バンドリ短編集   作:星見秋

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afterglowのバンドストーリー2章実装くらいの時期に書きました。


十二進法の夕景

 例えば、身体が機械で出来ていたのなら。ゼロと一の群によって統御された、イエスかノーしかない思考でいられたのなら、こんな想いを抱えなくても済んだのかな? なんて。

 目の前には沈みかけの太陽が空を真っ赤に炎上させていて、ここは、あたしたちの原風景。Afterglowのはじまりの場所。羽丘の屋上、眩むほどに赤い夕焼け。とある宇宙飛行士が宇宙から地球を眺めて残した「やっぱり地球は青かった」という発言は有名だけど、ここでは世界が真っ赤に塗りつぶされていて、もしもガガーリンさんがこの光景を観測したなら「地球は赤かった」って言うかもしれない。言わないかもしれない。まあ、どっちでもいいんだけどね。そもそもガガーリンさんはもういないし、この光景を目撃することは叶わないわけで。

 ともかく、あたしは校舎の屋上で夕焼けを眺めていた。何故眺めているのかというと、何故なのかな? これと言って理由はないんだよね。ただ、今日はトモちんもひーちゃんも部活で、つぐは実家の手伝いがあるらしくて、蘭はお花の勉強。暇なのはあたしだけで、とは言っても蘭やつぐと一緒に帰ることもできたんだけど、なんだかそんな気分じゃなかった(そんな気分になれなかったのは何でなんだろう? ……それは多分、本当に、なんとなくに過ぎないんだと思う)。

 だけど学校に残ったところでやることなんかなくて、今日は課題も出ていないし、ギターの練習にしたって学校でやるもんでもない。トモちんのダンス部に見学に行く? それとも、ひーちゃんのテニス部の練習を見に行こうか? いやいや、まさか。「どうしたんだ、モカ?」って驚かれるのが目に見えている。それも、やっぱり、なんか嫌だった。ダンス部はトモちんの領域だし、テニス部はひーちゃんの領域だ。

 その線を悪戯に踏み越えるのは、あたしのしたいことじゃない。Afterglowという共通の居場所はあれど、というよりむしろあるからこそ、あたしたちは互いの領分には踏み込まなかった。個人の繋がりは個人の繋がりとして尊重する。それはあたしたちの暗黙の了解なんだと、少なくともあたしはそう考えている。

 でも、だからこそ、手持ち無沙汰。どうしよっかな、やることなんかないなあって思ったとき、ふとあたしは中学時代の蘭のことを思い出した。二年生に進級して、あたしたちとクラスが離れて、新たな環境に馴染めなくて、屋上へ逃げ込んでいた蘭。あのとき、蘭は作詞という形で思いの丈を表現していた。それをAfterglowという形で表に出すまでは、──少なくとも、あたしが屋上で蘭を発見するまでは、見せる相手はいなかったわけだけど。

 それが頭に浮かんだから、ってわけでもないけど、あたしはモーレツに屋上に行きたくなった。蘭っぽく言うなら、あたしはあたしのやりたいことをやる。あたしが屋上でこうして夕日を見ているのは、あたしがやりたいことだからだ。って感じ? まあ、モカちゃんとしてもその思考はとても共感できるものなんだけど。いつだってマイペースに、間延びした声で、本気か冗談かわからないことを言う。パンが大好き。やまぶきベーカリーがお気に入り。何事にも動じずに、おちゃらけて、けれど決して超えてはいけないところは踏み越えず、やることはしっかり早めにやる。みんなのフォローも忘れずに。特に、蘭には目を離さずにしっかり隣で見てあげないと。それが、青葉モカをやるということ。モカってるとは、そういうこと。……だとすると、最近のあたしはきちんとモカってると言えるだろうか? ──言えないかもしれない。

 だって、あたしは現在、蘭を隣で見れていない。見えているのは後姿。どんな表情を浮かべているのか、何を見て何を思っているのか想像すらできない。できるのは、ただ蘭を追いかけることだけ。どんどん進んでいく蘭に離されないように、また隣で同じ景色を見つめるために、蘭を理解するために。

 進んでいくということは、変わっていくということ。蘭は「いつも通りを守るため、あたしは変わり続ける」と言った。あたしだって変わらなきゃ。いつも通りの「モカってる」を、新たな「モカってる」に変えて、進めて、探していかなきゃ、いけない。でも、どうやって? 

 

「……夕焼けが綺麗だなあ」

 

 独り、呟く。当然誰か返してくれる訳もなく、あたしの声は夕焼けに瞬く間に溶けて消えていった。後に残されたのは、屋上にたった一人のあたしと、包み込む紅。

 こんなに綺麗な夕焼けでも、もうすぐ紺碧のカーテンが空にその幕を下ろす。やがて朝焼けが星空を吹き飛ばして、世界は白む。そこから少し経つと、あたしたちの黄昏の空がまたやってくる。それの繰り返し。単なる時間の経過。十二進法。世界の常識。

 でも、あたしは十二進法を黙って眺めているだけだ。だって今、あたしは何をしている? こうしている間にも蘭は実家でお花を学んでいて、どんどん先に進んでいるというのに。

 追いかけるって、言うだけなら誰にでもできる。決心してからあたしがしたことなんて、蘭と距離を置いたことくらいじゃないか? あたしが今一番しなければならないのは、何よりも行動じゃないのか? なんて、自問自答。

 答えが分かりきっているが故に、この問答には意味がない。それでもあたしがこんなことをしてしまうのは、動き方がわからないから。何をどうしたら蘭に追いつけるのか、変わるためにはどうしたらいいのか、どうやって進んだらいいのか、わからなくて、十二進法にも取り残されて、傍観者。ただ十進法で年を取って、心がゼロと一だけで出来た機械だったのなら、こんな思いを抱えなくてもすんだろうかなんて考えている。

 わかってる。何をするべきなのかはわかっている。わかってるん、だけどなあ。

 

 ──太陽が沈んでいく。夜が這い上がり、朧げな紺碧が影を徐々に追い出していく。宵の明星が、愚か者を睨みつけるかのように輝いている。

 それでも、あたしは屋上にいた。

 

 


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