Fate/imprefection wish   作:えんじゅ

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第三話 サーヴァント

 私、ミサ・エルクトルという人物を突き動かす最も鮮烈な記憶は――お爺様が亡くなった日でもお父様とお母様が殺された日でもなく――二年前の、私の手に令呪が発現した日だ。

 その日、令呪を見た兄様は、私を抱きしめて言った。

「父さんも母さんも死んだ。ミサ、お前も聖杯戦争に参加したらああなるかもしれないんだぜ?魔術師として生きるっていうことはそういうことだ。今ならまだ間に合う。令呪を放棄するんだ」

 いいえ、兄様――。私は言った。

 お母様とお父様が、あんな死に方をしたからこそ私は真実を知りたいのです。二人を弔いたいのです。

「ミサ、俺のたった一人の妹。可愛い妹。俺に出来ることは少ない。許してくれ。お前を止める術を持たない俺を、許してくれ」

 兄様が私の髪を撫でた。兄様の涙が私の頬に当たった。

 私の心は歓喜した。兄様が、私を見てくれている。私より何もかも優れている兄様が私を!

 私は言う。良いのです、兄様。それに、私は死にません。どうか信じて待っていてください。

 ……そう豪語したのに。

 私はサーヴァントを召喚することすら出来なかった。

 魔法陣、魔力、触媒、すべて完璧だった。毎日私の魔力がピークになる時間帯に召喚を試みた。けれど、サーヴァントは私に応えてくれなかった。

 ある日、落ち込む私に教会から要請がかかった。「令呪を持つマスターよ。使い魔を至急教会に送られたし」

 私は素直に従い、そしてそこで語られた言葉に驚いた。

「はじめまして。私が今回の聖杯戦争の監督役、桐生である。令呪を持つマスターたちよ、君たちは当惑しているだろう。なぜ令呪は発現しているのに、サーヴァントを召喚出来ないのか、と」

 使い魔の気配は私を含めて三体。つまり他にもサーヴァントを召喚できていないマスターが最低二人以上、同じように招集されていたのだ。桐生神父は言った。

「此度、君たちを導いた聖杯は、13年前にこの地に現れたものと魔力反応が一致した。しかしこの上枝の地は冬木のように大地のマナが豊富なわけではない。13年でサーヴァントを呼び出せるだけの魔力を蓄えるなど不可能だ。よって此度の聖杯は何らかのエラーによって起動してしまったが、その機能は未だ不完全なのだと推測される。ついては君たちに提案だ。このままでは埒が明かない。サーヴァントが呼び出せるまで、協力して聖杯を調査しようではないか」

 私は、いや私たちは、その提案に乗った。教会でマスターが直接参加する会合が行われることとなった。

 会合に現れたマスター二人を、私は初めから知っていた。龍門寺万里江(りゅうもんじまりえ)と嗣堂雄二(しどうゆうじ)。私と同じようにこの上枝の地で古くから魔術を修める家柄の者たち。

 そして、前回の聖杯戦争で親族を亡くした者たちだ。

 

***

 

 12月6日。今日は桐生さんの教会へ訪ねに行く日だ。高校から一度施設に寄って身支度を整えたあと、沙耶と一緒に教会へ訪ねる手筈になっている。うまくいけば、沙耶が笑顔を取り戻してくれるかもしれない。いや、今の気難しい沙耶では難しいだろうか。高校からの帰り道、そんな考えをずっと逡巡させていた。

 しかしそんな妄想は、施設に一歩足を踏み入れたとたんに打ち消された。心臓を鷲掴みにされたような違和感、そして悪寒が全身に走る。

「なんだ……?」

 明らかに様子がおかしい。いつもは子どもたちの声でにぎやかな施設が、音一つしない。一番近い部屋の扉を開ける。誰もいない。この施設には本来、30人近くの子供たちが生活している。特に多いのは小学生の子達で、沙耶も含め、帰宅時間は高校生である自分より1時間ほど早いはずだ。それなのに子供達の姿が全く見えない。

 足早に職員宿舎に向かう。まっすぐ伸びた廊下に自分の足音が響く。杞憂なら、それでいい。そう思っている筈なのに、呼吸が早い。手足の末端からどんどん冷えてくる。

 宿舎の扉に手をかけた瞬間、サーと血の気が引く音が耳の奥底で聞こえた気がした。嫌な予感がする。だがお構いなしに指先に力をいれ、扉を開けた。

 目に飛び込んできたのは、職員が皆、肢体を床に投げ出すように倒れている様だった。

「だ、大丈夫ですか!?」

 あわてて一番近くの職員に駆け寄って声をかけるが返事はない。意を決して体を起こすと、半開きになった口から涎が一筋流れ、目はうつろに開かれている。しかしどうにも意識はないようで、体を揺さぶっても巨大な人形がただ揺らされたように無機質に動くだけだ。

