招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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Belle Of The Ball
舞踏会のベル


舞踏会ノ美女 後

 ジャックと踊り終え、ベルフラウは彼の手から自分の手を離す。

 

「ルックハートさん、ダンスがお上手なのね。楽しかったわ」

 

 リードしつつもうまくフォローするジャックのおかげで快適に踊ることが出来たベルフラウは彼の技術に感心しつつ、嬉しげに笑みを浮かべる。

 

「こちらこそ、あなたのような素敵な女性と踊ることが出来て光栄です」

 

「口もお上手なのね」

 

「ベルフラウさん、よろしければ舞踏会が終わった後にも会えませんか?」

 

 人好きのする笑顔をしていたジャックの表情は真剣なものになった。

 

「悪いけど、お断りさせてもらうわ。私には夫がいるもの」

 

 首を振って否定を示したベルフラウは左手の薬指に輝く指輪を見せつけた。

 

「そんなこと、関係ありません! あなたのような美しい女性を独占することなど誰にできましょうか!」

 

「私は夫に独占されているわ。私もそれで満足しているの」

 

 この男は他の女性にもこうやって言い寄っているのだろうと内心呆れつつ、イリに抱きしめられたあの日を思い出す。

 夫が自分を『我ノモノ』と言い放ったあの時から、ベルフラウのイリへの想いは以前にも増して勢いよく燃え上がっている。

 

「その旦那さんの姿がみあたりませんよ? あまり相手をされていないのではないですか?」

 

「夫もこの舞踏会に来ているわよ。あなたも目にしたはずだわ」

 

「え……?」

 

 ジャックはイリをただの護衛獣だと思ったらしい。

 一目でイリがベルフラウの夫だと気づける者などいないのだから仕方がないことだ。

 イリを探すべく、辺りを見渡したベルフラウは目を見開く。

 響竜となったイリが金髪の女性とダンスを踊っているのだ。

 

「イリ!!」

 

「ちょっと!?」

 

 ベルフラウは慌てて引き留めようとするジャックを置いて、夫の下に駆けだした。

 イリが誰かと踊るなど予想すら出来なかった。信じられなかった。

 ベルフラウの心の中で警笛が鳴る。

 イリから誘うことは無いはずだから、あの女性から声をかけたのだろう。

 今までイリをダンスに誘えるような女性は周囲にはいなかった。

 いるとすればアティくらいのものだが、彼女はベルフラウに遠慮して誘うことは無いはずだ。

 イリが他の女に取られるかもしれない。焦燥感がベルフラウの胸を焦がす。

 

「この短時間でかなりお上手になったわね。意識体の方と踊るのは初めてですけれど、流石というべきかしら」

 

 意識体と踊ったことがある者など今までいるはずもない。

 その第一号となっているファミィはマイペースにのほほんと微笑みながら言う。

 

「キシシ! 当然! 我ハ全知全能ナリ! ……ベル?」

 

「あら?」

 

 イリは走りにくいドレスで慌ててこちらにくるベルフラウの姿に気が付く。

 

「イリ!! その女の人は誰なのよ!!」

 

「イリデルシアさんの奥さんで、フランネルちゃんのお母さんのベルフラウちゃんね? 私はファミィ・マーンと言いますわ」

 

 ファミィから自己紹介を聞いて、ベルフラウのは少し冷静になる。

 マーンという家名には憶えがあった。

 

「マーンってたしか……取引先に……」

 

「ええ。マルティーニ商会からは帝国産のクッキーなどを卸してもらっているわ」

 

 港町ファナンのマーン家はマルティーニ商会の取引先の一つ。

 そして、ファナンには金の派閥の本部があり、マーンといえば──。

 

「もしかして……金の派閥の議長様!? し、失礼しましたファミィ様」

 

「様なんてつけなくてもいいんですよ。ミニスちゃんのお友達のお母さんなんだから。ファミィさんと呼んでくれると嬉しいわ」

 

