Fate/imprefection wish   作:えんじゅ

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第五話 セイバー

「由基人君、君の母君である楓花さんは魔術師だ。そして……前回この上枝の地で行われた聖杯戦争の唯一の生き残りだ」

 桐生さんは僕の知らない母さんを知っている。

「母さんは普通の人で……。仕事だって普通に会社勤めで、上司が使えないって時々愚痴ってて、同僚の人と仲良くて。そんな、魔術とか聖杯戦争なんて一言も……」

 そうだ。僕たち家族は”普通”だったんだ。よくあるシングルマザーの家庭。その辺にごろごろしてるような問題と幸福をあのアパートの一室に詰め込んだ三人家族。

 でも、僕も母さんも”普通”なんかじゃなかった。その証拠に、母さんはあんな血の塊になってしまった。

「……楓花さんは君たちを魔術という秘匿的で陰惨な世界に巻き込みたくなかったのだろう。前回の聖杯戦争直後に魔術協会から脱会し、実家との縁も切っている」

「--でも」

 これは言ってはいけない。そう脳が警告する。しかし3か月間、ずっと胸の内のどこか隅っこの方で、見ないよう見ないよう隠し続けてきたどろりとした感情が、決して綺麗なものではない本音が、桐生さんの言葉が鋭利なナイフとなって堰を切ったかのようにあふれ出してくる。気持ち悪い。僕は『良い息子』であり『良い兄』であろうとした。ただそれだけなのに。

「母さんが死んじゃったら、全然意味ないじゃないですか。僕たちは全然”普通”になれない!!」」

 嗚呼、僕の強固な”普通”の仮面が無残にも引きはがされていく。

「なにが聖杯戦争だなにが『万能の願望機』だ!僕たちは被害者だ、なのになんでまだ小学生の妹まで危険にさらして、おまけに僕は魔術師だなんて言われて納得できるはずがない!皆、僕に訳の分からないことを押し付けてくる。母さんが死んだばかりなのに今度は僕が殺し合いに参加する?どうして、そんなことをしなくちゃいけないんだ。どうして、どうして--」

 今までの恐怖心や緊張が塩辛い水の塊となってぼとりと目からおちた。その水はとめどなく沸き続けてくる。あの気丈な妹の前では泣くわけにはいかなかったのだ。あの小さな子が”普通”を保っていた事実が、兄である僕に取り乱す隙を決して与えてはくれなかった。それは生活を行う上では大変良かったのかもしれない。だが心は少しづつ、でも確実に疲弊していった。それが今回の聖杯戦争に巻き込まれた事実によって限界に達してしまった。

 教会へ来るまでの道すがら考えていた恐ろしい考えも、この心のダムの決壊に乗じてあふれ出す。そしてそれは確信に変わる。

 --僕たちは”普通”を奪われたんじゃない。無自覚に”普通”の皮を被っていたのを、引っぺがされただけなのだ。

 桐生さんは泣きじゃくる僕の肩に手を置いた。中年男性のごつごつした固い手だ。

「由基人君、君にはこの聖杯戦争を降りる権利も与えられている」

「--え?」

 あの無限に沸き続けるかもしれないと思っていた塩辛い液体がぴたりと止まった。服の袖で頬から目じりにむかって乱暴に涙をぬぐう。

 しかし、やはりこの非日常を降りるには相応の覚悟が必要だとすぐ思い知らされた。

「令呪で、そこのセイバーを自害させればいい」

 桐生さんは無慈悲にセイバーを指さした。セイバーとミサさんは特に驚いたわけでもなく、落ち着いて僕を見つめている。

「自害って、つまり、セイバーを殺すってことですか?」

 震えそうになる声を必死に抑えながら桐生さんに聞き返す。

「殺すのとは少し違う。聖杯によって呼ばれたサーヴァントはもともと過去の英霊。自害したところで座に還るだけだ」

 僕はセイバーを見つめる。

「そんな……。セイバーはそれでいいの?」

 セイバーは肩をやや大げさにすくませて苦笑して答えた。

「いやー、それはもちろん嫌ですよ?でもマスターのあんな泣き顔見ちゃったら、私は何にも言えないかなーって」

 セイバーは自分の運命を受け入れる準備は出来ているようだった。……元をたどればすでに亡くなっている人だから、こんなに笑っていられるのだろうか。

 僕の心は再び大きく揺さぶられた。僕自身がセイバーを自害させて聖杯戦争を降りるか、それともセイバーに他のサーヴァントやマスターを殺させるか。結局血を見ることになるのは一緒だったのだ。

