「ふふ、本当に美味しいわ。 少しびっくりするくらい」
「どうも」
院長が気を利かせて出て行った後の、応接室も兼ねた院長室で、私はつい先日顔合わせしたばかりの娘の友達と向かい合っていた。
いざこうしてじっくりと観察してみると、本当に小さい。
この前は制服を着ていたのでかろうじて判別できたが、スカートにパーカーのような格好をされると本当に小学生と見分けがつかないほどだ。
顔立ちも、やや丸みを帯びた頬に大きな瞳がより幼さを際立たせている。
だが、こんな小さな子が決勝で見せたあの常識はずれの戦い方は、今でも目に焼き付いて離れない。
「この前会った時は、時間がなくてゆっくり話もできなかったから。 今日はのんびりとできそうね」
「あぁ、その時はお恥ずかしいところを……ところで、島田流家元のあなたが、こんな孤児院に一体なんの用事できたのでしょう」
その言葉を受けて、彼女の挿れてくれたコーヒーの注がれたカップをまた口に運ぶ。
少し、緊張していた。
これから、1人の人生を大きく左右しかねない発言をしなければならない。
打算がないとは到底言えず、讃えられるような動機では決して無い、しかし熟考に熟考を重ねた結果の判断だ。
彼女の目をしかと見つめて、秘めていた言葉を投げつけた。
「天翔エミリさん、島田家の養子になる気はないかしら」
「────────────は?」
呆然とした彼女の顔に、まあそうなるなという感想を抱いた。
余裕を取り繕ってはいるが、実のところ結構に緊張している。
静寂が、耳に痛い。
「…………なぜ?」
「理由は色々とあります。まずは、貴方の能力を買ったから」
そばに置いてあったバッグからタブレットを取り出して動画を再生する。
流される映像には、大洗対黒森峰戦に置いての人間離れした天翔エミリの姿が映されている。
日本国内を衝撃に陥れ、海外にすら広まっている、『リアルニンジャ』だの『地球外生命体』だの『神様転生特典チートマン』だのと評される尋常ならざる動き。
「初めて見たとき私は目を疑ったわ。 明らかに常軌を逸した身体能力だもの」
「あー、まあそれは私もそう思います」
「この試合を見て、戦車道の運営に関わる者共の多くは衝撃を受けたわ。 それは良い意味でも、悪い意味でも」
タブレットを操作し、画面を切り替える。
それに引きずられ、大きな画面を埋め尽くすように愛里寿のスヤスヤ寝ている寝顔画像が映し出される。
「……」
「……」
再び操作すると、こんどは細かな情報が記された円グラフが現れた。
「この円グラフ、みてもらえるかしら」
「……ええ、はい、円グラフですね」
「そう、円グラフを。 この青いほうが貴女を支持する意見。 赤いほうが貴女を非難する意見。 だいたい50/50の割合ね」
「……というと?」
「戦車道の改革派と保守派が、貴女の存在を認めるか認めないか争っている構図ができているの」
およそ戦力らしい戦力もない大洗の戦車チームが、強豪黒森峰を破り優勝を果たす。
それは、大洗の奇跡として長く語り継がれることになる英雄譚である。
その物語の中で、偵察役として凄まじい成果を上げて、何より凄まじいインパクトを叩きつけてきた天翔エミリの名前は、その天翔エミリを活かしきった西住みほの名とともに広く知れ渡っている。
初心者集団を短期間で一流の選手へと育て上げ、常識にとらわれない策謀で敵を搦めとる名指揮官西住みほ。
他者には決して真似できない高機動個人偵察兵天翔エミリ。
この2人の可能性を見出し利用しようとしたのが改革派、危険視し芽を摘みとろうとしたのが保守派だ。
それゆえ、彼女たちは希望を奪われて廃校という絶望に直面する羽目になっている。
「まず、この貴女の能力が一つ。 我が島田流は、臨機応変に対応した変幻自在の戦術を得意とする、まあ、貴女が在籍した黒森峰の掲げる西住流とは対極に位置するような流派です」
「それはよく存じておりますが」
