「それでは作戦会議を始めます」
自軍陣地のテント内、集合した各高校の隊長たちが集まったその中で、西住みほがそう告げた。
その声を聞いた途端に隊長たちはずらりとその視線をみほに向け、そして今はまだなにも書かれていないブラックボードに滑らせる。
「ではまず……」
「あぁ、その前に少しいいかな?」
早速作戦会議が始まろうとしたところで、みほの声を遮るものがいた。
全員が視線を向けた先にはチューリップハットを被ったジャージ姿の選手、誰も本名を知らない摩訶不思議な選手、ミカだ。
「どうかしましたか? まだなにも言ってないんですが……」
「彼女にも同席してもらおうと思ってね」
そう言うと、全員の注目を浴びる中ミカは懐から一つの無線機を取り出した。
机の上に無造作に置かれたそれのスイッチをカチリと入れると、ザーザーと音がこぼれだす。
「これなんなのよ?」
「もうすぐわかるさ」
砂嵐のテレビのように意味のない雑音を漏らす無線機に、ミカがそっと手を伸ばした。
その白魚のような指先が無線機のつまみを少しずつ回していく……
『た──────カー────』『きょ─はも────』『しか────い──なん──』
「ちょっと、これなんなのよ! どこの誰と繋がってるの?」
「……」
エリカの脅すような声に、ミカは沈黙を返した。
それからしばらくはノイズ混じりの声に全員が困惑を表す中、少しずつ雑音が取り除かれていきクリアな音声が流れ始める。
「繋がったみたいだね……」
『……みんな、これ以上の質問はなしよ。 隊長の言う通り、カール自走臼砲はこのポイントに配置、まずは敵の一部をこのポイントに先取りさせて……』『スンスン……うん?』
「……まさかこれは、選抜チームの作戦会議を盗聴……?」
「What!?」
ケイがまほの推測に驚愕の声を漏らした。
それは他の面々も同様だ。
涼しい顔をしたミカに全員が詰め寄った。
「ちょっと! これどうやって盗み聞きしてるのよ!? 盗聴器の使用は下手をすれば一発で退場モノの……」
「盗聴器は使用してないよ。 これは少し現地員に盗み聞きをしてもらってるのさ」
「盗み聞きって、向こうとこっちの陣地、何キロ離れてるんだ……? 乗り物なんて見つかるから使えないし、人の足でこの短時間で向こうの陣地にたどり着くのは……」
アンチョビがそこまで言って、全員押し黙った。
そうだ、一人だけいる。
この大洗連合チームの雑多なメンバーの中に一人だけ……時速30kmで2時間は走り続けることのできる正真正銘本物のミュータント。
「まさか、エミリちゃんを!?」
「試合前に少し交渉してね、ツテで手に入れた小型指向性マイクと無線機を繋げたものを渡してある。 それを使って向こうのブリーフィングに聞き耳を立てさせてるんだ」
「おまえー! 天翔はウチの学校の生徒だぞ! そういうときは一言断りを入れろ断りを!!」
「……」
ポロロン、とカンテレがなった。
これ以上は暖簾に腕押し糠に釘、全員があきれたようなため息を漏らした後に、ダージリンが続けた。
「過程はどうあれ、これは値千金の情報ですわ。 こんな言葉をご存知かしら……A little knowledge is a dangerous thing. So is a lot」
「……アレキサンダー・ポープでしょうか」
「その通り。 わずかばかりの知恵は危険で運任せのものだ……我々は相手のことについてまるで知りません、ここで彼奴が情報を手に入れてくるというのなら利用しないではないでしょう。 不本意ですが! 不本意ですが!!!」
ノンナの返しにご機嫌に返して即座に不機嫌真っ只中になったダージリンを全員無視した。
エミリが関わった時のダージリンは日にちが経ったローストビーフのように手を出さないのが良い存在だ。
「……そうだな、今は口論するよりも、天翔がもたらしてくれる情報に耳を傾けるべきだ。 先ほどの一言からも恐ろしい単語が混じっていたぞ」
「そうです! カール自走臼砲とか!?」
「カール自走臼砲!!! ……とは?」