「私は反対です。由基人さん。貴方はここで戦いから降りるべきじゃない」

 今まで黙っていたミサさんがはっきりとした声で告げた。

「桐生神父、監督役である貴方が私たちに言ったのではありませんか。この上枝の聖杯戦争はーー何かがおかしい、と」

 桐生さんは僕の肩に置いていた手を放した。と、同時に悪寒が背筋を走った。この悪寒を僕は知っている。これは、殺気だ。でもこの殺気は僕に向けられたものじゃない。桐生さんはミサさんを睨み付けている。……まるで、余計なことを言うなとばかりに。

 ミサさんはそんな桐生さんに物おじせず「一つ、由基人さんへ言わなければならないことがあります」と言葉を続けた。

「由基人さん、”まるで溶かされたかのように”血の塊になって殺されたのは、貴方のお母様が初めてではありません」

 ……。

 ……え?

「髪の毛一本残っていなかったでしょう?わかりますよ。私も、おそらく貴方と同じものを見ました。

 私の両親も全く同じ殺され方をしましたから」

 心臓が、止まるような感覚だった。今まで動揺し、荒ぶっていた心は一瞬にして凍り付いた。

「私の両親だけじゃありませんよ。前回ーー15年前の上枝の聖杯戦争以降、この殺人は行われ続けている。15年で100人を超える魔術師が溶かされ、跡形もなく殺されました。これらの魔術師の死は魔術協会が隠匿してきたのですが、由基人さんのお母様はすでに教会の管轄外から外れてしまっていたようですから……世間に広く報じられてしまったのですね」

「エルクトル嬢、やめないか。彼の心の傷を抉るような真似は!」

 桐生さんが怒号をあげる。しかしその声もどこか遠くから聞こえてくるようだった。15年前から?100人?理解が追い付かない。

 あんな凄惨なことが、何度も繰り返されている?

「神父、貴方が彼に何を遠慮しているのか……いえ、貴方と彼のお母様の間に何があったのかは存じません。興味もないです。ですが、彼が私の手引きによってサーヴァントを召喚し、そして私が彼の妹さんを奪還できなかった以上、私には彼に知っている事すべてを話す義務がある」

 ミサさんは、淡々と語りだす。まるで、なんともない世間話のように。

「私の両親が死んだのは、5年前です」

 

***

 --あの日、私は浮かれていた。海外でのショーを終えた兄様が久しぶりに帰ってくる予定だったからだ。

 兄様の話は面白い。父様や母様が話してくれるような魔術の話でもなく、学校の同級生が話す様なとりとめのない話でもなく、人の力だけで為していく煌びやかで時に魔術のよう発想が予測できないショーの話。

 魔術の才能が皆無だった兄様は、私が物心ついたときには既に子役として活躍していた。そのうちモデルに転向したけれど、 魔術師としての道をある種潔く切り捨てて、芸能界という場所で輝き続けている。同じ両親から生まれたのに不思議だった。髪の色も、目の色も、生き方も、まるで違う。私はエルクトルの魔術を継承し、根源へたどり着くための一つのパーツに過ぎない。その生き方には誇りがある。でも、同じエルクトルの血を引きながら、今までの流れを断ち切って子供の時から自分が出来る事を見つけて自己実現していく兄の生き様も、自分の魔術師としての誇りと同じくらい、誇らしく--そして、うらやましかった。

