俺はみほエリが見たかっただけなのに   作:車輪(元新作)

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天翔殿、訓練お疲れ様です!
何か今日は成果は……って怪我をしているじゃありませんか!!
なぜ手当てをしてないんですか!感染症にかかってしまいます!!
外が傷ついてるってことは内側はもっと酷いかもしれないんですよ!?
あなたが傷つけば、みんな、悲しい思いをするんですよ……?
せっかくまたみんなで笑いあえる日々が戻ってきたのに……

取り乱して申し訳ありません……
でも、次からは怪我をしたらすぐに治療してください!
それと、いくら天翔殿が力持ちでも、過酷な作業は1人ではやらないこと、みんなを頼ってください!
念のため病院でも怪我を見てもらうこと、いいですね!

大丈夫ですよね、また急にいなくなったりしませんよね……


エミの唄

「こんな格言を知ってる?Defeat? I do not recognize the meaning of the word.」

「開口一番なにを言ってるんだあんた」

 

 戦車道全国大会決勝戦の舞台、富士演習場。

 多くの観客と、商売目当ての屋台が押しかける中の一角で、応援に駆けつけたという聖グロのダージリンはエミを見つけた途端そんなことを言いだした。

 

「マーガレット・サッチャーだろう。 敗北?私はそんな言葉を知りません」

「その通り。 しかし字面とは違ってこの言葉は常勝無敗を意味するものではありませんわ。 諦めない限り、負けは絶対に訪れない」

 

 優雅な仕草でティーカップを口に運ぶダージリンを冷めた目で見るエミは、ダージリンの言わんとすることをなんとなく察した、つまるところ激励に来たのだ、分かりにくいが。

 

「みほさん、あなたもこの言葉を胸に刻みなさい。 ここまでどんな苦難も覆してきたあなたたちなら、最後まで負けることなく、勝利の栄光を手にできるはずよ」

「は、はい!」

「わかったよ、ありがとさんフッド」

「なんであなたは昔から私のことを巡洋戦艦の名で呼ぶのかしら……」

「おおぅい西住!天翔!」

 

 訝しむダージリンをよそに駆け寄ってきた声に三人が振り向くと、そこにはアンツィオ名物鉄板ナポリタンを両手に持ったアンチョビの姿が。

 

「モーニングコール助かったぞ天翔!おかげで商機を逃さずにすんだ! これはお礼だぞ、食べろ!」

「それは良かった。 ありがたくいただくよ 」

「西住も!」

「ありがとうございます!」

「……私はスルーですか?」

「客なら歓迎するぞ!」

「くっ、正論を……」

 

 熱々のナポリタン、ソースが飛び散らないように口に運べば地上にもたらされたアガペーともいうべき味わいが口の中に広がる。

 トマトの甘みと酸味がうまく麺に絡まっていて、玉ねぎがまろやかさを、ピーマンが苦味を、そして厚く切られたベーコンが重厚さを与えている。

 美味しそうに頬張るみほに満足げに頷くアンチョビ。

 

「やっぱりアンチョビの作る料理は最高だ。 試合が終わったらみんなで食べに行くから、たくさん作っといてくれ」

「まかせろ!勝ったなら特盛サービスしてやるからな! だから、勝てよ。 アンツィオが負けたのは優勝校だぞーって自慢させてくれ!」

「はい、頑張ります!」

「……私も買おうかしら」

「聖グロには似つかわしくないんじゃないですか?」

「むむむ……」

 

 オレンジペコに咎められたダージリンはモノ惜しげに撤退し、アンチョビは急いで屋台に戻っていった。

 もむもむとスパゲッティを頬張るみほとエミだけが取り残される。

 

「騒がしい人らだなほんとに」

「あはは……」

「アーーーッ!!ニンジャ!!」

 

 今度はなんだと思い振り返ったら、そこには久方ぶりに出会ったサンダースの面々。

 

「これはこれはケイさん、その節はお世話になりました」

「お久しぶりです」

「応援に来たわよ、2人とも! ねね、それはともかくニンジャ! ジャパニーズファンタスティックスペル見せてよ!」

「またそれですか」

 

