俺はみほエリが見たかっただけなのに   作:車輪(元新作)

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「そういえば、私は出会ってから一度も、エリカが泣いたところを見たことがない。もしかしたらエリカは私が死んだ時も泣かないのだろうか。 でもエリカは、なんだかんだ優しいから泣いてくれるような気がする。泣いて欲しい訳じゃないから、私も頑張って生きよう」
「……」(目元を抑える
「夜、学園艦からの海の眺めは凄く綺麗で、みほもそんな感じで、だから私の本当の気持ちを言おうかなって思ったけど、やめておいた。私はもう直ぐいなくなるから。だけど、私が死んでこの日記を見られたら、もしかしたらバレるかな? バレないように書いてきたつもりだったんだけど」
「えうっ、うううぅぅぅぅ」(嗚咽
「学園はOGからの命令で、私からの手紙を握りつぶしていた。くそ! 何が黒森峰の人間としてふさわしいものとして振る舞えだ!私は……黒森峰の人間なんかじゃない!ただのみんなを苦しませたピエロだ……。役立たずのクズじゃないか……」
「けほっ、けほっ、うぅ……」


TANK OF THE ABYSS

「ごきげんですね、西住殿」

「え?そ、そうかな」

「うんうん、やる気に満ち溢れてる感じだよ」

「先ほどの救出作業で、やはり、何か感じるものがありましたか?」

「……うん、そうだね。 きっとそうなんだと思う。」

 

 あんこうチームの駆るIV号戦車の中は、穏やかな空気が満ちていた。

 緊張感は、ある。

 しかしつい先ほど発生したトラブルを解決した後の、つきものの落ちたような顔のみほを見た全員が確信した。

 みほは、己の中の大きな問題を一つ解決できたのだと。

 

『力を持って山を抜き、気迫を持って世を覆う……我は覇王にあらず、唯歴史を拓くための時の歯車……』

『お? それは一体なんの歌だろうか?』

『項羽』

『おぉ!エミは中国の歴史が好きなのか? しかしそんな歌を遺してたかな、しかも項羽のイメージと全然違う……』

『深く考えなくてもいいよ、単なる私のイメージだから』

『そうか……まぁでも、今の我々は項羽率いた軍と同じような状況だな。彭城の戦いを彷彿とさせる戦力差だ。 そして、勝利するところまでな!』

『そうなるとみほが項羽か、案外似合ってるかも』

「なんの話をしてるんだ……」

 

 あらぬ方向へ飛び出している各車輌の雑談を聞いて思わずツッコミを入れてしまった麻子にクスクスと笑う。

 

 先ほどウサギさんチームが川の中でエンジンが不調を起こし突如として足を止めてしまう事態が起こった時。

 それの救出に迷わず向かったのはみほとエミの2人だった。

 ハッチから飛び出した2人は顔を見合わせるとイタズラげな笑いを浮かべてから、しっかりとロープを腰に巻いた後戦車の上を飛び渡って救助に向かう。

 

 無事救助を終えて、エミによくやったと褒められて、初めてみほは自分の心につっかえていたものが取れたことに気がついた。

 

(あの時私は、エミさん1人だけを行かせてしまったことを、ずっと後悔してたんだ……)

 

 そして、今度は2人で助けた。

 やっと彼女と胸を張って歩けるようになったと、みほは思う。

 エミが示した、『仲間と助け合い、共に戦う戦車道』を、真の意味で自分の目指すものだと言えるようになった。

 

(だから、負けないよ)

 

 今日何度目か、勝利への決意を固めたみほは、キューポラから顔を出しこの試合の決戦場と定めた市街地を眺める。

 

「皆さん、これより市街地に突入します。 おそらくここにはマウスが配置されているでしょう、何が何でも撃破しなければなりません。 どうか、気をつけて……では、『ぴょんぴょこ作戦』を開始します! エミちゃん、よろしくね」