 だから、そんな兄様に一刻も早く会いたくて、私はその日足早に学校から帰ってきた。

 でも。

 屋敷の結界が、破られていた。

 結界の術式のための魔力が込められた石は粉々に砕かれ、監視用の使い魔のカラスやネズミの死体が玄関や庭の隅に数匹転がっていた。

 私はあわてふためいた。そんなことは初めてだったから。

 覚えている限りの防御術式を身にまとって、玄関扉に手をかけた。隙間からのぞき込もうとしたとき。

 今でもはっきり覚えてる。

 吐きそうになるくらいの鉄の匂い。

 そして、視界に飛び込んでくる。血の紅。

 小さな声にならない悲鳴が口から飛び出して、後ろに倒れ込みそうになった。でも、誰かが私を支え、そっと目を覆い隠した。

「魔術なんて、ロクなもんじゃない……」

 大好きな、兄様の声がした。

「ミサ、お前は見ない方がいい。ひどいもんだ。多分、父さんと母さんだ」

 兄様、帰っていらしたのですか。--何とか声を振り絞る。自分の声が震えてるのが分かる。

「さっきな。今魔術協会の連中に連絡したところだよ。だから、魔術は嫌いなんだ。魔術師というだけで、こんな死に方……」

 兄様の声も、震えていた。私はカラカラでなにもない口内の空気を空気を飲んだ。喉元が動く。そして口を開く。湿って鉄の匂いを含む空気を吸い込んで、再び吐いた。……そっと兄様の手をどかす。私は、私だけは見なければならない。だって、もう、エルクトルの魔術師は私しかいない。

 --ただの、血の塊だった。

 これが、私の両親なのか。

 髪も、服も、骨も、臓器も、何も残っていなかった。

 ただ花瓶の水をひっくり返したように、赤い血が床に広がっているだけだった。

 生体を扱うエルクトルの魔術を学んでいる私は、分かってしまった。両親は--生贄にされてしまったのだ。

 エルクトルの魔術の多くは、生命エネルギーをマナに変換することに特化している。

 ネズミを殺し、マナに変換したときの何百倍のもの血が、たぷたぷと音でも立てそうなほどの液体が、眼前に広がっている。

 魔術陣は見当たらない。だからどんな魔術のために両親が死んだのかはわからない。

 けれど、両親は魂もろとも、圧縮され、溶かされ、何かの贄にされた。

 人という肉体の器をただの魔力の塊に変換されて、何かに"使用"されて、ここに残っている赤くてどろどろしたものは残りかすだ。

 嗚呼。

 私には正真正銘、兄様しかいなくなってしまった。

 何故かそんなことが頭に浮かんだ。

 しかしその思考は兄様より後ろからかけられた声によってすぐさまかき消される。

「--失礼、ここがエルクトル家だな」

 その人は魔術協会の使いではなく、聖堂教会の、桐生と名乗った。

「聖堂教会?子供の時に魔術から足を洗った俺から見てもわかる。これは魔術による殺しだろ。お堅い神父様が出てくる場面には見えないな」

 兄様がいぶかしげにその中年の男性に尋ねる。しかし桐生神父はその眉間に刻まれた皺をピクリとも動かさず、淡々と答えた。

「魔術協会が聖堂教会に救援を申し込んだのだ。この手口の魔術師殺しは10年前から世界中で断続的に起こっている。発見されているものだけでも数ヶ月おきという決して高い頻度ではないものの、こうも長い年月犯人が見つからないとなれば、魔術協会もさじを投げかけているというわけだな」

「10年も前から?」

「ああ。今までのその反応からするに被害者は君たちに知らせなかったのかもしれないが……最初の犠牲者は今回の被害者の父親にして君たちの祖父、ローガン・レイ・エルクトルだ」

