血管内で仕事を始めてはや四日。
早いなあとも思いながら、私は辺縁プールで伸びをして眠気を覚ました。
新人研修でお世話になった4989番の先輩と別れ、骨髄球時代からの友人達と班を組んで、巡回に出掛ける。
私は2038番の
そして。
同輩の0871番、0101番、7539番。
今日の巡回先は膝部分。
だけならいいのだが、しかも表皮付近。
更に。
「あれっ!2038番ちゃんじゃん!昨日ぶりー!」
なんと新人研修で私達β班の担当になっていた先輩がそこにいた。
三日間の新人研修で何度も私たちを助けてくれた頼もしい背中。
「
accord班。
4989番先輩の所属する班で、こちらも骨髄球時代からの友人の集まりだ。好中球課班別ランキングではいつも上位。
更に個別討伐ランキングでもトップテンを走る1146番さんと4989番先輩(先輩、物凄く素早いので討伐数が上がっているようだ。ドジだけど)がいるから、超攻撃的な班とも言える。
更に、
つまるところ。
班の全員が、お互い知己の関係にある班。
それがaccord班だ。
「揃って……はないか。こっちが2048番で、こっちが2626番」
ふわふわした癖っ毛が強い4989番先輩とは違い、2人は髪の毛サラサラだった。いわゆる姫カットで、後ろを刈り上げているのが2048番さん、前髪で目を隠しているのが2626番さん。
ちなみにβ班、女性は私ひとり。後ろでひとつに纏めるタイプだ。
後3人は3つ子かってくらいよく似ている。
「どもです」
と。2048番さん。
「こんちゃー」
と、2626番さん。
「こんにちわー」
と、私と仲間たち。
「……あれ?1146番さんは?」
「遊走中。あいつ細菌見るなり血相変えて飛び出しちまったから」
遊走とは私達白血球の持つ能力のひとつで、血管の壁をすり抜けて組織内を移動することだ。たまに血小板を肩車しながら遊走することもある。
つまり。
1146番さんは組織内を巡回中ということか。
「ふーーーーー」
accord班とβ班。
私達は、班ぐるみで休憩を取っていた。
お茶と饅頭(4989番先輩が鼻腔温泉で買っていたようだ)を用意して、辺縁プールに集合。
こうして休憩を取るのである。
「平和ですねえ」
「平和だなあ」
「お茶うめー」
「饅頭うまーい」
思い思いの感想と共に平和を謳歌する。
レセプターの反応がない時は、こうして辺縁プールやベンチで休憩や仮眠。体調管理も仕事のうちだ。
しかし、現実は甘くない。
────ピンポーン。
鳴り響くレセプター。
「抗原!?」
0871番と2048番さんが周囲をきょろきょろと探しだし、
「何処だ雑菌ども!」
4989番先輩と0101番、7539番はナイフを抜いて下に降りる。
すぐに受信設定を『誰からでも』にしているβ班リーダーの私の通信機に音声が入る。
『こちら6666番、膝部A-4地区で擦り傷発生!応援頼む、β班!』
「了解」
少し遅れて、4989番さんの通信機も声を拾う。
『こちら1146番、A-4で擦り傷だ。至急応援頼む』
「了解、β班と向かう」
『新人研修の班か。いきなり殉職とかさせるなよ?』
「お前こそな!」
他愛ない会話そのものだが、通信機は戦闘音をも如実に拾っていた。擦り傷発生時に傷口に吸い込まれかけてた赤血球の少女を助けたと発言があったことで、6666番より1146番のほうが発生源──擦り傷発生源は細菌どもの侵入口でもある──に近いことも判明した。
キンキンキキンキンと振り鳴らされるナイフの音は6666番より1146番の方が圧倒的に多い。断末魔の声はほぼ同じくらい。
『指揮官がいる!黄色ブドウ球菌だ!
