次の水炊きはもっと上手くやるでしょう
私のせいだ
私のせいだ
私があんなことをしたから、エミさんは
「ウチの戦車が!!」
それは、突然の出来事だった。
悪天候の最中に開催された戦車道全国大会決勝。
終始有利に立ち回っていた中、突如として隊列のうちの1輌が土砂崩れに巻き込まれ川へと転落した。
まさに、神の気まぐれ。狙ったわけでもない牽制の一撃が巻き起こした災禍。
その光景を目にした時みほの心はかつてないほどの動揺に襲われた。
(助けなきゃ!)
既に頭の中では方針が定められていた。
助けない、という選択肢はハナから存在しない。
しかしその衝動を縛り付けるものがみほには多すぎる。
副隊長としての責務、フラッグ車の車長という重要な役目。
自分がここを離れることがなにを意味するか。
戦車道の名家に生まれ、たゆまぬ鍛錬を続けてきたみほには『その後に起きることが』ありありと脳裏に浮かぶ。
しかし、それもみほの激情を止めるに至らない。
決断したみほは戦車のハッチを開き、すぐにでも助けに行こうと身を乗り出した。
「待った」
それを引き止めたのは、万力のごとき握力の 物理的足かせだった。
目線を送れば、自分の足首をガッチリと掴むのは、みほの最も信頼する人物だ。
「みほ、なにをしようとしてるんだい?」
「……エミさん、私みんなを助けに行かなきゃ!」
「君はフラッグ車の車長だぜ? それがどういう意味かわからないほど愚かでもなかったはず」
みほの心を縛っていた鎖をズバリ指摘され、言葉が詰まる。
一度は振り払ったそれが再びまとわりついてくる。
そうだ、この選択にはとてつもなく重い責任がのしかかってくるだろう。
それでも、それでもみほは己の思いを無視したくなかった。
落ちた彼女たちを救わないという選択肢を絶対にとりたくなかった。
そんなのは嫌だ、子どもじみた感情を無視したら絶対後悔することになる。
……否、そこまで深く考えてはいない、ただ助けたい、それだけだったしそれで十分だった。
「わかってるよ!! でも、みんなを見捨てて勝ったってそんなの!!」
「……まったくみほは、君は本当にそういう子だよね」
みほの言葉に苦笑を浮かべたエミは、グンっとみほの足を思いっきり引っ張った。
わあと体勢を崩したみほをそのまま抱きかかえて座席に押し込むと、パンツァージャケットを脱ぎ捨てたエミが代わりにハッチを開き身を乗り出す。
「だから私が行く!装填手ならまだ影響も少ないさ。 君たち、みほを頼んだよ!」
「え? エミさん? エミさん!?」
叫んだ時には既にエミは大雨の中に身を投じて、あっという間に濁流の中に飛び込んでいた。
必死で呼び止めようと体を乗り出して、しかし通信手が腰にしがみつき阻止してる。
「離して!エミさんが!」
「エミは! 私たちに貴女のことを託したんですよ!?」
その言葉に、ざぁっと心に冷や水を浴びせられたような気分になった。
「車長のあなたがいなければ我々の動きは一気に鈍ります、装填手のエミさんなら火力は大幅に下がりますが逃げることはできる! 」
「で……でも!」
「私たちはあなたに責務を全うさせなきゃいけないんですよ、エミさんの覚悟を無駄にしないで!!」
同乗者の叫びに、みほはヘタリと崩れそうになって、ハッチのヘリにしがみついてなんとか保たせた。
だが胸の内では、川の濁流のように濁った感情がぐるぐると渦を巻いている。
エミは、ある意味自分より密度の高い戦車道の経験を積んできたはずだ。
その彼女なら、ここでフラッグ車から離れるなどという無責任な行動をすればどんな批判を受けるかはわかっていたはずだ。
(エミさんは……私の代わりに……)
視線の先では、エミの小さな体が濁流を切り裂き沈みゆく戦車に取り付く姿が見えた。
行きたい、でも、行けない。
エミの言葉がみほを戦車にがんじがらめにしてしまった。
(か、勝たなきゃ、勝たなきゃ、勝たなきゃ!! 早く勝って、みんなを、エミさんを助けに行かなくちゃ!!)
