招カザル来訪シャ~頼れる相棒は世界を喰らう者~ 作:あったかお風呂
窓から差し込む朝日を顔に浴びたベルフラウはゆっくり目を開けると、まばたきを何度かしたあとに上半身を起こす。
ベットで眠っていたことに気が付いたベルフラウが辺りを見渡すが、イリの姿はない。
「あれ……? 私は……」
ベルフラウはまだぼんやりとする頭で昨日の夜のことを思い出そうとしていた。
宴で皆が盛り上がる中、叫び声を宴会会場中に響かせたベルフラウは皆が何事かと見つめると突然倒れてしまった。
「ベルフラウさん!?」
悲鳴を上げて駆け寄るアティが抱き起すと、アルディラがクノンを連れてやってくる。
「これは……」
「クノンさん! ベルフラウさんは大丈夫なんですか!?」
診察を始めたクノンに皆が注目する中、クノンが診察結果を告げた。
「泥酔、ですね」
「で、泥酔って……。ベルフラウちゃんは酔っぱらって倒れちゃったってこと?」
困惑したようにソノラが言う。
子供のベルフラウが泥酔など、誰かが飲ませるか誤ってのんでしまうかしかない。
「なあ、あんさん……」
「う、うるさいわい! わしのせいじゃ……」
オウキーニに声をかけられたジャキーニは自分に注目が集まったのに気がついたのか口を閉ざした。
「おい、ジャキーニ。ベルフラウに酒を飲ませたりしてないだろうな?」
「ちょ、ちょっとだけじゃい! レディーがどうのと言っていたのを聞いたから、レディーなら酒の少しでも飲んでみせんかいと……」
白状したジャキーニはカイル一家に縛られると、引きずられたまま夜の闇に消えていった。
「とりあえず……ベルフラウさんは私が連れて行きますね」
アティは名乗りを上げるとベルフラウを背負う。
「イリも一緒に帰りましょう。……今夜はイリは私の部屋にしましょうか」
先ほどのベルフラウの叫んだ内容を思い出したアティはイリに提案する。
いくら酔っていたとはいえあの発言。
憶えていなければいいが、憶えていた場合彼女は大変恥ずかしい思いをするだろう。
「ギィイ?」
よくわかっていない様子のイリだったが、アティの提案を受け入れたのか頷いたように体を動かすとベルフラウを背負うアティの後ろについて行った。
昨晩なにがあったのか、自分が何を言ったのかを思い出してしまったベルフラウは顔を真っ赤に染める。
アティの気遣いは正解だったようで、この場にイリがいたらベルフラウは自害を決意してしまったかもしれない。
枕に顔を埋め、ベットの上でしばらくバタバタと悶えていた彼女だったがしばらくすると落着きを取り戻したのかむくりと起き上がる。
とりあえず朝食をとることにしたのか自室の扉を開けると食堂へと向かっていった。
その顔はいまだに赤かったが。
食堂の扉を開けると、カイル一家が既に席についているようだった。
「あら、おはようベルフラウちゃん」
「おはよー!」
食堂に入ってきたベルフラウに挨拶をするスカーレルとソノラだがその口元は少しニヤついていた。
そのことに気が付いたベルフラウはムッとしながらも挨拶を返す。
「まあ……なんだ。ジャキーニの野郎はシメといたから……」
「アニキ、そういう問題じゃないって……」
不器用ながらもベルフラウを慰めようとしているらしいカイルだったが、ジト目のソノラに睨まれてしまう。
「お気遣いしてくださらなくても大丈夫ですわ。私は気にしていませんから」
そういうベルフラウだったが、扉を開けた人物が食堂に入ると顔を真っ赤にしてしまう。
「みなさん、おはようございます!」
アティがイリを伴って食堂に訪れたのだ。
食堂に入ったイリは顔を赤くして固まるベルフラウを気にせず、その右隣の席へと着く。
余計に顔を赤くするベルフラウを見て苦笑いするアティはベルフラウの左隣の席に着いた。
イリがベルフラウの隣の席に着いたのを見たカイル一家は心の中で合掌しつつ、痛ましい光景から目を逸らすと食事を進めた。
しばらく停止していたベルフラウだったがこのまま固まっているわけにはいかないと決意し、口を開いた。