「救急車を……!」

 ポケットからスマホを取り出そうとしたとき、今まで自分の音しか響いてこなかった空間に、もう一人別の人物の声が響いた。

「ほう、この結界の中で動けるとは。君が立木由基人だな?」

 驚いて振り替えると、大きな槍を持った金の髪の美丈夫が僕を見下ろしている。そんな、おかしい。ここまで来るのに、誰もいなかった筈なのに。

「無言ということは肯定と捉えさせてもらおう。私は見ての通りランサーのサーヴァントだ。騎士として真名を明かせないのは無礼だと心得ているが、マスターに止められているのでね。どうか寛大に受け止めてほしい」

 "サーヴァント"。確かに男はそう言った。桐生さんから聞いた不可思議な言葉。僕は思わず男に向かって怒鳴った。

「い、いったいサーヴァントって何のことだ!いや、それよりも、これはお前がやったのか!?子供達をどこにやった!」

 サーヴァントという言葉について聞こうと思ったが、それよりも今の現状を理解するための情報を一つでも多く手に入れることが先決だと思い、矢継ぎ早に質問を繰り出す。しかし男は僕の言葉に驚いたような顔をしたあと、やれやれ、とでも言いたげなおどけた仕草をした。

「魔力を感じないとは思ったが、君、ひょっとして魔術師ではないのかい?聖杯戦争についても何も知らないのか?」

「だからいったい、なんのことだ!」

「なるほど。どうする?マスター」

 男は携帯で誰かと話すように僕ではない誰かに話しかけた。でも、ここには倒れている職員さんと僕しかいない。男の耳にイヤホンでも付いているのかと思ったが、何もない。

 それにしても、まただ。"聖杯"。桐生さんが言った不可思議な言葉。この訳のわからない事態も、母さんに関係のあることなのだろうか?

「ふむ、そうか。了解した」

 男は相変わらずこちらを意に介さないまま虚空に向かって話しかけた後、振り返って僕がやって来た廊下に視線を移した。

「全く。こういうやり方は好まないのだがね。私は」

 そう言いながら男は自分の真後ろ、僕の死角になっていた場所に無造作に手を伸ばす。すると廊下には誰もいなかった筈なのに、男の手は白く小さな腕をつかんでおり、そのまま腕の持ち主である子供を僕の前に連れ出した。

「沙耶!」

 僕の目の前に現れた子供……沙耶も、職員と同じように虚ろな目をしており、僕の呼び掛けに何の反応もしない。やはり意識はないようだ。

「私のマスターはどうにも用心深くてね。人質をとらせてもらうよ。と言っても、私個人の見解では、君が嘘を言っているとは思えないんだが……」

「そうだ!何も知らないって言っているだろう!沙耶を返せ!」

「まぁ、令呪を持ってしまった以上、何も知らなかったとしても君は聖杯戦争から逃げられない。心底同情するよ、立木由基人」

 男は大きな槍の切っ先を沙耶の首元に近づけた。先ほどの比ではないほどの血の気の失せる感覚が僕を襲う。早く、沙耶をあの男から引き剥がさなくては。

「い、一体何が目的だ。お前は一体、僕に何を求める!」

「よし、良い子だ。立木由基人。当初の我々の目的は君にとっととサーヴァントを召喚してもらうことだったが……事情が変わった。私と共に来てもらおう」

「お前と共に……?一体僕をどこに連れていく気だ」

「勿論、私のマスターのところさ。君一人の力でサーヴァントを召喚することは難しいようだからね。大丈夫、今ここで共に来ると言うのなら、私は君にも君の妹君にも危害を加えない。ここに誓いを立ててもいいとも」

「……っ!先に沙耶を離すのが先だ」

「それは出来ない。騎士たるもの、忠誠を誓った相手の命令は最大限尊重するつもりだからね」

 男は大きくため息をつき、憐れむかのような目で僕を見下した。その憐れみからは、卑下などは全く感じられない。むしろそこにあるのは、本人が言うように、自分が納得出来ない命令を遂行しなくてはならない苦しみと、対象者である僕への哀憐だ。

 しかし、男の告げる言葉は、高校生の僕には到底受け入れ難いものだった。

「君と、君の妹君が生き残る道は、私と共に来る他ない。断れば……君は今ここで死ぬことになるだろう」

  男は沙耶の喉元にあった槍を手の平で回転させ柄を壁に勢いよく打ち付けると、聞いたことのない轟音と共に壁は無残に打ち砕けた。今まで見えなかった向こう側の廊下が見える。

