「私はそうは思いません、百合というのは可愛い女の子と女の子で成り立ってる関係です。 成立した百合カプは誰にも邪魔されず健やかに尊く二人の世界を築き上げて、それを見て私たちはキマシタワーを立てる。百合カプは眺めるもので間に挟まるものじゃない、違いますか?」
「間違ってるとは言わないけどそんな排他的思想ではその先の展望が望めない。それでは新しい和の可能性を拓けない」
「和?なんですかその古色蒼然とした懐古厨的思想は」
「百合に染まった君の思考が君自身を侵している」
「そんなのはナンノブマイビジネス(百合畑に男を放り込むようなもの)です。 男女ありきという考え方には与しません、まずは女2人です」
どういうわけか知らないがどうやら俺は人ではなく猫だったらしい。
いきなり何を言ってるんだと思わず呆れてため息をついたが、しかしこれは事実で、俺は猫だったのだ。
その証拠に俺の頭には耳があり、手足の肘膝の先はもふもふとした毛が覆い尽くして猫のにくきうがそなわった形状になっている。
首だけ振り向いてみるとゆらゆらと揺れ動く尻尾が見えた。
なるほどこれは間違いなく猫だろう。
ん? 猫かこれ? まあいいや。
とりあえず新たな事実を受け入れることに成功した俺は、とりあえず周辺を探索してみることにした。
実のところ俺は今訳のわからない場所に閉じ込められているのだ。
右を見てみれば黒い森が生い茂り、左を見てみると雪の吹きすさぶ凍土が広がっている。
前には賑やかな街が、後ろには太ったカモメがうろつく港が……
わけがわからない。
全くもって理解できない事態に直面している。
俺が猫であることの百倍不思議な場所のようだ。
とりあえずここにいても始まらないので別のところに移動しよう、そう思ってとりあえず一番安全そうな街の方へと向かおうとして、ふと気がついた。
その道中に、百合の花が咲き誇っている。
あれはダメだ、本能で俺は直感した。
あの百合の花の中に踏み込んだが最後、俺まで百合の花になる。
宇宙恐怖的信号を信じた俺は後ろの港町へ向かおうとする。
しかしそこから聞こえてくる怨嗟に満ちたカンテレの音に総毛立ってへたり込んでしまう。
森からは鳴き声が、凍土からは吹雪を切り裂く怒号が。
どれも、どれもやばい!!
どうすることもできず俺は立ち尽くした。
しかもなんか、音がだんだん近づいてきて、百合の花畑はこちらへとどんどんその陣地を広げてきている!!
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もう直ぐ捕まる!
あまりの恐怖に俺はうずくまり──
そして落ちた。
「ほわあああああああああああああああ!!」
唐突に体を浮遊感が包む。
先ほどまで俺がいた場所に猛烈な衝撃波が生まれ冷や汗を流す。
間一髪、だったらしい。
とりあえず危機は脱したらしくフゥ、と俺はため息をついた。
しかし一体なぜ落ちたのか?
俺はくるりと体をひねり、落下していく方向を見る。
するとそこに一本の大きな木が。
なんで、木?
疑問に思ったのもつかの間、その木は俺の落下コース直上にある、いかん、避けなければ。
俺は体をぐるりとひねり、なんとか回避を試みる。
しかし、これは避けられなさそうだ。
(あかん!当たるぅぅ!!)
グシャア
「──────ぅ」
なんか、すごく突拍子のない夢を見たような気がする。
意識が眠りの海から引き上げられて、少し痛む頭を抑えた。
なんだろう、不吉極まりない内容だったんだけど……起きた時に体を覆う不快感で、そんなものは吹き飛んでしまった。
とにかく、体が猛烈にだるい。
「……ぅ、ぉ?」
しかも声が、妙に掠れている。
一体何が起きたんだ?明らかに普通ではないようだ。
とりあえず状況を把握しなければ。
俺はぐっと気合を入れて、体を起こそうと力を込める────
「エミさん!!」
直前に俺の体を何かが締め付けた。
「──────────ッダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイ!!!!!!!!」
──病院中に響き渡るような絶叫だったらしい。
「3日も?」
「うん、3日も」
身体中を駆け抜けた爪を剥がされたような激痛がようやく収まって、俺はベッドに再び沈んだ体制でみぽりんと話をしていた。
どうやら、俺は事故で大怪我を負って長い間昏睡状態にあったらしい。
それでお見舞いに来ていた途中で目が覚めた俺を見て、感極まって抱きついちゃったそうだ。
みぽりん、下手すりゃ死ぬで……俺だったから良かったものの。
「そっか、そんなに長い間……ん?事故で大怪我って何があったんだっけな?」
「あのね、エミちゃんは……滑落した戦車を助けに行って、その時に」
「あ」
そうだ、おぼろげながらに思い出した、俺の記憶が途切れるその直前の出来事を。
──────
(早い!早いぞエミ選手! これは今年のオリンピックには期待できそうです、でねえけどな!!)