 兄様と私の表情が凍り付く。そんな、お父様やお母様だけでなく、お爺様まで、なんて。

 兄様が桐生神父に詰め寄った。

「待て待て。爺さんが死んだのは聖杯戦争とかいうマイナーな魔術儀式に失敗したからだって聞いてるぜ?」

「そうとも。7人の魔術師で行う儀式。もとは冬木で行われたそれを、君たちの祖父、ローガン氏は上枝の地で行おうとした。しかし上枝は冬木ほど潤沢なマナがあったわけではない。失敗が目に見えている儀式だった。なぜそれを強行したのかは謎だがね。……いや失礼、故人を悪く言うものではないな」

「いいさ、父さんや母さんはともかく、爺さんは大っ嫌いだった。典型的な、陰険な魔術師だったよ」

 兄様は吐き捨てるように言う。正直、私は祖父のことをあまり覚えていない。祖父が亡くなった時、私は3歳だった。兄様は11歳だったから交流があったのだろう。

「ともあれ、ローガン氏が先導、同じ上枝の御三家である龍門寺と嗣堂からマスターを一人ずつ。それにフリーの魔術師を4人かき集めて聖杯戦争は行われた。結果、フリーの魔術師一人を除いて今回と同じく6人全員が”溶かされて”殺された」

「なんだ、じゃあその生き残ったやつが犯人なんじゃないか」

「いいや。その魔術師は魔術協会に保護された後、劇薬を飲んで自らの魔術回路を破壊した。こんな芸当が出来るわけがない。第一、聖杯戦争に限らず儀式でこのような死に方は類を見ない。小動物ならまだしも、対魔力を備えた魔術師を肉体まるごとマナに変換するなど……ありえないことだ」

「そうかい。俺からすれば魔術なんてみんな”ありえない”ことだと思うけどな。その生き残った魔術師は懸命だ。やめられるならやめた方がいい」

 私は、ただ黙って聞いていた。兄様の魔術師嫌いは私が物心ついた時からだった。

「しかし聖杯が呼び出された痕跡はある。一時的に上枝の地からマナが枯渇していた。そして聖杯はいまだ見つからず、だ。まがい物とはいえ聖遺物だ。この10年にわたる連続殺人も聖杯が関係していてもおかしくはないと教会は踏んでいる。そして……この地で再びいつか聖杯戦争は起こるだろう。勿論、聖杯にマナが満ちるまでに犯人を見つけるに越したことはないが……果たしてこの魔術師殺しを行っているのが人かどうかも怪しいところだ。聖なるものには必ず影が付きまとう。魔術協会では聖杯に引き寄せられた悪魔が一連の事件を引き起こしているのでは、という噂もあるほどだ」

「悪魔、ね。魔術師らしい発想だ。自分たちの無能を神秘にまみれた都合のいいものに擦り付けてるだけだろ」

「……これは失敬。遺族に話すものではないな」

「気にすんなよ桐生さん。俺は魔術ほど教会を嫌っちゃいない。まぁ似たようなもんだが……魔術師よりは数倍マシさ」

「それは光栄だ。しかし……この魔術師殺しの犯人が聖杯に関与したものだとすると、確実に姿を現すのは次の聖杯戦争だろう」

「それは気の長い話だな。――ミサ」

 桐生神父とずっと話し込んでいた兄様が突然こちらに顔を向けた。いつもの大衆を虜にする美貌も、心なしか疲れ、陰りがあるように見えた。

「父さんと母さんが死んだんだ。あの状態じゃ魔術刻印を回収するのも難しいだろう。これでもうお前を縛るものはない。お前が……魔術師をやめることだってできる」

 後頭部を、何か重く冷たいもので殴られたような衝撃だった。

 なんなら両親が死んだ以上の衝撃かもしれない。なぜならソレは、私の存在意義を剥奪するものだったから。今までの生き方を否定するものだったから。

 でもよくよく考えてみれば、兄様の提案は当たり前のことだった。ただでさえエルクトルはお爺様の代以降衰退を続け、私も決して優秀な魔術回路を持っているとは言えない。そんな中、魔術刻印が回収できないのであれば、もう一族の復興は絶望的だ。

 だから、私が投げ出したって、結果は変わらない。

 根源へ至るための一つの部品ではなく、兄様のように、人間として生きることだってできる。

 でも。

 魔術師として死んだ両親の矜持はどうなってしまうのか。

 祖父が招いたという聖杯が呼び寄せた悪魔は、これからも魔術師を殺し続けるのか。

 その殺人の責任は、誰がとる?

