壱、弐部は一日間での更新でしたが、今回はかなり時間を要してしまいましたね。
まあ、他に色々と慌ただしいことがあったからなのですが······はぁ。
とまあ、今後もちょっと間はあくものの更新は途絶えさせるつもりは毛頭ないのでよろしくお願いします。
では、本編へと参りましょう。
薄暗い林道の小道、鴇と別れた早季はある考えに没頭していた。
一番はやく学校を出た瞬に続き、真理亜や麗子、覚までが卒業していったのだ。鴇が一緒にいるものの、やはりいつまでも卒業の兆しが見られないとなっては不安なのだろう。それに加え以前覚が語っていたネコダマシの件が自分の今の状況に重なっているため、草陰で物音がするたびにビクッと跳ね上がっている。
「だ、大丈夫よ。覚のホラ話なんて全然···」
ありもしないものと自分に思い込ませるように念を押す早季だが、物音はいつまでもやむ気配を見せないどころか、妙に大きくなっているようだ。
早季は額に汗をかきつつ恐る恐る背後を振り返るが、そこには先ほど歩いてきた変哲も無い林道しかない。なにもなかった安心感によってさらに周囲を確認する彼女だが、やはり異常は見られない。早季はほっと一息吐き前方に振り返る。
「や、やっぱりネコダマシなんていな・・・えっ」
その瞬間、早季は全身を縛られたかのように硬直させた。彼女の足元に、できていたのだ。
巨大なネコの形をした不気味な影がーー
湧き上がる恐怖心を抑え込み走り出した早季だったが、いくら速度をあげようと"なにか"はすぐ近くに迫ってきているらしく草陰からは奇妙な物音が聞こえてくる。
早季は時々転びそうになりながらも無我夢中で林道を駆け抜け、ようやく建物らしき影が視界に映ってきた。音は相変わらず近づいてきているのがわかったが、林道を抜けたと思うと無性に安心感が湧いてきた。
早季は地面に膝をつくと息を整える。
「や、やった···これでーー」
「何かあったのですか?」
不意に正面のほうから誰かが声をかけてきた。
驚きから軽く後ろに退けぞった早季はゆっくりな動作で顔を上げる。
そこには、汗だくになった早季を不思議そうに見つめる少女の姿があった。小顔で美しい顔立ちと深紅の瞳、肩あたりまで伸びた黒く艶のある髪はまるで人形そのものと言っても過言ではないほどだった。
「あ、あなたは?」
「鈴音。黒廻鈴音。友愛園に所属する一生徒です」
自己紹介をすました鈴音と名乗る少女は、お辞儀なのかペコリと頭を下げる。
それにつられて早季も戸惑いながらもお辞儀をする。
「それで、何があったのですか?」
改めて鈴音に問われた早季は先ほどの出来事を思い出した。覚のホラ話だと思っていた子供を連れ去るネコダマシから必死に逃げてきたことを。
正直に述べようか迷う早季を尻目に、鈴音は無表情のまま林道のほうを注視している。
「状況から判断するに
ほぼ確信に迫る鈴音の状況偵察に驚く早季だったが、鈴音はそんなことなど気にせず林道のほうへと足を進める。
「ちょっと、そっちはーー」
引き止めようとする早季が鈴音の手を掴もうと手を伸ばすが、鈴音はひらりと華麗にかわし何事もなかったように歩き出す。
(見えていなかったのに避けた⁉︎)
驚いてばかりの早季が唖然としている内に、鈴音は林道の奥へと姿を消した。
「···ってあれ、私の名前知ってたような」
一人残された早季は、言い知れぬ不安を抱えたまま呟く。
民家が建ち並ぶ住宅地から少し離れた場所に一軒だけ古びた住宅があった。周りには太く聳える木々だけで一切の人気がなく、静寂だけが包み込んでいた。その一軒家こそ鴇の自宅であり、家主である鴇が林から姿を現した。
早季同様いまだ卒業できていない身にも関わらず口笛をふきながら呑気に玄関をくぐった鴇はそのまま二階へと上がり、一直線にベッドへと寝転ぶ。暗い室内を障子の隙間から月明かりが照らす。
早季と別れる時のあの影、もう猶予がねえか。
天井を眺めつつ心の中で呟く。
「······腹、減ったな」
『複雑な状況の中でも人間の欲求は尽きぬのだな』
ふと、鴇の呟きに何者かの声が呼応する。視線を向けると、部屋の片隅に男が立っていた。全身を漆黒のコートで覆っているためか、暗い部屋に完全に溶け込んでいた
しかし、よく見てみるとコートだけではなく手や足元などの露出した肌身でさえ黒一色に染まっていた。人間の形ながら人間とは異なるような存在に鴇は何の動揺の素振りもない。
「いたのか、黒衣」
『声をかけるまで気づかぬとは、よほど緊張感に欠けているな』
黒衣と呼ばれた男は皮肉まじりに答える。
「色々探ってきたから疲れただけだ。それで、友愛園のほうの首尾は?」
『”肆”によると和貴園とまったく同じと言う。これで八件目だ』
「自分たちの身の安全がかかっているとはいえ、働きすぎなんじゃねえか?」
『仕方のないことだ。これはとうの昔から続けられていることだからな······むっ』
淡々と述べる黒衣だったが、ふと窓の外へと視線を向けた。
「どうした?」
『···どうやら迎えが来たようだ』
