残虐で優しい聖女(改訂版)   作:オミズ

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改訂版、第6話となります。
誤字脱字に気をつけて読んで下さい。


第6話 腐れ縁の邂逅

始めに感じたのは苦痛。

夢が溶けた瞬間を狙ったかのような激痛に白の少女は、声だけは出さないようにと無我夢中で歯を噛み締める。

 

「イリ。返事は出来る?」

 

次に感じたのは混乱。

自分が何故こんな激痛を味わっているのか、何故こんなにも養母が優しい声色なのか。様々な疑問が、痛みの隙間をぬって脳を駆け巡る。

 

だが、疑問は捨て置いて、返事…返事をしなくてはいけない。

 

それだけを意識して、痛みで鈍化した思考に、一秒遅れの指令を飛ばす。

だが、叫びださないようにするだけで精一杯な脆弱な理性が、それ以外のオーダーなど受け入れられるはずも無く、イリの口は音を奏でなかった。

不本意ながらイリが黙り込んでいると、察したのか養母は話し始めた。

 

「…出来ないならそのまま聞いて。あなたの怪我の具合についてよ」

 

怪我…

その二文字だけで、現在の状況がなるべくしてなった事を思い出す。

 

『魔』の一撃を腕にもらったのだから、腕が付いているだけでも幸運と言えるだろう。

確か、少し前に読んだ各種族の特徴が書かれた本にはこう書いてあった。

 

『魔』は現在大まかに二種類に分けられる。

一つは我々にとって馴染み深い『モンスター』。彼らは総じて理性を持たず、本能の赴くままに殺戮を重ねている。その大きさや形状は多種多様で、小さいものは小石サイズ。大きいものは大陸一つ分もある。

もう一つは知らない人が多いであろう『魔人』。彼らは我々人間と同じ姿、同じ言語を操り人間社会に溶け込んでいるが、理性を獲得した為か危険性はさほど無い。彼らがこのようになったのは、過去の大戦で人間の優位性を理解したが故の事だろうという意見が多数である。

この二種は大きく異なっている部分が多いが、共通するものもある。その最たるものが体の強靭さである。その腕の一振りで岩壁は削れ、その一歩で地面を陥没させる。彼らが本気を出せば、これくらいは容易な事である。

 

この本の通りなら、この程度の怪我で済んだのは幸運だったと言えるだろう。ヘタをすれば片腕が無くなっていたかもしれないのだから。心の中だけで溜め息を吐いたイリは、だけど、と浮かない顔をする。

この痛みが続くかぎり、幸運に感謝する気には到底なれない。溜め息一つ吐く事もままならないのだから。そんな自業自得を呪いつつ、養母の声に耳を澄ませる。

 

「…心配しなくて良いわ。お父さんが治癒術士を呼んでくれるから」

 

前言撤回。私は多大なる幸福を受け取っています。

 

治癒術士が何かは知らないが、おそらく小耳に挟んだ事しかない【魔法】というのを操るのだろう。一度【魔法】というものを見てみたかった。これは怪我の功名、というものだろうか、とイリは内心ほくそ笑む。

 

それならばこの痛みにも感謝を、と現金なものである。

 

「それで、こっちが本題なんだけど」

 

その言葉で、ニヤニヤ笑いは固まる。

残ったのは【失敗した】の言葉だけ。この後に予想される養母の言葉に最大級の恐怖に、顔を一層歪ませる。

 

「何で…あんな場所であんな事をしたの?」

 

やっぱり。

先程までの恐怖が綺麗さっぱり消え失せた代わりに、少女に残ったのは静かな納得。

 

「あんな場所に行ったのは偶然です。ですが、あんな事をしたのは自らの意思です」

 

ピカピカに磨かれた鏡のように一切の曇りなく、己の狂気を応えたイリに養母は顔を強張らせた。

 

「…そう」

 

それだけを告げて、イリの部屋を無人にした。

 

そして、ただ一人残されたイリは憂鬱そうに、中途半端に開いている窓から外を眺める。

燃えるように赤い空がこれからを暗示しているようで、すぐに目を背けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

女性は、少女の部屋のドアにもたれかかって嘆いていた。

 

「どうして。どうしてあの子はあんなにも…」

 

押し殺した声でそう呟いた。

声に出すべきではない事だが、少しでも声に出さないと叫びだしてしまう、という確信が彼女にはあった。

故に、イリに聞こえぬように静かに囁く。

 

「聖女…なんて、馬鹿らしい。あの子はあの子のままでいいのに」

 

心は、一度だけでやめようと思っていたのに体は、無視して声を発し続ける。

自分はこんなにも自制心の無い人間だっただろうか、と口元を歪めながらも独白を続けてしまう。

 

「彼が来てしまった。厄病神が…ッ!!?」

 

止まらぬはずの独白はいとも容易く止まった。

 

不意に現れた少年に驚いたからだ。

そう…イリと同じくらいの背丈の少年から発せられる、噎せ返る様な死の気配に。

 

「アレは目を覚ましたか?」

 

一切の光を通さないような黒い瞳が女性を射抜く。

この不気味な目が彼女は嫌いだった。

 

これも仕事、と割り切り、アレ、とはイリの事だろうかと思うと、酷くイラついた。

そして、ふと気付く。いつの間にか情が移っていたことに。

最初は―――

 

「おい、どうなんだ?」

 

その声に我に返る。

そして、苦笑まじりに答える。

 

「はい。目を覚ましましたよ」

 

「じゃあ入るぞ」

 

そう言うと、少年は返事も聞かずにドアを開ける。

突然の事に呆気にとられた白の少女を視界に捉え、黒の少年は背後に向けて声を発する。

 

「疫病神が、お前等のからくり人形を攫いに来たぞ」

 

その言葉を知るのはずっと後。故に、この日に知った事はただ一つ。

黒の少年は、白の少女の人生に交わった。




ご読了ありがとうございました。
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