

 マルティーニ家の娘なのだからとベルフラウが食事の作法を叩きこんだ成果は、フランネルの様子を見る限り充分出ていると言えるだろう。

 娘を見て満足そうにうなずいたベルフラウは、二人が食事を終えるのを待ってから口を開いた。

 

「イリ、フラン。話があるの。実はね、舞踏会に招待されたのよ」

 

 そう言ってベルフラウが取り出したのは、昼間に届いた招待状。

 差出人は帝国内でもそれなりに名の知れた家の当主。

 建前上は長男の誕生日を祝うパーティーのようで、他家とのコネづくりの一環なのだろう。

 帝国随一と言ってもいいほどの商家となったマルティーニ家とのコネを作るためにお声がかかったというわけだ。

 

「へぇ……舞踏会ね。どんなドレスを着ていこうかしら」

 

「無関心。無価値。我ハ興味無シ」

 

 興味深そうなフランネルと、興味がなさそうなイリ。

 返ってきた反応は対照的だった。

 

「イリ、行かないの?」

 

 夫と一緒に行きたかったベルフラウが残念そうに言うが、イリは身体を横に振る。

 

「我ガ舞踏会ナドニ行クドデモ思ウタカ」

 

「お父様は行かないのね。……お母様は美人だから、きっといろんな男から声をかけられるでしょうね。そして男たちの毒牙にかかってしまう……誰かさんが来なかったばかりに……残念ですわ」

 

「……我モ行コウ」

 

 母の表情が暗くなったのに気が付いたフランネルは溜息をつくと、演技かかったように空想を語り始める。

 娘の語りを聞いたイリは有象無象のゴミがベルフラウに群がる光景を思い浮かべると、空想のゴミたちに誅殺の光を下して同行の意志を表明した。

 

「イリ!!」

 

 沈んでいたベルフラウの気分が一転、その表情とともにパッと輝いて浮上するとイリを抱きしめる。

 

「我ガゴミドモカラベルヲ守護スル」

 

「ふふふ……頼りにしているわ。私のナイト様」

 

 ベルフラウの腕と胸に挟まれるイリの姿を見つめるフランネルはぽつりとつぶやく。

 

「お父様……チョロいですわ」

 

「お嬢様にコロッと乗せられるご主人様……」

 

「舞踏会に行くならドレスを選ばなくちゃね。フラン! さっそく選びに行くわよ!」

 

「はい! お母様!」

 

 ベルフラウに誘われてフランネルが椅子から立ち上がる。

 女二人はきゃっきゃと姦しく話しながら食堂から出て行った。

 

 

 

 そして舞踏会当日。

 イリの目の前にいるのはドレスで着飾った二人の女性。

 一人は妻であるベルフラウ。赤いドレスを着た彼女は流石当主と言うべきか絢爛なドレスを着こなしていた。

 一人は娘であるフランネル。黒いドレスを着た少女はまだドレスを着なれていないのか、イリの視線を受けるとむずかゆそうに身じろぎをした。

 

「お父様……私のドレス姿……綺麗?」

 

「私もフランも綺麗よね?」

 

 妻と娘から綺麗かと問われても、イリには人間の醜美などわからない。

 イリ自体が蟲のような姿をした存在なのだ。人間とは感覚が違う。

 だが──。

 

「綺麗ダ」

 

 人間の醜美が分からなくとも、こう言えばベルフラウが喜ぶことは知っていた。

 ベルフラウが喜ぶならばおそらくフランネルも同様だろうとは予測できる。

 

「お父様が綺麗と言って下さいましたわ!」

 

「ありがとう、イリ。フランもよかったわね」

 

 夫に美しいと思われたいベルフラウと父に褒められたいフランネル。イリの意図したとおり、妻と娘の顔に笑顔が咲く。

 

「ご主人様にも情緒ってものが生まれてきましたよね。それは私もですけど」

 

「そういえば、最初のパッフェルは固かったわね」

 

 幼いころから暗殺者として育てられてきたパッフェルは殺すことしか知らなかった。

 あの島での事件以降、マルティーニ家のメイドとして働くことになったパッフェルは他の使用人たちや、ベルフラウ、ベルフラウの父との交流の中で感情を知り、情緒を育んだ。

 そういった意味では、自分以外の全てを食べることしか知らなかったイリと似た者同士なのかもしれない。

 

