俺はみほエリが見たかっただけなのに   作:車輪(元新作)

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練習を終え、家路につくカメさんチーム。
疲れからか、不幸にも黒森峰の戦車に追突してしまう。
先輩を庇いすべての責任を負ったエミに対し、総指揮官のまほが出した示談の条件とは……


grand panzer

「天翔殿、少しお話があります」

「ん、どうしたの?」

 

 練習開始前の車両点検中、突然後ろから声をかけられて振り返ると、そこにはキリリとした顔の秋山殿。

 今日も可愛いなあと思いながらも果たしてなんの用事だろうと考える。

 何か約束事とかあっただろうか。

 

「少し考えたんですが……決勝戦は、天翔殿があんこうチームの装填手として搭乗したらいいんじゃないか、と思ったんです」

「……」

 

 脳みそが停止した。

 

「え? な、なんで?」

「黒森峰にいた頃、天翔殿は西住殿の指揮する車両に搭乗してました。 私よりも長くチームを組んでいた2人の方が、より高い戦闘能力を発揮できるのでは、と思ったんです」

 

 何を言いだすかと思えば。

 俺は嘆息して、少し笑ってしまった。

 

「わ、笑うことないじゃないですか……」

「ふふ、ごめんごめん。 でもね秋山さん。 あんこうチームの装填手は、もう君にしか務まらないよ」

「え?」

 

 ぽかんとする秋山殿。

 可愛い、撫でたい、宗教上撫でられない。

 百合豚のカプ厨であることを辛いと思うことはないが、こういう時は酷だ、残酷な定めだと思う。

 

「だって秋山さん、それは確かに、私とみほは3年間同じ戦車で戦った仲だよ。 でもそれは黒森峰の戦車での話。 あんこうチームの5人編成で、Ⅳ号に乗って、その連携期間が一番長いのはまちがいなく、君だ秋山さん」

「ぁ……」

「それにね、君はもう、私より強いよ」

「な! そんなことは!」

「事実だよ。 私はもうね、自分の限界に達してるってなんとなーくわかるんだ。 どう頑張っても現状維持しかできなくて、これ以上装填手として高みを目指すことはできない……いや、装填手としてだけじゃない。 そもそも私には戦車道という競技に対する適性がなかった。おそらくどんな役割を担っても、過酷な訓練を積んだ上でようやく平均やや上程度が限界……」

「天翔、殿……」

「でも、君は違う、秋山さん。 君は天性の才能と、努力し続けられる根性、そして諦めないハートを持ってる。 遅筋の発達も目覚ましいし、誰よりも長く鍛錬を続けられる心があるし、壁にぶつかってもへこたれない。 私にはない才能だ。 みほについていける装填手は、もう君以外に思いつかないよ」

「……」

「みほの無茶振りにもしっかり答えてた私がいうんだ、間違いないね」

 

 思ってた言葉を全部口にして、少しスッキリした。

 そして秋山殿を見ると俯いて……泣いていた。

 

 え?俺が泣かせた?喉潰さなきゃ(使命感)

 

「わ、私は……! 貴女を、天翔殿のことを目標にしてました……!」

「えっ?」

 

 俺が密かに自分の喉を引き裂くことを決意した頃、秋山殿がそんなことを言った。

 え?マジ?全然目標にされる心当たりないんだけど。

 

「昔、戦車道の雑誌に天翔殿のインタビューが載ってました。 しどろもどろで、でも戦車道のまっすぐな想いが語られてました……!」

 

 ……

 

 ……え?

 

 

 

「わぁぁぁぁ!!やめて!その話はやめて秋山さん!!」

「やめません! 私はあのひたむきな姿と、過酷でありながらも目立たない装填手という役割に全力を尽くす貴女の姿を、とても尊いものだと感じて、より一層戦車への憧憬を強めました!!」

「やめるんだ!やめてぇ!!」

 

 なになになんの話ー?とかあー優花里さん泣いてるーとか野次馬が集まってきた。

 いかん!話が広まる!!!!

 

「あの頃からずっと、貴女の志に憧れて……そして、この学校で、貴女と肩を並べて戦える奇跡に感謝して……! 」

「わかった、全部わかった、オールオッケーだ秋山さん、その話は別の場所でしよう、ここではダメだ、秋山さん、聞くんだ、聞いて」

「その貴女に、認めてもらえて、嬉しくて! でも、そんな貴女が、今も苦しんでることに、耐えられませんよぉ……!」

 

 泣き崩れる秋山殿に俺はもうどうすればいいかわからない。

 黒歴史をざっくりほじくり返された挙句になぜか俺が泣かせたことになってしまった、なにこれ?