増水した濁流の中を、俺は突き進んでいた。
みぽりんを引き止め、代わりに俺が救出に向かう、思い描いた通りのルートを突き進んでいる。
その興奮がアドレナリンを掻き出し、この身体中の血液を沸騰させている。
思わず高笑いしそうだったが、口の中に泥くせえ水が飛び込んでくるので我慢した。
(よっし到着!!)
沈みゆく戦車に取り付いた俺は、そのまま車体を伝って固く閉じたキューポラを無理やりこじ開ける。
「みんな無事かい?」
「え……エミさん?」
「もう大丈夫だぜ、私がきたからな」
浸水した車内で混乱に陥っていたメンバーに手を差し出す。
直ぐ差し出された手を握って、全員で硬くてを握り合う。
「みんなロープと互いの体を離さないで。 結んだロープを伝って私が岸に引き上げる、息継ぎすることだけを考えるんだ」
「は、はい!」
本当は1人ずつ救助した方が安全なのだが、割と真剣に時間がないので全員力ずくで引っ張り上げる作戦だ、俺のパワーならいける。
早速車内から飛び出して、俺の体にしがみついたメンバーごとロープを引いていく。
重い!流石にこの濁流の中全員丸ごと引き上がるのは相当キツイようだ。
ていうかこれ、みほどうやって救助したんや原作……もしやみぽりんは俺より身体能力が上なのでは?エミは訝しんだ。
まあしかし、不可能でもないわけで。
ぐいぐいとロープを引いていくと徐々に岸が見え始めた。
あと少しだ、あと少し。
少し余裕が出てきた俺は水の上に出た顔を動かし左右を確認する、まさかこのタイミングで危険なものが流れてくるわけはないと思うが……
(ってきてる!!!???)
がごん、がごんと音を立てながら流木がこちらに迫ってきていた。
サイズと流れる速度からして当たれば無事では済まない。
気がついたのは俺だけで、俺にしがみついたメンバーは必死で息継ぎをしてるだけだ。
「危ねえ!!」
「え──」
素が出た!!しるか!!掃いて捨てるほどいる転生者より貴重なJKじゃい!!
俺は迫り来る流木を避けられないと判断し、彼女たちとの間に体を割り込ませる。
え?焦って思わず行動したけどこれ俺ごとみんなぶっ飛ばされない?大丈夫?ピロシキするのは俺だけでええで??
そして体に叩きつけられた衝撃。
そして俺は意識を失い──
「みんなは無事だったか!?」
記憶を取り戻したと同時に俺は叫んでいた。
体にズキンと痛みが走る。
「うん、エミちゃんのおかげで、みんな少し怪我はあったけど大丈夫だったよ」
「は、そうか……よかったぁ〜……」
みぽりんの言葉に、途端に緊張が抜けて俺はズブズブと柔らかいマットレスに沈んだ。
いやぁ、本当に良かった。
俺が助けに行ったせいで原作で助かった赤星さんチームの中に大怪我した人がいたとかなったら真剣に自害を考えるレベルだった、体張って良かった!
「でも、エミさんはそのあと意識を失うほどの怪我を負って、病院に運ばれたんだよ」
「それは、迷惑をかけたな。 まほ隊長にも謝っておかなくちゃな」
「謝ることなんてないよ! エミさんのおかげで、みんな助かって……それにね、試合にも勝てたんだよ」
「お、勝ったのか、さすがみほだな」
そしてどうやら試合にも勝ったらしい、素直に嬉しい変化である。
体を張った甲斐があるものだ……むむ、待てよ? そうなると俺もそこまで責められずに済むから転校しなくてよくなるのか……? まあいいか、あとはみほエリを成立させてそれをそばでニヤニヤ眺めるために意図的に2人きりにさせる作戦とかを実行してけばいいし……
「うん、全部、エミちゃんのおかげだよ。 本当に、本当にありがとう」
「大げさだなみほは」
「そんなことないよ……そうだ! 私エミちゃんが起きたこと他の人に伝えなくちゃ!」
電話してくるね! そういって病室から出ていくみほを見送って、俺はホッとため息をついた。
どうやら、みほエリをなす際の1番の山場を乗り越えられたらしい……喜びがこみ上げてきた。
「一つ歌でも歌いたい良い気分だな」
体の痛みもなんのその、おれは静かにガッツポーズをとった。
いや、まだ本番はここからだ、俺が止まらない限り、道は続く。
だから、みほエリのためにこれからも尽力しなければ。
決意も新たに、俺は覚悟を決めた。
……ところで、さっきから足がまるで動かねえんだが怪我の影響なのだろうか。
「落ち着いて、聞いてください天翔さん。 あなたの脚は、おそらくもう動くことはないと思われます」
「はぁ……」
医者から告げられた言葉を、俺は正しく認識した。
足が動かない、つまりあれだ、下半身不随ってやつだ。
「え? マジ?」
「はい……これをみてください、天翔さんのレントゲン写真です」
医者がこちらに見せてきた写真にはよく見るタイプのレントゲン写真が写っている。
その中で医者の指差した部分を見てみると、ひどく損傷した部位が見えた。
「ここの、下部胸椎。 ここが完全に離断しています。 これは自然治癒することなく、現代医学でも治療法は確立されていません」
「つまり治る見込みなしと……」
「はい……」
医者の言葉を、俺はどこかふわふわとした感覚で聞いていた。
そっかー足動かないかー、そっかー……え?マジコレ?