黒衣が告げると鴇は身体を起こし、障子の隙間から半分顔を出すようにして外の林を見つめる。林の中では赤く点々と光る”なにか”が蠢いている。
光っているのはおそらく奴らの目だろうな。さて、どうしたものか。
『俺が出てもいいが···』
「いや、下手に手を出して感付かれるのは得策と言えない。それじゃただの一時しのぎでしかないな」
二人で考えを巡らせている間も、林に潜む"なにか"はじわじわと距離を詰めてくる。
「どうするか···」
若干不安げな表情を浮かべる鴇だったが、何かを感じ取った黒衣がふっと軽い笑いをこぼす。
場に似合わぬ行動に鴇が咎めようとすると、
『どうやら、打開策が間に合ったようだ』
「おお、まじかっ」
気持ち一転して、鴇の表情が一瞬だが明るくなる。
すると外で異変があったらしく、かすかにだが剣戟らしき音が響いてきた。音の発生源のほうを見ると、小さな誰かが草むらの中を縦横無尽に駆け回っていた。
暗くてよく見えないのだが、月明かりに反射して見えたそれは刀と呼ばれる長い刃物だった。
刀の持ち主が刀をふるうと、その場で蠢いていた"なにか"が霧のように霧散していく。次、また次と刀で斬られた"なにか"は霧散していき、瞬く間に自宅を囲んでいたやつらが消え去っていく。
数秒もしないうちに剣戟がやむと、二階から眺めていた鴇は颯爽と外へ出る。
「······やっぱり、お前だったか」
「おや、鴇様ではないですか。こんばんわ、ですか?」
先ほどまで戦いの地だった場所に突っ立っていた人物はーー
「鈴音。帰ってきていたのなら報告ぐらいしてもいいだろ」
「その件に関しては予想だにしない事態があったものでして、少々報告の余裕がなかったのです」
早季が林道付近で出会った少女、鈴音だった。
「しかしこれは、どういう状況だったのですか?」
無表情の顔のまま周囲を見回す鈴音。
状況を理解しないまま躊躇なく相手を斬り伏せていたとは、味方ながら恐いものだ。
『どうやら、鴇が標的とされたようだ』
遅れて出てきた黒衣が簡潔に事を伝えると、鈴音は理解したらしくこくこくと頷き、
「ふむ、危険な状況だったようですね」
「あ、ああ···」
「私のおかげで、助かったようですね」
「お、おう」
妙に"おかげ"というところを強調する鈴音だったが、なにかあることを思い出したような表情を浮かべる。
「そう言えば、早季様が呪力に目覚められました」
『そうか、刻はきたか。では二人共、早急ではあるがこちらも事を進めるぞ』
鈴音の報告を聞いた黒衣が主導するように言うと、鴇と鈴音はお互い顔を見合わせる。
「こっちはいつでも大丈夫だ」
「こちらも、意義なしです」
『わかった。ではーー』
二人の意志を確認した黒衣は、二人に向けて黒い腕をかざす。
『二人の呪力を、何処から此処へ甦えらそう』
その翌日、鴇と鈴音、さらに早季は三人同時入学を果たし、これから学ぶ場であろう教室の教卓の横に立たされていた。教室ではその教卓を囲うように半円を描いて無数の机が並べられており、生徒たちはそれぞに興味の眼差しで三人を見つめていた。
「今日から皆の仲間入りとなる三名だ。皆、歓迎してやれよ!」
先生が全員に向けて伝えると、生徒たちの間で一斉に拍手が起こる。
「ではお前たち、さっそく自己紹介をやってもらおう。まずは鈴音からだ」
促された鈴音はなにも考えていなかったのか少し黙りこんでいたが、
「黒廻鈴音です。本日をもって皆さんと同じ環境で学ばせてもらう身······どうか、よろしくお願いします···です」
さりげなく完璧に近く言い終えたのだった。
「ああ、こちらこそよろしく頼むぞっ! では次だ」
自己紹介をしろ、というかのように肩を叩かれたのは鴇だった。
「峰崎鴇です。和貴園での顔見知りもいますが、まだ知り得てない皆さんとも仲を深めたいと思っています」
先生は鴇の顔を覗き込む。
「優等生そうに見えて和貴園では結構なワルガキだったそうじゃないか。ハハッ、元気なのはいいがあまり世話はかけさせてくれるなよ」
そう言って再び生徒たちのほうへ向き直る先生の眼がほんの一瞬変わったことに、鴇以外気づく者はいなかった。さらに、はっきりと聞き取れないほどに彼が呟いたその言葉はーー
”昨日についても、な”
ふう、新たに謎多き人物がでてきましたね。いや、片方はそもそも人間なのかな。
「主にしては珍しく悩んでるじゃねえか」
ふふっ、そうでしょう。
「誉めたつもりはなかったが、ていうかあの二人について気にしてるみたいだな」
おお、そうでした。お二人とも、なにか普通じゃないといいますか。それにとくに気になることがあるんですが。
「ん? なんだよ」
鴇さんと鈴音さんはどういう関係であるのですか?
「関係って単なる、”共通の目的を持った仲間”っやつだ」
ほんとうに、それだけですか。
「あ、ああ······なんだその不満そうな顔は」
さて、名残惜しいですがこのあたりでおわかれ、ですね。
「···て無視すんなっ」
それでは次回”肆”にてお会いしましょう。