残虐で優しい聖女(改訂版)   作:オミズ

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改訂版、第9話です。
珍しく文字数が増えた(微量)事など関係なくお読み下さい。


第9話 場を掻き乱す術士

―今分からない事でも時が経てば分かる事がある―

そんな、自分にとって都合の良い考えを得てから二日。少女は未だ、力の是非を気にしていた。

 

「力…私の体を支えてるのは力…けれど人を傷つけるのも力。その違いは…何だと思います?」

 

「知るか」

 

この二日ですっかり見慣れた少年に、問いの答えを求めてみても一蹴される。代わりに返ってたのは呆れ混じりの問い。

 

「んで…お前、闘う術が欲しいと言わなかったか?」

 

会話のキャッチボールが下手だなぁ、と少女は思いつつも空気を読んで得意な笑顔で黙殺。

 

「言いましたね。でも…それとこれとでは話が別でしょう?」

 

「かもな」

 

それっきり会話が途切れた。

だが、イリがこの2日で慣れたのは少年が訪れる事だけでない。この無言の時間も同じだ。

 

お互いの問いが不完全燃焼で終わったのは残念だが、かと言ってもう一度問い返し・返されしても平行線を辿りそうである。

 

結局今日も答えはでないかな、と欠伸を噛み殺した少女の目の前で、静かにドアが開いた。

 

「こんにちは~ラヴァエちゃんが来たよ。患者さんはあなた?」

 

快活な声を響かせて現れたのはその声質とは正反対で陰気な雰囲気を纏った少女。

まず目に入ったのがぶかぶかのとんがり帽子。薄汚れたその帽子は、象徴たるとんがり部分がよれよれになっていてなんとも物悲しい。それを被っている本人は、全体的に首の下辺りまで栗色の髪の毛を伸ばしているが、手入れが雑なのか枝毛だらけである。極めつけに、全身をすっぽり薄汚れたローブで覆っている。

 

浮浪者みたいな人物に、患者はあなたでは、と思うのは仕方ないだろう。

 

「よう…ド腐れビッチヒーラー」

 

状況が読み取れず、静観しているうちに少年が暴言(イリには理解できないが)を吐いて喧嘩を売り始めた。

理解できないなりに悪い気配を感じ取ったのか、少年を睨みつけるイリ。

そんなイリの予感を裏切らず、少女は余裕の笑みで少年を煽り始めた。

 

「あれぇ~どうしたんですか、純情ワルぶり少年」

 

傍目で見ているイリにも分かる生き生きとした笑み。これで喋っている内容が暴言でなければ、陰気な少女の滅多に見せない笑顔、と片付けられたのだが、相変わらず世界はイリに優しくなかった。

 

「どうせアレで懲りずに誰彼構わず股開いてるんだろ?いやはやビッチに加えて被虐願望までか…このガキ治すよりお前の頭と、同じくらい緩い股でも治したらどうだ?」

 

「何?まだロマンチックな思考回路してるの。これだから肉欲に溺れたことの無い純情少年は…君の事は心底嫌いだけどさぁ、一度ボクが抱いてあげようか?そうすれば、その下らない脳みそも救われるかもよ?」

 

「救い!?」

 

訂正、世界はイリに優しいかもしれない。

『救い』その言葉を確かにこの少女は言った。さらに、患者さんを探しているようだった。よって彼女は医者。医者ならば、何らかの『救い』の手段を持っているかもしれない。

こうなったら止まらないのがイリ。遠巻きに観察していたのが嘘の様に、声を上げて存在をアピールし始めた。

 

「どのような手段で救うのですか!?教えて下さい!!」

 

だが、少年少女が反応する事はなかった。

そう…ある一点。閉め忘れていたドアの隙間。そこから漏れ出す尋常じゃない殺意。それは戦闘態勢に移行するには充分な量。

先程まで醜い争いに興じられていたとは思えない程に場は染まった。ココはもう戦場だ。

 

