残虐で優しい聖女(改訂版)   作:オミズ

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改訂版、第11話です。
適温でお読み下さい。


第11話 代償つき

「は?」

 

「ですから、私を外に連れ出して欲しいんです」

 

二度告げられたその言葉の意味を理解するのに、少年はまばたき二回分を費やした。

理解してまず思ったのが、あの取り乱しまくってた親を捨てんのか、という疑問。

 

少年としては、保護対象である少女が、何の手段も用いずにしても着いてくるこの状況は非常に望ましいものだが、お人よしを通り越した聖女様が親を見捨てるとは、何ともおかしな事だ。

まあ、面白いくらい盛大に喧嘩したもんだから、聖女様とは言えご立腹なのかもしれないが。

 

だが、旅立つにしても準備は必要だ。

勿論いつでも旅立てるように最低限の準備はしてある。だから旅立とうと思えば旅立てなくもない。しかし、切迫した事態でも無い限り、補給できるものはしっかり補給すべきだろう。

 

判断に悩んだ少年は、とりあえず何故外に出たいのかをイリに尋ねる。

 

「世界を正す為です」

 

返ってきたのは素晴らしく中身の無い抽象的な返事。

これじゃあ埒が明かん、と少年は知りたいことだけを訊いた。

 

「急いで出なきゃいけないのか?」

 

「…はい」

 

イリは一瞬だけ暗い表情になったが、直ぐに危うい決意に満ちた瞳で少年に訴えかける。

 

「お前の両親とは喧嘩別れか?」

 

最後通牒の意味合いも込めて、心残りであろう事をイリに突きつける。

 

「そう…なりますね」

 

再度暗い表情を見せたが、またもや立ち直って白銀の目で少年を射抜く。

 

コレは折れないな。

そう確信した少年は少女の手をとる。少女の手は彼女の固い決意とは正反対で、ふんわりと柔らかくて温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中を走っている。

大人達に出入りを禁じられていた森の中。全方位木々に覆われて視界の利かない森の中。もし『魔』が近くに潜んでいても気付かないだろう。

 

だが、今のイリが『魔』に命を奪われる心配はない。

鬱蒼として薄暗い中で、立ち止まることなく走り続ける少年が居る限りは。

 

自身の命の危険がなくてもイリは走りながらも祈る。

 

どうか『魔』が現れませんように、と。

少年に『魔』が殺されないように、と。

 

その祈りが届いたのかは定かではないが、馬車が見えるまで『魔』は現れなかった。

そうなると、気になるのは初めて見る馬だ。

 

栗毛、と言うのだろうか?

茶色っぽい毛で全身を覆っている馬は、ちらっとイリを見ると、興味ないと言わんばかりにすぐに顔を正面に向けた。

それが悔しくて馬の正面に回ると、再度馬は顔を逸らす。それを再度追うと、また馬は顔を逸らす。追う。逸らす。追う。逸らす。追う逸らす追う逸らす。

 

「何やってんだ…とっとと来い」

 

いつの間にか夢中になっていたようで、声に反応して振り向くと、少年が呆れた顔でイリを見ていた。

この勝負は馬の勝ち。次は負けない、とイリは決意を燃やしながら白い布(?)で覆われた荷台に乗り込む。

 

中は少しだけ埃っぽく、左の隅っこの方には乱雑に衣類が積み立てられていた。

少年はというと、右の隅っこの方に腰を下ろしていた。イリが入ってきたのを確認すると、御者であると思われる男に出発の旨を伝えたようで、イリが何となく少年の隣に腰を降ろすと同時に、馬車はゆっくりと動き始めた。

 

動き始めて数秒で、すぶり、と覚えのある気配を察知してイリは腰を浮かした。

 

「『魔』が…」

 

そうだ…何をのんきに座っていたのだろう。

こんなに大きな物が大きな音を立てて移動したら直ぐに気付かれるに決まっている。

 