縛り付けられた頭の中に焦りが満ちる。
冷静さを失った車長の駆る戦車にまともな連携など期待できるはずもなく、そしてその好機を逃すほどプラウダの練度は低くない。
史上稀に見る大乱戦が勃発し、その果てについに、黒森峰は敗退した。
十連覇を目前に起きた惨劇、その責任追及の矛先が向かったのは、当然というべきか発端である天翔エミだった。
「まいったね、どうも」
自嘲するような口調に、以前のような快活さは少しもなくて、みほはまた俯いた。
すぐそばにはエミがいて、そしてエリカがいる。
黒森峰高等部の校舎の、人目につかない場所に3人は集まっていた。
「まるで犯罪者に対するそれだ。 まぁ私のしでかしたことを考えれば仕方ないけれどね」
「でも、元はと言えば私があんなことを言い出したから……」
「みほが言わなくても私は動いてたさ。 間違いない。 ほらなんだって私は直情バカだから」
エミはみほの言葉を遮って、あくまで自己責任でやったことであると押し通す。
誰にとっても都合がいい言葉だ、みほがなんと言おうと誰もがエミを責めるだろう。
黒森峰の多くの人間は、今やエミに敵意を抱いている。
例外なんてそれこそほんの一握り、それにすら満たないかもしれない。
「……エミ、しばらく学校に来ない方がいいわ。 今の状態じゃ授業だって戦車道だってまともにできる環境じゃないでしょ」
「時間が解決するような問題でもない」
「……」
エリカの提案もすぐに却下する。
エリカだってそれがその場しのぎにすらなっていないとわかってはいたが、エミがこれ以上傷つけられるのは見たくなかった、優しさからの意見だ。
しかしそれも本人が否定してはどうしようもない。
「でも、どうすんのよ。 このまま耐え続けたってきっとなにも良くならない、なら逃げたって」
「それはその通りだけれどね。 今は私はこうして矢面に立ってる方がいいと思うんだよ。 ほら、落ちた戦車の子達やフラッグ車の面々にまで飛び火したら目も当てられないじゃないか」
「人の心配してる場合じゃないでしょう! あなたがこれ以上ひどい目にあうの、見てられないっつってんの!」
エリカが詰め寄っても、エミは何時ものように苦笑を浮かべるだけで、しかしその顔にいつものような明るさはなく、ストレスによるものかくっきりとクマまでできている。
「でもねエリカ、真面目な話逃げたくても逃げられないと思う」
「……なんでよ」
「思ったより随分と大事になってるだろう? OBやら黒森峰に根深い西住のお偉いさん方やらがかなりおかんむりらしくて逃げようにもどこに逃げればいいのやら。 もしかしたら西住流から直接呼び出し受けるかも」
「っ」
西住の名前が出るとみほは肩を縮こませた。
みほ自身、既に自分の母から痛烈な咎めを受けたばかりだ。
トラブルがあったとはいえ決勝戦での動きはなんなのかと、静かに、されど恐ろしい圧の母の言葉にみほは身じろぎすらできなかった。
もし、それが元凶となってしまったエミに向けられればどうなるか。
考えたくも、ない。
「……っと、噂をすれば」
その時、エミの携帯が鳴り響く。
表示された名前を見て苦々しい顔をしたエミは、一拍おいて通話ボタンを押す。
「もしもし……えぇ、はい。 ……えっ? ……そう、ですか」
表情が一気に歪んだ。
そして彼女らしくない裏返った声に、よくないことを告げられたのだと察する。
沈んだ声で通話を切ったエミに、エリカは尋ねた。
「なんて、言われたの?」
「うん、西住しほさんがこちらへお越しになるそうだ」
空気が、今度こそ死んだ。
「これまでに散々問われたとは思いますが今一度聞きます、あなたは自分のしでかしたことを理解していますか?」
完全に凍てついた雰囲気の中で、それこそみほにとって閻魔といってもいいほどの畏れの対象、西住しほが静かにそう切り出した、
「自分なりには、ですが。 私の勝手な行動で黒森峰の看板に泥を塗ったことは理解しています」
「そして黒森峰と繋がりの深い西住流の名にも、ね。 師範代たちはひどく怒ってらっしゃいました。 ことはあなたが考えるよりはるかに重大です」
「はい。 謝って済む問題ではないとはわかっています。 お詫びの言葉もございません」
自分の母に深々と頭を垂れる小さな友人を見て、同席したみほはたまらず身を乗り出した。
「まって、あれは私が──」
遮ったのはエミだった。
目を見開き潤ませるみほを宥めながら下がらせて、再びしほへと向き合う。
「私がやったことは、言い逃れることは叶わない愚行でした。 多くの方々にご迷惑をおかけしまして、西住流本家の方にまでご足労をかけてしまい……」
「あなたはわかっていたはずよ、あの場であのような行動に移ることがどれだけのリスクを伴うか。 あなたの経歴は調べさせてもらったわ。 幼少の頃より戦車道にいそしみ、なかなかの成果もあげていました。 あなたにわからないはずはなかった、なのに、なぜ?」
「……」
しほの厳しい追及にエミは少しだけ目を伏せて、そして、言ってのけた。
「友を見捨ててまで勝ちを拾いに行くなど、私の望む