 呆気にとられていると、コツン、と何か足に当たった。足元に今まで壁の一部だった固い欠片が転がってきたのだった。

「これは交渉ではない。脅迫なのだよ立木由基人」

 もう、覚悟を決めるしかない。コンクリートの欠片を見て僕は直感した。

 この男は、人間じゃない。槍の柄で壁を破壊するなんて、そんなのどんなに屈強な人間でも出来る事じゃない。

「……分かった。お前と一緒に行く」

「うむ。無益な殺生をせずに済んだのは素晴らしいことだ。君は賢明な少年だよ」

 男は僕に紳士的に手を差し出した。

「立てるかい?」

 僕はその手を取る。男はまさに色男、といった風貌だったが、その顔に似合わず手は今まで触ったことのないごつごつとした感触だった。おそらく長年の鍛錬の賜物だろう。

 この男は、自分のことをサーヴァントだと名乗った。そしてここにはいない誰かに仕え、その誰かと何らかの手段で交信しているようだ。サーヴァントも、マスターも、なんのことかわからないが、少なくとも二人以上の目をかいくぐって沙耶を連れて逃げ出さなくてはならない。

 ――でも、どうやって?

 考えを張り巡らせるが、どうしても何も思いつかない。人外的な力を持つこの男を出し抜くことは不可能に思えた。

 その時、奇妙なことが起きた。

 男がこの小さな部屋から僕と沙耶を連れて廊下に出ようとした。確かにしたのだ。しかし男は廊下に一歩踏み出した瞬間、後ろにたじろいだ。まるで、部屋を覆うなにかにぶつかったかのように。

 男は先ほどと同じように虚空にむかって話しかけた。だが先ほどと違うのは、男の顔には明らかに焦りの色が見えていた。

「結界か!?マスター、室内に結界を二重に張っていたのか!?」

 男はあたりを見渡している。しかし先ほどとは違い返事はなかったようで、警戒して槍を持ち直し、意識のない沙耶を引き寄せた。

「君、ここは危険だ。もっとこちらにきたまえ」

 男と僕の間の距離は1mもなかったが、僕にも男は呼び掛けた。しかし、再びありえないことが起きた。

 その1mもない隙間から別の男の声が聞こえたのだ。

「ーーその首、もろうたぞ」

 何もない空間から日本刀の切っ先が現れ、男の首をかすめた。金の髪が数本はらりと床に落ちる。

 最初は日本刀しか見えなかったが、次の瞬間には僕と金髪の男の間に日本刀の持ち主がどこからか現れた。

 日本刀の持ち主は、無精ひげを生やした和服の男だった。和服の男は部屋にいっぱい響き渡るような大音声で叫びながら金髪の男に襲い掛かる。

「ちぇすとおお!」

 金髪の男は見事としか言いようのない槍さばきで、自分の首に差し迫った日本刀を防ぐ。あと1秒でも遅かったら、男の首は刎ね飛んでいただろう。

 金髪の男は和服の男に体制を整えて向き合った。

「サーヴァントか。私に気付かれずここまで距離を詰めるとは、さぞ名のある英霊とお見受けする。君の名は?」

 和服の男は不機嫌そうに答えた。

「ちっ外したか。……いいじゃろ、名乗っちゃる。わしはセイバー、坂本龍馬じゃ」

「龍馬って……!あの!?」

 日本史の授業で散々学ぶ名前が、男の口から語られた。いや、しかし、そんなことありえない。坂本龍馬はあくまで歴史上の人物だ。

 しかしそんな僕の考えを遮るように坂本龍馬を名乗る男はこちらを睨みつけ、再び部屋が揺れるような大音量で怒鳴った。

「何をぼさっとしとるんじゃ、このべこのかぁ!とっとと走らんか!」

「は、走る!?どこへ!」

 ここで再び別の人物の声が響いた。その声は、どこかで聞いたことのあるソプラノの女性の声だ。

「Ouverture!」

 突如、数羽のカラスが廊下の窓からまるで意志を持つように金髪の男へ襲い掛かる。そして、そのカラスたちの後ろには、声の主であろう美しい女の子――あの葬式の日に出会った女の子が立っていた。

