夕焼けた光が大地に注がれる時間帯。汚染された空の地平線に太陽は沈み行き、砂漠化した大地に夜の訪れを知らせる。
昼と夜の境目にある夕方。今日一日最後の太陽の光――夕日は砂漠化した大地とそこに残された廃墟や残骸を焼けたように照らす。
その中に存在するマザーウィルも夕日に照らされて、1kmを超える巨体の影を大地に広げて行く。巨体の影は動いていない。マザーウィルは今まさに休んでいるが如く、その巨大な足を止めていた。
「クソッ、こんな激戦何度もやってられっかよ!」
マザーウィルの格納庫内にノーマル乗りの悪態が響き渡る。
現在格納庫内では、全てのノーマル乗りが戦闘シミュレーターによるマザーウィル防衛訓練を終えたところであった。
訓練に使用されたシミュレーターは数時間前の自爆兵器とアームズフォートが投入された戦闘を元にしたものである。シミュレーターで再現されたとしても激戦には変わらず、コックピットから出てきたノーマル乗りたちは総じて疲れていた。
「ふぅ……あの激戦を、味方のネクストも無しに五回もやるのは……流石に疲れるっと!」
疲れたノーマル乗りたちと共にトーマスも疲れてフロウヴェインのコックピットから出てくる。ホワイトグリントとの戦闘、シミュレーター内で再現された数時間前の激戦を生き抜こうとも、人である以上疲れは免れない。
「しかしフロウヴェインの慣らし運転には丁度良い訓練だったな」
訓練に対して独り言を呟きながら、トーマスはフロウヴェインから降りた。機体から床へと足を着けると、トーマスはノーマル乗りたちが集まって休憩所と化している場のその先、休憩所の一室へと向かっていく。
「来たぞ……あのハイエンドノーマルに乗ってる奴」
「今初めて見たが本当に女みたいな野郎だ。男の娘ってのか? 本当にいるんだな、あんな見た目の奴」
トーマスが休憩中のノーマル乗りたちの間を通る。珍しいものを見る声、ノーマル乗りたちの視線はトーマスに突き刺さる。
もちろんトーマスにはノーマル乗りたちの会話が聞こえており、向けられている視線にも気付いていた。
「あんな女みたいな男風情が一人だけ良い機体を貰ってよぉ……!」
偏見のあるノーマル乗りがトーマスに妬ましい視線を送りながら告げる。そんな妬ましい声も例外なくトーマスの耳に届いていた。
「全く、言わせておけば勝手なことを言って……」
ノーマル乗りたちの間から離れ、トーマスは小さく独り言を呟いた。そこには小さな怒りがある。しかしそれ以上怒りが膨れ上がることはなく、ただ休みを求めて休憩所へと足を進めていった。
その内に怒りを忘れたトーマスが何人かの作業員とすれ違い、休憩所を目前にしたその時のこと。
「おい、トーマス! 司令官がお呼びだ!」
トーマスに向かって作業員が告げる。突然の呼び出しだ。
もちろん呼び出されるようなことをした覚えはなく、トーマスは「お呼びだって? 一体何の用で?」と作業員の方へ身を振り向かせる。
「何の用かは知らん。だが、お前が呼ばれていることは確かだ」
「知らんって……」
「ともかくここで話していても無駄話だ。司令官はCICにいる。CICはこっちのエレベーターの先、早く行って来い」
なぜ呼び出されるのか、何の用なのか、それは結局分からないまま。
トーマスは仕方なく「分かった。用件は直接司令官に訊く」と告げて、教えられた通りにエレベーターへと乗り込む。
トーマスの乗るエレベーターは上がっていく。向かう先はCICだ。
「一体何の用だろうか……もしかして、俺もヴェインのように異動かな」
話す相手のいないエレベーターの中で独り言を一つ。その内にエレベーターはCICへと到着する。
そうしてエレベーターの扉は開き、トーマスはCICへと入った。
「なんだぁ! お前も呼ばれていたのかぁ!」
CICへと入ってすぐ、うるさい声がトーマスに告げる。