「!」
「……」
「エミさん……」
学園艦の右舷側に位置する海が一望できる公園で、みほとエミは二人佇んでいた。
しほが来校して以来ますます元気を失ったエミに、みほはなんとか元気付けたくてそばにいたが、結局何もできず己の無力さを嘆くばかりだった。
(私はずっと助けてもらってたのに、エミさんを助けてあげることができない……)
情けなさに泣きそうになってくるみほを尻目に、海を眺めていたエミは唐突に呟いた。
「みほ、私ここを出て行こうと思う」
「──────え?」
一瞬何を言われたのか理解できなくて、みほは自分の脳を、耳を疑った。
顔を上げれば、エミがその飴色の瞳でこちらを静かに見つめている。
「私なりに考えたんだけどね、今私がここにいてもみんな苦しい思いをするし、私自身も前に進むことができない。 だから、黒森峰を離れて……しばらく戦車道もやめて、自分を見つめ直してみようと思う」
絶句、するしかなかった。
エミが、黒森峰を去る。
そして、あんなに一途だった戦車道を、止める。
その言葉が、深々と自分の胸に突き刺さって、みほの心を抉る。
「急にごめんね……まぁ、ちょっと先の話だけど、みほにはなるべく早く伝えておきたかった」
なんで、どうして。
そんなことを言おうとしても、声が喉から出てこない。
呆然とするみほにエミは寂しそうに微笑みかけて、みほの手をぎゅうと握る。
「私がいなくなっても、みんなと仲良くね。 みほなら、私がいなくても大丈夫」
じゃあね、と言って去っていくエミの背を見つめながら、みほは自問する。
なぜ、どうしてこうなった? と。
自分のせいだと、すぐに思った。
自分があんな感情のままに動こうとしたから、庇った彼女が自分の代わりに苦しむ思いをするのだと。
みほは悔やんだ、そして嘆いた。
なぜ、彼女がこんな目に遭わなければならないのか。
全身全霊をかけて臨んでいた戦車道を離れ、やっとの思いで入学できたという黒森峰を離れ、そしたら彼女には何が残る?
もし自分が彼女の立場だったら、どんな気持ちだっただろうか。
みほは、決意した。
自分が彼女を守らねばならない。
今までずっと自分を支え、守ってきてくれたエミが今は全てを失って、苦しんでいる。
ならば、自分が全てを賭して彼女を守ると。
例えどんな手段を用いても必ず彼女を害する全てから守ってみせるとみほの心はケツイで満たされる。
ミホは携帯を取り出し、とある番号へ電話をかける。
恥も外聞もない、頼れるものは全てを頼ろう。
「お父さん、大事な話があるの」
──月──日
今日は戦車道の訓練が終わった後秋山優花里殿とたまたま二人きりになる機会があったのでそこでたっぷり雑談をした。
もともと同じ装填手なのでその話題も弾んだが、秋山優花里殿が本当に楽しそうに戦車の話をするので俺もつられてかなり話し込んでしまう。
二人でカフェに入り随分と入り浸ってしまった。
いやぁ……本当に可愛いです。
ついつい頭やほっぺをなでなでしたくなったが俺はナデポ系主人公ではないので我慢した。
ていうそんなこと軽率にしたら秋山殿ファンの皆様にズタズタに引き裂かれてしまう。
そもそもエミゆかなんて誰も望んでいない。
あんたもそう思うだろ?
──月──日
みんなでショッピングだ!大洗たのちぃぃぃぃ!!!!
実は大洗に来るのって最初は心理的に抵抗があった。
ほら、俺歴史改竄して結果的に大洗の廃校にかなり加勢することになりかねなかったわけだし……
しかしきてしまえばそんな想いは吹っ飛んだ。
戦車道所属の中でも仲の良いメンバーと一緒に買い食いしたり駄弁ったり。
黒森峰でもみぽりんやエリカたちと遊んだりはしてたけど、なんというか大洗は黒森峰と空気が違う、緩いというかなんというか。
転生してこちらずっと張り詰めた生活してたからこんな言ったりするのは久しぶりだった。
色々と課題は山積みだが、楽しめる時は楽しむことにしよう。
あぁそれにしても秋山優花里殿がかわいい。
──月──日
今日は日記を書く時間をなかなか確保できなかった。
みぽりんがずっとあすなろ抱きして離してくれなかったのだ。
そういうのはエリカにやってください。
拗ねたような表情されても困ります……私離れすべきです、そうは思いませんか?あなた。
……ところでふと思ったんだが、俺もしかしてカチューシャよりも小さかったりしない?
みぽりんが少し背を曲げないと頭に顎を乗せられないって小柄ってレベルじゃないんですけど。
カチューシャより背が低いとか聞いたことないぞ。
──月──日
いよいよ明日は聖グロとの練習試合だ。
……のに、みほさんがなかなか寝かせてくれなかった。
さいきんみぽりんはやたらと拗ね拗ねかまってちゃんモードである。
何?もしかして俺が秋山優花里殿ばっかかまってるからむくれてるとか?
まさかな?
……まさかな(現実逃避
息抜き回なのでとっても軽い話にしました
後まさかとは思いますけど最初の「ウチの戦車が!」でペニーワイズを思い出したそこのあなた、腹筋100回です