「えっと……ファミィさん。どうしてイリと……」

 

「あらあら、いけないわ。あなたの旦那さんを借りちゃったわね。お話があるんでしょう?」

 

 ファミィは口元に手を当てて笑いながら、脇に引く。

 用は済んだから返す、ということだろう。

 自分の心配が杞憂だとわかり、安堵の溜息をついたベルフラウだったが、そうだとわかればイリに対して言いたい別の気持ちが生まれる。

 すこし離れたところでベルフラウとイリを眺めるファミィは、きっとそれをお見通しだったのだろう。

 ベルフラウは響竜の顔を見上げ、その目を見つめる。

 そして自分とも踊ってほしいと、想いを吐き出そうとした。

 ──その前に、銀色の腕がベルフラウの目の前に差し出される。

 

「我ガ妻ヨ。我ト共ニ舞踊ヲセヌカ?」

 

 自分から誘う前に夫から誘われ、ベルフラウの目が輝く。

 

「はい! よろこんでお受けしますわ、旦那様」

 

 そして本当に嬉しそうに、その手を取った。

 

 

 

 人間と異識体が踊る。

 ファミィからフォローを教わったイリはベルフラウをリードしながら、彼女が動きやすいように合わせる。

 あの島の意志──ディエルゴは島に存在する全ての物から送られてくる様々な情報を処理していた。

 それが意志となるということ。

 イリはベルフラウの挙動一つ一つを解析し、情報を処理する。

 それに合わせた動きを取る。

 それはファミィの時と同じだ。

 だが、それだけではない。ファミィと踊った時よりも、イリ自身が動きやすいのだ。

 それはまるで──。

 

「お二人とも息がぴったりね。妬いちゃうわ」

 

 そう、息が合っている。

 ファミィは金の派閥の議長として、イリとベルフラウの仲を確かめたかった。

 マグナはファミィとエクスへこう報告していた。

 イリデルシアはベルフラウという人物を愛している。だから、何も心配することは無い。イリデルシアがこの世界を脅かすことはないだろうと。

 

 それを確かめるために手を回したが、この様子なら本当に心配はなさそうだった。

 この二人は愛し合っている。

 身分を超えて。

 種族を超えて。

 存在を超えて。

 禁断の愛という言葉がファミィの脳裏に浮かび、年甲斐もなく応援したくなってしまった。

 どのみち、リィンバウム存続のためにはこの二人の愛が永遠に続かなければならないのだ。

 私情を抜きにしても、金の派閥の議長として手回ししなければならないだろう。

 

 天井のシャンデリアの光が白銀の竜に当たり、拡散される。

 それによって二人の周りは輝いて見え、その光景は妖精と竜の舞踊のようだ。

 おとぎ話のような、幻想的な光景は見るものたちを恍惚とさせる。

 

「お母様……お父様……綺麗ですわ」

 

「うん……なんだか……夢でも見てるみたい……」

 

 フランネルとミニスもイリとベルフラウに見入っていた。

 

「な、なんだよこれ……僕と踊るより嬉しそうじゃないか……ありえない……この僕よりもあの化け物のほうが……? 僕が男として負けているって……? ありえない……」

 

 その容姿と甘い言葉で数々の女性たちを口説いて来たジャックはあんぐりと口を開ける。

 自分よりも人間ですらないイリのほうがベルフラウを楽しませている。美しい彼女に愛されている。彼女の魅力をより引き出している。その現実を受け入れられない。

 

「イリ、楽しいわね。素敵。とっても素敵よ」

 