 苦笑しながらもエミは持っていたスパゲティの容器を一度みほに預けると、近くに落ちていた小石を拾い、手首のスナップを利かせて投擲する。

 飛んで行った先にあった樹木に着弾、石はめり込みそのまま落ちてこなくなった。

 

「忍法ナチュラルスリケン」

「イエーーーース!! バイオレンス!サディスティック、ファンタスティーーーック!」

「それ術じゃないじゃん!? どう見ても物理攻撃じゃん!」

「常人に真似できなければ術と言っていいのでは?エミは訝しんだ」

「むぐぐ」

「エミーシャ!!」

 

 お次は誰だと振り向けば、滅多に見ない自分とどっこいどっこいの背丈の少女が飛びかかってきた。

 危なげなく受け止めてクルクルと回ってやれば、振り回されてキャーキャーと楽しそうにわめくのでそのまま速度を上げてやる。

 

「ちょ、ちょ、止まって止まって!目が回るから!!」

「だめだカチューシャ、今止まれば諸共倒れるぜ。 ノンナさんをまて」

「ノ、ノンナ! ノンナーーーー!!」

「はい、カチューシャ」

 

 叫んだ途端にぬっと現れたノンナは振り回されるカチューシャを危なげなく抱きかかえてそのまま肩車ポジションに移した。

 クラクラと目を回すカチューシャと不動のノンナの対比が実に面白い。

 

「ワオ、プラウダのカチューシャとも仲良くなってたのね」

「エミちゃん本当に誰とでもすぐ仲良くなるんだから」

「いや、そうでもない。 私がいなくてもみほはみんなと仲良くやれてた」

「……そんなこと、ないよ」

「えみーしゃあぁぁぁぁぁぁぁ……!! よくもこのカチューシャを振り回してくれたわね!」

「試合で精神的に振り回されてたし、物理的に振り回すくらい許しておくれ」

「うるさいわよこの怪力チビ! 口答えするならシベリア送りよ!」

「カチューシャ、彼女はプラウダ生ではありませんが」

「こっちに引きずり込んでやるわ!」

「まーまーこれ食べて落ち着きなよ」

「はむ!? ……んー♪」

 

 カチューシャの怒涛の口撃にカウンターで突っ込まれたナポリタンが炸裂し、カチューシャご満悦。

 そのままナポリタンの皿をノンナに手渡すと心得たと言わんばかりに頷いて、頭の上のカチューシャに器用にあーんしはじめた。

 

「カチューシャ、あーん」

「あーん……ふん。 この捧げものに免じて見逃してあげるわ。 ただし!エミーシャもミホーシャも!負けたら2人ともただじゃおかないんだからね!」

「私たちも応援してるから、頑張って。 ガールズビーアンビシャス!」

「はい、ありがとうございます!」

「さて、みほ。 そろそろ集合場所に行こうか。 皆さん、それではまた」

 

 軽く頭を下げてから、2人で試合会場に向けて歩き出す。

 

 太陽の光が辺りに満ちる。

 陽光が青空の果てから大地を照らす。

 私たちの戦いはついに終わりを迎える。

 

 みほは、ケツイを胸に抱く。

 

「エミちゃん、私勝つよ。 勝って、仲間と最後まで助け合う戦車道の正しさと強さを、証明してみせる」

「……うん。 頼んだ、みほ」

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 試合前の、挨拶。

 今までで一番緊張する瞬間だった。

 目の前には、姉の姿。

 

 そして、抽選会のとき大喧嘩したばかりの、親友の姿。

 

 お互いに、目を合わせられない。

 

「……みほ」

「うん、わかってるよ、エミちゃん」

 

 今更になって逃げ出す気は無い、みほは、しっかりと前を向いた。

 泣いても笑っても、この戦いが最後だ。

 絶対に逃げ出したりするものか。

 

 やがて顔合わせが終わり、互いの学校の生徒が自分たちの陣地へと向かい始める。

 みほたちも踵を返し、自らの愛機の元へと進む。

 

「エミさん!」

 

 それを、止める声が一つ。

 

「……君は」

「私です!エミさんに助けてもらった戦車に乗ってた……赤星小梅です!」

 