 頼む、誰か助けてくれ。

 

「えと、なんの騒ぎ……?」

「沙織さん!よかった、秋山さんを泣き止ませるのを手伝って欲しい」

「え?! わ、わかったよ!」

 

 駆けつけたさおりんの手を借りて、秋山殿の頭や背を撫でてとにかくなだめ落ち着かせようと試みる。

 どうしていきなりこんなことになってしまったのかはさっぱりわからない。

 俺がなにをしたっていうんだ神様。

 しばらく撫でていると秋山殿はこてんともたれかかってきた。

 泣き疲れたのだろうか、眉を悲しそうに潜ませながらすうすうと寝息を立てている。かわいい(小並感

 

「ふう、流石にびっくりした」

「う、うん、そうだね……えみりんがあんなに慌ててたの初めて見たかも」

「人生でもトップクラスの動揺に見舞われたよ……ありがとう沙織さん。 私は秋山さんを保健室に連れて行くよ、ここは任せてもいいかい?」

「うん、任せて!」

「あと、さっき秋山さんが叫んでたことは全部忘れるように」

「え?」

「イイネ?」

「アッハイ」

 

 さおりんに後を任せてから、俺は秋山殿をヒョイっと背負う。

 この出所不明の馬鹿力に感謝しながら、秋山殿を撫でてしまった罰はなにがふさわしいかと考えつつ保健室へと向かう。

 決勝戦が近づいてきてナーバスになってたのかもしれない。

 目覚めた後も慌てるかもしれないから目を覚ますまでそばにいてあげようか。

 

 

 


 

 

「で、結局今日は練習できなかった、かぁ」

「秋山さんを責めないであげてくれ。 初出場でありながら、決勝戦のプレッシャーと負けることのできない環境は、人の心を病ませるには十二分にすぎる……それに、彼女は一家全員が学園艦に住んでいる、重圧は人一倍重く感じているだろう」

「それはわかってるよ。 大丈夫」

 

 夜になり訓練を終えた戦車道履修者たちは、今日1日の疲れを引きずりながら家路へついた。

 当然私とエミちゃんも帰宅したけれど、エミちゃんは今日は秋山さんに付き添っていて、あまり練習らしいことはできなかったという。

 

「2人ともいつもすごく頑張ってるし、たまには1日休んでも大丈夫だよ」

「秋山さんはともかく私はどうかな、決勝戦まで使い物になるといいけど」

「またそういうこと言う……」

 

 最近のエミちゃんは、随分と悲観的だ。

 黒森峰にいた頃から驕りや傲慢とは無縁の性格だったけれど、大洗で戦車道を始めてからはそれが行き過ぎているように思う。

 

「エミちゃんは、一流の装填手だよ」

「そうはいっても、周りが周りだからね。 みんな才能に溢れてる……こうまであっという間に追いつかれると、流石に自信もなくなるってものだよ。 まあ嬉しくもあるから複雑な気持ちだね。」

「うーん……」

 

 その言葉に、すぐに否定の言葉を返すことはできなかった。

 エミちゃんの実力は間違いない、だけど大洗のチームメイトたちは、たしかに少し不可思議なほどに才能の開花と成長が早く感じる。

 力の差が縮まっている、と言うのは私もたしかに感じていた。

 本人はきっと、もっと如実にその圧を感じているんだろう。

 

「でも、私はエミちゃんが一緒に戦ってくれるだけでも、もっとずっと頑張れるよ」

「……みほにそう言われたなら、私もやりがいがあるってものさ」

「えへへー」

 

 エミさんの作ったポテトサラダを頬張りながら、そう言ってもらえたことが嬉しくて私は笑った。

 決勝戦はもうすぐそこ、だけどこんな風に和やかに過ごせる時間がとても嬉しかった。

 

「……ねぇ、エミちゃん」

「ん?」

「負けたら黒森峰に帰るって本当?」

 

 時間が止まった。

 

 

 

「聞いてたか。 眠ってたと思ったけど」

「エミちゃんの声で起きちゃった」

「それは悪いことをしたな」

 

 黒森峰産のノンアルコールビール缶をプシュッと開けて、エミちゃんは喉を潤す。

 そのまましばらく虚空を眺めて、そしてポツポツと語り始める。

 