 もう魔術師は、一人しかいない。

 ――私は兄様の提案を拒否し、エルクトルの最後の当主になることを決めた。

 私は世界中で魔術師を、根源を目指す尊い血を絶やさんとする、悪魔を殺す。

 ……私は、私の感傷を極力排してこの善良な妹思いの少年に語り掛ける。  5年前、私の両親が殺されたこと。そもそも15年前から殺人は行われていること。聖杯が絡んでいること。悪魔はこの二度目の聖杯戦争に現れること。

 2年前、令呪が発現したのに皆サーヴァントを召喚できなかったこと。この聖杯戦争を引き起こす聖杯そのものがおかしいこと。

 でも、私は言わない。

 彼の母親が殺された時から、皆がサーヴァントを召喚できるようになったこと。

 彼の母親、立木楓花がこの歪な聖杯に関与していたのは間違いない。15年前の聖杯戦争のあと、劇薬を飲んで無理やり魔術師をやめたというのは彼女のことだろう。

 やっと掴んだ聖杯への手がかり。悪魔への手がかり。

 それがこんな、魔術師でもない一般人だろうと関係ない。

 私はどんな手を使ってもこの生贄の連鎖に終止符を打つ。

 だから私は彼に囁く。手がかりを自分の手元に置いておくために。

「この聖杯戦争に必ず悪魔は現れる。貴方のお母様のような犠牲者を出さないようにするための最後のチャンスですよ?」

 

***

 

 ミサさんの澄んだ声が僕の鼓膜を震わせる。僕の母さんを殺したという、悪魔。

そいつは母さんだけでなく、数多くの人を殺してる。

 僕はセイバーの方へ視線を向ける。弾丸をも真っ二つにして見せた彼女なら、悪魔も一刀両断してくれるだろうか。 

「由基人君、エルクトル嬢の言うことを気にするなというのは無理だと承知の上で言わせてもらう。どうかこの聖杯戦争から降りてくれ」

 桐生さんはその眉間に刻まれた皺をゆがませ、悲痛な面持ちで僕に懇願した。

「沙耶ちゃんは必ず保護すると約束しよう。楓花さんが魔術師をやめたのは、君たちを母親として守ると決めたからだ。それなのに聖杯戦争に参加しその身を危険にさらすなど、楓花さんは望んでいない」

 桐生さんの言うこともわかる。

 母さんは、魔術師をやめるために劇薬を飲んだという。それはどれほど覚悟のいることだったのだろう。“普通“になるために、僕たちを“普通”に育てるために、どれほどの犠牲を払ったのだろう。

 じゃあ、僕が“普通”になるために払わなければならない犠牲はなんだ。

 そんなのは決まっている。

 ――セイバーの、命だ。

 殺すのとは違う、と桐生さんは言ったが、僕はどうしてもそう捉えられない。

 僕が令呪で命令すれば、彼女の命は絶たれる。その代わり僕は平穏を手に入れ、沙耶のことも僕が何もしなくても桐生さんやミサさんが奪還してくれる。

 聖杯戦争に参加すれば、母さんの想いをないがしろにして、他のマスターやサーヴァントを殺す。僕自身が殺されるかもしれない。

どちらをとっても、悪魔に準じたモノに僕はなるしかない。

「……お願いします、一晩だけ考えさせてください」

 僕はなんとか声を振り絞って告げた。

 僕はもう、セイバーの顔を見ることは出来なかった。

 

***

 

 僕たちは教会を後にし、ミサさんのお屋敷に戻ってきた。施設にいるよりも結界が張られている分、こちらの方が安全だからとミサさんからの提案だった。加えて、「施設には話を通しておこう」と桐生さんが言うので、全面的に後の手続きはお任せしてしまった。でも、僕がいるからあの施設は襲撃を受けたのだ。施設の職員さんや子供たちを危険にさらさないためにも、ミサさんの提案は有難かった。