「ちっ、使い魔か!それに、あそこの少女は坂本龍馬、君のマスターだな!?」

「よそ見とは余裕じゃのう!」

 カラスに追随するように、和服の男も金髪の男に襲い掛かる。金髪の男と和服の男は目にもとまらぬ剣さばきで戦い、女の子は何か呪文のようなものを叫びながら二人の横をかいくぐって僕に向かってくる。もう、何が何だかわからない。しかし、金髪の男は沙耶を決して放そうとしない。カラスに襲い掛かられ、和服の男からは切り付けられ、それでも子供一人抱えながら対等に渡り合える金髪の男は、やはりとんでもない力の持ち主なのだろう。

「こちらです、急いで!もうランサーのマスターがこちらの動きに気付いています!」

 僕の近くに来た女の子は僕の手を取り、廊下の外に出ようとする。しかし、色々混乱する僕でも、一つだけやらなくてはならないことがあった。

「待って!まだ沙耶が……妹が人質にとられたままなんだ!」

 僕の必死の訴えを女の子は無視し、引きずるように僕を連れ出す。同年代の女子とは思えないほど強い力だ。

「とっとと外へ逃げんかぁ!この阿呆!」

 和服の男もそんな僕の様子を見てか、イラついたように怒号を飛ばす。どうやら、和服の男と女の子は、どうしてかわからないが、僕を外へ連れ出そうとしているらしい。

「大丈夫、ランサーのマスターは人質を殺すなんて無駄なことはしません。狙いは貴方の命です。いいですか、捕まったら確実に貴方は殺されます」

 引きずりながら、こちらを見向きもせずに女の子は物騒なことを言う。でも女の子が言っていることが本当だとしても、それでも……!

「たとえそうだとしても!僕は沙耶を助けなくちゃいけないんだ!残された、たった一人の妹なんだから!」

 女の子は大きな瞳でこちらをまっすぐ見た。よく見ると女の子の瞳には黒色の中に少しだけ青色が混じっている。その瞳は一瞬驚いたように見開き、すぐに冷静さを取り戻したかのように僕を見つめた。

「だとしたら。その決意が本当だというのなら。なおさら貴方は私と共についてくるべきです。私なら、貴方にこの状況を打破できる力を与えることが出来る」 

 つながれた手は、ひんやりとつめたい。それでも先ほどのような力はもう込められていない。

「私を、信じてください」

 こんな状況で、殺し合いが起こっているようなわけのわからない状況で、僕は選択を迫られたのだ。

 謎の女の子についていくか、おとなしく金髪の男についていくか。

 僕は、何故かすんなりと決断することが出来た。

「分かった、君についていく」

 女の子はこくりとうなずき、一目散に走り出した。

「こちらです」

 意を決した僕も共に走り出す。鉄と鉄が響きあう音が遠くなっていく。どうやら金髪の男は追ってこれそうにない。和服の男が足止めをしているからだろう。

 僕達がたどり着いた普段誰も立ち入らない、施設の裏庭だった。いつもと違うのは……そこには大きな魔法陣が描かれたシートが敷かれていたことだ。

「これはいったい……」

「サーヴァントの召喚陣です。これで貴方は、あの二人のような人智を超えた力を手に入れることが出来る。あとはあれをとってくれば……。っ、伏せてください!」

 女の子は咄嗟に僕に覆いかぶさった。背中に地面のざりざりとした感触と衝撃、正面には女の子特有の柔らかい感触。少し頭の中が真っ白になった。しかし次の瞬間、そんな悠長な考えは吹っ飛ばされる。