『オーダー了解だ、任せておけみほ。 それと各員、私の勇姿はしっかりと目に焼き付けておくように。 朱肉につけたら紙に綺麗に写るくらいにね』

 

 ヘッドセットから聞こえる聞きなれた声にみほは、形容しがたい安心感を覚えた。

 今から彼女が行う行動は高い危険を伴うもの。

 しかし成功すれば値千金の価値を生み出すものでもある。

 

 みほは、エミを疑わない。

 絶対に成功すると確信していた。

 

 

 

 ──

 

 

 

「こちらエリカ、あと10分ほどで市街地に到着するわ。 いいわね?命じた通り決して逸らず、こちらが包囲網を完成させるまで相手を釘付けにすることに集中するのよ」

『了解』

 

 市街地へと先行した大洗チームを追う黒森峰の戦車部隊13輌。

 その先頭に立つティーガーⅡの車長を務めるエリカは、市街地にて間もなく戦闘を開始するであろう黒森峰の隠し玉マウスに無線通信を送っていた。

 

『しかし……マウスの装甲であれば大洗の連中の攻撃はほとんど通用しません。 やはりある程度は攻撃もしかけて、敵の戦力を削ぐ方が』

「何度も言ったけど、その慢心は確実にみほに食い破られる」

 

 マウスの車長の言葉はエリカのドスの利いた声に遮られた。

 

「なんども言わせないで。 いい?みほはね、怪物なのよ。 私たちの想像の外の発想を持って相手の喉仏を食いちぎる本物の化け物よ。 確かにマウスの装甲は向こうの戦車のほとんどの攻撃を弾けるけど、それは装甲の厚い部位の話だけ、スリット狙われたらどうするの?」

『……』

「そうね、そんな場所への攻撃を許すわけないって言いたいでしょうけど言えないわよね。 相手はみほなんだから。 いい? そっちが数を減らそうが減らさなかろうが、包囲さえ完成させて策を準備する術すら無くしてしまえば勝ちは確定するの、お願いだから早まらないで」

 

 エリカの過剰とも言える警戒心は、しかし決してやりすぎではない。

 かつて黒森峰にて同じ道を歩んでいたみほの鬼才は、多くのものが知っていた。

 黒森峰の流儀に反すると押さえつけられていたにもかかわらず時に思わず息を呑むような行動をしてのける。

 それを間近で見ていたエリカの言うことだからこそ、強い説得力があった。

 

(しかし……実際のところどうするつもりだ?)

 

 だからこそ、まほは疑問に思う。

『みほのことだからマウスの存在には気づいていて、そして挑む以上撃破の算段はたてている』ことは確信している。

 だが、まほはどう頑張ってもマウスを短時間で、被害を抑えつつあの戦力で撃破する方法が思いつかない。

 

 時間さえかければマウスの弱点である足回りなどをついて撃破できる。

 高火力の大口径戦車がいるなら、隙を作り騙して打ち抜ける。

 それなりの被害を考慮すれば、一瞬でカタをつけられる。

 

 それら全てを封じられた状態で、みほはどうマウスを破るつもりなのか……

 好奇心が、強く疼く。

 

 

 

『定期連絡、こちらマウス。 未だ大洗は仕掛けてきません』

「市街地にはもう入ったはず、油断はしないで。

  警戒して仕掛けるのが遅くなってるのならこちらからはありがたいことよ。」

『了解、警戒を続け──』

 

 突然のことだった。

 いきなりヘッドセットから凄まじい衝撃音が響き渡り、エリカもまほも心臓を鷲掴みにされたような思いになった。

 

「マウス、どうした!」

『き、奇襲を受けました!! なんで……周囲に敵の影はなかったのにどうして後ろに回り込めたの……』

「落ち着け、奇襲を受けたということは現在地は大洗チーム全体で共有されている。 襲撃に注意しながら場所を移せ、Ⅲ号、マウスを援護しろ」

『了解』

 

 素早く指示を出しながらもまほは困惑していた。

 一体どうやってマウスやⅢ号に気がつかれずに場所を特定した?

