招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~   作:あったかお風呂

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2.片鱗
招カザル来訪シャ 前


 昇ったばかりの朝日を浴びる海賊船に甲高い声が響く。

 

「イリがいないの!!」

 

 朝になってもイリは帰らなかった。

 パニックになったベルフラウは食堂の扉を開けると、開口一口目からイリがいないと叫んだのだ。

 既にベルフラウ以外のメンバーは揃っていたようで、ベルフラウの叫びを聞いて茫然としている。

 

「あのね、ベルフラウさん……」

 

 アティはベルフラウに声をかけるが、落ち着いているアティが気に食わないのかベルフラウは声を荒らげる。

 

「先生はなんで落ち着いているのよ!? イリが、イリがいないのよ!?」

 

「ベルフラウさんはイリとはもう誓約しているんですよ。喚んでみたらどうですか?」

 

「あ……」

 

 パニックになったせいかベルフラウはそのことが頭からすっかり飛んでいたようだった。

 ベルフラウが透明のサモナイト石に魔力をこめる。

 

「来なさい! イリ!」

 

「ギィイイ!?」

 

 術により食堂に現れたイリは突然喚ばれたことに驚いているようだった。

 驚くイリに構わずベルフラウはイリを抱きしめる。

 

「もう、何処に行ってたの? どこにも行っちゃだめよ。私とずっと一緒にいること、いいわね?」 

 

「お、重い……」

 

 ベルフラウの言葉を聞いて思わずつぶやいたカイルだったがスカーレルによって鉄拳制裁される。

 

「ウチの船長はなってないわねー。乙女の想いを重いだなんて!」

 

「そうだそうだー! アニキは女の子の気持ちを考えろー!」

 

 スカーレルと囃し立てるソノラに弱ったような表情をするカイルと苦笑いするヤード。

 今日も海賊船は平和だった。

 

 

 

 ユクレス村の広場にて2回目の授業が行われていた。

 委員長に任命されたベルフラウがアティのサポートをすることでうまく授業が回っていた。

 授業が終わるとアルディラがアティの元へ訪れる。

 以前浜辺で倒れていた青年が意識を取り戻したことを伝えに来たようだった。

 ベルフラウの授業が終わったら面会に行くことを約束して、ベルフラウと共に海賊船へと向かった。

 

 

 

 ベルフラウの自室にやってきたアティは早速授業を始めた。

 

「今日は絵を描いてみましょうか」

 

 そう言うアティだがベルフラウは首をかしげる。

 

「別に構いませんが……どうして絵ですの?」

 

「召喚術を使うにはイメージも大切なんですよ。召喚してみたい召喚獣をなんとなくのイメージでもいいから、描いてみてください」

 

 頭の中でぼんやりとしたイメージを浮かべながら紙に絵を描き込んでいくベルフラウはだんだん夢中になってきたのか集中し始めた。

 部屋の中を浮かぶイリは興味がないのか窓から外を眺めているようだった。

 

 ベルフラウが絵を描き始めてからしばらくして、絵を描き終えたのかベルフラウは鉛筆を置き、額の汗をぬぐって見せる。

 

「先生、終わりましたわ」

 

「先生ちょっと楽しみです。ベルフラウさんはどんな絵を……これは、蜘蛛……ですか?」

 

 アティがベルフラウの絵を覗き込むと、そこに描かれていたのは蜘蛛のような召喚獣だった。

 

「ええ。何となく頭に浮かびましたの。大きい……蜘蛛のような……」

 

 それを聞いたのか窓から外を見ていたイリはふよふよとベルフラウのもとへ移動してくるとその絵を覗き込む。

 

「ギィイイ!?」

 

 そして声を上げたかと思えばベルフラウの顔を見上げ、その目をじっと見つめるのだった。

 

「ど、どうしたのイリ。そんなに見つめて……」

 

 イリに見つめられたベルフラウは頬を赤く染める。

 イリはベルフラウから視線を外すと、再びベルフラウの描いた蜘蛛のような絵を見つめるのだった。

 

 

 

 授業を終えたベルフラウたちは先日留守だったメイメイの店を訪れた。

 アティがノックをすると中から返事が聞こえた。

 

「今日は留守じゃないみたいですね」

 

「あら、いらっしゃい。ごめんねぇちょっと留守にしちゃっててぇ」

 

 扉を開けて店に入ったベルフラウたちを迎えたメイメイに挨拶をすませると武器や道具等を買い揃える。

 再び帝国軍と戦闘になる可能性があるため、より強力な武具が必要だった。

 

「毎度ありぃ。今度はお酒をもってきてくれるとメイメイさん嬉しいなぁ。キシ、キシシシ」

 

 アティたちに酒を催促するメイメイに苦笑しながらも次は用意すると伝えるとベルフラウたちは店を出ることにした。

 

「そういえば……メイメイさんってあんな笑い方をする人でしたっけ……?」

 

 

 

 メイメイの店を後にし、アルディラとの約束通りラトリクスへ向かったベルフラウたちはクノンから青年の容態について説明を受けていた。

 

「肉体的な異常は見られませんでした。しかし……記憶が混乱しているようです」

 

