残虐で優しい聖女(改訂版)   作:オミズ

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改訂版、第12話です。
楽な姿勢でお読み下さい。


第12話 魔法特訓ただ傍観

「最悪な気分です」

 

少女は額と口元を押さえて、青い顔で呟いた。

 

「吐くなよ」

 

少年は隣の少女など気にしないで、済ました顔のまま血濡れの剣を磨く。

 

日は既に傾きかけていて、最後のひと頑張りとばかりに全力で大地を緋色に染める。

馬車の中、少女は血魔線の見物を終えて疲弊した精神を休める。

 

そんな少女の状態を慮ることなく、少年は講義の再開とばかりに口を開く。

 

「んで、血魔線がどんなモンか分かったよな?分かってなきゃ、分かるまで見せるだけだが」

 

「…分かりましたよ」

 

「ならいい」

 

そう言うと、少年は先程影の手で引き寄せた外套を持って、元の位置に戻した。

 

「これを影の手で取ってみろ」

 

「どうやってですか?」

 

………暫し静寂。

 

「…悪い。教えてなかったな」

 

気まずそうな顔をして、少年は再度イリの隣に腰を下ろした。

 

「説明し忘れていたが、魔法を扱うにはもう一つ必要な事がある。それは『概念』だ」

 

少年は言葉を切って、腕を上下に動かす。

イリはその動きが『概念』にどう繋がるのか理解できずに、困惑した眼差しで少年を見る。

 

「まあ難しいだろうな」

 

少年はそう感想を漏らすと、頭を捻りつつ説明を再開した。

 

「今の動きで…いや、俺の動きで様々な『概念』が発生した。例えば、腕を動かす事で『動き』という『概念』だったり、『風』…腕を動かすと風が発生するだろ」

 

嗚呼クソッ、と悪態を吐きながら言葉を捻り出す少年を見兼ねて、イリは自分なりの言葉で纏めてみた。

 

「あの…腕を動かすことだけでも、『動き』そのものでしたり、『動き』によって発生した『風』など、その他様々な『概念』が発生する…ということですよね?」

 

イリのまとめを聞いて、少年は口を開けて固まった。再起動した後、え、とか、あ、とか変な呻き声を出した挙句

 

「…お前、アホじゃなかったんだな」

 

という大変失礼な言葉を頂いたので、イリは無言の抗議として頬を膨らませて少年を見つめる。

 

「さて、そんな『概念』を自身の体の血魔線に取り入れる。そうする事で初めて魔法を使えるようになる」

 

イリから視線を逸らす事で、無言の抗議を見なかった事にした少年は言葉を続ける。

 

イリはこちらを見るまで、少年の周りを駆け回ろうかと考えたが、そんな子供じみた事よりは魔法を覚える方が大事だと自身を納得させて、膨れっ面のまま話を聞く。

 

「大前提として血魔線に触れる…つまり、傷をつけないと『概念』は取り込めない」

 

少年は手の平をイリに見せる。

先程、魔法を使うのを見たときには気付かなかったが、そこには確かに数ミリばかりの切れ込みが入っていた。

 

「しかも、取り込んだ『概念』は血の流れにのって体を一周してくる。これの所為で魔法を使う度に血魔線は『概念』に侵される。『炎』であれば軽く焼かれ、『回復』であるなら血魔線が増強され、やりすぎると千切れる。ようは代償は二つあるってこった。外面に現れる代償と内面に潜む代償。魔法使いはコレと一生付き合う羽目になる」

 

「それで、どうすれば『概念』を取り込めるんですか?」

 

迷うそぶりも見せなかった少女に、いい加減慣れてきた少年は剣磨きを再会しつつ喋る。

 

「こればっかりは感覚論だが、一つ助言をするなら傷口から徐々に全身へと実現したい『概念』が巡っていくさまを想像しろ」

 

「分かりました」

 

短く返事をしたイリは、早速とばかりに手の平を食い千切る。でろでろと流れ出てきた血を見て満足げに頷くと、目を閉じて集中し始めた。

 

実に自然な動きだな、と遠い目で少年はイリを見つめる。

どれくらい時間がかかるかは不明だが、一日くらいはかかるだろうと見当をつけた少年は、剣磨きをゆっくり丁寧にすることを決めた。

 

「もし…お客さん」

 

そんな矢先、陰鬱な雰囲気を纏った御者が声をかけてきた。

 

「何だ?」

 

作業を始めたばかりだったので、一度剣を置いて応対する。

 

無言で差し出されたのは、闇に溶け込む黒さをもつ鳥。御者に近づいて受け取ると、鳥は体を震わせて手紙を落とし、無言で木々に紛れて姿を消した。

 

まるで、イリに見られないようにタイミングを計ったかのように届いた手紙の宛名は少年。署名は空白。

その時点で察しがついた少年は、少女がまだ目を閉じている事を確認すると、素早く読み始めた。

幸いにして内容は相変わらず簡潔。

 

 