 その言葉に、心臓がばくんと跳ね上がったのをみほは感じた。

 エミが、試合の最中でも、そしてその後でも守ろうとしていた存在だ。

 

「私、あなたのおかげで助かったから、ずっとお礼を」

「待った」

 

 彼女の言葉をせき止めたのもエミだった。

 その瞳は、冷たく燃えている。

 

「馴れ合いはよそう、 私たちは今敵同士だ」

「っ!」

「黒森峰は古巣で、君たちは大切なチームメイトたちだった。 だからこそ情を持つような真似は避けたい、だからそれ以上はやめてくれ」

「ぅ、あ……」

 

 

 

「試合の後、話をさせてほしい」

「ぇ……」

「小梅さん。 そっちで何があったのか、気になることはたくさんある、だからたくさん話をしよう。 お互いに気持ちよく試合を終えた後で、ね」

「……は、はい!」

「なら早く自陣に戻ることだ、エリカにどやされるぜ」

「わ、は、はい!ありがとうございます!」

 

 走り去っていく小梅の背を、寂しそうに見つめるエミ。

 その姿があまりに寒々しくて、声をかけずにはいられなかった。

 

「……エミちゃん」

「大丈夫だよみほ。 さあ行こうか」

 

 何事もないように歩き出す小さな姿。

 誰も声をかけなかった、かけてはいけないと思った。

 

 ただ、胸に宿る思いは一つ。

 

 ──勝つ。

 ──勝って、大洗を守る。

 

 ──勝って、エミの居場所を奪わせない。

 

 

 

 試合、開始。

 

 

 

 ──月──日

 

 さて、試合が終わり、日記をつけているわけだが。

 今日は気まぐれで試合の結末を後回しにして過程から記していこうと思う。

 これはあくまで気まぐれであり、俺が読者のことを認識していて彼らをやきもきさせる目的でそんなことをするわけではないので悪しからず。

 

 さて早速だが、試合の展開は基本的に原作をなぞったものに……ならなかった。

 これは俺のせいだ。

 作戦会議の際、俺はみほに一つ進言をした。

 身内が相手にいる以上、今までの試合よりも思考パターンを読まれやすい、つまり策を見破られやすいと。

 そしてそれは同時にみほも相手の思考を読みやすいということでもある。(勿論それらを逆手に取ったりそれをさらに逆手に取ったりという読み合いがあるわけだが)

 

 なのでまずはみほが作戦を立案し、そしてその作戦を分析して相手が打ってくる手を考える、ということになった。

 まず最初にみほは原作通り高所を陣取って位置有利を確保してからの砲撃戦を提案、数に劣る以上場所の有利は欠かせない。

 そうなると向かう途中に相手の妨害が予想される。

 なので足の速いカメさんチームが原作通り単騎で行動し、奇襲が予想されるポイントを下見する、という算段となった。

 原作に積極的に介入するのがどういう結果になるかは分からなかったが、俺とて負けないために打てる手は打ちたかった。

 

 結果として作戦は成功、原作よりもスムーズに高所を確保し相手を迎え撃つことができた。

 ……が、問題はここからだった。

 

 もう、シンプルに、強い。

 超強い。

 はっきりいって今までの高校とは比べものになってない。

 正直にいうと俺はアニメを基準にしてこの戦いを厳しいものだと考え、大苦戦するだろうと思っていた。

 それどころの話ではなかった。

 そもそも俺が黒森峰に在籍してた頃から練度の高さは知っていたんだ。

 弱点なんてそれこそ指揮系統に依存しすぎるせいでトラブルに弱いってことくらいで、逆にいうとトラブルを起こさなきゃ勝てないってことと同義だった。

 

 戦車の性能、隊員の練度、そして数。

 全てにおいて負けていてあるのは地の利だけ。

 それは今までの戦いも同じだったが、今回ばかりは規模が違う。

 カモさんチームの面々が悲鳴をあげる中俺もオイオイオイ死んだわ俺らと考えていたが、しかしまたも誤算、みぽりんは強かった。

 じわじわと高所に追い詰められていく中みぽりんは的確に指示を出し、あらかじめ考えていたらしい位置に砲撃を叩き込んでいく。

 