少年は、未だ喧しい声を上げるイリをどうやって守るのかを考えつつ、殺意の先を見据える。

少女は、一番生き残る確率が高いであろう手段を模索しつつ、殺意の出方を読む。

 

張り詰めた空気を崩しにかかるが如く、焦らすようにゆっくりとドアが開く。キャンキャンと吼えて、最大限に高まる緊張を台無しにする白の少女を潰そうか、と両者の意識が刹那緩んだ時に、ソレは現れた。

 

ソレは一見すると普通の成人男性だった。平凡な顔立ち、平凡な体型、平凡な雰囲気。だが、その獲物を射抜くような目だけは平凡から逸脱しすぎている。手には何も持っていないが、それがかえって不気味だった。

ソレは一歩、一歩と部屋の中に侵入していく。対して、コチラの足は凍ったかのように動かない。

 

甘かった。

ソレが姿を現す前に逃げるべきだったのだ。敵わなくとも逃げれば大丈夫、など慢心もいいとこだった。

だが、後悔してももう遅い。賽は投げられたのだ。出来ることがあるとしたら、無力な我が身を呪いながら天に祈る事だけ。

ソレは真っ直ぐイリに向かって歩を進め、両手を天に掲げ―――急降下した。

 

「みぎゃあぁぁぁあぁ!!!」

 

哀れ少女は悲鳴を上げる。

彼の人物は、怪我をしている少女に抱きついたのだ。

 

「あれ?…まだ治ってないの?」

 

「…おじさま。そう簡単に治りませんよ」

 

ジト目で応じるイリ。それに頭を掻く事で答える養父。

そこには父と娘の団欒があるだけだった。

 

底冷えするような気配が急激に溶けるのを察知し、同時に息を吐いた少年少女は、互いを睨みながら力を抜く。そして心に刻む。

この娘の前で罵詈雑言を吐いたらダメだ、と。

そして、少女は本来の役割に戻って口を開く。

 

「今から治すよ。患者さんは怪我してるトコ見せてね~」

 

見知らぬ少女の言った事でようやくイリは事情が飲み込めてきた。

おそらく…いや確実にこの少女こそが治癒術士。少年と知己なのは驚いたが、世界は広いらしいからそういう事もあるのだろう、と納得する。

 

ならばと、患部に触らぬように包帯を慎重に解く。養父に手伝ってもらいながらもスムーズに解いたイリは、改めて自身の怪我の酷さを目の当たりにした。

腕の9割近くが切断されており、その大部分がうっかり千切れないように糸で縫われている。ここ数日ですっかり慣れた痛みは、おそらく初日に感じた痛みと遜色ないだろう。

 

そんな酷い有様の腕を見て、露骨に少女は顔を顰めた。そして仕方なさそうに顔を小刻みに揺らして――――自身の腕に剣を振り下ろした。

 

「えっ?」

 

腕の怪我の具合は切断さながら。それが見間違いでないことを、床にビチャビチャと落ちていく赤黒い音が知らせる。

イリの顔が青褪めることがオカシイかのように、自ら惨憺たる状況をつくった少女は眉一つ動かさない。そのまま唇を歪めた。

 

Heal(癒せ)

 

紡がれたその言の葉こそが魔法。時を撒き戻すが如く少女の腕は再生していき、それに連動してイリの腕も治っていく。その奇跡(ペテン)はほんの数秒で終結した。

その結果、腕には怪我があったことをアピールするだけの微細な傷しか残らなかった。

 

「これは…?」

 

イリは、完治したと言っても過言ではない自身の腕を眺めて呟く。その瞳には、常識外のものへの怖れや心配が浮かんでいたが、何より強く浮かんでいたのは憧憬。

そんなイリの様子に気が付かなかったのか、術士の少女は不用意な言葉を投げてしまった。

 

「…患者さんだって使えるよね?」

 

術士の少女はそれが失言だったと即座に気付いた。

黒の少年が見世物を観賞する目付きをし始め、何より患者の父親の顔が蒼白になったのが目に入ったからだ。

その気付きを裏付けるかのように、患者の少女が声を弾ませた。

 