イリは縋るように少年を見る。

 

「黙って座っていろ」

 

少年は石の様に座っているだけ。

…つまり。つまりは、今どちらが危険なのかは考えるまでも無い。

 

感情のまま飛び出そうとして――――少年に腕を掴まれて無様に転んだ。

 

「ッ!!何で!!」

 

「言ったよな。お前が出て行ったところで何も出来ない。お前に出来るのは見ることだけだと」

 

理解している。

理性では骨の髄まで理解している。

 

だが、感情が納得していない。

もしかしたら、という1%に脳が支配される。

 

できっこない。それを叩き込んだばかりなのに、そんなの知るかとばかり、反骨心だけ高い。

 

何も出来ない自分が嫌で、それを理解していながらもしかしたらに賭けている自分が惨めで、意味も無いのに涙だけは流れる。

 

涙を流しても、段発的な血飛沫の音は消えないし、少年が腕を放してくれることも無い。やっぱり意味も無い。

 

「…力を下さい」

 

それを自覚したら言うしかないだろう。元より『救う』ためなら命すら使い潰す身。プライドなんて無いし、遠慮なんてしない。図々しくても、敬遠されても『救う』力が手に入るなら痛くも痒くも無い。

 

「………」

 

その目は何?

 

憐れみ、恐怖。その二つは混同しないもののはずでしょう?

ましてや私にぶつけるものでもないでしょう?

 

それなのに私はその目に納得している。

『人』としてそれは正しい、と。『獣』としてもそれは正しい。『魔』としても正しいかもしれない。

全てに共感を得られない感情。それが我が身に宿っている事にはとうの昔に気付いていた。

 

だから、自身を騙して外を見ず、私を囲って外を見せず。そんな村の生活で、異常性が発露することは無く、ただの少女でいた。

 

だけどもう、縛る鎖は無くなってしまった。外界の残酷さを纏って村を訪れた、この少年とラヴァエさん。その時点で私を縛る鎖は機能しなくなってしまった。

意図して見なかった外の殺戮を見て、村では見られなかった心の闇を見て、私は悟ってしまった。

 

もうただの少女ではいられない、と。

 

「……はぁ。分かった」

 

この少年が『魔』を殺している場面に出くわさなかったら、ただの少女でいられた期間は延びたのだろうか?

 

「ありがとうございます」

 

答えは決まっている。

 

世界の厳しさに目を背けている期間が延びても嬉しくない

 

つまり、私はそういう生き物。

おそらくきっと世界を救う生き物。今はまだ修行中。

 

「よし、魔法について教えてやろう」

 

「ありがとうございます!!!」

 

声を張り上げれば元気になれる。

それが空元気だろうと、気持ちが上がっていく事に変わりは無い。

 

幸い…というと複雑な気分だが、外はうるさい。少しくらい声を張り上げたって、むしろ聞こえやすいくらいだろう。

現に、少年は全く気にして風もなく講義を開始する。

 

「第一に、一回腐れビッチの魔法を見て分かってると思うが、魔法は何の代償もなしに発動できるモンじゃない」

 

そう言うと、少年は一度口を噤んで前方の山に向かって手をかざした。そうすると、突然黒い手が少年の手の平の真ん中から生えて、積み重なっている衣類の最上段にあった外套を掴んで、手元に引き寄せた。

 

「お~」

 

何となくパチパチと手を叩く。

 

「これも魔法だ。これは自分の体から影の体を出すっていう魔法なんだが、コレにも代償はある」

 

そう言うと、少年は自分の手の平をイリに見せる。

顔を近づけて手の平を見てみると、影の手が生えていた部分が黒く染まっていた。

 

「代償としては軽いモンだが、本来の手が影の手に置き換わってしまっている」

 

「あの、もし全てが影の手に置き換わってしまったらどうなるんですか?」

 

イリの疑問に少年は簡潔に、尚且つヤバさが伝わる言葉を残してくれた。

 