「あー……つまり車椅子生活と」
「そうなります」
「戦車道……無理ですよね……」
「……はい」
そっかー、戦車道できなくなるかー……
「うっわー……」
俺は思わず頭を抱えた。
なんてこった!みぽりんとエリカとの一番強い接点が消えちまった!このひとでなし!!
いやまああの2人が俺を見放すことはないとは確信しているが、それでも、それでも……えー?マジ?流石に凹むわこんなん……ここまできていきなり凄まじい障害が発生したわ!
俺そばにいたらこんなん2人とも俺にめっちゃ気ィ使うやんみほエリ為させるどころじゃないよ……
「天翔さん、どうか気を強く持ってください」
「あい……」
医者に励まされて、俺は曖昧な返事を返す。
しかし、まあこればかりはどうにもならなさそうだ。
ここまで頑張ってきたし、あとはもう自然の成り行きに任せて2人の足枷になるのだけは避けよう。
よし、とりあえず黒森峰やめるか!
動かなくなった両足を眺めてケツイに満たされた。
「エミ……?」
車椅子に乗せられた親友の姿を見て、心が完全に凍りついたのを感じた。
事故からひと月半、ようやく退院できると喜んでいたエミを迎えに行こうとみほが言い出して、隊長や、滑落した戦車に乗っていたメンバー、中等部の頃からのチームメンバーたちも固まって、病院の外で待っていた。
そしてその光景を見て、全員が凍りついた。
いや、隊長だけは、その時、悔しそうに歯噛みしていたような気がする。
「あの……エミちゃん、まだ歩けないのに、退院するの?」
「いや、みほ。 もうすっかりよくなったんだ。 ただ、その、足がもう動かないらしいからさ」
あっさりと言ってのけた言葉に、今度こそ、全員が停止した。
足が、動かない。
それは、つまり。
『うん、戦車道好きで仕方がないんだ』
『それしかやってこなかったからかな、友達全然できなくてな』
『ここで、みほやエリカたちと会えてよかった。 これからも、ずっと頑張っていこう』
エミは、もう、戦車道なんて、できない?
「う、嘘だよね、そんな、エミちゃん」
「こんな悪質な嘘つかないよみほ。 まあ確かにウソみたいな話だけど 」
「で、でも、そんな……そんなの、エミちゃんが」
「うん、もう戦車道はできないと思う」
「ぁ、ぁ……」
堰を切ったように、みほの目から涙が溢れ出した。
私といえば、もう、何を考えているかもわからない。
頭の中のどこか冷静な部分が、どんな言葉をかければ良いか必死に探すけれど唇はひくひくと震えるだけで言葉を発することはできない。
まるで、悪夢でもみているようだ。
現実感が、あまりになさすぎる。
「ご、ごめんなさい」
ぽつりと、誰かがつぶやいた。
視線の先で、小梅が膝を折って両手で顔を覆っているのが見える。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「あぁ、泣かないで赤星さん」
「なんで、こんなの、ひどい……ひどいよぉ!」
それにつられて、多くのメンバーが泣き出し始めた。
なんでだろう、退院したエミをみんなで迎えて、また前のような日々に戻れると思っていたのに。
どうして、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
「……エミ、車が来ているから、それで送ろう。 私が押そう」
「あ、お願いします隊長。 ほら、みんな行こう。ここだと迷惑だからさ、ほら」
困ったような笑い顔でみんなを急かすエミを見て、言葉にできないほどの苛立ちが胸を埋め尽くした。
「なんで泣かないのよ」
「ん?」
「あんた……一番、辛いはずでしょ……なんであんた泣かないのよ……なんで、辛いって一言も言わないのよっ」
思わず口に出してしまった、ああそうかと納得した。
私は、今この場で一番苦しい思いをしているエミが、それでもなお弱音を吐いてくれないことが納得できなかったんだ。
──私たちはそこまで頼りないか!!
なんて子供じみたわがままだと思うけど、だからこそ我慢ができず叫んでしまう。
「辛いなら辛いって言いなさいよ! そうじゃないと……どんな言葉かければ良いかもわからないじゃない……」
鼻の奥がツンと熱くなって、声が出しづらくなってくる。
そんな私を見てもエミはくしゃりと困ったような笑いを浮かべるばかりで、少し考えて、こう言った。
「わからないんだ、何を言ったら良いか」
「──っ!!」
「う……あぁ……」
もう、こらえることができなかった。
天翔エミは、私の大事な親友は
もう2度と、夢を追うことができなくなったのだ。
私は、たくさん泣いた。
泣いて泣いて、泣き尽くした。
(やっべーなこれ、転校するっていつ言い出そうか……とりあえずまほ隊長に相談して決めるとしようか)
このあとまほ隊長は胃も精神も病む。
エリカとみほは病む。
小梅ちゃんも病む。
すまん、これが作者の限界だった。
このあと監禁ルートとか行くかと自分でも思ってたけど書いてみるとさっぱりこの後の展開が思い浮かばなかった。
非力私許