多くのお気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。
今回は久しぶりのダンジョンです。
※少し長めです。
ここはダンジョン第十階層。
深い白霧に包まれたこの階層は前の階層から様相が異なり、出現するモンスターの傾向も大きく変わっている。
その中でも特筆すべきモノといえば3メートル以上の体躯を持つ大型モンスターが出現するようになることだろう。
オークやシルバーバックを筆頭に出現する大型モンスターは総じて力が強く、Lv.2の前衛を努める冒険者でもその一撃をまともに食らえば致命傷を負うほどのもので、多くの下級冒険者にとってかなりの脅威となる存在だ。
また、自分達の身の丈よりも大きなモンスターというのは昆虫型モンスターを相手にした時とは一味違った恐怖があり、精神的にもプレッシャーがかかりやすい初心者に対して厄介な敵である。
十階層よりも前の階層では一部を除いて搦め手を得意とするモンスターが分布していたが、この十階層以降からはそれらの大型モンスターたちがかなりの頻度で出現する。
そのため仲間と協力して倒すのが厳しい状況が多くなることもあって、十階層以降を探索する冒険者達にはこれらのモンスターを打ち破れるほどの単純な""個""の力が必要となる。
九階層まで踏破し調子に乗ってやってきた多くの冒険者たちをこの『上層』において七階層の『
そして、今日もまた、新たにこの階層に挑む者たちが現れた。
彼らは前衛と後衛で分かれており、前衛は敵が後衛の方にいかないように撹乱しながら敵の中を動き回っていた。
その風貌は全身が異様なほど黒く、唯一肌が見える箇所は頭部を守る額当てと口元を覆うマスクの間から除く瞳くらいなほど黒かった。
まさしく影のように黒いその人物はこれまた影のように漆黒に包まれた
そのまま流れるような動作でインプ達の合間を潜り抜け、オークの目の前に躍り出たその影を叩き潰さんとオークの右ストレートが放たれる。
しかし、その一撃は影の後方から放たれた漆黒の矢によって右目を射抜かれたことで標準がズレ、その強烈な一撃は空を切り何もない地面へとさく裂した。
結果的に目の前の影に首を差し出すような体勢になってしまったオークは体を起き上がらせる間も与えられずに、その首に深々と切り傷を付けられそのまま力なく倒れ込む。
重圧な肉で覆われたオークの首を綺麗な太刀筋で一刀のもとに切り伏せたその影は畳みかけるようにやってくるインプ達に囲まれないように注意しながら走り出した。
「ーーグギャアアアア!!」
「ーーギィイイイイ!!」
「ーーッ!?」
だが、オークの動向を気にしなければならない以上、ある程度行動が制限されてしまいその動きを予知されていたかのように進行方向から二体のインプが影へと襲い掛かる。
これがインプと言うモンスターの厄介な所だ。
インプはゴブリンやコボルドのように小柄のモンスターであるものの、それらのモンスター達よりも優れた知能を持つことから他の個体と連携を駆使して戦う特徴を持ち、これまでの階層で出現するモンスター達が用いてこなかった""作戦""を使ってくる厄介なモンスターである。
今までのモンスター達のようにただ突貫してくるだけでなく、全体での動きを読み、いかにして動けば敵を葬れるかを考えて行動してくるため、インプをゴブリンと同じように考えている冒険者ではほぼ間違いなく苦戦する相手なのだ。
このようにオークなどの大型モンスターのような""個""の力に優れてはいなくとも、その""群""としての強さはある意味この十階層においては一番厄介なモンスターである。
そして、今回、インプ達の相手を直接していた影は奴らの作戦にハマってしまい、二対一の状況へと持ち込まれてしまう。
影の持つナイフでは前方から同時に襲い掛かるインプ達の両方を対処するには不十分であり、どちらか一方を相手にした時点でもう片方からの攻撃を防ぐことができなくなる。
この状況下で影はパニックに陥ることなく、己の手札を吟味した上で瞬時に最適解を導く。
影は右手に持ったナイフを左から迫ったインプに投擲し、そのまま右手を流れるような動きで己の背に向かわせ背負っていた漆黒のブロードソードを上段から振り抜くように片手で抜刀する。
「ーーグギィッ、」
「ーーッ!」
影から見て左側にいたインプは投擲されたナイフが喉に突き刺さり、そのまま絶命。
隣で同胞がやられてもなお、勢いを止めずにやって来たインプは抜刀されたブロードソードの一撃を脳天にまともに食らい、その勢いのまま胸にある魔石まで切り裂かれ断末魔も挙げることなく灰となった。
