「もう大晦日かぁ」
窓の向こうに見える世界はチラチラと揺れる白に彩られている。
子供の頃から見慣れている光景なのだが、太平洋の洋上を航行する大洗学園艦は冬になるとそれはもう大量の雪が降り積もり大変なことになる。
やや高緯度をわざわざ選んでいるのは季節感を大事にするためらしい。
雪の厄介さをガキの頃から散々思い知らされている俺はその雪景色に気だるさしか感じることができず、思わず視線をコタツの上に移す。
いわゆる丸コタツの上にはみかんの詰まった籠と急須に湯のみが載っている、いかにもってくらいスタンダードな光景だ。
皮をむいてスジを剥ぐ。
綺麗になったそれを口に放り込む。
これを繰り返してるだけでいくらでも幸せになってくるのだから日本文化に神の愛を感じざるを得ないだろう。
「それにしても、年末か」
もう今生十六回目となる年末な訳だが、今でも俺がこうして学園艦の上で一女子生徒として日々を過ごしていることに不思議な運命を感じる。
かつて憧れたガールズ&パンツァーの世界に生まれ落ち、そしてその世界を思う存分堪能している。
普段は気にしないものだが、こうした1人思いふけると夢のような出来事なのだと再認識するのだ。
「……よし、頑張ろう」
そんな運命に感謝して、俺は改めてみほエリを成すことをケツイする。
今年はできなかったが、来年こそは……
その時、玄関のドアがガチャリと開いた。
「ただいま」
「は?」
入ってきたのは西住まほだった。
パイセンである。
え?パイセンナンデ?
「外は冷えるな、やはり冬の学園艦はキツイ…… お、みかん出したっけな」
ジャバジャバと手を洗ったパイセンはのそのそとコタツに下半身を潜り込ませると、普段の凛々しさをまるで感じられないリラックスした様子で籠のみかんに手を伸ばした。
いやいや妖夢。
「まほ先輩……???」
「……どうしたエミ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「あれ?なんでここにいるんですか?」
「なんでって……今日は帰らないとか私言ってたか?」
なんだろう、話が噛み合わない。
なぜパイセンが大洗の学園艦にいて平然と俺の部屋に上がってきて、さぞ当たり前のようにくつろいでいるんだろう。
「えーと、ここって大洗学園ですよね」
「そうだが……」
「え? 何か用事でこちらに?」
「?????」
向こうも違和感に気がついたようで小首を傾げている。
薄ら寒い何かを感じて、俺は身震いする。
──その時、インターホンが来客を知らせるベルを鳴らした。
「おっと、客か。 出てくる」
パイセンはやや名残惜しげにコタツから脱出すると、そそくさと玄関に向かっていく。
え? パイセンが来客出るの? なんでそんな部屋の主人みたいな振る舞いしてるの???
混乱の真っ只中に陥った俺をよそ目に、パイセンが玄関のドアを開けはなつ。
「はい、どちら様で──」
「エミーリヤ! 約束通りボルシチ持ってきたわ──」
『なんでここに??????』
「Добрый день、同志エミーリヤ。 お土産です」
「なんすかこの猫の手手袋は」
なんかもう、ひどい。
──────
「ええっと……つまり、まほ先輩は私と一緒に大洗に引っ越してきて同居してるってことで、カチューシャは年末を私の部屋で過ごすと約束しやってきたってこと……」
「まぁ、そうなるな」
「そうなるわね」
「まるで意味がわからない」
あまりにもとんでもない事態に俺は頭を抱えていた。
なんか知らんが、このパイセンとカチューシャは俺の知らない俺と一緒に過ごしてきた記憶を持っているらしい。
転生を経験した俺でもちょっとわけがわからないとんでも現象である。
「ていうかカチューシャ、ここ大洗学園艦なんだけどどうやってここにたどり着いたんだ?」
「え、いつものエミーリヤの部屋を訪ねたわよ?」
「……」
俺は無言で立ち上がり、玄関へと向かった。
扉を開いてみる。
大洗とは比べ物にならない吹雪が吹き荒れている。
扉を閉める。
「どうみてもプラウダです本当にありがとうございました」
「そんなバカな!? ……大洗じゃないか!」
「なんなのなの……なんなのなの……」
俺は猫の手手袋をつけた両手で頭を抱えた。
そのあとなんどか実験してみると、カチューシャとノンナが玄関を開くとプラウダにつながっていてパイセンが開くと大洗につながっているらしい。
「これは……とんでもない事態になってるんじゃないか? 別の場所につながるなんてまるでハ(ピー)の動く城だ」
「いえ、これは場所だけではなく世界線すら変化している可能性がありますね。 私たちの知っている同志エミーリヤと違うエミーリヤがここにいる以上その可能性が高いです」
「ノンナ、世界線って何?」
のんきに話している二人組をよそに俺とパイセンは頭をひねる。
なんだろう、この、なんだろう。
年明けを目前にして唐突に巻き起こった時空間レベルの大騒動だ。
そして何が困るってこの三人と話しているうちにだんだんと俺の頭の中にパイセンと過ごした記憶とカチューシャと過ごした記憶が入り込み始めたことだ。
侵食されてるやんけ!!