黄色ブドウ球菌。浮遊能力と超射程の触手攻撃、更にはコアグラーゼと、厄介な戦術家が指揮官としてこの場にいる。
この声も
「ありがと」
そう言いながら、ベルト裏にあるスイッチをONにした。
「ふっ!」
「うお!?」
突如地を強く蹴り高空へと舞い上がった私に、道行く赤血球達と2048番さんが驚きの声を上げた。そのまま壁走りに移行する。
より早く現場に行くために編み出した私の急行法だ。
「アレ……大変じゃね?」
「現状ミツハしか出来ないですよアレ」
「しゃーねー。俺らは逆行するっきゃないんだからよ」
仲間たちの声を聞き、そして引き離した。
静脈弁ゲートを超前傾姿勢で通過し、10秒くらいか。
角を曲がる赤い人達。特徴的な赤毛とアホ毛が目に付く少女が叫ぶ。
「大変です!向こうででっかい擦り傷があって、傷口から細菌がうじゃうじゃとーーーーー!!」
「な、なんだってー!?」
赤血球達が動転する。
既に仲間とはかなり(人間換算で800mくらい)離れている。
赤い彼女の上を、風を切って進んだ。
────見つけた。
空中でも体勢を崩さない黄色が。
チャキリと音を立て
そのまま曲がり角を蹴り────飛び出す。
壁が近づく。
視界の端で、黄色が赤に変わった。
Side:0101
人波をかき分けながら進む俺たち。
先遣部隊とは言え、進行速度は人それぞれ。
やっぱり
そんな中。
「β班って、それぞれ役割は決まっていたりするのか?」
2626番さんが聞いてきた。
役割っていうのは、戦闘中における立ち位置のこと。
例えばaccord班だと、1146番さんは
そして、俺たちβ班の場合は。
「俺と
「なるほど……んで、ミツハは?」
確かにミツハの役割は言ってない。
だってミツハは『特殊』だから。
おそらく好中球の中でも滅多にいないタイプだ。
「《対空砲》です。空中の敵に対してはめっぽう強いんです、あの子」
壁走りなんて、普段はそうそう使わない。
なのにミツハは、
毛細血管の壁を連続蹴りして頂点に到達、その後黄色ブドウ球菌を脳天唐竹割といった高い滞空時間を活かした戦法が得意だ。
だから、黄色ブドウ球菌などの空中を選んだ細菌に対する《矛》となる。
それがミツハ。
同期の中でのあの子のあだ名、というか2つ名は────《昇天》。
桿状核球時代の先生との模擬戦で、部屋内を縦横無尽に駆け回る三次元機動を利用し反撃を許さず先生をボコボコにしたことが由来だ。
同期唯一の対空戦力。
だから6666番は通信でミツハを名指ししたし、それに呼応して彼女もスピードを上げた。
『戦闘の際、指揮官はなるべく早くつぶすこと』
もうすぐですり傷直下の血管に入る。
さらに反応を強めるレセプター、開いた天井から落ちてきた雑菌ども。
化膿レンサ球菌と緑膿菌。
別ルートを抑えに行った2626・0871組、傷口に遊走で向かっていった2048・7539組、現場真っただ中の1146・2038組、そしてここには4989番先輩と2001番先輩(先輩の先輩だから大先輩と呼ぶべきかもしれない)、そして俺。
ここにいる三人で、突破してやる!
「細菌はどこじゃあああああああああ!」
声を張り上げる。
というか中指立てるんじゃない、先輩。
お相手は多分雑菌どもに対してだろうけれど。
「あ、あああっちですっ!」
赤毛で、ぴこぴこ揺れるアホ毛が特徴的な赤血球の女の子が道を指し示してくれた。
なるほどあっちね。
「ありがと!んじゃねー!」
挨拶は忘れずに。
免疫系は戦闘という特性上、どうしても印象が悪くなりがちになる。
だから、挨拶は大事だ、と
それを自然にできちゃうのが
「みんな行くぞ!」
別の班からも何人かがこの部隊に入っている。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
雄叫びをあげ、傷口へと向かう。
「免疫系ってマジで変人しかいないんだねえ……」
「いやでも話しやすいやつとかいるよ?前髪ふわふわの好中球さんとか」
おい。会話聞こえてるぞ赤血球たち。
色眼鏡やめい。
ていうか4989番先輩、「話しやすいやつ」認定されてたんだ。だから妙にグルメなのかな……?
キャラクター紹介
2038番
本作の主人公。
「本編」世界軸における数少ない女性型好中球。
番号呼びがめんどくさくて相手の番号に合わせたあだ名を即興で付ける。
空中機動が得意で、《昇天》の二つ名を持っている。
β班の班長。