この調子で行きたい。
ヴェインとの別れを終え、補給部隊の輸送機が飛び去ってから数時間が経った。
補給を終えたマザーウィルはこれまで通りの任を果たすため、旧ピースシティ周辺の敵陣と自陣の間をその巨大な六つ足で重い足音を轟かせながら歩いていく。
そしてもう一つの轟音が鳴り響く。それは建物の崩れる音。マザーウィルの進路上にある建物が崩れ、破壊されているのだ。
≪どっせぇぇ――≫
たった今、通信から排除された弁えない声。マザーウィルの進路上に存在する邪魔な建物を破壊しているのは、チャンピオン・チャンプスの乗るネクスト――キルドーザーだ。
ドーザーによって真っ正面から建物を破壊する姿はまさに解体屋。解体屋としての本業を成し、本領を発揮しているところである。
※
「このマザーウィルにはかの有名なホワイトグリントとの戦闘を生き残った奴がいるらしいじゃないか。しかも護衛部隊が全滅してからも戦っている戦闘員はそいつだけと聞く」
弁えない解体屋が進路上の建物の解体を続ける一方で、マザーウィルの格納庫内では新しく来たノーマル乗りたちがトーマスの噂を話していた。
そして話は続く。
「先ほど古株の作業員から聞いたが、そいつはトーマス=フェイスって言う名だ。年齢は二十代前半で、性別は男だ。しかし少女みたいな顔付きをしているらしい」
「男なのに女の見た目をしているのか。気持ち悪い。それで、トーマスって奴の機体は?」
「あれだよ」
情報通なノーマル乗りがハイエンドノーマルへ指を差すと、偏見のあるノーマル乗りは「まさかあれに!?」と驚きの声を上げて格納庫に一機だけあるハイエンドノーマルへと目を向ける。その目は珍しいものを見る目だ。
ハイエンドノーマルの活躍した時代が終わった今の世。アリーナでしか見られない高コストな娯楽と化した兵器が実戦に出るなど、一般のノーマル乗りたちからすれば相当珍しいものである。
「ハイエンドノーマルなんてアリーナでしか見たことがない。あれを実戦で使うのか……しかも気持ち悪い男の娘みたいな奴がよ」
「そう見た目の偏見でものを言うな。話を聞くと一度未完成の状態で出撃しているらしい。それも目立つ損傷がない状態での帰還だ。見た目はともかく、相当な腕の持ち主だぞ」
情報通なノーマル乗りから告げられるトーマスの活躍は全て噓のような活躍ばかり。偏見のあるノーマル乗りは「噓だろ」とトーマスの活躍を信じず、否定する。
一般のノーマル乗りからすればトーマスの活躍は信じ難いことである。しかし事実として、虐殺とも言えるホワイトグリントとの戦いを生き残り、未完成のハイエンドノーマルで数時間前の激戦から目立った損傷もなく帰還している。
「事実か噓であるか。どちらにせよ、そういう噂が出るくらいには腕が良いはずだ。せいぜい期待しておこう」
ネクストとマザーウィルの活躍に隠れがちなトーマスの活躍は、マザーウィル内で噂となって新しく来た者たちの間で話題になっているのであった。
※
噂となって話題の的になっているトーマス=フェイス。
そんなトーマスは今、ハイエンドノーマルのコックピットに座っていた。コックピットモニターには各種設定が映し出されており、その中から機体名変更の項目が選ばれる。
「ACだけじゃ名が寂しいだろう。ヴェインの名、早速参考にさせてもらう」
現在の機体名はACの二文字のみ。あまりに無個性な名。完成した機体が二文字のみは寂しいものである。
トーマスは早速、我が子に名を付けるかのようにコックピットに備え付けられたタッチパネルから新たな機体名を打ち込んでいく。
そしてトーマスの手が止まる時、コックピットモニターに表示される機体名は新たな名――フロウヴェインへと変わっていた。
「これから頼むぞ、フロウヴェイン」
自らの機体を信頼して、その言葉で信頼の証を表す。自らの機体が自らの声に応えなくとも返事を返さなくとも。
「さて……始めるか」
トーマスが再びタッチパネルの操作を始めるとコックピットモニターの表示が切り替わる。各種設定の表示は消え、仮想空間が映し出され始める。
生成された仮想空間はさながらサイバー空間。その仮想空間に十機の標準MTが現れる。
「どれほどの性能になっているか。機体に慣れるついでに試させてもらおう」
完成したハイエンドノーマル――フロウヴェイン。入力した機体データから自機が出され、仮想空間にフロウヴェインが現れる。
