『中途半端なことせず2人とも純粋な女の子にすればいいのでは……?』
〜〜月〜〜日
アンツィオに来てから、毎日が楽しい。
誰もかれもが毎日お祭りのように騒いでいて、町中から活力が溢れているみたいだ。
時間があるから、たまに食べ歩きをしている。
とても楽しくて、賑やかで、平穏で。
でも満ち足りないものがある。
〜〜月〜〜日
屋台の手伝いはとても楽しい。
私のことを小学生だと思うお客さんたちにちょくちょく頭を撫でくりまわされたりお菓子をもらったりするのは不服だけど、でもなんだか心がふわふわする。
誘ってくれたアンチョビさんが賄いで作ってくれるご飯が美味しい。
どうやったらこんなに美味しく作れるんだろう。
〜〜月〜〜日
最近は自分の体がずいぶんか弱くなったのを感じる。
トレーニングをやめてしまってから三週間だったか。
作り上げるのに随分と時間がかかったのに、失ってしまうのは一瞬だ。
今はもう、4キロのダンベルもやっとの思いだ。
〜〜月〜〜日
コーヒー、ここではエスプレッソが人気みたいだ。
私が入れるのはサイフォン式なので、うまいこと噛み合わない。
でも、アンチョビ先輩は美味しいと言って飲んでくれた。
店で出さないかと言ってくれた。
何も聞かないでくれる。
アンチョビ先輩は優しい人だ。
〜〜月〜〜日
アンツィオに来て、もう二ヶ月。
試しに戦車のガレージに行ってみるとアンチョビ先輩は歓迎してくれた。
でも私は何もできなかった。
トレーニングを怠った体は想像以上に劣化していて、いまや全力を出しても砲弾を持ち上げることはかなわない。
私はもう、戦車に乗る価値がない。
とても悲しくて、つらい。
私はまだ未練タラタラだったらしい。
装填手の役割を果たせないなんて、それじゃただの人形だ、役立たずのクズじゃないか。
私にはもう何もない。
〜〜月〜〜日
アンチョビ先輩は、ずっと優しくて、私をかまってくれる。
でも、今はもうそれも苦しくて、つらい。
私なんかのために時間を取らせて、気を配らせて苦労をかけてしまって、それが何よりも辛い。
でもそれを振り払えない、優しさに甘えてしまっている。
私は何もできない、心も体も弱っちい卑怯者だ。
〜〜月〜〜日
生きているのが辛い、誰か助けてください。
「な、なんだよ、これ」
震える声が抑えられなかったのがわかる。
アンツィオに来てからこっち、出会った日からずっと楽しそうな笑いを絶やさなかったエミの内側がここに記されていた。
きっかけは偶然だった。
屋台の手伝いをしてくれたエミが鞄を忘れてしまい、持ち上げたそれから零れ落ちた分厚い本が、ばさりとひらけたのだ。
それが日記とわかって慌ててアンチョビは見なかったことにしようとしたけれど、その中に自分の名前が書かれていたのが見えて、ついつい好奇心に負けてしまった。
最初のうちは、黒森峰からやってきた当時の辛い心境、慣れない環境に馴染めない不安が綴られていたが、それが徐々に明るい文になっていって。
それが奇妙な快感を持ってアンチョビを喜ばせた。
アンツィオに来てから、自分たちと関わってから少しずつ心が癒されていく。
その喜びはむず痒いような、湧き上がるような不思議なもので、ページをめくる手をますます加速させて。
でも、その先で、自分が弱くなっていく恐怖と、かつての夢から引き剥がされていく現実、自身の価値を見失っていく喪失感に蝕まれた真実がある。
足元がなくなっていくような喪失感にアンチョビは薄ら寒さを覚えた。
「私が……私がやってたことは、おせっかいだったのかな……」
声が震えた。
頭の中がジンジン痺れて、何も考えられなくなる。
その場にへたり込んで、日記を抱きしめてアンチョビは泣いた。
(oh my god!! 間違えて持ってきちまった日記帳入れた鞄忘れたと思ったらチョビに読まれちまった!! いや違うんすよ本当にわざとじゃないんですよ、数学の教科書が分厚いのが悪いんすよ。
でもアンチョビ泣かせちゃったから足をピロシキ〜するね……)
その晩エミは足の甲をハンマーで砕いた。
割と深刻だったので病院に行った。
「こんにちは〜」
「あっ……う、うん、よくきた……」
数日後、いつものように屋台の手伝いに赴いたエミを、アンチョビは気まずそうな様子で出迎えた。
足にカナヅチが落ちて骨折したのは数日前に聞いていたのでしばらくは来なくていいと伝えたのだが、やることがないので後ろで仕込みの手伝いでもしたいというと渋々頷いた。
「今日もたくさん売りましょうね」
「うん、そうだな……」
「……ドゥーチェ?」
「あ、や、なんでもないんだ、なんでもない」
アンチョビは無理矢理な笑顔を作って、さあ今日も気合い入れてやるぞと腕まくりをしたが、あまりにも不自然な仕草で他の面々も首を傾げている。
エミとしては申し訳ないばかりで、取り敢えずは仕込みを頑張って負担を減らそうと玉ねぎを刻み始める。
片足でも器用に立ちながら、小さい手に握った包丁が軽やかに踊り野菜をカットしていく。
「相変わらず早いなー」
「そうかな?」
後ろから覗き込んできたペパロニにそう言われて、エミは首をかしげる。