『合流』

無事聖女を保護したようだな。メリジワハオで待つ。

 

 

たったそれだけ。

てっきり聖女の扱いについて命令があるかと思ったが、どうやら必要ないらしい。状況を把握されている不気味さより、何故か命令がない事に不気味さを覚える。

 

メリジワハオ。『人』の国であるアインの首都であり、軍事力・経済力共に最大規模の都市である。そのため様々な人が入り乱れて、歩道がすし詰め状態になることもしばしばある。

 

そんな個人の特定が出来ない場所で待つ、と言われても聖女を見つけ出せるのか?……いや、見つけ出せてしまうくらいの依頼者なのだろう。

 

少年はその先を考えないようにして寝転がる。手入れの途中の剣が目に入ったが、どうも体がだるくて起き上がりたくない。

一本ダメにしてもいいか、と目を閉じかけた時、視界の隅で白いものがもぞもぞと動いているのが見えた。

 

「あの…寝ていますか?」

 

控えめに声をかけて来たのは、考えるまでもなく少女。体を左右にフラフラ揺らしながら声をかけるタイミングを見計らっていたらしい。

このまま無視して寝ようか、と考えかけたが、タイミングを見計らったかもしれない鳥と確実に見計らった少女。

その一致しているようでしていない二者が面白かったので返事をする。

 

「寝てはいない」

 

「あ…そう、ですか」

 

見る見るうちに声を小さくしていく少女。

無視して寝ていた方が彼女にとっては都合がよかったらしい。

 

今からでも寝てやろうか、と考えてバカバカしさに一人口元を歪める。こんな馬鹿げた思考に浸れるくらいには平和ボケしている。

 

戦場に戻る日は遠くない。むしろ、この少女が原因で巻き込まれる可能性だってある。今から凄惨な光景を自らの手で作り出す覚悟を決めていなければならない。

だからこそ、平和などというもの忘れていた方が良いのだが、否応なしに少女は思い出させに来る。

 

小さく溜め息を吐く。

何でたった一人の少女にこれだけ振り回されなければいけないのか。

 

「…すみません。横になりますね」

 

小さな溜め息から何を勘違いしたのか、少年から離れて困ったように眉を下げて、少女は笑う。

その悲しい笑みは、繰り返し行われてきたのか、とても洗練されているように見えた。

 

 

目を閉じて思索に耽る。

 

幼い少女はずっと他人を気遣っていたのだろうか。いつも笑って誤魔化して、なんでもないと嘯く。それが聖女たる所以なのだろうが、どうも同じ人間とは思えない。

 

…いや、同じ人間ではないのかもしれない。そう思えるくらいには少女は生への渇望が無い。

 

自分の死で誰かが救えるのなら簡単に死んでしまう事は、我が身を犠牲に『魔』を庇った時点で嫌と言うほど理解した。

 

そんな彼女を伴ってメリジワハオに辿り着くのは、途轍もなく骨が折れることだろう。だが、その長い旅路できっと彼女は様々な物を見て、思いもよらない成長をするだろう。それをいの一番に見て、知る事ができる。

 

そう思うと、今現在悩んでいるであろう少女には悪いが、ほんの少しだけ心が躍る。きっと、彼女の目に映る世界は美しいのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ。蹴り起こすぞ」

 

がたんごとん、と慣れぬ振動。素っ気無い男の人の声。

どうしようもなく、見知らぬ世界へ飛び出したことを自覚させられる。

 

このまま二度寝でもしてしまおうか、と思うが、した瞬間に有言実行すると確信できたので眠気を引き摺りながら起き上がる。

ぼやける視界に映るのは、薄汚れた空間と名も知らぬ少年の顔。

 

名も知らぬ……?

 

たった今気が付いた。

知り合ってから一週間近く経とうとしているのに、肝心の名前を知らない。

これはマズイ事だとイリは考え、それ以外の思考を放棄して感じるままに声に出す。

 

「おはようございます!!お名前は!?」

 

「…何言ってんだ?」

 

当然の様に纏まっていない言葉は、当然の様に疑問で返される。

 

冷静な少年を見て、勢いのままに口に出したのが恥ずかしくなってきた。

それでも、一度気付いてしまったからにはやり通す。

 

「すみません…お名前、聞いていない事に気付きまして…」

 

勢いが不時着間際であることは気にしてはいけない。

 

イリの尻すぼみな声に、少年は神妙な顔をして考え込む。

数秒経ち、イリが撤回しようとした瞬間、少年は観念したようで口を開く。

 

「クロスでいい」

 

自己紹介にしては随分投げやりな返答をもらったが、イリはお構いなしに笑う。

 

「イリです。よろしくお願いしますクロスさん」

 

今更な自己紹介と共に差し出された手を、クロスは溜め息と共に握った。

 

視界に広がるのは満面の笑み。

昨日の夜の儚い雰囲気はどこに飛んでいってしまったのか。少年はその一点がもの凄く気になった。




ご読了ありがとうございました。
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