「ねぇイリ。き、昨日のことだけど……」
ベルフラウの心情を気遣い、黙々と食事を取っていた一同の手が止まる。
「それくらい好きってことよ! それだけ!」
そう言い切るとベルフラウは食事を始める。
勿論、食事の味などわからなかった。
朝食を終えたベルフラウはイリを置いてユクレス村を訪れていた。
暖かな日差しを浴びながら気分転換に妖精の花畑を歩く。
「はあ……」
「あやや、委員長さんどうしたですか? ため息なんてついて」
ベルフラウに気付いたマルルゥが声をかける。
「こんなにお天気がいいのにため息なんてついてたら、いい事が逃げちゃうですよー?」
「……そうね。いつまでも気にしているわけにはいかないもの」
いつまでも引きずっているわけにはいかないと気持ちを切り替える。
「そうそう、そのいきですよー。……あや、あれはヤンチャさん?」
マルルゥの視線の先にはスバルとパナシェが焦燥を顔に浮かべ、走っていた。
焦った表情のスバルとパナシェから何事かと聞いたベルフラウは二人の口から報告を受け、表情を真剣なものに変える。
「巨大な蟲……」
「鋭い牙でメリメリって大木をへし折ってたんだぜ!」
スバルの説明を聞き、ベルフラウは確信する。
先日戦闘を繰り広げたジルコーダ、その残党だろう。
あの日巣にいたのが全てではなかったということだ。
「先生に知らせないと……!」
アティにこのことを報告すべく、ベルフラウは駆け出した。
アティはユクレス村に訪れていたらしく、幸いすぐに見つかった。
ベルフラウがアティに子供たちから聞いたことを報告するとその顔を青くする。
「クノンが廃坑に向かったんです! アルディラのために薬の材料になる鉱石を取りに行くって!」
そういうと時間が惜しいのかアティは駆け出す。
「ちょっと!? 一人で行くつもりですの!?」
仲間に連絡するつもりだったベルフラウだったが、アティを一人で向かわせるわけにもいかない。
慌ててアティの背中を追いかけるのだった。
元ジルコーダの巣である廃坑には、討伐が行われた日に外に出ていた残党たちがひしめいていた。
「警告します。それ以上接近すれば敵対行為とみなし……」
「Gyshaaaaaa!!」
クノンの警告をジルコーダが聞く義理はない。
威嚇の叫びを上げて侵入者であるクノンに迫る。
「……っ!!」
するどい顎を振るったジルコーダの一撃を回避しようとしたクノンだったが、避けきれずに肩を損傷する。
「届けねば……アルディラさまに薬を……」
クノンは損傷した肩から火花を散らしながらも飛び掛ろうとするジルコーダに抵抗すべく構える。
「行くわよ! イリ! 串刺シノ刑ニ処ス!」
クノンに飛び掛ろうとしたジルコーダはベルフラウの召喚術に貫かれて息絶える。
「大丈夫ですかクノンさん!?」
仲間がやられたのを見て足をとめたジルコーダとクノンの間に割って入ったアティはジルコーダを睨みつつ、クノンに声をかける。
「どうして……ここに? 無謀すぎます。これではあなたたちまで巻き添えに……」
クノンの言う通りだった。
こちらはベルフラウとイリ、アティ、そして負傷したクノンの四名。
対するジルコーダは残党とはいえかなりの数だ。
「だからって見捨てるわけにはいきません! ほら、来ますよ!」
「Gshaaaaaaaaaaa!!」
数の上で圧倒的に優位にたつジルコーダたちがベルフラウたちに襲いかかった。
アティは剣を振るい、ジルコーダを切り裂く。
既に何体かのジルコーダを倒しているアティだったが、その表情は険しい。
「ベルフラウさん、まだいけますか?」
肩で息をするアティがベルフラウに声をかける。
「……ちょっと厳しいですわ。あと使えて数回ですわね……」
それに答えたベルフラウは何回も召喚術を使ったからか息が荒い。
負傷したクノンを守りながら戦うベルフラウたちは苦戦を強いられていた。
「Gsyyyyyyyyyy!!」
獲物たちの末路を想像したジルコーダたちは嘲笑うかのような鳴き声を上げると包囲を狭める。