「手際もいいし、料理好きなのか?」
「昔から手伝いはしてたよ 食べ盛りのチビ達にはいくら作っても足りないから、私も手を貸してたんだ」
「そんな大家族なのか?」
「そうとも言えるかな。 まぁあまり仲は良くなかったけど」
そう言いながらもあっという間にたっぷりの玉ねぎを刻み終えて、今度はピーマンに取り掛かる、豪快に輪切りだ。
それが終われば今度はウィンナー。
ベーコンを入れる時もあるがこちらが主流らしい。
「昔から戦車道しか興味がなかったから、他の子達と話題合わなかったし。 それで孤立して院長に心配されてね。 だから平気だって証明したくて、手伝いとかいっぱいしていつも平気な顔してたんだ」
「院長?」
「うん、私を拾ってくれた人」
「……? あっ」
ようやく気がついたらしく、ペパロニにしては珍しく気まずそうな表情をして言葉を詰まらせた。
それを見てエミがクスクスと笑う。
「いいんですよ気にしなくて。 少しも辛くなんてないですから」
「うーん、そっか? ならいいんだけど」
「あっっっつぁぁあ!!」
その時盛大な悲鳴が響いて、従業員も客も一斉にそっちを向いた。
見てみればなんとドゥーチェがヘラを放り投げて耳たぶに指を押し付けている。
「大丈夫っすか姐さん!!」
「あ、お水、お水を!」
「あちちち、うぅ、油断したぞ……」
アンチョビが料理で怪我をするとはなんとも珍しい。
エミが慌てて氷水を用意すると、その中に指を突っ込んでなんとかほっと一息ついた。
「うう、悪い」
「珍しいっスね〜姐さんがやけどなんて」
「今日はもう調理はできませんね。 誰か代わってくださーい 」
「や、こ、これしきなら」
「指を怪我したら料理なんてだめっスよ!」
「うぅ〜」
チョビ〜って感じで小さくなったアンチョビを、表からは見えない休憩場の椅子に座らせる。
なんだか今ならカール自走臼砲になら装填できちゃいそうなサイズだ。
エミは薬箱の中から軟膏と絆創膏を取り出した。
「戦車乗りの指は大切なんですから、気をつけないとダメですよ」
「……うん」
うつむきながら返事をしたアンチョビに、これはダメだとエミは肩を落とした。
どうやら想像以上に日記を覗き見た罪悪感が強いらしい。
これは日記をあんなところに置きっぱなしにした自分の責任だろう、なら自分が立ち直らせるのが道理だ。
取り敢えず何か、言葉をかけなければ。
「あの、アンチョビ先輩。 私はこの前のこと気にしてませんよ」
「え?」
「ほら、あの、日記を」
「!!!!!」
瞬間、ぞわりとアンチョビの毛が逆立った。
「み、見てたのか!?」
「ええ、まぁ、忘れたのに気がついて取りに戻った時……」
「え、う……」
「あ、あの、あんな場所に忘れた私が悪かったですから、気にしないでください」
なんとか慰めようとするが逆効果だった。
エミはまたもアンチョビを泣かせてしまったので今夜は手の甲行くかとケツイを固め始めたが、その時、キッとアンチョビの視線がエミの目に絡みついた。
「日記な、読んじゃったんだ。 お前の」
「ええ、はい」
「後悔した」
「ごめんなさい、変なもの読ませてしまって」
「なんで盗み見られたお前が謝るんだ」
「いや、なんとなく……」
「……エミ、お前は謝ることなんてないんだ」
「え?」
突然、そっとアンチョビの腕がか細いエミの体を抱き寄せた。
ふわりとケチャップソースの匂いと、ミントのように透き通る香りが体を包む。
「私のお節介で、辛い思いさせてごめんな」
「え、いやあのあれは」
「私はお前のこと何にも知らなかった。 最初見たときは陰気な奴だって思ってたけど、ここで過ごしてればそのうち明るくなるって思ってて。 だから巻き込んで屋台とかやらせたり、たまに連れ出して遊んだりして……」
「は、はい……」
「でも、お前にとって戦車道がどれだけ大事なものだったのかわかってなかったんだ。 聞いてはいた、去年の黒森峰の騒動で追いやられちゃったって。 日記読んで、お前のさっきの話聞くまで、それも軽い気持ちで考えてて……」
「そ、その……あの」
「だから、明日からはもっと、しゃんとするから。 私はみんなのドゥーチェだ。 だから、お前だって毎日を楽しく過ごせるよう頑張るから。 嫌なこと忘れられるように頑張るから……だから……」
「……ありがとうございます、アンチョビ先輩」
涙をほろほろと流しながら自分のことを思ってくれるアンチョビを見て、エミは誓った。
ダミー日記、焼こうと。
そして明日からは心配かけないようにアンツィオムードで毎日を過ごそうと。
取り敢えず手の甲を砕くのはやめておいた。
下手すればアンチョビの心まで砕けかねない。
だが、エミはアンチョビのことを甘く見ていた。
トントントントンと、小さなノックの音がした。
「んお?」
風呂上がりのエミはまだ湿った髪を後ろに束ねて、黒森峰のノンアルコールビールで喉を潤していた。
時間は午後八時。
誰かが訪ねてくるにはやや遅い時間と言えるが、いったい誰だろうか。
「はい、どちら様ですか?」
「エミ、私だ、アンチョビだ」
「!?」
どういう、ことだ……?