「そこにきて、貴女の持つこの誰にも真似できない能力はかけがえのないものよ。 情報というものは千金、万金の価値を持つもの。 それを、貴女が単独で、敵に気取られるリスクも少ないままにリアルタイムで味方に送信し続けられる……味方であればこれ以上ないほどに頼もしく、敵に回すとこれ以上恐ろしいものはないわ。 そんな貴女を他のどこにも奪われないよう確保する、それがまず第一の理由よ」
「そんなに凄かったのか私……」
こちらの言葉に対してはへーと息をこぼす彼女を見る。
やはり、自覚はなかったらしい。
改革派の連中はこぞって彼女を確保して、未来の国際試合までに彼女を完全に斥候役として完成させる腹積もりだというのに(保守派連中は他のスポーツをやらせろと言っていた)。
「そして、二つ目の理由は……愛里寿の、そばにいてあげて欲しいから」
「?」
コクリと首をかしげる彼女に少しだけ笑いが漏れる。
この容姿でこんな仕草をされれば愛らしさを感じずにはいられない。
「貴女が愛里寿と、ボコミュージアムで出会った日。 その日愛里寿は、普段よりもずっと明るい顔で、その話をしてくれてね」
「はい」
「……私は、愛里寿に大きな負担を強いているわ。 まだ高校生にもなってない愛里寿に、大学という大人の大勢いる舞台で、その大人たちを率い、指揮する戦車部隊の隊長という重役をやらせている。 無論、愛里寿ならそれを過不足なくこなせるという確信があるし、事実あの子は期待に応えている……けれど、だからと言って年の離れた人に囲まれてストレスを感じざるを得ない環境に放り込んでいるのも、また事実」
「それはまあ、そうですね」
たとえ相性がよかろうが、年の離れた兄弟ほどの差がある人々の中に放り込まれ、それを指揮する立場に立たされる。
それがどれほどに強い負担を強いるのか、想像もできない。
「でも、貴女と出会ったと話してくれた日から、その日から少しずつ、笑ってくれる頻度が増えていったのよ。 貴女といろんなお話をして、ジュースなんか奢ってもらって、たまに街中を散策もしたらしいわね。 あの子は本当にそのことを、楽しそうに、愛おしそうに話してくれて……」
「……」
「貴女の学校が廃校になると聞いて……そして、貴女が孤児であると知って。 それで、思ったの。 貴女を家で引き取って、愛里寿の心の支えになってくれると、それはとても、素敵なことなんじゃないかって」
愛里寿に、笑って欲しい。
愛里寿の負担を、取り除いてあげたい。
彼女に大きな負担を強いている情けない親だけれど、でも、だからこそ彼女のためなら一肌も二肌も脱ごうと躊躇なく踏み出せる。
仮にも自分は、彼女の母親なのだから。
「……」
「……」
「……」
沈黙が、再び部屋を埋め尽くした。
彼女が少し冷めているだろうコーヒーを口に運んでいるのを、私は直視できずに目線をそらしている。
わかっている、私の言っていることは、養子を迎え入れようとしている保護者として失格の烙印を押されても仕方がないものだ。
私は、要はこう言っているのだ。
『その能力を用いて島田愛里寿のために尽くせ、そのかわり地位と生活を保障する』と。
はっきりいうがまともではないし、断られても仕方がないと思っている。
だが、嘘だけはつかなかった。
無責任に綺麗事を並べることだけはしなかった。
それだけはやってはいけない、その程度のことは私にもわかっていたからだ。
「……すぐには、お答えできません」
たっぷり五分ほど待った後に彼女が出した結論はそれだった。
「……近いうちに、答えを出しますが。 どうか考える時間をいただけませんか」
「勿論よ。 こちらもすぐに返事を急かすようなことはしない。 貴女の人生にかかわる重大な問題だもの、よく、考えて欲しいわ」
白々しい返答を返しながら、私はタブレットをバッグにしまってソファから立ち上がる。
「話が長くなったわね。 じゃあ、よろしく」
「……この話は、愛里寿にはしてあげたんですか?」
「……いいえ、まだね。 ぬか喜びはさせたくなくてね」
「してあげるべきです」
彼女の飴色の目が、私を射抜いた。
その眼光の鋭さに、どこか既視感を感じて。
一歩、二歩と後ずさる。