「私はね、エリカをこのまま1人にするのは嫌だ」

「うん」

「エリカが寂しいって言ってたから。 だから、もし大洗が負けて、廃校になるなんてことになってしまったら。 その時は、エリカとまた一緒に過ごせる黒森峰に戻るよ。 もちろんその時はみほも引きずっていく」

「……でも、黒森峰は」

 

 黒森峰には、きっともう、私たちの居場所はない。

 それを一番わかってるのはきっと、エミちゃんだと思う。

 

「負けちゃったら、の話だぜ? どうした?みほは勝つ気がないのか?」

「……厳しい戦いにはなると思う」

「まぁそれは道理だな……」

「そしたらまた、エミちゃんがあそこでひどい目にあっちゃうよ。 そんなの、私」

「みほ」

 

 エミちゃんが、私を見つめていた。

 

「それでも、友達をほっておくのは良くない。 まあ私が言えた義理じゃないけれど」

「……」

「私はね、友達が喧嘩してるって言うのがすごく嫌なんだ。 今エリカとみほが仲違いしてるって言うのは最高に不愉快な気分だ。 それを解決して、またみんなで仲良くしたいってずっと思ってるし、そのためならなんでもしていいとも思う」

 

 キュッと缶の中身を全部飲み干して、エミちゃんは窓の外を見た、もう真っ暗で、学園艦の上に立ち並ぶ家々の灯りがほのかにポツポツと浮いている。

 

「当たり前だけど、大洗が廃艦になるなんてのは真っ平ゴメンだよ。 みほがここに連れてきてくれたおかげで、私はかけがえのない友達たちを得ることができた。 勝つ気でいるよ、私は」

「それはもちろん、私も」

「それでももし、万が一負けてしまった時は……2人でまた黒森峰に戻って、そしたら私たちの悪口言う奴らを全員ボコボコにしてやろう」

「えっ」

 

 突然口から飛び出した暴力的な発言に、驚いた。

 

「私が悪く言われるのはいいけど、私の友達が悪く言われるのは我慢ならないからね、みほやエリカが私といることで陰口を叩かれるようなら私がそいつらをぶっ飛ばしてやる。 だから安心しなみほ、負けたってなんとかしてやるから、安心して勝ちに行こう」

「……エミちゃんには敵わないなあ」

 

 とんでもないことを笑顔で言ってのけるエミちゃんに、私は苦笑をもらしてしまって、そして、情けなくなった。

 やっぱり私は昔からエミちゃんに守られてばかりだ。

 今度は私が守ると誓っておきながら、やっぱり私は助けられて、手を引かれてばかり。

 

「だったら決勝戦で、みほが私を守ってくれ」

「え?」

「みほは誰よりも強いからね、私がピンチになった時はよろしく頼むよ」

「……うん、うん!」

「よし、じゃあ明日も早いから今日はもうさっさと寝よう。 今度は電話の盗み聞きなんかしないくらいぐっすり眠るように」

「もう!」

 

 からかってくるエミちゃんにちょっと怒りながらも、私の心は定まった。

 

 私は大洗を、エミちゃんを、なにがあっても守ってみせる。

 

 もう、二度と失わせたりしない。

 

 

 

 ──月──日

 

 いよいよ、明日は決勝戦。

 みんなで必勝を祈願して、うちでカツカレーを食べた。

 カレーは俺が、カツはさおりんが作った、なかなかの味だったと思う。

 さおりんの重大発表とかそう言うのを聞きながらみんなで楽しく過ごして、そして、明日の勝利を誓い合う。

 不思議と負ける気がしないな。

 

 一応保険は打ったが、それでもやはり、この戦い絶対に勝ちたいと思う。

 後腐れや憂いなく最高のみほエリを迎えるためにも、俺は勝ちたい。

 どうか、明日の日記がいい報告で埋まりますように。

 

 

 


 

 

 朝がきた。

 決戦だ。

 

 

 




ソーダ水はもはやただの水となり、お出しするものはありません

謝意
最近感想に返信が全くできてませんが、これは私が自分の中に「エタりそうなオーラ」を感じ取ったからです。
感想はすべてありがたく拝見させていただいてますが、最近はあまりの感想の多さに嬉しい反面すべてに返すのが難しいのが現実です。
なので「これは草」というような目に付いたもの以外の返信は申し訳ありませんが控えさせていただきます。
とにかく完結だけは絶対させますので何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。
大丈夫です、私は必ずエミカスの胃をズタボロにしてやります。

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