 僕はヒルトさんが使っていたという部屋を貸してもらった。今朝も僕が寝ていた部屋だ。「兄様は海外に行っていることが多くて、ほとんどいませんから」とミサさんは言っていたけれど、世界的スターの部屋を貸してもらうのはいくら生活感がないとはいえ、なんだか面映ゆい。

 僕はふかふかのベッドに腰を下ろし、そのまま後ろに倒れた。背中から僕の重みを柔らかな羽毛布団が受け止め、そのまま沈んでいく。

 ベッドに寝ころびながら僕は思う。この屋敷で、ミサさんの両親は殺されたのか。僕が見たものと同じものを、二人分、屋敷のどこかで血の海となって。この屋敷を一通り見せてもらったとき、いわゆる「開かずの部屋」がいくつかあった。「工房となっている部屋は危険ですので」とミサさんは言っていたが、そのうちのどこかが殺害現場だろう。

 両親が死んだ家で暮らし続けるというのは、いったいどんな心持ちなんだろうか。

 そして僕は連想して考えてしまう。――僕と、ミサさんの親を殺した、悪魔のことを。

 世界中で100人を超える魔術師を殺し続けているという聖杯に招かれたもの。

 僕個人の力ではどうしようもない。魔術なんて使えない。母さんが僕を守ろうとしてくれたから。

 でもその母さんが死んでしまったら、意味がない。沙耶を巻き込んでしまったら、意味がない。

 『――貴方のお母様のような犠牲者を出さないようにするための最後のチャンスですよ?』

 ミサさんの言葉が頭をよぎる。

 その時、コンコン、とノックの音がした。

「マスター、ちょっといいですか?」

 セイバーが扉越しに声をかけてきた。

「あ、うん。入っていいよ」

 僕は返事をしながら体を起こす。セイバーは部屋に入ってくるなり「うわ、すごい賞の数ですねー」とガラスケースの中のトロフィーや賞に目を奪われていた。僕もそうだったから、気持ちは分かる。

「どうかしたの?」

「あー、うーん、ええとですねー……」

 セイバーは言い淀んでしまっていた。組んだ手の指はもじもじと動いている。随分可愛らしい様相だが、セイバーが話したい内容はおおよそ予想できる。むしろ教会でも思ったことだけど、なぜそんなに平常心でいられるのか、不思議だった。

「……聖杯戦争のことかな」

 僕は切り出した。セイバーの所在なさげに動いていた指はぴたりと止まり、「ええ」と返事をした。

「マスター。今回の聖杯戦争は、聖杯の悪魔のようにイレギュラーなことが多いようです。神父やアサシンのマスターの話すことによれば、そもそも聖杯の所在は不明で、本当に願いを叶える力があるのか……その機能も怪しいもんです」

「そうか……セイバーは、何か叶えたい願いがあるの?」

「ええ。ですが今は私のことよりも貴方のことです。マスター」

 セイバーはまっすぐに僕を見つめる。凛とした雰囲気の彼女の視線は鋭く、僕をどぎまぎさせる。

「私は貴方の身の安全のための話をしに来たのです。マスターが魔術師じゃないというのなら、せめてなにかこちらで対策できることを考えなくては」

「……そうか。そうだよね。気を使ってくれてありがとう、セイバー」

 セイバーは僕の返事に驚いたように目をぱちくりとさせた。セイバーは、緊張しているときは本当に歴戦の剣士の風情なのに、こうして見せる表情は同級生の女の子みたいだ。

「マスターは、私を道具としてではなく、一人の人間のように扱うのですね」

「うーん、まぁセイバーにとっては悪いことかもしれないけど、本当に僕は魔術なんてさっぱりわからないんだ。だからセイバーがサーヴァントだって言われても、人間みたいに見えるし、そう接してしまう。こればっかりは慣れようがないかな……ごめんね」