なんの前触れもなく訪ねてきたドゥーチェ、エミは慌ててジャージのチャックをしっかりあげて、ドアを開いた。
「ど、どうしたんですか? こんな夜中に」
「うん、ごめんな。 電話してから行こうと思ったけどでなかったから」
「え? あー……」
携帯には三十分ほど前に不在着信があった、片足が使えない風呂に悪戦苦闘していた最中だったらしい。
(いやでも、それで無理やり押しかけるような人か……?)
「何かあったんじゃないかって心配になったんだ。 ほら、お前今足が酷いだろ?」
「あ、あーすいません、ご心配おかけして……あの、もしあれなら上がっていきますか?お茶くらいなら出しますが」
「うん、お邪魔していいか?」
「どうぞ」
ドアを開いて部屋の中に案内する。
しかし、アンチョビが背負った大きなナップサックが気にかかる、あの大荷物で何をする気なのか。
「粗茶ですが」
「ありがとな」
「いえ……それで、あの。 どうしたんですか? アンチョビ先輩。 電話したってことは用事がありましたか? それとも、心配して電話しただけでしたら」
「うん、それなんだけど。 私今日からお前と暮らそうと思って相談したかったんだ」
「はぁ……はぁ?」
脳みそが超振動した。
「エミは今、足に大怪我しちゃって大変だろ? だからそれが治るまで、私がお世話してあげようと思って」
「いや、いやいやそんな! いいですって1人で大丈夫ですよ!」
「遠慮するな! 風呂とか着替えとか大変だろ? ドゥーチェに任せとけ!」
「遠慮とかじゃないっすよ!」
「……嫌か?」
「いやじゃないです」
エミは負けた。
アンチョビの上目遣いには耐えられなかったのだ。
しかし同時にエミの脳みそは暴走状態に陥っていた。
なぜ?どうして?ドゥーチェの様子があからさまにおかしい。
「私色々考えたんだ。 私の考えなしでお前を傷つけちゃったから、私がお前をしっかりと立ち直らせてあげなきゃって」
「いや、その結論はおかしいですよ!?」
「だからドゥーチェ思いついた! 今日からドゥーチェがお前のご飯も運動もお世話して、また装填手として活躍できるようにお世話しようって!」
「まって! 先輩! おかしいですよ!」
「明日からドゥーチェがご飯もお風呂もお着替えも買い物も登校も屋台もトイレも全部手助けしてあげるからな! だからまた、戦車道やれるようになるまで、頑張ろうな!」
「」
エミは悟った。
アンチョビは、壊れていると。
ギラギラとやる気に満ちているのにハイライトのない瞳を見て、エミは思い当たるものがあった。
これ、押しかけ系ヤンデレや、と。
結局エミは押し切られて、アンチョビの人をダメにする介助を受けることとなった。
『みほ、みほ、助けてくれ、このままじゃ私ダメにされ……あぁ!ドゥーチェ!いけません!哺乳瓶ってなんで!? 私はそんなもの使うほど幼く……アーーーーーーーー!!!! プツン』
「エミさん!? どうしたのエミさん!?」
ベリー クルシメ エミカス
ドゥーチェはつよいけどよわいという印象があったなでこんな出来に。
なんだか今までで一番変なもの書いた気がする。
たまにはギャグめいた終わり方もいいかなって、エミカスのもう一つの完全敗北もありかなって。
え?なんでアンツィオ編書いてんのって?
その、ほら、たのしそーだったから。
ただ自分でも思ってたのと違うのができた、誰か助けてくれ。
ところでこのエミカスはアンチョビにちょー甘やかされながら何もかもをお世話されるという日々を送ることになったわけですがピロシキ案件ですか?