「へぇ……意外ね。パッフェルにそんな時期があったなんて」

 

 今のおちゃらけたような口調で喋るパッフェルしか知らないフランネルとしては信じられないことだろう。

 

「昔のパッフェルは淡々とした喋り方しかしなかったのよ」

 

「もう……昔の事を言うのはやめてくださいよぅ。それより、早く行かないと。遅刻なんてしちゃいけませんから」

 

「……逃げたわね。まあ、パッフェルの言うことも尤もですし。お父様、お願いできるかしら」

 

 恥ずかしがってヘイゼルだったころの話題を必死にそらそうとするパッフェル。

 使用人をイジるのはここまでだな、とフランネルは父へと顔を向けた。

 

「任セルガイイ!」

 

「それじゃあ、私たちは行ってくるから。留守は頼んだわよ」

 

「ええ、行ってらっしゃいませ。お屋敷の警備は私と尖兵たちに任せてください」

 

「出立スルトシヨウ! 座標移動! 空間転移!」

 

 手を振るパッフェルに見送られるイリ、ベルフラウ、フランネルの姿が突然掻き消える。

 次の瞬間にイリたちは舞踏会の会場近くへと前触れもなく姿を現した。

 

「まさに瞬間移動ね。イリ、お疲れ様。ありがとね」

 

「ギシシ! 造作モ無イ」

 

「此処が会場? ウチよりは小さい屋敷ね」

 

 フランネルが会場となる屋敷を見上げて零す。

 帝国内でも中堅程度の家とマルティーニ家の屋敷では財力が違いすぎると言うものだ。

 屋敷の門番にベルフラウが招待状を見せると、門番は名簿に目を通してから許可を出す。

 マルティーニ一家はつつがなく会場入りすることとなった。

 

 

 

 ベルフラウたちが通された場所はちょっとしたホールのような空間だった。

 

「舞踏会を開くだけのことはあるわね」

 

 フランネルが少し感心したようにホールを見渡す。

 部屋の広さもそうだが、天井からぶら下がるシャンデリア等の調度品もマルティーニの屋敷で暮らすフランネルから見てそれなり以上だ。

 この屋敷の主人の財力を考えれば金をかけすぎていると言ってもいいほどに。

 

「……ここの当主は見栄っ張りみたいね」

 

 ベルフラウが呟いた通り、この屋敷の当主は少々見栄を張りたがる癖があるようだ。

 

「虚飾……虚栄……理解出来ヌ、全クナ」

 

 ベルフラウたちが話している内に、舞台の上に誰かが上った。

 全身を煌びやかな服に包み、指にはゴツゴツとした宝石をはめた男は金色の髪を後方へ向けていた。

 

「本日は当家にお越しいただき、まことにありがとうございます。私はルックハート家の当主、ジョセフ・ルックハート。そして、こちらが──」

 

 壇上へあがった男はどうやらこの屋敷の主人らしい。

 ジョセフが挨拶と名乗りを行うと、それを引き継ぐようにもう一人の男が舞台の上に昇った。

 細身で長身。金の長髪を輝かせる男は右ひじを腹の前で曲げて、頭を下げる。

 

「ルックハート家の長男、ジャック・ルックハートです。今日は僕の誕生日を祝うパーティーに来てくださってどうもありがとうございます。紳士淑女の皆様方、この舞踏会をどうぞごゆるりとお楽しみ下さい」

 

 このパーティーの主役となるジャック・ルックハートの言葉が終わるのを合図に、舞踏会は始まった。

 

 

 

 舞踏会が始まってから半刻ほどの時間が経った。

 だが、ベルフラウはまだ誰とも踊っていない。

 

「ギシッギリリ……ギシャアアアアア!!」

 

 それは舞踏会が始まってからずっとベルフラウの隣で周囲を威嚇するイリが原因だった。

 それに怯えてた男たちはベルフラウに近づけず、誰も彼女に声をかけられない。

 美しいベルフラウと踊りたいと考える男たちは大勢いれど、遠目に眺めるのがせいぜいだ。

 だがそんな男たちを押しのけて、一人の男がベルフラウの前へと進みでる。

 

「あら、あなたは……」

 

「ジャック・ルックハートです。美しいレディ、名前を窺ってもよろしいですか?」

 