二体のインプからの襲撃を危なげなく突破した影はインプに投擲したナイフを放置したまま側面から迫りくるオークに向き合う。
「ブギィィィイイイ!!」
影へと迫っていたオークの手には""木の棍棒""が握られており、雄たけびを上げながらそれを振り回す。
このオークが持つ""武器""は十階層から現れるようになるダンジョンのギミックの一つ、
十階層以降からはこのようにモンスターが使うことができる『
そのため、十階層において『
元から脅威的な怪力に加え、武器によるリーチを得たオークは影の持つブロードソードよりも長い間合いから棍棒による一撃を放つ。
それに対し影は敢えて踏み込み、オークへと距離を詰める。
一撃でもまともに食らえば重傷は確実に避けられないその一撃を前にして恐れることなく前に踏み込んだ影はそのまま上体を低くし、さらに加速することで棍棒による一撃を回避。
その勢いのまま大きく開かれたオークの股をすり抜け、振り向きざまにオークの足の付け根を切り裂く。
足の腱にまで達していたのかオークは重い体を支えきれなくなり、バランスを崩し片膝をついてしまう。
オークが膝をついた瞬間、影はオークの背を駆けあがり無防備にさらされた首筋に両手で持ったブロードソードを突き刺し、くいっ、と手首を回すように捻り上げた後に引き抜いた。
剣が引き抜かれたオークの首から大量の血が溢れ出るのと共に、オークは力なく地面に倒れ込む。
しかし、少しの間だけと言っても今まで動き回っていた影がオークに止めを刺すために動きを止めた隙を突くかのように影の側面からインプが二体、後方から最後に残ったオークが挟み撃ちを仕掛けてくる。
この危機的状況下に置かれても影はいたって冷静に思考し、即座に""詠唱""を開始した。
「【伝染せよ、怠惰の息吹。】」
両側から跳びかかってきたインプは影が対処するまでもなく、霧の向こうから飛んでいた二本の漆黒の矢によって喉元を貫けれ絶命。
「【レイズィペスト】」
最後に残ったオークに向き直った影は自身の魔法によって生み出された黒く濃い靄を身に纏い、その装いをさらに黒く染める。
オークは手に持った木の棍棒を横なぎに振り、影を吹き飛ばそうとするも衝撃を流すように剣で弾かれてしまい、影にその勢いを利用されバックステップ気味に後方へと間合いを取られてしまう。
逃げた影を追おうとするも、影と接触した際に体に纏わりついた靄がオークの全身を包み込み、ものの数秒で抗いようのない倦怠感に包まれて自らの意思で倒れ込んだ。
もはやまな板の魚と化したオークをしり目に見ながら残りのインプを後衛の仲間がしっかり片づけたことを確認すると、悠然とした足取りでよだれを垂らしながら眠りこけるオークの首筋に剣を添え息の根を止める。
剣に付いた血を一振りで振り落とし身に纏っていた靄を霧散させた後、オークやインプの死骸から魔石とドロップアイテムを回収していると他の獲物の片付けを終えた影の仲間が駆け寄ってくる。
その姿は影と同じように真っ黒で、襟を立てた黒のロングコートに、黒の弓、そして黒いロングブーツと徹底して黒い装いだった。
ただ、頭部には何の装備も付けておらず、三つ編みで纏められた銀の長髪にルビーのように輝く赤い瞳、そして所々装備の合間から見える真っ白い肌の美しさを際立たせていた。
「フッ、まだ見ぬ秘境とはいえ中々良い見世物だったのでないか、ヴァァンよ。」
「ああ、いくつか魔石はダメになってるけど、初めての階層なんてこんなもんだろ。」
右手を顔に添えながらそう言ったジュリに対し、ヴァンは淡々と現状を判断した。
今までソロで活動していたヴァンがなぜ専属鍛冶師のジュリ・ブラナイドと共にダンジョンにいるのか。
話は一週間前にさかのぼる。
◇◇
ロニーが再入団してから数週間が経ったある日のこと。
ヴァンは久しぶりにジュリの下を訪れていた。
ヴァンはジュリと交流を持ってからは一カ月に数回の頻度で顔を合わせていたのだが、ロニーがヴァンの金を無駄使いした所為で懐がさみしくなっていたため、まとまった金が集まるまで行かないようにしていたのだ。
事情をあらかた知っているジュリの方は、別に知らない仲でもないから利子なしで
しかし、モンスターの攻撃を受けたり、切り裂いた時に出た体液やらでだいぶ装備が痛んでしまい、金もそれなりに戻ってきたため装備の補修をすることにしたのだ。
ダンジョンでの稼ぎを一万ヴァリス以上キープできたこともあるが、ロニーのダンジョンの稼ぎの一部を頂戴しているので前ほどではないにしろそれなりの額の金が今のヴァンの手元にはあった。
ちなみにホームの購入で出来た