「まずいなぁ、これはどうしたら……」
その時ガラリとベランダのドアが開いた。
「やぁエミ、お邪魔する──────は??」
視線の先に、ミカがいた。 えぇ……
ミカの方も部屋の中にいる俺たちをしばらく眺め……
「なぜここにいる西住まほ!!」
「いきなりなんだ!?」
その美しい顔を憤怒に染めた。
いきなり怒鳴られたパイセンもこれには困惑だ。
あぁ、これはもしや……
「まさか……継続で俺と過ごしたミカさんってことになるわけ……??」
「エミ、こちらへ来い!」
「ふわー!?」
反応する間も無く俺はミカに抱きかかえられた。なんで???????
「ちょっ!? あ、あんた何してんのよー!ノンナ!」
「Понятно」
「日本語!」
「了解です」
そしてミカに抱えられた俺の腰にノンナが手を回し引っ張られる。
ミカノンサンドとか聞いたことないんですけど???????助けて!!!!!
「離せ、プラウダの」
「カチューシャの命令ですので、それに同志を攫われるわけにはいきません」
「同志だと……?」
「なんだかよくわからないが私にその敵意を込めた目を向けるのをやめてくれミカ。 心あたりがなくて困る」
「いけしゃあしゃあと……!!」
元からカオスだった空間がさらにカオスになった。
キーキー喚くカチューシャ、俺を引っ張り合うミカとノンナ、頭を抱えるパイセン。
軽く地獄絵図だ、とりあえず俺を離して(懇願
「ただいま! 遅れてごめんエミちゃん、1人で大丈夫だった?」
「うぅ、冷えるわね。 部屋をあったかくしないと体に障りそう……え?」
「え?」
また来た(絶望
なぜか黒森峰の制服を着たみぽりんとエリカが玄関からエントリーだ。
「な……な……何してるんですか!!!」
「うわっ!」
「むっ」
「わぁぁぁ!?」
鬼気迫る表情で迫ったみぽりんがミカとノンナを突き飛ばして俺を確保する。
よし!みぽりん1人相手なら脱出できる……あれ?足動かなくね?
「足が動かないエミに何してるのよあんたら!! 隊長もなぜ止めないんです! ていうかあんたらどうやってここに入ってきたの!」
「え? 私足動かないの?」
「え?」
「え?」
「うわ本当に動かない!?」
それどころかむしろ腰から下が動かない。
突然の体の不自由に俺は盛大に取り乱した。
なにこれ、なんなのこれ!?
「あぁまたややこしいことに……」
「どうしようノンナ、カチューシャ頭がこんがらがってきた……」
「私もですカチューシャ、流石にこれは……」
「また黒森峰の……!!」
1人だけ憎悪の炎をたぎらせるミカ以外全員がいよいよ頭が追いつかなくなってきた。
みぽりんとエリカといえば足が動かなくて困惑する俺をすごい曇った目で見てくる。
「なぁみほ、エリカ。 なんで私の足が動かないんだ? 何があって(そっちの)私こうなっちゃったの!?」
「そ……それは……」
「エ、エミちゃん……う、うぅ」
なんで泣くのよ!?泣きたいのはこっちよ!?
突然時空間が入り乱れるわ知らない記憶がどんどん混じってくるわ足は動かなくなるわ!
あ、この足って赤星ちゃんとか庇った結果なのね、異次元の俺GJすぎるわ。
いやそうじゃなくて!