 楽しくて仕方がないといった具合にベルフラウが微笑む。

 ご機嫌な妻を眺めるイリだったが、その姿から目を離せなくなっていた。

 明るい赤のドレスがベルフラウの白い肌を映えさせる。

 シャンデリアと、拡散した響竜の光が露出しているベルフラウの肩に光沢を作り出す。

 イリは返事の言葉を告げれなくなっていた。

 ベルフラウを美しいと感じ、魅了されているのだ。

 ドライアードのフェロモンすら容易く跳ね除けるであろうイリデルシアが、人間の女に魅了されているのだ。

 有り得ないと思いつつイリは原因を分析する。

 白と赤のコントラスト。

 それは、白い身体と赤く光る発光体からなるイリの配色パターンと同じなのだ。

 意識体であるイリが自らの美的感覚により作り上げた魂殻と同じ配色パターンである、ベルフラウを美しいと感じたのは自然なことなのかもしれない。

 

 だが、それだけではないはずなのだ。

 白と赤の組み合わせだけが理由ならば、アティもそれに該当するはずなのだ。

 ベルフラウほどでないものの、白い肌と赤い髪。赤い服と白い帽子と白いマント。

 完全に合致する条件を満たしたアティだが、それなりの好意こそ感じてはいるがイリは彼女を美しいと感じたことは無い。魅了されたことは無い。

 ならば、何が理由なのか。

 ベルフラウとアティ、両者は何が違うのか? 

 要素を分解し、思考する。

 ベルフラウの髪が金色だから? ──否定。他ノ金髪ノ人間ヲ美シイト感ジタコトナド無イ。

 ベルフラウとアティでは体型に差がみられるから? ──否定。体型ノ差ナド無価値。両者ト近似シタ体型ノニンゲンヲ美シク感ジタコトハ無イ。

 ベルフラウが所謂お嬢様だから? ──否定。異識体ニトッテ貧富ナド無価値。

 ベルフラウが妻だから? ──否定。人間ノ世界ニオケル立場デシカナイ。

 ベルフラウとの間に娘を産んだから? ──否定。フランネルノ存在ハコノ状況ニ影響ヲ与エテイナイ。

 ベルフラウへの好意はアティへのそれを上回っているから? ──保留。

 ベルフラウと一緒にいたいと思っているから? ──保留。

 ベルフラウを愛しているから? ──……。

 

「どうしたの、イリ?」

 

 黙ってしまったイリを心配してベルフラウが顔を見上げる。

 夫を見つめるその瞳の奥は不安で揺れていた。

 イリは楽しめていないのではないか、ファミィと踊っていた時の方が楽しかったのではないかと。

 自分はこんなにも楽しいのだから、イリにも楽しんでほしい。

 イリと一緒に楽しみたい。

 もっと絆を深めたい。

 ベルフラウの眼差しを受けたイリはようやく口を開いた。

 

「ベル。愛シテイル」

 

「私も! 私も愛してるわ! 大好きよ、あなた」

 

 ベルフラウの瞳からは瞬く間に不安が消え去り、喜色が浮かぶ。

 やがて二人の舞踊は終わり、それに魅了されていた他の参加者たちの万雷の拍手がホールに響いた。

 

 

 

「おかしい! こんなのおかしいじゃないか! ベルフラウさん、この化け物があなたの夫だというんですか!?」

 

 そこに横ヤリを入れたのはジャック・ルックハート。

 金の長髪を揺らしながら、ベルフラウとイリに詰め寄る。

 

「そうだけど……何か文句があるのかしら?」

 

「ああ、あるね! あなたにはこんな化け物は相応しくない! あなたは美しいんだ! その自覚を……」

 

「そうかしら? 私はお似合いだと思ったわ」

 

 ジャックの言葉を遮り、ファミィが進み出る。

 

「なっ!? ファミィ様!?」

 

「ジャックちゃん。この二人の仲がいいからって嫉妬はいけないわ。それに、奥さんに負けないくらい綺麗な旦那さんじゃない」

 