 山が、崩れた。

 

 何を言ってるか分からないと思うが俺も何を言ってるか分からない。

 うっそだろお前と思いつつ、思わずハッチから覗いて、土石流に押し流されていく5輌ほどの戦車を眺める。

 とりあえず胸の前で十字を切った。

 あれに飲まれて戦闘続行できる戦車はいない。

 むしろそれを察知して回避運動を成功させた多くの黒森峰戦車に拍手を送りたくなった。

 

 しかし当然常識はずれのガラガラ作戦に動揺を誘われた黒森峰は、さらに突然部隊の内側に潜り込んだカメさんチームにさらに混乱を招き、その間に距離を取りつつ離脱する大洗チームを見逃してしまう。

 結果的に5輌を無傷で撃破する大戦果を成し遂げた。

 さてここからは川渡りとウサギさんチームがエンストを起こしてしまうトラブルが発生したので俺とみぽりんで助けに行ったりして、まあともかく市街地エリアへ逃げ込んだわけだ。

 

 そして、奴が現れた。

 超弩級大型戦車、マウスが。

 

 みぽりんの『予想通り』に。

 

 

 

 ──

 

「くそっ、やられた!!」

 

 ガンッ!と。 戦車の装甲を殴りつけた衝撃で手が盛大に傷んだけど、その程度では到底抑えきれない衝動が胸のうちから湧き上がってくる。

 

「やってくれるじゃない……!」

 

 エリカの視線の先では土砂崩れに巻き込まれて麓まで転がり落ちていった戦車たちが、無残に白旗を上げている姿が映った。

 中の選手たちには一生もののトラウマになる体験だったかも知れないが『まぁそれはいい』。

 

『まさかあそこまで恐ろしい手段を取ってくるとはな』

 

 久しく聞いていなかった緊張感を孕んだまほの声に、エリカも完全に同意した。

 セオリーから完全に外れたまさしく常識はずれの攻撃といってもいいだろう。

 頭のネジが二、三本外れているんじゃないか。

 

「……今更、か」

 

 エリカはフッと笑う。

 みほが常識の外側にいる存在だなんて、エリカはずっと知っていた。

 エミと三人でつるんでいた時からずっと、なんとなくスケールの違いというものを感じ続けてきた、それがみほだ。

 

 だがそれがどうした。

 

「二度目はないわ……」

 

 エリカは獰猛に笑う。

 市街地に逃げ込むであろう大洗チームに対し、まほとエリカはマウスを差し向けている。

『徹底的な時間稼ぎ』を命じてあるマウスは、相手に無視できない圧と撃破を許さない行動で精神的にダメージを与えるはずだ。

 

「でもまぁマウスもそのうちやられるでしょう」

 

『そんなのは想定済みだ』。

 マウスだけでみほの指揮する部隊を長時間足止めできるわけがない。

 それでいい。

 マウスの役割は大洗チームが策を準備する時間を与えずに黒森峰が相手を取り囲む時間を確保することなのだから。

 

「……隊長、追撃しますか」

『慌てるな。 それに……エリカ、顔が怖いぞ』

 

 ハッとして、思わず頬を揉んだ。

 いけないいけないと思いつつも、燃えたぎる戦意を抑えきれない。

 

「すいません、ですが……楽しくて、つい」

 

 エリカは謝罪をしながらも、さらに頭の中でみほがどう動くかを考える。

 そうだ、この戦いで、みほは証明しにくるはずだ、自分たちの強さを、正しさを。

 自分たちを虐げた黒森峰を打ち破ることで。

 

「だったらやって見せなさいよ」

 

 こっちだって負けられない理由がある。

 2人の分まで背負って戦い続けてきたエリカには自分の正義を証明するためにこの戦いに勝ちたいという渇望がある。

 

「証明してみせる。 あなたたちならそれができるはずよ」

 

 この戦いで、『答え』が得られる。

 エリカは確信を持っていた。

 

 

 




もうみんなわかってるとは思いますがエミカスは秋山殿には輪をかけて甘いです、甘々です、ゲロ甘です。
理由はシンプルですが多分そう深く考えなくてもわかると思うしとりあえず秘密にしておきます。
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