「いえ。貴方は素直な人柄なのですね、マスター。とても素晴らしいことだと思います。……でもそれなら尚更私は進言します。どうにも、あの神父もアサシンのマスターも、腹に一物ありそうです」

 舌打ちでもしそうな顔で不愉快そうにセイバーは話す。僕はあの二人に悪い感情を抱いていなかったから、少し驚いた。

「そうかな。二人とも、僕にはよくしてくれてると思うけど。ああでも、あの二人の仲は少しギスギスした雰囲気を感じるよね」

「二人とも、嘘をついている様子はありません。ただ、まだそれぞれ隠していることがあるように思えます。なんにせよ、あまり信用しない方がいいです」

 セイバーはふっ、と緊張の糸をほどいたように緩んだ表情になると、僕に歩み寄って「隣良いですか?」と声をかけた。僕が頷くと、セイバーもまたベッドに腰かけた。

「うわ、この寝具なんですかこれ!?私の時代には煎餅布団しかなかったっていうのに!」

「ねー。すごいよね。さすがスターの部屋だよ」

「えー。ずるーい。私もこんな布団で寝たかったです。晩年は寝たきりで体中痛かったですから」

「……そっか」

「あ、ごめんなさいマスター!そんな重くとらえないでくださいね!今私、元気に動けますし!マスターを守ることだって出来ますから!」

 セイバーはニコニコ笑いながら、手をぶんぶん振ってみせた。でもそのうち、どこか寂し気な目で「……でも」と、ポツリと呟いた。

「マスター、悔いのない選択をしてください。私がマスターに望むのは、結局それだけです。その選択が私自身の死を必要とするならば、私は甘んじてそれを受け入れましょう」

 ああ、まただ。彼女は何で自分の死を受け入れることが出来るんだろう。

「……サーヴァントは、死ぬのが怖くないの?」

「いや、やっぱり教会でも言いましたけど、嫌ですよ?でも、さっきの話に戻りますけど、私の願いは――」

 セイバーは一度、胸にあるつかえを取るように大きく息をはいて、言葉を続ける。

「私の願いは、仲間とともに最後まで戦い抜くこと、でしたから」

 僕は、何も言うことが出来ない。

「私は煎餅布団で、病に侵されながら、仲間たちをただ見送ることしかできなかった。仲間と共に戦場を駆けたかった。――悔いのない生き方を、したかった。だから身勝手ですけど、マスターにはこの戦争を出来るだけ悔いのないやり方で生き残ってほしい。そのためなら私はどんなことも受け入れましょう」

 僕は気づく。セイバーは、もう覚悟を決めた人なんだ。僕は彼女のマスターとして、彼女の覚悟に、覚悟を以て相対さねばならない。

 そして、僕の選択は、もう決まっている。

「セイバー」

 僕の声帯が震える。僕は、僕の望むもののために、彼女に語り掛ける。

「沙耶を取り戻すために。そして僕自身のために。他のマスターやサーヴァントを殺してくれるかい?」

 セイバーは、あの剣士の顔になって、応える。

「ええ、マスター。セイバー、沖田総司。あなたの刃となりましょう――」




沖田「私と!」
ノッブ「儂による!」
二人「ぐだぐだ次回予告~!!」
沖田「前回の投稿から何か月ぶりかって話ですよ。無事沖田さんの真名が明かされてよかった~!」
ノッブ「ふーん、儂は儂が参加してない聖杯戦争がどうなろうと興味ないわー。もう全員寺に閉じ込めて火を放てば死ぬじゃろ」
沖田「そんな死に方ノッブだけで充分ですって!あ、次回は新たなマスターとサーヴァントが登場ですって!楽しみですね!全員私がぶった切ります!」
ノッブ「お前の方が雑じゃわ!次回!『神父の弟子』。タイトルからして新キャラじゃ!」
沖田「やっぱあの神父絡んでんじゃないですかヤダー!」
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