 2輌が待機していたポイントは見晴らしがいい場所だから確かに見つけるのは簡単だろうが、逆にこちらからも相手を発見することは容易で、戦車のキャタピラ音やエンジン音から接近もたやすくわかるだろう。

 それらを一切感じさせない電撃的襲撃、どんなカラクリを使ったのか。

 

『うわ!?』

 

 再び無線から悲鳴が響く。

 

「どうした!?」

『ふ、再び奇襲!! なんで、なんで砲塔の向いてない方向がこんな正確に狙われるの!?』

「Ⅲ号、敵の詳細は!?」

『撃ってきたのはポルシェティーガーですが、接近に気がついた時にはもう砲塔がこっちに向いてました!! 場所や向いてる方向を完全に把握されてるとしか思えません!!』

「……」

 

 悲鳴のような報告を受けて、まほの頭の中には数多もの可能性が浮かんでは消えていく、一体相手は何をした?

 たとえ偵察兵として1人の乗員が陰から様子を伺ったとしても、マウスとⅢ号の車長の両方の視線から逃れ続け情報を送り続けるなど不可能に等しい、とっくに発見されているはずだ。

 

『きゃあ!?』

「またか……怯むな。 こちらも後4分でたどり着く! それまで相手を釘付けにしてくれれば」

 

 そこまで言ったところでここまででいちばんのものすごい衝突音が耳を劈いた。

 

『Ⅲ号撃破されました!!』

「っ」

『こ、こちらマウス、なんとか一輌撃破しましたが履帯を破壊されました! これでは……単なる的です!!』

 

 震えた声が鼓膜を揺らす。

 なぜだ、なぜここまで詳細な情報が相手に知られている?

 常識的な状況では絶対にありえない事態にまほは混乱しかける、

 

(なんだ、みほ。 どんな魔法を使った?)

「まさか……」

 

 思考に溺れかけたまほの脳みそを、エリカの震えたような声が掬い上げた。

 

「エリカ?」

「車長!! 上!!」

『上!? あ、あぁ!!』

 

 そこで、通信は途絶えた。

 恐ろしい爆発音と乗員たちの痛ましい悲鳴がヘッドセットから生々しく伝わる。

 

『……マ、マウス、撃破されました。 すんでのところで一両道連れにしましたが、破壊したのはどちらも軽戦車で……』

 

 たった5分間の間に、相手を封じ込めるための楔が完全に破壊された。

 

「……なんだ、何が起こった。 エリカ、何に気がついた!?」

「向こうは……大洗チームは、おそらく」

 

「エミを、偵察に回しています」

 

 それがどうした。

 一瞬そう思いかけたまほは、エミの運動神経を思い出して、そして最悪の答えを導き出した。

 

「エミ1人を市街地に放って、あの運動神経を十全に活かす完全単独行動でマウスの情報を……恐らくは、戦車の死角になりやすい真上から大洗に伝え続けていたんです」

「……つまり、本来戦車1輌を用いる偵察を彼女の体一つでなさせている」

「エミの身体能力は半端なものではありません。 屋根から屋根へと移るどころか短距離なら壁を駆け上がることだってできます。 エミから伝えられる情報を利用しマウスの死角から攻撃を仕掛け続けていたんです。 そして、恐らくは今から、私たちにも同じ手段を取るでしょう」

 

 まほの脳裏にはありありとその情景が浮かぶ。

 窮屈な市街地に突入した戦車部隊、情報は向こうだけが全てを知りえている。

 

 考えうる限り最高に最悪な状況だ。

 エミの無尽蔵のスタミナから考えても長時間監視の目を受けることは避けられず、そしてエミの監視を打ち破るすべがないのがいちばんの問題だ。

 戦車を広く分布させれば監視の目を逃れられるものも出てくるが、それで各個撃破を狙われれば相手の位置情報を知りえないこちらが圧倒的に不利になる。

 市街地戦で相手だけがこちらのすべての位置関係を知りえている。

 いっそ、笑えてくるような状況だ。

 当たり前だが、普通の人間に出来る芸当ではない。

 猿どころか鳥並みの身軽さでないとまず達成できない常識はずれの芸当だ。

 