仕切り直した各隊長たちは、無線機から聞こえてくる大学選抜チームのブリーフィング内容に耳を傾けた。
敵戦車群の組み分けから、想像だにしていなかった超兵器『カール自走臼砲』の配置ポイントや、それを用いた作戦について。
みほは、知らず知らずに固唾を飲んでいた。
敵チームが立てていた作戦は、今しがた自分が作戦の指針として全員に提案しようとしたものに対して完璧な対応が敷かれていたからだ。
(この盗み聞き作戦がなかったら、その時点で負けは決まっていた……)
大学チームの、島田愛里寿という怪物の存在に、みほは震えた。
しかし、負けるわけにはいかないと気合いを入れ直す。
幸いにも現状は、敵チームの作戦を全て傍受したおかげで主導権はこちらが握っている。
エミリとミカのおかげで。
『……それではこれで最終ブリーフィングを終わります。 全員所定の位置に』
「これで終わったみたいね」
「うん」
最後まで敵チームの会議を傍受し終えた面々は、闘志を瞳に宿らせていた。
ここからどのように、相手チームを効率よく撃破する作戦を短時間で編み出すか、実力の見せ所だ。
「では、これから今の情報を元に対抗策を考えます! 何か意見のある方は積極的に」
『待って』
シン、とテント内が静まり返った。
今度は誰だ、と全員がメンバーに視線を走らせるが、今の制止の言葉に全員心当たりがない。
否、一人だけ。
ミカだけはその涼やかな笑顔を崩し、無線機を睨みつけていた。
『スンスン……スンスン……』
『あの、隊長どうされましたか?』
『黙って。 ……そこ、かな?』
ズパンッ! と鋭い炸裂音が無線機から聞こえて全員が思わず跳ね上がった。
突然の発砲行為、恐らくは天翔エミリに対するペイント弾を発砲した音だ。
いったい、なぜ?
まさか。
全員が冷や汗を流す。
「まさか、エミーシャ見つかった……」
カチューシャの声に全員が、押し黙った。
なるほど、確かに敵チームの重役が集まるテントに聞き耳を立てていたなら、見つかってもおかしくはない。
考えたくない可能性だ。
願わくばこのまま見つからずに終わってくれれば、そう思わずにはいられない。
そう願う間にも無線機の向こう側からは絶え間なく発砲音が聞こえてくる。
『隊長! おやめください! 侵入者なんてありえません。 この会議を始める前にテントの中身は全てひっくり返し、テントの周囲には見張りがずらりと並んでいます。 この状況で侵入できる者などいるはずが』
『見つけた』
ズダダダダダン!!!
『わああああああ!!!』
『……まさか、地面にトンネルを掘って地下から盗み聞きしてるなんて』
『ア、アハハハハ、グーテンターク?』
『ふふ……』
『捕まえて!!』
『おうわああああああああああああああああああああああああああああ──────』
その叫びを最後に、無線機からはノイズしか聞こえなくなった。
「……」
「……」
「……え、えーっと」
苦し紛れに声を零したアンチョビも、しかしその後が続かない。
地面を掘って直下から盗み聞きするエミリと、それを見破ってしまった愛里寿に全員がドン引きしていた。
「……天翔の盗み聞きがバレた以上先の敵チームの情報を当てにすることはできないな」
「結局わかったのはカール自走臼砲とかいう反則兵器があるってことだけかー……」
「なぜ地面の下の同志エミーシャを敵の隊長は見つけられたのでしょう……」
全員が全員困惑しつつもなんとか立て直しを図る中、ミカは複雑そうに顔を歪めていた。
そりゃそうもなるわ。
──────
「ハァッ、ハァッ、ハアッ、ハァッ、ハァ──────……」
ゼエゼエと荒い呼吸を整えながら、小高い丘の岩陰で必死で呼吸を整えていた。
人生で生まれて初めて全力疾走した気がする。
隠しておいたワイヤー鉄板も回収して追撃を仕掛けてくる敵戦車六輌を相手に飛んで跳ねて駆けて飛んで、凡ゆる手段を用いてなんとか追手を撒くことができたが、代償は大きかった。
