数分の時を刻む為にお読み下さい。
「おいッ!!どこ行った!?」
パチパチと焼ける音に混じって怒声が響く。奇妙なほどゆっくりと近づいてくる足音に、泣き出しそうになる目を何度もこする。叫びだしたいほどの恐怖を押さえ込んで、ただジッと幸運を祈って息を潜める。
暗くて怖くて、だけど一日の終わりに安心する筈の【夜】は、今は何者かの所為で怖くて怖くて、とっても怖いものに変わってしまった。
現状を悔いるわけでもないのに、こうなった原因が何にあったかを思い返す。
悪者達は親友を玩具にするために捕まえた。その瞬間の諦めに染まった瞳が嫌で、無策で飛び出した。その事は後悔はしていないけど、反省はしている。
もっとしっかり考えてから飛び出せばよかった。考えなしに飛び出したから僕は追われ、親友は捕まったままだ。
回想を打ち切って、近づいてくる足音と怒声に怯える心を落ち着かせる為に、護身用の短刀を鞘から抜く。煌く刃は新品同様。近くの壁で試し切りをする。使う事態にはならないと思うけど、念の為だ。いざという時に使えなかったら元も子もないのだから。
「ッ。そこかぁっ!!!」
裂帛の声に導かれるように、炎の弾が僕の脇腹を掠めて、ジュッと嫌な音を立てる。
(何でバレた!!?)
混乱する頭はすぐさま理由を求めようとする。だけどそれじゃダメなんだ。今一番大切なのは一秒でも速くアイツの視界から逃れること。皮膚の焼ける痛みに呻く事と重要な疑問の解明に費やす時間は無い。
急いで飛び出した足に履物は無くて、一歩一歩にイタイいたいと騒ぎ立てる。夜の暗闇を引き裂いて次々と襲い掛かってくる焔は、僕に休憩を与えない。
それでも、それでもただ生き延びる為に全てを無視する。
全神経を使って、背後から飛んでくる火の玉をしっかり見据えて、その全てを回避する。だけど、逃げることはやめずに、足だけは機械的に動かす。
だけど、大事な局面なのに先程の出来事が脳裏にチラつく。
天に向けて許しを請うように手を伸ばしている黒焦げの人形を見た。
小さい何かを抱きしめて蹲ってる黒焦げの人形を見た。
小さい…僕より小さい、とても可愛かった生焼けの人形を……。
「あっ」
気付いた時にはもう遅い。
無様に束の間の滞空と絶望を味わい、情けない音を立てて僕は転んでしまった。
それは所謂DEADEND。最低最悪な結末が嗤って待っている筈だった。
ここまで言えば分かるだろ?
ならなかった。最悪な結末にはなったが、最低にはならなかった。
少なくとも、
慣れない明るさに目を開く。
そこには、目が痛くなるほど蒼い空。太陽の恩恵を享受して青々と生い茂った草花。
その全てが見慣れなくて――否、色彩が濃くて目がチカチカする。
そんな中でも、ミスを犯さない為に依頼書(強制的)を透かし見る。
『依頼』
聖女を保護せよ。居場所は同封してある地図を参照。そこで少女を捜せばよい。
素晴らしい手抜き。だが、必要な事柄は全て書いてある。
変に長ったらしいものよりはよっぽど好みだ。
手の中で依頼書をもてあそびながら考える。
それにしても、少女…ねえ。聖女というのは、もっと成熟した女かと思ってたんだがなぁ。
保護する対象としては、少女というのは面倒臭いもんだ。幼いと思考が読み辛い。だからこそ、無意識の内に、聖女というのは成熟した女だ、という考えをしていたんだろうが…。
もっとも、聖女というからには、常人には理解できない思考回路をしてそうだがな。
「はぁ~面倒臭い」
年端もいかぬ少女が対象。しかも、市販の地図には書かれていない村に在住ときた。
仕事だから一切の手抜きはしないが、なんとも後ろ暗くて面倒臭そうな依頼だ。そうぼやいても何か変わるわけがないが、ぼやかずにいられようか?
せめてもの反抗で、依頼書をくしゃくしゃにして懐に仕舞う。
それを待っていたかのように、薄暗い森の中から理性無き『魔』の姿が現れる。そいつらは全身が黒く、木々がつくる影のせいで輪郭さえつかめない。そんな奴らがぞろぞろと集まってくる光景は、中々に不気味なもんだ。
寝ている間に来なかったのが不思議だったが……。おそらく、単身では俺に勝てないとふんで、数で潰そうとしていたのだろう。
俺は有象無象に遅れをとる程弱くはないが、処理が果てしなく面倒臭い。これだから半端に知恵があるやつは嫌いなんだ。
と、いつもなら思うんだが、今回に限っては良いタイミングだ。
まさか、ギャアギャア五月蝿い『魔』が蔓延っているのに感謝する日がくるとは思わなかった。
せいぜい憂さ晴らしに使わせてもらおう。意識を切り替えながら刃を抜く。
さて、何分俺の遊び相手がつとまるかな?
おっと、目的の村まで後一日。
遊ぶのもいいが、それまでに捕縛プランを練っておくことも忘れずに…だな。
朝。太陽が大地を照らす。
それは、あまねく理性ある生物にとっては恩恵になり、あまねく理性なき生物にとっては弊害になる。
『獣』は長い一日の訪れに嘆き、『魔』は短い一日を見送る。
そして『人』は……
「おはようございます!!」
…長い一日を祝福する。
「「おはよう、イリ」」
のどかで平和な村の一軒家。
そこで、朝のささやかな営みが築かれていた。
「今日は何か手伝うことはありませんか?」
村で採れた野菜を使ったスープを啜ったイリは、そう問いかける。
「ないわ」「ないね」
考えるそぶりを見せることもなく、一瞬で断る養父母に少女は苦笑する。
イリができる仕事はあるのだろうが、この二人に限らず、村の住民全員が滅多にやらせない。その事に憤りを感じるが、村人達の気持ちを考えると、仕方ない、という気分になる。
イリは他所から流れ着いた子供だが、この村で子供といえばイリしかいない。そんな状態では過保護になるのも無理もない。
だからこそ、小さな不満点は押し殺してイリは笑う。
「では、何をすれば?」
そんな問いを投げれば返ってくるのは決まっている。
養父母の呆れた顔だ。
想像通りの顔をした二人を見ると、心が通い合ってる気にさえなる。
いつも良い一日なのだけど、今日は殊更良い一日になりそう。
そんな予感が胸に渦巻いて、思わず頬が綻んだ。
ご読了ありがとうございました。
次回からイリの生活と物語が大きく動きます。お楽しみに?