「ベルフラウ・マルティーニよ」

 

「おお、ではあなたがあの有名なマルティーニ家の女当主様ですか。噂通りお美しい」

 

「ありがとう。あなたも、勇気があるのね。イリが威嚇してるのに私に声をかけられるなんて」

 

「イリとはあの番犬君のことですね。あなたのような美しい花に近づけられるなら、たとえ火の中水の中……。番犬君を恐れて花に近づけぬのでは男の名折れです」

 

 言外にイリを恐れてベルフラウに近づけずにいる他の男とは違うのだとアピールするジャックは少々キザったらしい。

 

「へぇ……」

 

「どうか、この勇気ある男があなたに触れることをお許しください。そしてどうか、このひと時だけ僕をあなたの騎士にさせていただけないでしょうか?」

 

「……いいわよ」

 

 ジャックからのダンスの誘いにベルフラウが頷く。

 このパーティーの主役からの誘いを受けたのだから無下には出来ない。

 それに、少々キザったらしいがまるでお姫様であるかのような扱いをされたベルフラウは少し嬉しくなっていた。

 

 ジャックはベルフラウの首肯を見て内心ガッツポーズをする。

 ベルフラウは参加者の中でもかなりの上玉、しかもあのマルティーニ家の当主。

 さらには番犬のせいで他の男たちが声をかけられない中で、自分だけが声をかけてダンスに誘ったのだ。

 これはいい武勇伝となるだろうと想像したジャックはそれを表情にも出さず、純粋にうれしそうな笑みを顔に張り付ける。

 

「よかった! では、ベルフラウさん。一曲踊りましょう」

 

「ベル!?」

 

「イリ、私はルックハートさんと踊ってくるわ」

 

 ベルフラウがジャックの誘いを受けたことに動揺するイリは、ホールの中心へ歩いていく彼女の背中をじっと見つめていた。

 

 

 

「意外ね……まさかあの状況でお母様に声をかけれる男がいたなんて」

 

「ギィィ……ベル……」

 

「何落ち込んでいますの? 舞踏会なんだから、男と踊ることだってあるわよ。ねぇ、お父様……よかったら私と……」

 

 ベルフラウが向かった方向を見たまま落ち込んでいるイリをフランネルが慰める。

 恥ずかしそうに顔を横に逸らしたフランネルが父親にダンスの誘いをしようとしたところで、彼女の耳に聞き覚えのある声が届いた。

 

「フランネル!! 久しぶりね!!」

 

「えっ……ミニス!?」

 

 フランネルの下へ駆けてきたのは名も無き島で出来た友人、ミニスだ。

 共に強敵と戦ったミニスとの再会にフランネルの表情はほころんでいる。

 

「今日はお母様とこの舞踏会に招待されたの」

 

 ミニスの後ろから金髪の女性がゆっくり歩いてくる。

 

「あら、あなたがフランネルちゃんね。ミニスちゃんから話は聞いてるわ。そしてそちらが、イリデルシアさんね。私はミニスちゃんの母親、ファミィ・マーン。金の派閥の議長をさせてもらっているわ」

 

「ぎ、議長!?」

 

 金の派閥の議長──つまり、召喚師たちの二大派閥の内の一つのトップ。

 友人の母親がそんなビックネームだとは思わなかったフランネルは仰天する。

 

「このルックハート家も金の派閥に属しているものだから、私にも招待状が届いたの」

 

「なるほど……それでミニスがこの舞踏会にいるわけですのね」

 

 ジョセフ・ロックハートは国外の有力者にも招待状を送っていたようだ。

 金の派閥に属しているらしいジョセフはその繋がりを使い、議長とのコネを作ろうとしたのだろう。

 

「イリデルシアさん、金の派閥の議長として大切なお話があるのだけど……」

 

「我ニ話? 言ッテミヨ」

 

「名も無き島への調査任務を任命した、マグナ・クレスメントから異識体<イリデルシア>についての報告を受け……金の派閥議長ファミィ・マーン、蒼の派閥総帥エクス・プリマス・ドラウニー両名はイリデルシアへの不干渉を正式に決定しました」

 