細身な見た目をした軽量寄り中量二脚型。しかし搭載されている武装は右腕部にグレネードキャノン、左腕部に大型シールド、右背部に小型ミサイル、左背部に垂直ミサイルと、機体の細身な見た目とは違ってGAらしく重武装だ。もちろん中量二脚型、それも軽量寄りとなれば重武装による負担は大きく、ヴェインの施したチューンのおかげでギリギリ重量過多にならずに済んでいた。
「よし、やってみるか」
シミュレーターが開始される。
トーマスは操縦桿を動かして手始めに歩行、次に走行を行う。いわゆる機動性のテストである。
「やはり歩行と走行速度は前より遅いか、重武装化の影響だな。次はブースターを試してみよう」
フロウヴェインの足回りの評価を終え、トーマスはブースターを使用。フロウヴェインはブースターによって一気に加速する。フロウヴェインの繰り出す速度は時速にして約350kmだ。重武装化によって未完成時よりもそのブースト速度は遅い。
「重武装化で目に見えていたが、こっちも遅くなったな。シミュレーターでこの速度なら現実ではもっと遅くなるはず。装甲の強化を加えれば、機動力は敵を翻弄することよりも敵弾の回避に優先させて中距離から遠距離で撃ち合うのがベストってところか」
未完成時よりも遅くなった機動性と機体の重武装化、完成した機体性能から分析の末、トーマスはフロウヴェインで取るべき基本戦術の最適解を得る。
「なにはともあれ、試してみなくてはな」
フロウヴェインのブーストの光が輝き、仮想敵のMTが待つ場所へと駆けた。MTとの距離を縮めていく内にレーダーに赤い光点が次々と映る。
トーマスとフロウヴェインは戦闘エリアへと入った。MTの矛先は一斉にフロウヴェインへと向く。
「数は十機。しかも一斉に狙ってくる……数的不利だが――」
トーマスがそう告げる間に、空気を読むことのないMTは一斉攻撃を始めた。MT用ライフルとロケットによる一斉攻撃が弾幕となってトーマスの乗るフロウヴェインに迫る。
「シミュレーターのMT相手ならこれぐらいでなくてはテストの意味がない」
迫る弾幕をその目にしたトーマスは即座に回避行動の判断をする。
トーマスの操縦の下、フロウヴェインはブースターによる高機動で敵の弾幕の大半を回避、まぐれ弾による機体への被弾は機体を丸々隠してしまうほどの大型シールドで防いでいく。
「良い性能だ。安定した戦闘が出来る」
十機のMTの弾幕はフロウヴェインに届くことはあっても機体への被弾まではいかない。
それは距離を離した戦闘を安定して行えている証である。
「次は武器の方を試させてもらう」
MTの放つ弾幕を回避、大型シールドによって機体への被弾を無くしていたところで、フロウヴェインの右腕部に搭載されたグレネードキャノンの砲口がMTの集団に向く。
ロックオンサイトに捉えたMTへのロックが赤くなった瞬間、仮想空間内にグレネードキャノン発射の轟音が鳴り響いた。
発射の轟音に続いて爆発音が響き渡る。砲弾の爆発はMTの集団を巻き込み、爆発の中心にいた一機を撃破、その周りの三機は転倒して無力化となる。
「流石の重武装だ。重くなっただけはある」
トーマスは機体の評価を告げながら武装を背部のミサイルへと切り替え、右背部の小型ミサイルを孤立しているMTに向けて発射。ミサイルに対して回避力のないMTはフレアを展開した。しかし機動力のないMTではフレアに誘導されなかった一部のミサイルの回避など不可能。
孤立していたMTはフレアによる防御手段も虚しく、あっという間に小型ミサイルの餌食になる。
「こっちも良い仕上がりだ。前のノーマルよりかなり使いやすいぜ」
グレネードキャノンとミサイルの調子がすこぶる良い。それもそのはず、グレネードキャノンとミサイルに合うようにFCSの最適化が成されているのだ。
「こりゃあ一対十でも足りなかったかぁ?」
調子を良くしたトーマスは、MTを次々と撃破していく。
グレネードキャノンによる爆発。次々獲物に向かう小型ミサイル。垂直ミサイルは足の遅い敵など逃すはずもなく。大型シールドはほとんどの損傷を防ぐ。
トーマスの乗るフロウヴェインに成す術なく、仮想敵となるMTは数分も保たずに全滅した。
「余裕で終わった。だが……」
MTの全滅によってシミュレーターは終了する。コックピットモニターに映る仮想空間は消え、各種設定の項目が再び映し出される。
「ネクストと比べたらこの機体でも雲泥の差」
調子の良さは冷め、トーマスは現実を見る。MTを圧倒出来たとしてもネクストが相手では話が変わってくるのだから。
「それでもどうにかやるしかないな」
生を繋げていくために死の覚悟と生き残る思考の下、ネクストを相手に勝つ手段を探る。
この先の地獄を生き残るために。