地平線の向こう側から顔を出し始める太陽。夜が明けて、朝がやってくる時刻。
トーマスは女の子のような寝顔で小さく寝息を立て、眠っていた。今は夢の中である。
「トーマス」
夢の中、トーマスにとって聞き覚えのある澄んだ声が響く。それは死んでいった一人の声、澄んだ女性の声だ。
「えっ……」
白く虚無な夢の世界。聞き覚えのある声が夢の中を響き渡ると、トーマスの意識は夢を認識し始める。そして白く虚無な夢の世界は兵器の鉄塊と人の肉塊があちこちに転がるマザーウィルのカタパルト上へと変わっていった。
「ここは、この前の……」
飛び散った血肉と砕けた骨。生を帯びていない肉塊の数々。それまで戦っていた兵器たちの残骸と化した鉄塊。倒れた鉄塊たちから上がる炎。漂う硝煙。
つい最近の地獄を思わせる景色がその目に再び映り、トーマスは地獄と化したカタパルトの上を目的もなくただ彷徨っていく。
「どこですか?」
澄んだ女性の声が硝煙の向こう側から尋ねてくる。
そんな聞き覚えのある声に、トーマスは「エリーゼか?」と澄んだ女性の声の正体に気付いた。
「ここだ!」
エリーゼの声に答え、自分の位置を声で知らせる。
そしてトーマスの位置を知ったのか、硝煙の中から引きずるような物音が近付いてくる。トーマスは近付いてくる物音の方へと目を向けた。
そこには――
「やっと、見つけました」
上半身しかないエリーゼの這いずる姿があった。
「エリーゼ……そうか、これはこの前の……」
カタパルトに這いずった血の跡を残しながら近付いてくるエリーゼを見つめ、トーマスはホワイトグリントとの戦闘を思い出す。その感情は上半身しかないエリーゼの恐ろしい姿に対して恐怖心はない。それ以上に慰めることも出来なかった自責の念が込み上げてくる。
「すまない……俺はエリーゼをただ楽にしてやれることしか出来なかった。慰めることさえ出来ず……」
トーマスは自責の念のままに告げる。すると上半身しかないエリーゼがトーマスの身体にしがみつき、次第によじ登っていった。
トーマスはエリーゼを振り払うことはしなかった。全て自分の責任だと、地獄で受けるようなどんな酷い罰をも受ける覚悟で大人しくしている。
「トーマス」
エリーゼの澄んだ声が眼前にまで来ると上半身しかないエリーゼの目とトーマスの目が合った。
しかし次にトーマスが瞬きをする時、エリーゼの下半身は戻っていた。今、恐ろしい姿から女性の姿となってトーマスを抱きしめている。
「その優しさが誰かを救います。だから
エリーゼの口から優しく告げられる。その言葉に恨みはない。ただトーマスの背中を押す言葉だけがあった。
そうして夢は終わりへと向かう。
無数の純白の羽が舞い、エリーゼが最後に笑顔を見せると景色が地獄から青空へと変わり、トーマスは青空の中へと落ちていった。
「……ッ!」
トーマスは夢から目を覚まして、テーブルに伏せていた身体を起こす。起きて視界に入るのはなにも変わらない休憩所の光景。エリーゼと先ほどの景色はない。
「夢、だったのか。それでもまぁ良いか。あの笑顔を見られたんだからそれで……」
自責の念はどこへやらと消え、トーマスは安心した表情で休憩所を出て行った。トーマスの行く先は格納庫だ。自分の機体となるハイエンドノーマルの調整などまだまだやらねばならないことがある。
そうしてトーマスは長い廊下を歩いて格納庫へと着く。格納庫ではいつもよりも作業員が忙しくしており、そしてパーツ単体でバラバラだったはずのハイエンドノーマルが一つの機体として組み上げられていた。
「軽量寄り中量二脚型か」
モノアイが特徴的な頭部。
見た印象をそのままに呟き、トーマスは一つの機体として組み上げられたハイエンドノーマルに近付いていく。
すると「おはよう。よく眠れたか?」と昨日トーマスと話していた作業員が挨拶してきた。
「おはようさん。良い夢見させてもらったぜ」
トーマスは挨拶を返し、ハイエンドノーマルの足元にいる作業員の方へと向かう。
「そんで、機体はこの状態だけどもう出来上がったのか?」
作業員のところへ来て、トーマスはハイエンドノーマルを見上げながら早速訊き込む。そんなトーマスの発言に対して作業員は首を横に振って「まだだ」と機体が完成していないことをハッキリ答えた。
「とりあえず昨日の戦闘シミュレーターから採取したお前の戦闘データを元に機体の組み上げと調整をしてみた。後は更に細かな調整とこの機体に積める武装の選定が必要になる」