「使えないので教えて下さい!!」

 

「ダメだッッ!!!」

 

―――柔和な男が突如放った拒絶の声は、場を凍らせるのには充分だった。

 

「…何故、ですか?」

 

それでも、凍ったままではいられない少女がいた。常々『救い』とは何かを模索している少女にとって、人が死なないというのは最低ライン。怪我を治す奇跡(ペテン)。これがあればその最低ラインを満たせるのだ。

だから、普段反抗などしない少女は、この時ばかりは反抗し続ける事を止めない少女となった。

 

「………ゴメンね。言えない」

 

「ならば止めないで下さい」

 

「それでもダメなんだ…」

 

「止めないでください」

 

「イリこそ止まってよ…」

 

「止めないで」

 

情けなく蹲ったまま男は許しを請うように頭を抱える。だが、少女は苛立ちを瞳に宿らせて、男の行動を憐れに思わない。

その光景を傍目から見ていた術士の少女は、本当にマズイ事をしたとうろたえる。止めようと思うものの何故争っているのかが分からないから止めようが無い。八方塞の少女に出来ることは、誰か来てと願うことのみ。

 

その期待に応えるかのようにドアが開いた。

 

「何かあったの?」

 

反射的に剣呑な眼差しを向けたイリは、養母だと気付くと少しばかり瞳の力を和らげた。養母は異様な雰囲気に早くも気付いたようで、それが顕著な養父に事情を聞き始めた。

 

幾ばくか時が経ち、無言の時間が終わりを告げた。

 

「ごめんなさいイリ。私も許可できないわ」

 

「何故ッ!!?」

 

両親と自身の理想。選びたくない二つで挟まれたイリは声を荒げる。

今まで見たことも無い剣幕で叫ぶイリから、目を逸らしながら女性は答える。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい」

 

「あぁ…ぁあああ!!!答えてよ!!!」

 

幼い少女が、瞳に涙を溜めて、張り裂けそうな程声を張り上げるさまは誰から見ても痛ましいものだった。それが、いつも笑顔で穏やかなイリだと知っていれば尚更。

 

イリを愛してるが故にイリをそんな状態にした両親は、当然大きなショックを受けた。逃げたくて逃げてはダメでそれでも逃げたくて――――――結局、理性を殴り捨てて愛すべき娘を見捨てた。

 

乱雑にドアが開け放たれ、閉まっていく音を聞いて、白の少女がどう思っていたのかは分からない。けれど、術士の少女には陳腐な言葉では表せないくらいにショックを受けているように思えた。

なら、掻き回した者としてやるべきことは決まっている。

 

「ねえ…ガールズトークしない?」

 

言葉と目線で少年を追い出し、イリの返事を聞かずに横に座って肩に手を回した。

 

「…近いですね」

 

思ったよりも少女は落ち着いていた。先程までの様に怒りに震えているわけでもなく、反対方向に振り切れて悲しみに暮れたりもしていない。その姿は自分より年下とは思えない。それでも彼女は傷ついている。傷に年齢など関係無い事はとうの昔に覚えた。

だから、年上だろうが年下だろうが彼女は会話(慰め)を続ける。

 

「気にしないで話そうよ」

 

「…はい」

 

そこからとりとめのない話をした。お互いの好きなものや年齢、この村の事やはたまた明日の天気の事など様々な事を話した。もっぱら白の少女は聞き役だったがときたま微笑んだ。

 

「ところでさ…名前訊いてなかったね」

 

不意に気付いた事をそのまま口に出した。好きなものや年齢は知ったのに、肝心の名前を知らないのは変な話だろう。

白の少女も、今気付いたと言わんばかりにまばたきした。

 

「イリです。よろしくお願いします………あなたのお名前は?」

 

「ありゃ言ってなかったけ?ラヴァエちゃんだよ。よろしくね」

 

これが不思議と出会う事が多い二人が、お互いの名前を知った時。まだ、お互いの闇の一端すら知らなかった刹那の時。




ご読了ありがとございました。
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