 そこにアルディラが付け加える。おそらく心因性のものである可能性が高いと。

 そこでアティが青年と会話をしてみることになった。

 会話によるリハビリが青年の記憶を取り戻す助けとなる可能性があるためだ。

 アティはイスラと名乗った青年と会話を続ける。

 ベルフラウとイリはガラス越しにその様子を眺めていた。

 

「記憶喪失……ねぇ、イリ。もしも私が記憶を無くしても、あなたは私の護衛獣でいてくれるかしら?」

 

 ベルフラウはイリに問うが答えは返ってこない。

 

「イリ……?」

 

 答えを返さないイリを不審に思ったベルフラウは隣のイリを見つめる。

 

「ギシ、ギシシシ……」

 

 イリは青年を見つめ……嗤っているように見えた。

 

 

 

 集いの泉に護人たちが集まり、緊急会議が開かれていた。

 アティがイスラを散歩に連れ出した際に見つけた森の異変が議題となっていた。

 木が枯れ、倒され、荒れ果てていた。

 アティの報告を受けてこうして緊急会議が行われることとなったのだ。

 とはいえ原因もわからず、現状は様子を見るしかない。

 アティは仲間に報告するため、船に向かうのだった。

 

 

 

 カイルの海賊船内でも森の異常について話し合いが行われる。

 

「倒れていた木を調べてみたのですが、破壊された部分も度合いも不揃いだったんですよ」

 

 ヤードは召喚術によるものではないと分析する。

 

「断面の傷は古い船によくある虫食いの跡に似ていた気がしたんだよ」

 

「虫食い、ですか……」

 

 カイルによる分析を聞いたアティが呟くと何人かがイリにチラリと視線を寄越した。

 

「なによ! イリじゃないわ!」

 

 憤慨してみせるベルフラウと体を横に振り否定して見せるイリをアティが苦笑しながら宥めていた。

 

 

 

 アティは一人で集いの泉を訪れていた。

 集いの泉にはアティを呼び出したアルディラ一人だけが待っている。

 

「あなたに見せたいものがあるの。……この先にある遺跡のことよ」

 

 アルディラは言う。

 遺跡を調べれば、もしかしたら魔剣のことがわかるかもしれない。

 召喚獣たちが帰る方法がわかるかもしれない。

 しかし、ファルゼンは言っていた。遺跡には近づくなと。

 アルディラと共に遺跡に行くべきか、断るべきか。

 アティは悩んだ末、アルディラと共に遺跡に向かうのだった。

 

 

 

 アルディラに案内され、遺跡への道を進むアティの視界に巨大な設備が映る。

 

「これは……?」

 

「『喚起の門』よ。この島の召喚獣はこの門に召喚されてきたの。でも争いの中で中枢部を破壊され、制御を受け付けなくなってしまった。偶発的に作動しては得体のしれない存在を呼び出す、危険なものになってしまったの」

 

 アルディラの説明を聞き、アティは喚起の門を見上げた。

 説明通りならとんでもない装置だった。

 この島にいるたくさんの召喚獣たちを召喚した装置。

 そしてそれは今もなお稼働を続けている。

 

「だけど、そんな不安もじきに無くなるわ。あなたの持っている剣。その魔力を用いたなら遺跡の機能を正常に回復できるはずなの」

 

 アルディラはアティの瞳を見つめ、続ける。

 

「あなたがこの島へ来てから、目に見えてこの門の活動は盛んになってきているの」

 

 そして、喚起の門が鳴動する。魔剣も魔力によって共鳴現象を起こしていた。

 

「『碧の賢帝』を抜いてみなさい。そうすれば……」

 

 アルディラに促され、アティが魔剣を抜剣した──その時だった。

 突然襲う苦しみにアティが頭を押さえしゃがみ込む中──徐々に大きさを増していた喚起の門の鳴動が──決壊した。

 

「な、何が起こっているの!?」

 

 苦しむアティを嗤ってみていたアルディラだが自身の計画にない異常事態に困惑する。

 だが、アルディラ自身が言ったことだ。

 得体のしれない存在を呼び出す危険なものだと。

 喚起の門によって喚ばれた複数の『得体の知れない存在』はその身を起こす。

 アティやアルディラよりも一回り大きい体躯は白く、四つの脚を持っていた。

 そしてその雰囲気からはどこか無機質な印象を受ける。

 

「ドウイウツモリダ! あるでぃら!」

 

 そして大鎧の騎士、ファルゼンがそこに乱入する。

 そしてアルディラに詰め寄る。

 何故アティを遺跡に連れてきたのか、新たな外敵を招いたのではないかと。

 だがアルディラは全て承知の上だと語る。

 そして二人は襲いかかってくる様子のない白い化け物を視線の端に意識しつつも対峙していた。

 

 ようやく気を取り戻したアティは状況を見て混乱するが、更なる乱入者の存在に気が付く。

 

「な、なんなのこれは……」

 

 巨大な蟻のようなソレは既にアティたちを包囲していたようで、顎をギチギチと鳴らしならにじり寄ってくる。

 アルディラとファルゼンは一時停戦し、蟻の召喚獣に応戦するのだった。

 未だに沈黙を保つ白い召喚獣に不気味さを感じながら……。

 


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