付け加えるとその話し合いをした際にヴァンがリオンからつけられた傷を治すのに生じた治療費の
流石の正義バカのリオンもあの時のことに考える所があったようで、比較的すんなりと話は通った。
その際に実際に必要な値段よりも多く吹っ掛けようかとヴァンは考えたが、今後の信頼関係に問題が起きると面倒なので利子分を含めて返済してもらうことにしてもらった。
それで今回このような事態になった元凶でもあるそのロニーなのだが、今のところ真面目にダンジョン探索を進めている。
彼女が戻って来た最初の一週間はそれはもう勤勉な働きぶりで稼ぎも駆け出しの冒険者にしてはかなりの額を稼いでいたのだが、周りから見ても若干危うく見える様な有様だった。
見るに見かねたゲブが休暇の取り方を教えていなければ今頃倒れていただろう。
今のロニーは週に六回ダンジョンに潜り一日だけ休息に当て、その日だけは自分の小遣いで食事を楽しむというスタイルになっている。
ガス抜きに使う日ができたことで切り詰めていた空気を纏っていたロニーの雰囲気は大分緩くなり、今では前と同じように自然と笑みを浮かべられるくらいの余裕も生まれている。
また、【アストレア・ファミリア】の面々や、主神のゲブ、そして色々と苦手なヴァンとも積極的に交流を持つようになり、他人から自分の足りないところを学ぼうと意欲的である。
特にロニーの一件以降バイトの数を減らし、団員との交流を重視するようになったゲブとの関わり合いで学ぶことが多いようだ。
取り敢えず、あの一件以降しっかりと反省し行動していることはヴァンの目から見ても明らかで、現状での彼から見たロニーへの評価は「【ファミリア】の害にならない存在」となっている。
これからの働きぶりによって、この評価も変わっていくだろう。
とまあ、バイトを減らしたゲブの収入が減ったものの、【ファミリア】全体では黒字続きだったことで金もそれなりに溜まっていたというわけだ。
そんなこんなでヴァンはオラリオの工業区にあるジュリの工房に来ていた。
真っ黒な武器で囲まれたジュリの工房の中で手入れの必要な武器と防具を預けたヴァンは修繕費の値段設定の話に入った所で、ジュリからこんな提案を投げかけれる。
「……ヴァァンよ。貴様の魂が拒まぬのであれば我と共に迷宮に挑むことで対価を軽くしてやってもよいぞ?」
「ーーは?」
要約すると「一緒にダンジョンに潜ってくれるなら、今回の修繕費は安くしておくよ。もちろん君が良ければだけど。」ということだ。
なんでも最近一緒にダンジョンに潜っていた同僚達が彼がいなかったダンジョン探索中に大けがを負ってしまったようで、彼らが復帰できるようになるまでの間付いて来て欲しいようなのだ。
また、自身の戦闘スタイルの都合や自分の作品が実戦でどのように使われているのかを直に見たいという下心もあって、気心の知れたヴァンに頼んだというわけだ。
ここまでの話をするだけで延々と長くてジュリの話し方に比較的慣れているヴァンですら分かりずらい言い回しがあったのだが、ここでは省略しておこう。
実はこの申し出は、ヴァンにとっても願ってもみなかったことだった。
最近のヴァンは大体八階層前後を中心に活動しているのだが、対処に慣れたモンスターが多い所為かステイタスの上がり方が悪くなり、一日で稼げる額も精々頑張っても一万五千ヴァリスを超えることがなく、全体的に若干低迷しがちな状況にあった。
原因は、一度に運ぶことができる魔石やドロップアイテムの量がどうしても限られてしまうというソロ特有の問題である。
ダンジョンでのソロ活動では当然のことながら、常に一人で戦い、常に一人で周囲を警戒し、常に一人で荷物は運ばなくてはならない。
これが意外と大変なことで、一人で戦うと敵の攻撃が自分に集中してしまうし、その戦闘と並行して索敵も常に行わなければならないため精神的にも負荷が大きく、自分が得た収穫を全て自分で運ぶとなるとその量が増えると同時に移動中に体にかかる負担も大きくなる、といった風にパーティーを組んでいる状態よりも労力がとてつもなくかかる。
その代わり稼ぎを独り占めできるのだがリスクの方が大きく、冒険者の数を減らしたくないギルドとしてはソロ活動はあまり勧めたくないものだったりするのだ。
ヴァンは自分で持ち運ぶことができる荷物の最大量を加味した上で活動しているが、安定して一万ヴァリスは稼げてもそれ以上となると多少の無茶が必要となっていた。
改善案としてサポーターを雇うことも考えたが、昨今のオラリオで雇えるサポーターは胡散臭い話が多いと聞いたため探す気にもならなかった。
そこで舞い降りてきたのがジュリからの提案である。