無線機をなくしてしまったので味方チームと連絡を取ることができず、逃げてる最中に粉々に砕け散った携帯から電話をかけることもできない。
うぅ、おれのにっき……
もはや俺に残されたのは秋山優花里殿からもらった赤いマフラーとレオポンさんチーム謹製のワイヤー鉄板だけである。
やばい。
「てかここどこだよ……」
戦闘領域から離脱してはいないだろうが(無断で離脱しても爆発はしない)必死で逃げ続けたせいで俺は完全に方向感覚を失ってしまっていた。
土地勘無いねんホッカイドーとか……。
ここからどうしよう。
とりあえず物陰に隠れながら味方と合流するしか無いだろう。
連絡手段がない以上味方に情報を送ることもできない、最低限敵の動きを把握しながらまずは誰かと合流して無線機の都合をつけてもらわなければ……
まずはここから移動しよう。
岩陰から顔だけ覗かせて視界内に敵がいないことを確認して駆け出す。
この平野は身を隠す場所が少ないので森や深い草むらまで離脱しなければ。
──────そうして逃げ出してからすでに20分が経過した。
「Fuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu(ピー)k!!!!!!!」
「いたぞ! 木の上だ!」
「撃て撃てー!」
逃げていた、とにかく必死で逃げていた。
どういうわけか敵チームの軽戦車がどんなに隠れて離れても延々と俺に追撃を仕掛けてきやがってこのままでは合流もクソも無いんですけぉ!!!!!
「このまま本隊から孤立させ続けろ! 連絡手段は完全に失っていると島田隊長からのお達しだ!!」
「仕留めた暁には特別ボーナスで3ヶ月学食無料だって! ヒャッハ──!!」
「いやなんで島田隊長あの斥候が逃げる場所こんな正確に予測できるの……怖い……」
「この俗物どもがぁ!!」
このままでは人に品性を求めるなど絶望的だ!!
鉄板のヘリを叩きつけてへし折った木で足止めを狙うが無限軌道の前には無意味!!
流石に軽戦車を相手に追撃を振り切るのは不可能だ、このままでは負けちゃう!!
あかんやろそれはあんな大口叩いといて試合開始後速攻で落とされるとかそれは!!
「もうこうなったら誰でもいいから助けてくれぇ!!」
恥も外聞もなく木の上を必死で飛び回りながら俺は叫んだ。
いやこのままじゃ本気で不味いわ、なんかいい作戦はないか……
と、その時。
この前のエキストラマッチで俺が散々苦渋を舐めさせたあの車両が目に入った。
間違いない、あれは聖グロの!
──────
「それでは、コッツン作戦を開始します。 みなさん、パンツァーフォー!」
エミリが必死で逃げ回っているその少し前、カール自走臼砲という脅威を先に知ることができた大洗連合チームはいよいよ作戦を作り終えて進軍を開始していた。
全ての車両が足並みをそろえて、自分たちの役割を果たすために無限軌道を稼働させる……
たった1輌の例外を除いて
「全! 速! 前! 進! ですわ────ー!!!」
「!? ローズヒップ、何してるの、戻りなさい! ローズヒップ!」
「いえ、ローズヒップさんはそのまま指定の位置に向かってください」
「みほさん! どういうことですの!?」
「あ、えーと。 足の速いローズヒップさんのクルセイダーにエミリちゃんを救出に行ってもらいますので……」
「無線機も携帯も通じないから場所はわからないのでしょう!?」
「えーっと、こう、ティンっときたので」
「」
「己、エミリカスぅ……!」
「ダージリン、流石にそれは八つ当たりではなくて?」
「待たせましたわ!!」
「ローズヒップちゃん!!」
天翔エミリ、ローズヒップ車に合流。
大学選抜戦、戦闘開始。
29話 俺の屍を捨てていけ あとがき
次回予告
ついに始まった大学選抜戦
今回ばかりは自身の何もかもを賭して勝ちを拾いに行くと誓ったエミリカス。
赤い襟巻きをなびかせた影が戦場を縦横無尽に駆け回る。
『戦車王5A's』
ついに、紅茶の園のあの人がその全力を露わにする。
ローズヒップ「私のことでしたわ!」
ダー「」