「……そうだ、エミも十二分に脅威だと言うことをみほに気が取られすぎて失念していた……だが、いくらなんでもそんな使い方はアリか?」

「隊長……」

「来年からは対人武器としてペイント弾を用いた個人火器あたりが新ルールで採用されるかもしれないな……だから私は山なんて攻めずに平原で包囲を敷いて待ち伏せすればいいって言ったんだ……」

「……気持ちはわかります、そうすれば万が一にも負けはなかったのに」

「それもこれも全部OGやら西住流(うち)の重鎮のせいだ。 何が貧弱な相手の策くらい踏みにじってしまえだ、笑わせる。 こっちの苦労も知らないで」

「去年もそうでした、大人たちのせいで、子供は振り回され続ける」

「今回作戦にまで口出ししてきたのはさすがに許容できん、私が卒業する前に全員一掃してやる」

 

 非常に珍しく苛立ちや怒りの感情をあらわにしてふてくされたように愚痴るまほ。

 エリカも完全に同意した。

 そもそもこの決勝戦はそんな奴らの命令がなければ平原に陣を敷いた作戦でほぼ確実に勝てて、市街地戦にまで縺れ込まなかったと言うのに。

 

 大人は、汚い。

 エリカはぎりりと歯を食いしばった。

 

「ふてくされても、始まらないか。 各車両に次ぐ、今から残りの13輌を四つの部隊に分ける!各車輌が死角を補い合い相手の奇襲を警戒しつつ、残りの6輌を各個撃破しろ! フラッグ車を発見した場合は、発見した部隊に向けて各部隊が1輌を増援として振り分け確実に仕留める。 質問はあるか」

『……』

「では編成を決めるぞ」

 

 まほは素早い指示によって、部隊を3.3.3.4の四つの部隊に組み分けた。

 副隊長エリカはまほと同じ第一部隊で、4輌からなる守りの硬い編成だ。

 

「今から市街地に突入する。 改めて言っておくが、我々の位置関係はすべて相手に筒抜けになっていると思った方がいい、人工衛星から監視されているようなものだ。 いつどこからでも仕掛けられてもいいように、各車輌が緊張感を持って守りを固めろ。 以上。 それでは、市街地の索敵および攻撃を開始する!」

 

 まほの言葉に車長の全員が高らかに応答し、そして黒森峰の戦車部隊が四つに分かれて市街地への侵入を開始する。

 その様子を、屋根の陰からじっと見つめる、1人の黒い鳥の姿があった。

 

 

 

『黒森峰は四つの部隊に分かれて、それぞれが死角を補いながらこちらの探索を開始した。奇襲を仕掛けても一撃で撃破するのは難しいだろう、相手の装甲は軒並み硬い』

「流石に手強い……エミさん、ありがとう。 大変だろうけど、引き続き相手の偵察をお願いします。 特に、フラッグ車を含む部隊は詳細に報告を」

『了解だ。 では、いよいよ大詰めだな。 各員、これから大隊長西住みほの名の下に、『クローズプラン』を開始する。 諸君、派手に行こう。』

「もうエミさん!作戦名はチラチラ作戦だってば!」

『そこまで固執するほどいいネーミングじゃないだろう……』

 

 




一度くらいはオリ主を大いに活躍させてもいいんじゃないかと思って活躍させたけどすげームカつくから絶対にエミカスをブチ転がしてやろうというケツイがみなぎりました。

>>前回のあとがきの答え
エミカスは秋山殿にガチで一目惚れして日増しに思いが強まってます
ですが本人の性質上その自分の感情には何があっても気がつかないのでこの2人が結ばれることはないでしょう。
気がついた瞬間多分死にます、心臓麻痺で。










1 名無しの戦車乗り12/05 10:46
島田流に目をつけられました

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