ジュリは既にオラリオで一年以上も鍛冶師兼冒険者を務めており、その実力も十階層に進出しているほどだと本人から聞いている。
彼の話を信じていいのだとすれば、ヴァンはある程度様子を見ながらであれば彼と共に十階層まで活動範囲を広げてもいいと考えたのだ。
いずれ行こうと考えていた階層ではあるのだが、事前情報から隠れてモンスターをやり過ごすことが難しかったり、モンスターの傾向の変化に自分が適応できるかに少しばかり不安があったためこれまでは見送ってきたが、経験者が一緒に潜るのであれば話も変わってくる。
完全に依存するわけでは無いが経験者の判断というのは侮れないもので、ちょっとしたことで命を拾うことがあるダンジョンではかなり重要な要素ともいえるだろう。
それならば懇意にしている【アストレア・ファミリア】にでも頼めばいいじゃないかと思うかもしれないが、ヴァンとしては彼女らにあまり借りを作りたくないため自分から言い出せるはずがなかった。
まあ、そんなことはさておき、ヴァンの到達階層である九階層よりも下の階層である十階層では強敵が多いもののドロップアイテムの質はかなり上がる。
自分の実力でも十分だと判断した場合はソロでだってこれるようにもなるかもしれない。
そういった下見もかねて行動できることを考えるとジュリからの申し出はかなり魅力的で、一考の余地があった。
最終的に修理費が浮くことに目が行ってしまったヴァンはこの申し出を受け、ジュリと行動を共にすることになって今に至るのである。
◇◆
十階層での初戦を危なげなく切り抜けたヴァンとジュリ。
九階層までの道筋で連携の確認を取っていたものの、急造のパーティーが行った戦いとしては先程の戦闘は及第点と言えるだろう。
十階層に来るよりも前に彼らが事前に確認していたことは、それぞれが出来ることと出来ないことを明確にすることだった。
急造のパーティーで一丁前にまともな連携ができることなど期待せずとも、互いのことを知っていればある程度仲間の行動を阻害せずにすむ。
最低限それさえできていれば問題ないと、冒険者の先輩であるアリーゼから助言をもらっていたヴァンはその通りに実践した。
前衛を努めるヴァンが縦横無尽に走り回ることで敵の注意を引きつつ、少し離れた場所で弓持ちのジュリが伏兵を警戒しながらヴァンの援護と空中にいる蝙蝠型のモンスターであるバットパットを仕留めるといった大雑把な役割分担を彼らは行っていたのだが、上手くいったようだ。
ヴァンは武器は問わず接近戦が得意で、投擲による攻撃や妨害魔法も使えるオールラウンダーな戦闘スタイルだ。
しかし、投擲に関しては距離が離れると命中率が著しく低下するため、遠距離に対応できないのが欠点と言えるだろう。
ジュリは鍛冶師にしては珍しい弓使いで、遠距離からの狙撃を得意としている。
鍛冶師を努めていることもあって『力』のアビリティは熟練度がCにまで達しているのだが、それ以上に『器用』のアビリティの方がランクが一つ分だけ高い。
剣の腕前は悪くないもののそれ以上に弓の技量がとびぬけてよく、敵を視認さえできていればほば完璧に狙ったところに当てるほどの技量があり、その腕を買われて普段組んでいたパーティーでは後衛を任される立場にあった。
また、必要に駆られれば近接戦闘も出来るので状況次第で戦い方が変えられる優秀な人材である。
お互いに近距離と遠距離で得意分野が噛み合った二人のコンビネーションは彼らの予想以上にシナジーしており、まだ粗はあるものの十階層のモンスターの群れ相手であれば問題なく対応できるほどの完成度を見せていた。
「しばらくはここらで探索するか。」
「我も異存はないぞ。」
その後、多少のトラブルに巻き込まれつつも、出会ったモンスター達を根こそぎ討伐した二人の稼ぎは三万ヴァリスにも届いたという。
ジュリさん再登場です。
彼は顔や鍛冶の技量だけでなくダンジョン探索でもかなり優秀なのに性格でかなり損してる残念なイケメンなのです。
最後の三万ヴァリスは彼ら二人で稼いだ合計の金額なので、それぞれの取り分はこれを半分にしてものです。
次回はヴァンさんの日常回()を予定しています。
最後にヴァンの大まかなステイタスを公開です。
力:D 耐久:E 器用:C 敏捷:D 魔力:B
《魔法》
【レイズィペスト】
・呪詛。
・超短文詠唱。
・他者に術者の感情を伝染させる。
・発動中、術者の『耐久』を下げる。
《スキル》:
【
・丈夫になる。
・無気力であり続ければ効果持続。
・無気力であればあるほど効果は増幅する。
【
・一定条件下で任意発動。
・身体機能の稼働制限解除、痛覚鈍化。