 パァンという破裂音が響き渡る。それはテレビの中でしか聞いたことがない、紛れもない銃声だった。

「やはりお前か。エルクトルの小娘が」

 黒いコートを着た長身の細身の男が銃口をこちらに向けて立っている。その男からは今まで僕が受けたことのない、紛れもない殺意が感じられた。女の子が僕に耳打ちをする。

「彼は嗣堂雄二。ランサーのマスターです」

 ランサー。最初に金髪の男が名乗っていた。そのマスターということは、彼が金髪の男の通信相手だったのだろう。

 女の子は僕の上から立ち上がり、嗣堂という男と向き合い、また呪文のようなものを唱える。

「Être rassemblé!」

 またどこからかカラスたちが女の子の周りに集まり始め、一斉に嗣堂に威嚇をする。

 カラスの鳴き声があたり一帯に響き、異様な雰囲気となっていた。

「ここは私に任せてください。あとお願いが。あの木の根元に、刀が隠してあります。それをとってきてください」

 カラスの鳴き声で確実に嗣堂には聞こえないような小声で女の子は僕に指示をした。僕は無言でうなずき、およそ5m先にある大きな木に向かって走り出した。

「ふん、小細工を」

 嗣堂が再び発砲する音が聞こえた。カラスの一羽に当たったのか、ギャァという身の毛もよだつ動物の鳴き声が、僕の鼓膜を揺さぶっていく。

 それでも僕は、振り返らない。

 沙耶を、助けるんだ。

「ここか!」

 木の根元は一部土の色が変わっていた、明らかに最近掘り返されたあとだ。

 土が邪魔だ。そんなことを思ったのは生まれて初めてだ。あまりに思いきりよく土に手を入れたので、爪と指の隙間に細かな砂の粒子が入ってくる。

 また複数回の発砲音。カラスたちの断末魔。でも、関係ない。振り切るように、一心不乱に、犬のように僕は土を掘り返す。

 そこに隠されていたのは、細長い木箱。開けると、女の子が言っていたように、美しい日本刀が入っている。

 刀を取り出して女の子の方を振り返ると、血を流したカラスたちが地面に数羽、転がっていた。それでも他のカラスたちはひるむことなく嗣堂に襲い掛かっている。

 地面についた赤いカラスの血。思わずあの日を思い出して吐き気が込み上げてきた。しかしそんな吐き気も無視して、僕は女の子に向かって再び走り出す。

 その時だった。嗣堂が銃を地面に投げ捨て、何か呟いた。

「Körperliche Verstärkung」 

 嗣堂の足に光る幾何学模様が現れ、すさまじい速さでカラスの群れをかいくぐる。

 あっという間に女の子との間合いを詰め、女の子の腹に拳をえぐり入れた。しかし、そこに響いたのは本来の殴打ではありえない……ぐしゃり、と骨と内臓がつぶされる音だ。

 女の子のか細い小さな悲鳴とともに、彼女の身体は体は地面に打ち投げられた。続けざまに嗣堂は彼女の腹を踏みつける。

 ごふっという空気が漏れ出す音がした。それと同時に噴水のように、地面に流れているカラスのそれとはくらべものにならない量の血が、小さな口から吐き出された。美しい顔の半分以上が赤く染まり、髪を伝って血が地面に滴り落ちる。かたかたという音が鳴った。刀を持つ僕の手が、震えているのだった。早く助けに行かなければいけないのに、僕の手足は言うことを聞かない。

 嗣堂はそんな僕達の様子もお構いなしに彼女を踏みつけながら言った。

「殺しはしないさ。エルクトルの娘。お前には聞きたいことがあるからな。これは誰の差し金だ?龍門寺か?それとも桐生の似非神父か?」

 彼女は答えず、細い腕が、自分の腹を踏みつけてる男の足を必死にどかそうともがいている。

 しかしそれはむなしく、ますます彼女の腹にかかる重みは強くなり、血が口から溢れ続けている。まずい、このままだと本当に彼女は死んでしまう。動け、僕の足!動けよ!

 その時、彼女と目が合った。あの青が混じった黒い大きな瞳だ。

 ひゅーひゅー、というか細い空気の音と、注意しなければ聞き漏らしてしまいそうなほどの小さな声が、血が滴り落ちる口から零れ落ちるように発せられた。

「妹……助けたい……なら、サー、ヴァント……召喚……して……」

 彼女は自分のことではなく、僕達のための言葉を、瀕死の身で言ったのだった。

「ああああぁあ!」

 僕は、叫んだ。生まれてから一度もこんな声、出したことがない。僕の身体は一つの楽器のように全身にびりびりと声が響き渡る。

 魔法陣の方へ刀を持って一目散に駆け出す。本能がそうしろと叫んでいるかのようだった。

「このガキ!」

 嗣堂がこちらに気付き、隠し持っていたのであろう拳銃をこちらに向け発砲した。

 わき腹を銃弾がかすめる。熱い。しかし不思議と痛みはない。魔法陣に血がぽたぽたと滴り落ちた。

「僕は!沙耶とあの子を助けなくちゃならないんだ!早く出てこい!"サーヴァント"!!」

 まるで僕の血と呼びかけに反応するように、魔法陣から光が発せられた。

 しかし同時に嗣堂が二発目の弾丸を発砲したのが見えた。よけられない。

 思わず目をつむった。けれど数秒経っても、わき腹の熱さ以外なんともない。

 目をゆっくり開ける。

 そこには、誠の文字があった。

 誠の文字を背負った女の子がいた。

「問います。あなたが私のマスターですか?」

 

  

 

 




次回からここの欄にギャグ気味の次回予告がつきます。
なぜなら本編がどシリアスなので、作者の私が癒されたいからです。
次回予告について何かご意見、リクエストなどある方はどしどしご応募お待ちしてます!
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