 あの戦いの後、マグナたちは一連の事件のことをファミィ、エクスに報告をしていた。

 その中で問題となったのが、界の意志級の存在であるイリデルシア。

 派閥の教えの中には存在しない、界の意志をも超えた力を持つイリデルシアを知った幹部たちは大混乱だ。

 様々な意見が幹部たちの口から飛び出し、議論は紛糾した。

 新たな界の意志として、イリデルシアの加護を求めるべきだという意見。

 そして、世界を滅ぼしかねない災厄だとして討伐するべきだという意見。

 特に後者の意見が多かったが、マグナの口よりイリデルシアの力が語られると場が静かになった。

 

 彼らを黙らせたのは、イリの操り糸についての報告。

 討伐隊を派遣したところで、操られて殺し合うだけかもしれない。

 それどころか、討伐隊そのものがイリデルシアの手駒となり、自分たちに刃を向けるかもしれないのだ。

 味方が敵になる恐怖。傀儡戦争を経験した彼らはそれをよく知っていた。

 討伐隊が操られるだけならまだましかもしれない。それどころか、この世界そのものが……と想像し背筋を震わせた幹部たちは、ファミィとエクスがイリデルシアへの不干渉を提案すると大人しく頷いたのだ。

 

「それが賢明ですわね」

 

「そういうわけなので、金の派閥も蒼の派閥もイリデルシアさんに敵対する意志は無いと知っておいてくださいな」

 

 自身に刃向いさえしなければゴミ共などどうでもいいと考えているイリは頭を縦に動かす。

 

「承知シタ。我ニ刃向ウ愚カ者ガイナイノナラ構ワヌ」

 

「ありがとうございます。さて、真面目なお話しはここまでにしておいて……イリデルシアさん、私と一曲踊ってくださいませんこと?」

 

 真面目な話からうって変って、ファミィがイリをダンスに誘う。

 それに驚いたのは両者の娘たち二人だ。

 

「ミニスのお母さん……すごい度胸ですわね。流石議長……」

 

「……というより、そもそもフランネルのお父さんって踊れるの? 手も足もないけど」

 

「自称全知全能だし、ダンスくらい踊れるんじゃないかしら……?」

 

「じ、自称……」

 

 フランネルとミニスがこそこそ話している間にも、ファミィとイリの話は進む。

 

「ヨカロウ。コノ我ガ貴様ト踊ッテクレヨウ」

 

「まあ! それじゃあ、リードをお願いするわ」

 

 イリがどうやって踊るつもりなのかとじっと見るフランネルとミニスの視線の先で、その姿が変わり始める。

 小さな蟲の姿が、人間より一回り大きい竜の姿へ。

 イリは響竜を人間サイズまで縮めたような姿へと変身した。

 

「りゅ、竜……!?」

 

「コレナラ問題アルマイ」

 

「これはまた素敵なダンスパートナーだこと。竜と踊れるだなんて光栄だわ」

 

 源罪との戦いの時は竜の姿になっていなかったわね、とイリを見て驚くミニスを眺めるフランネルはふと思い出す。

 あの時のイリは巨大な蜘蛛の姿と、翼の生えた姿、そして小さな蟲の姿しか見せていなかった。

 白銀の竜になったイリへとファミィが手を差し出し、イリがその手を取る。

 そのまま、流れている曲に合わせて踊り始めた。

 

「まさかお父様が踊っているのを見る日が来るとは思いませんでしたわ……」

 

「踊れること自体に驚きよ。シルヴァーナも踊れたりするのかな」

 

 シルヴァーナが聞いたなら全力で首を横に振るだろう。

 イリは普段から全知全能だの完全なる個だのと名乗っていることもあって、リズム感覚は十全にあるようだ。

 だが、ダンスパートナーのファミィからイリへと注意が飛ぶ。

 

「イリデルシアさん。リードするのも大切ですけれど……相手に合わせることも大事ですよ」

 

「合ワセル?」

 

「ええ。ダンスとは一人でするものではなく、二人でするものなのですから」

 

「二人デ……」

 

 我に従えとでも言っているようなイリの踊り方に合わせていたファミィからのアドバイス。

 それを聞き入れたイリはファミィの動きを読んで合わせる。

 一つの世界の意志だったイリにとって人間一人の動きを知覚することなど、造作もないようだ。

 二人のダンスは段々と自然なものになっていった。

 




長くなったので分割です。
舞踏会エアプだけどゆるして。

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