「してあげる、べきです。 私がどういう答えを出すかは別として、愛里寿がその話に乗り気ではないのなら、私は絶対に島田の養子にはなりません。 ……愛里寿の嫌がる結果にはしたくない」
彼女の言葉はすとんと胸に落ちて、そして同時に自分の軽率さに嫌悪感を抱いた。
そうだ、これは決して大人だけで進めていい話じゃない。
「……わかったわ、愛里寿ともしっかり話し合ってくる」
「お願いします」
見送りに来た彼女と院長に頭を下げてから、私はプライベートヘリへと乗り込んだ。
島田流の家元には沢山の仕事がある。
今日もその合間を無理やり作ってここを訪れた。
早いところ、帰らなくてはならない。
「……いい子だったわ、とても」
帰りのヘリの中で、相対した彼女のことを思い出す。
強い瞳、成熟した精神、そして礼節を忘れない心がけ。
彼女が、愛里寿の姉として彼女の支えになってくれたら、それは素晴らしいことに違いない。
「……いい答えが、返ってくるといいわね」
期待を込めた私のつぶやきは、ガラス越しの青い空に吸い込まれて、消えていった
その後に、大学選抜チームと大洗チームの戦いとも呼べないような戦力差の元で行われる
「はぁー……」
ビジネスホテルの屋上で、俺は真っ黒な空に向かってため息を吐いた。
孤児院に居座るのはなんとなく気が引けたので、市街地まで戻り適当なとこで一晩明かすことにしたのだ。
「島田の養子、ね」
ココアシガレットをガジリと嚙み砕きながら俺は思考する、どうしてこうなった、と。
未だ嘗て島田家に養子入りするオリ主とか見たことがないんじゃが?
これは果たしてピロシキ判定されるか否か…有罪ですね、ダメです、愛里寿の義姉ポジションにつくとか世が世なら一兆からスタートのスーパーウルトラデラックスアメイジング・オークションで利権が争われても不思議ではない。
それをお前こんな……お前……ダメでしょ????
ひとまず予防線として愛里寿がOK出したら考える、と言っておいたがこの世に生まれ落ちてからこっち、慢心したせいで全てを台無しにしてきた俺にもはや油断はない。
俺はもう心の中で断固たる決意を決めていた、島田家の養子にはならないと。
(誘ってくれた千代さんには悪いけどな)
俺はすでにみほエリの間に挟まってしまうという極悪な罪を犯してしまっている、地獄行きは確定だ。
ならせめてこれ以上罪を重ねないように慎ましやかに生きて行くと決めているのだ。
それは悪いことでしょうか?いいえ、悪く有りません。
仮にそれで愛里寿や千代さんが傷ついたときは……それはその時考えることとしよう、部位ピロシキ二カ所あたりが妥当だろうか……
そこまで考えたところで、夜風ですこし体が冷えたので俺は部屋に戻ることもした。
明日は早く出発してさっさと寝ぐらへ戻らなければならない。
シャワーを浴びた俺は、ノンアルコールビールでフライドポテトを流し込んでからぐっすりと眠りについたのであった。
「ねぇ、エミリちゃん、なんで?なんでわたしにボコミュージアムのことを教えてくれなかったの????」
「……誰から聞いた?」
「ボコのぬいぐるみ抱えた小さな子」
「愛里寿……そうか、確かに会ってもおかしくないか……いやな、みほは偶に変な場面でヘソ曲げたりしたが、そういう時に機嫌を直すにはレアなボコグッズが有効で、その仕入れ先を知られると同じ手段が通じにくくなるからさ……」
「エミリちゃん」
「はい」
「正座」
「はい」
「大丈夫、私が助けてあげるからね」
少女は1人、部屋の中でつぶやいた。
誰に向けたわけでもない、あえていうなら自らへの誓い。
「だから、心配しないで待っててね、エミリ」
部屋の中にずらりと並んだボコグッズ……の一角に設けられた『空き缶、髪の毛、菓子の包み紙、レシート、小銭』の並べられた小さな台。
その台にまた新しく一つの磨かれた空き缶をおいて、愛里寿は静かに 静かに笑った。
は「いイエ」す
ちなみにラストのエミリカスコレクションはエミリカスと逢引してる最中の戦利品であり一緒にいない時のアイテムは手に入れてません