「ひっ!? イヤよ! こんなところで!」
死を予感し恐怖に表情を歪めたベルフラウはイリを抱きしめて叫ぶ。
「これはちょっと……厳しいですね」
アティも表情を暗くし、脳裏に最悪の未来をよぎらせる。
ジルコーダたちがゆっくりと包囲網を狭めていく中──。
「ギシッギシシッ! ギシィイイイ!」
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaa!?」
ベルフラウの腕の中のイリが笑い声をあげると同時に、廃坑内にジルコーダの断末魔が響いた。
仲間の断末魔に気づいたジルコーダたちは既に消耗しているベルフラウたちから視線を逸らし、廃坑入り口方面に目を向ける。
そしてベルフラウたちも廃坑内に現れた乱入者に気付く。
「あ、あれは……」
アティはそれの姿を二度見たことがあった。
一度目はアルディラに連れられて訪れた喚起の門で。
二度目はこの廃坑の最奥、女王の鎮座していた場所で。
姿を現したのはアティよりも一回り大きい、白い異形だった。
身体の一部を赤く発光させた白い異形は四本の脚でジルコーダに近づくと、それ自体が爪のような前足を振り上げてジルコーダを切り裂いた。
続いて現れる白い異形たちを新たな脅威と見なしたジルコーダたちはギチギチと顎を鳴らして白い異形たちと交戦を始めた。
「敵の敵は味方……ということでいいのでしょうか……?」
「とりあえずはそういうことにしておきましょう。実際、助かりましたわ」
危機が去り、ベルフラウは安堵の溜息をつく。
「とはいえ、あの方たちだけに任せるわけにもいきませんよね。加勢しましょう!」
「まあ……そうですわね。このまま押し付けるような恩知らずではありませんわ!」
息を整えて剣を構えるアティにベルフラウが頷くとベルフラウたちは白い異形たちと交戦するジルコーダたちに向かっていった。
数という優位が解消され、ジルコーダたちは大きく数を減らしていく。
「Gshaaaaaaaaa!?」
その叫びを翻訳するのならば『どうしてこうなった!?』だろうか。
次々と倒れていくジルコーダたちは数でも不利になっていき、自分たちが狩る側から狩られる側にたったことを悟る。
敗北を悟り、生存本能に従ったジルコーダたちは廃坑入り口に向け逃亡を始めた。
「逃げる気ですの!?」
女王がいない以上、これ以上増えることはない。
しかし、ここで逃がしては集落に被害が出る可能性がある。
焦ったベルフラウは叫ぶが──。
廃坑内に響く振動に気づく。
「これは……足音?」
だんだん大きくなっていく足音と共に巨大な影が見え始める。
廃坑入り口に繋がる横穴から巨大な白い異形が現れ、ジルコーダたちは逃げ道を塞がれた。
それを見上げたジルコーダたちは明確な死を悟る。
「Gsyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!!」
廃坑内にジルコーダたちの怨嗟の声が響き──圧倒的暴力に磨り潰された。
危うく死ぬところだったベルフラウたちは白い異形たちに頭を下げる。
「あの……ありがとうございました」
「…………」
その言葉を聞いていないのか、理解していないのか。
何も言わない白い異形たちは反応を返さず廃坑から出て行ってしまった。
白い異形を見送っていたベルフラウたちだが、その姿が見えなくなるとクノンはアティに向き直った。
「あなたの行動は滅茶過ぎます。……ですが、そういうのは私も嫌いではないかもしれません」
そういったクノンは頭をペコリと下げると、廃坑の入り口へと向かっていった。
「今……クノンさん、笑ったような……」
アティには機械人形であるはずのクノンが笑ったように見えた。
木々を揺らし、森の中を白い異形の集団が行軍していた。
廃坑を後にした白い異形たちは次の目的地を目指す。
主からの新たな命令を果たすために。
新たな獲物を狩るために──。
・蜘蛛の尖兵L型
通常の個体よりも大きくてつおい