 参加者たちはファミィの言葉に頷く。先の光景を見てそれを否定する者はジャック以外にはいなかった。

 自身が属する組織のトップに窘められて、ジャックは黙るしかない。ホームにいるはずなのに、完全にアウェーだ。

 ジャックは自身の父親に助けを求めるべく、視線を向ける。

 だがジョセフ・ルックハートの目はマーン家とマルティーニ家を敵に回してくれるなと訴えている。

 二つとも自身よりも大きい家柄な上に、片方は金の派閥の議長。もう片方は帝国内でも最上位の商家の当主。

 父としては息子がベルフラウとファミィの不興を買わぬか気が気でない。

 

「で、でも……僕のほうが美しいんだ……美しい女性は僕にこそ相応しいんだ……」

 

「ジャック! いい加減にしなさい。すみません、息子が失礼なことを……なにぶんまだまだひよっこでして……」

 

 ベルフラウとファミィの機嫌を損ねない為に、ぐずる息子の頭をジョセフが抑えて無理やり下げさせた。

 

「いいわよ、別に。他人から理解されないってことは分かっているもの」

 

 それよりもベルフラウが気になっているのはイリが機嫌を損ねていないかということだった。

 ファミィもそれを気にしているからこそ、妥協点を用意する。

 

「ジャックちゃん。派閥の子たちから聞いているんだけど、おいたが過ぎるみたいですね。泣いてる子たちもいるのよ。悪い子には、お仕置きです」

 

 金の派閥内部でもジャックの女遊びの激しさは問題になっていた。

 手を出すだけ出して捨てられた娘は数知れず。

 ジャックが何股かけているらしいなどの噂が飛び交う始末。

 その矯正のためのお仕置きにもなるのでファミィにとってはいい機会だ。

 

「お、お仕置き!? ファ、ファミィ様……一体なにを……」

 

「ミニス、お仕置きって?」

 

 フランネルが隣の友人に訪ねると、そのお仕置きとやらを受けたことがあるらしいミニスは震えあがっていた。

 

「びりびりどっかーんよ……」

 

「びりびり?」

 

「さ、いきますよ。びりびり……どっかーん!」

 

「ひっ!? ぎゃあああああああ!!」

 

 サプレスの魔力がホールに満ち、紫電が走る。

 バチバチと空気を裂く雷がジャックの身体を貫いた。

 

 

 

 鼻水を垂らしながら気絶したジャックは屋敷の使用人たちに運ばれ、ジョセフが舞踏会の終わりを告げる。

 あの後、ジョセフは息子がすいませんとファミィにペコペコと頭を下げていた。

 派閥から既に何度か警告を受けていたジャックだったが、その女癖の悪さは収まらず、ジョセフとしても頭を悩ませていたようだ。

 

「イリデルシアさん、ベルフラウちゃん。二人とも仲良くね? フランネルちゃんはまたミニスちゃんと遊んであげてちょうだい」

 

「フランネル! またね!」

 

 屋敷を出てマーン親子と別れを告げる。

 

「フランは誰かと踊ったの?」

 

「ミニスと踊ったわよ」

 

「友達と仲がいいのはいいけど……殿方は?」

 

 フランネルは母の問いに首を横に振って返す。

 まだ幼いのだから急ぐ必要もないだろうと母は娘の頭を撫でる。

 

「いつか、私にとってのイリみたいな人を見つけなさい」

 

「……お父様みたいなのが他にもいたら困るわ。世界が滅びるわよ、そんなの」

 

 確かにと娘の言葉に苦笑したベルフラウは家族三人で屋敷へと帰還したのだった。

 

 




イリデルシアとベルフラウの夫婦書くのが楽しい。
作者の推しカプになってしまった。
種を超えた純愛……いいよね!
■ベルフラウ
旦那のことが大好き。

■イリ
案外ちょろい。

■フランネル
父を操るすべを覚えた。

■ファミィ
禁断の愛の経験があるとかないとか。

■ミニス
びりびりどっかーんはいやぁ……。

■アティ
え……?私引き合いに出されただけですか?

■パッフェル
今日も尖兵たちとお留守番。最近尖兵たちが可愛く見えてきた。

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