「影の自分に体を乗っ取られる」

 

「……実例があったのですか?」

 

「…ああ」

 

イリはギュッと、小さな体で少年を抱きしめる。

 

「何して――」

 

押し返そうとした少年の動きが止まる。

 

「いなくならないで下さい」

 

泣きそうな声で呟かれたその言葉が、例え全ての人に言うものだと知っていても、冷たい態度で突き放せなすことを出来なかった。

 

「死ぬつもりはないさ」

 

少年に出来たのは、答えをぼかす事。

確約出来るほど平和な暮らしをしてきたわけではないから。むしろ、あの日からずっと闘争の中に身を置いてきたのだから。

 

「…説明を続けるぞ」

 

湿っぽい空気を引き摺ったまま少年は話し続ける。

 

「腐れビッチの回復魔法の代償は、相手と同じ回復効果を受けてしまう、というものだ」

 

……?

あまりピンと来ないイリの様子を見て少年は、一度見た光景を思い出せと言った。

 

再度挑戦。

…彼女はイリの傷を治す前に何をした?

彼女は……自身の腕を斬りつけた。まるで、()()()()()()をつくる様に。

 

つまり、彼女の行ったことは代償の軽減。今度は、軽減する意味があるのかを疑問に思う。

 

「…治っているものを無理矢理治そうとすると、体内のあらゆるものが増える。血、骨、筋肉、臓器。その先にあるのは、人間の心を持った化け物の誕生だけだ」

 

イリの疑問に先回りする形で少年は末路を語る。淡々と、知識だけでなく経験を携えながら。

 

「まあ、魔法には代償が付き物ってことだ…それでも、本当に魔法を覚えたいか?」

 

「はい」

 

予想された返事だったのか、少年は一切表情を動かさずに溜め息を吐いた。

 

その間にも外の戦闘音は響き渡る。雑多な音が多くて、イリには何が立てた音なのかは判別できなかった。だが、一つだけ判別してしまえるものがあった。

それは絶叫。多くは『魔』の死に際の悲鳴。その中にぽつぽつと『人』の悲鳴も混ざる。

 

聞こえなければよかった、なんては思えない。悲鳴の数は見捨てた命と同じ。一つ響くたびにイリの背後に纏わり付いて、囁く。

 

お前が見捨てたから死んだ

 

その怨嗟の声は一瞬で掻き消えて、後には静寂しか残らない。だが、その一瞬でイリの全身を揺らし、魂に忘れられぬように楔を打つ。

そうして無視できぬ重みとなってイリの一部となる。

 

それでいい

 

罪は正しく認識して、正しく裁かれなければならないから。

 

「…魔法を扱うには、自分の体に張り巡らされている『線』を認識する必要がある」

 

少年の耳にも命が消える音は聞こえているはずなのに、平時と変わらぬ声色で話を続ける。

 

「『線』ですか?」

 

だからイリも同じ振る舞いをする。

罪の楔を打たれても空っぽの笑みで日常を演じる。

 

「人の体には様々なものを運搬する、血魔線(ちません)と呼ばれるものが全身に張り巡らされている。運搬しているものの全てが解明された訳ではないが、今のところ分かっているのは二つ。命名の理由となった血と魔力だ」

 

「…つまり、私の体にある血魔線というのを認識すれば……」

 

そこまで考え付いて気付いた。見えてないのにどうやって認識する?

まさか、知識だけで見たこと無いものを認識しろとは言わないだろう。

 

イリの言葉が止まったのを見て、少年は上々とばかりに口角を上げた。

 

「そう、血魔線は体の中だ。見るのは至難の技だろうな」

 

「…どうするんですか?」

 

イリの中で嫌な予感が沸々と強まる。

 

「外にいっぱい新鮮な死体があるだろ?」

 

予感的中。

ついでに、この人とは一生相容れないな、と骨の髄まで理解した。




ご読了ありがとうございました。
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