「となると完成は近そうだな」
「そうだけど、まだ戦闘データの採取が必要だ。戦闘シミュレーターにこの機体と同じデータを入力してあるから早速動かしてみてくれ」
「試し乗り兼データ取りだな、了解した」
作業員の言う通りにトーマスはハイエンドノーマルへと搭乗してシミュレーターモードを起動させる。するとコックピットモニターに仮想空間が映し出されていき、その仮想空間内に自機のデータが反映される。
シミュレーターが開始された。
しかしその時のことである。
≪十二時の方向に敵アームズフォート部隊を確認! 総員戦闘配置につけ!≫
マザーウィル内に緊張感のあるオペレーターの声が響き渡った。途端にマザーウィル内は騒がしくなり、戦闘態勢へと移行していく。
≪敵アームズフォートは鹵獲されたランドクラブ一機と確認。周辺に多数のオーメル製飛行型ノーマルが展開しているため、オーメル部隊と推定≫
≪現在位置ではランドクラブの射程はこちらに届かない。こちらが一方的に攻撃出来る分、あの程度の戦力ではマザーウィルを墜とすには足りないはずだ。よって、敵の目的は威力偵察だと思われる。マザーウィル攻略のために弱点を探っているのだろう。こちらの弱点が更に露呈する前に敵を撃滅させろ≫
オペレーターの状況説明の後に、司令官が分析を入れる。
緊張感漂う空気。戦闘が始まるのは冗談や間違いではない。
「クソ、こんな時に戦闘かよ! 機体はまだ完成していないっていうのに……!」
トーマスは咄嗟に戦闘シミュレーターを中止させる。実戦が始まる今、シミュレーターをしている場合ではない。
≪現在護衛部隊の補充として手配したネクストの増援をこちらに向かわせているところだ。増援が来るまで我々のみで粘るぞ≫
司令官は告げた。それこそ戦闘の始まりを意味する。
直後、マザーウィルの主砲となる巨大な三連キャノンが発射される。格納庫にまで轟音が響き渡り、発射された砲弾は遠く離れたランドクラブに一発だけ直撃する。
≪敵アームズフォートに直撃、砲台を一基破壊出来ました。一射二射は外れた模様≫
マザーウィルの攻撃。その効果を告げるオペレーター。
その現実がトーマスに戦闘が始まったことを実感させる。
「このまますんなり終われば良いが、そう簡単に終わる気がしないな」
トーマスの予感が嫌な方へと傾く。それは直感的なものではなく、これまでの戦闘を通じての嫌な予感であった。そう思えた今はどうするべきか。トーマスは自身に選択を求めた。
「嫌な予感が止まらねぇ……マザーウィルを墜とすのに足りない戦力でワンチャン賭けた真っ正面からの威力偵察なんて、ただの自殺行為だ。正面にいる敵は囮か? とにかく敵はなにか隠していそうだな。仕方ない……こんな未完成な機体だが、護衛しない訳にいかない」
トーマスは未完成のハイエンドノーマルでマザーウィルを護衛することを選んだ。護衛のためにも早速「出撃準備だ。俺の機体に武装を頼む」と付近の作業員に通信を入れる。
≪なに言ってんだ! その機体はまだ完成していないんだぞ!≫
「それでもだ。咄嗟に変わる状況は機体の完成を待ってくれないからな」
≪はぁ……了解した。今から武装の取り付け作業に入る。そんな未完成機で出撃して、どうなっても知らないぞ≫
「悪い、助かる」
通信を終え、未完成のハイエンドノーマルに武装が取り付けられていく。武装は取り付けは滞りなく行われ、そして機体として一応の完成を見せた。
武装は未完成であると同時に軽量寄り中量二脚型であるため、積載の問題上、右腕部にマシンガン、左腕部にシールド、右背部に小型ミサイル、左背部にレーダーなどの軽量の武装が取り付けられた。
トーマスは武装の取り付けを確認し、FCSに異常がないことを認めるとすぐに司令官に通信を入れる。
「司令官、聞こえるか? トーマスだ。俺は不測の事態に備えてハイエンドノーマルで待機している。なにかあれば出撃の指示をくれ」
≪ハイエンドノーマルは未完成だと聞いているが?≫
「マザーウィルの弱点を露呈させてまで完成させる意味はないだろう?」
≪一理ある。分かった、こちらの判断でハイエンドノーマルを出撃させる。それまで待機だ≫
「了解」
マザーウィルの砲撃轟く戦場。一方的で有利な戦いの背後には目に見えぬ危険が迫る。
頑張って完結にまで持って行きますぞー!