「頼むからみんな一旦落ち着いて──」
「ただいま! エミ、お買い物終わったぞー」
あぁ──(諦観
「え?た、確かアンツィオの……」
「ん? お客さんがずいぶんたくさんいるな……ってなんか他校の奴らが多いな!? いったいいつ来たんだ……?」
「あー……話せば長くなるが話してわかってもらえるかな」
「??? まぁいいや。ほらエミ、そんなとこに座ってないでねんねしような、ほら」
「待って?」
追加されたアンチョビもなんか変だった。
俺をさながら赤子を世話するかのようにベッドに寝かせてくるの。
頭撫でてくるの。
絵面がやばすぎる。
「ミルクすぐ準備するからいい子で待ってるんだぞ?」
「ミルク? ミルクってなに!? アンツィオの私なにしてんの!?」
「こら、大声出しちゃめっだぞ! ほら、客のお前らもとりあえず座れ! あれ? 部屋の間取りこんなんだったっけ……まぁいいか」
「よくないよ?!」
台所に向かってしまったアンチョビをみんなぽかーんと見つめる。
正直今日遭遇した別次元メンバーの中でも別格のやばさをアンチョビから感じる。
なんというか、呼吸できる生暖かい底なし沼というか。
激おこモードのミカもやばいけどこっちも別のタイプの怖さだ、沈みそう。
「……今この状況が明らかに普通じゃないのはわかった。 だけど、それでも黒森峰の連中のそばにエミを置くのは不愉快極まりないね」
「さっきからなんなんだ、そうまでして敵対的な態度を取るならこちらもそうせざるを得ない」
「エ、エミちゃんになにする気なの……!」
「えみには指一本触れさせないわよ……!!」
「ノンナ、カチューシャ疲れてきたわ……」
「子守唄を歌いましょうか」
なんかもうひどい。
狭い部屋の中でコタツの周囲で敵意がぶつかり合い、台所からはチョビの鼻歌が聞こえてくる。
ストレスがストレスを呼び胃がズキズキと痛みだす。
頭の奥がガンガンして鉄臭いのが込み上げてくる。
もう、もうやだ!!
「わあああああああああああ!!!」
「あぁ、エミ!?」
俺は腕力だけで強引に体を起こすと、ねずみ花火のように部屋の中を駆けずり回って窓から飛び出した。
途中机にぶつかったりしたが気にしてる場合じゃない、これ以上俺の胃がやられる前にもう、逃げるんだよォーーーーー!!
「待ってエミちゃん! そんな体じゃ──────」
みほの叫びは虚しく響き、エミの耳に届くことはなかった。
「うぅ、エミーリヤ、腕だけでよくあんなに動けるわね、さすがだわ……ん?」
部屋の面々が困惑して立ち尽くす中、カチューシャはエミが暴れた際に床に落ちた一冊の分厚い本を手に取った。
黒いハードカバーのそれには、表紙の白い部分に名前が書いてある。
「天翔エミ……もしかして、エミーリヤの日記??」
「そしてこっちに逃げてきたってわけかー」
「まぁ、そういうわけです。 エミ殿もだいぶまいってましたから」
「は、はい……」
しばらくして、サンダース大学付属高校のとあるパーティ会場の片隅に、2人の大洗女子学園生の姿があった。
1人は秋山優花里、もう1人は天翔エミ。
車椅子を押す優花里とそれに座るエミに驚いたケイは、しかし匿ってほしいという2人の願いをあっさり聞き届け、年越しパーティー真っ只中の部屋に招待したのだった。
「急にとんでもないことになって、ニンジャもオッドボール三等軍曹も大変だね」
「もう、その呼び方はやめてくださいってば〜」
「あ、あの、秋山さん、首を撫でるのやめて……」
ケイの言葉に眉をひそめながらもエミを弄る手を止めない優花里に、ケイは思わず苦笑いした。
いつも飄々とした態度で余裕を持っていたニンジャが、1人の女子の手の中で顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
なんだか、とても貴重なものを見た気がする。
すごくお得な気分になった。
「まあともかく、2人ともほとぼりが冷めるまではここで一緒にパーティを楽しんでいけばいいわ! せっかくだからここで一緒に年越ししましょうか」
「それは魅力的ですね! ね? エミ殿?」
「う、うん、秋山さん」
「それじゃあ私は少し他の場所を見てくるから、ゆっくりしててね〜」
そう言ってそそくさとその場を後にしたケイ。
それを手を振って見送った優花里は、そっと屈み込むとエミの首にそっと腕を回して優しく抱きとめる。
ビクリと震えたエミも、そんな優花里にそっと体を預けた。
「なんだかとんでもないことになってしまいましたね」
「……巻き込んじゃってごめんね、秋山さん」
「謝ることないです。 それに、その騒動のおかげで、今こうしてエミ殿と2人で一緒に居られるから……」
「わひゃあ!」
首筋に唇を落とされて素っ頓狂な悲鳴をあげたエミを、クスクスと笑う。
恨めしそうな顔を向けてくるエミの頬にそっと手を添えて、優花里は優しく微笑んだ。
「来年も、またよろしくお願いします。 大好きです。 エミ殿」
「あぅ……わ、私も、んむ!?」
そのまま、唇を奪う。
甘い口づけを交わして、意識が恍惚で満ちる中、ふとエミの脳裏を疑問が掠めた。
(俺いつの間に秋山殿とこんな関係に……?)
そしてその同じ頃、エミの家で多くのものが日記の前に膝をついていたのだった。どっとはらい。
お、俺が悪いってのか…?俺は…俺は悪くねえぞ。だって読者が言ったんだ…そうだ、読者が書けって!
こんなことになるなんて予想できてただろ!おまけのキャラ全員集合させたら収集つかなくなるって!
俺は悪くねぇっ!俺は悪くねぇっ!