突然のうるさい声。トーマスは驚いて「え、まぁ……」とうるさい声の方を見た。目に映るのは筋肉に身を包んだ重機、チャンピオン・チャンプスの姿であった。
「お前、腕相撲の時の奴……!」
「そうだぁぁ! あの時は名乗ってなかったが、俺はキルドーザーのリンクス――チャンピオン・チャンプスだ! よーく覚えておくんだなぁ!」
「お、おう」
チャンピオン・チャンプスの勢いのある名乗りにトーマスは気圧された。
押しと引きの会話。そんな会話をする二人の前に司令官が「ようやく来たか、君たちが最後だ」と現れる。
「こほん……司令官、俺たちに一体何の用だ?」
トーマスは咳払いを一つ、チャンピオン・チャンプスの声に邪魔される前にと司令官に尋ねた。
「我々の置かれた状況を君たちに話したい。これはマザーウィルの乗員全員の命に関わることだ。既に各所のリーダーには話してある、君たちもよく聞いてくれ」
司令官の表情は声色と共に重くなっていく。それだけ重要なことであり、トーマスとチャンピオン・チャンプスは口を閉じて司令官の話を聞く姿勢となった。
「半日前、補給部隊が来る前にBFF本社から命令が届いた。色々遠回しに言っていたが……要約すると、死ぬまで戦い続けろとのことだ」
軍帽を外し、疲れた様子で、司令官は現在の状況を話し続ける。
「現在我々はマザーウィル単独で自軍勢力圏を守るため、旧ピースシティにて敵対企業の侵攻を警戒している。つまり今の我々は敵と味方の間に立つ壁の役割をしていて、ここから離れることが出来ない」
司令官は付け加えて「侵攻してくる敵と守るべき味方に挟まれて、死ぬまで戦い続けるシナリオが綺麗に出来上がっているという訳だ」と愚痴をこぼすように告げた。
「なぜ死ぬまで戦い続けろと? マザーウィルが撤退しても、代わりにここを守るアームズフォートだっているはずだ」
死を避けたいトーマスは、疑問を司令官にぶつける。
すると司令官は「廃棄処分ということだよ。我々共々な」と話を続けた。
「現在スピリット・オブ・マザーウィルは三機存在している。我々はその中で最も古いマザーウィルだ。二番機は対ネクスト戦用に更新が完了していて、建造途中の三番機も二番機と同様になるだろう」
トーマスとチャンピオン・チャンプスは司令官の話を聞き続ける。重く、死に向かう事実を耳にしながら。
「マザーウィルというのはその大きさ故に整備にも更新にもコストと時間が掛かる。その上、最も古いとなれば尚更。しかし処分するにも手間が掛かる。特に三番機を建造途中の今は処分する暇などないだろう。そして代わりのアームズフォートはいない。本社がマザーウィルのみでの任務遂行を命じていることから察してくれ」
司令官の言葉は連なって「次の戦いはネクスト戦となるはずだ」と話は続く。
「マザーウィルの弱点が露呈した今、ネクスト戦となれば我々は真に廃棄処分と成り果てる。もしもネクスト戦となった時、戦域から脱出してくれても構わない。君たちに報酬は支払われないが、ここでマザーウィルと一緒に廃棄処分になることもないだろう」
話し続けた司令官は最後に「後は君たちの選択に任せる」と言い、話す口を止めた。その様子が示す通り、司令官の話したいことはこれで終わりであった。
「俺はネクストが来ても残るぜぇ! 俺にやれることつったら派手にぶっ壊すことだけだからなぁぁ!」
チャンピオン・チャンプスはいつもの勢いで自らの選択を迷いなく告げる。そうして先にCICから退室して行った。その姿にも迷いはない。ただひたすらに自らの役割を果たすという意志が言葉と態度に出ているだけであった。
「チャンプスが残るなら、俺も残る。どこも地獄に変わりないなら強力な味方と一緒にいる方が良いしな」
トーマスも残ることを選択した。諦観の末、ネクストとアームズフォートを味方にしている今の状況を頭に加えて導き出した、生き残るための選択である。
「こちらは無理強いしない。そのことを頭に入れておいてくれ」
「気遣いありがとう。まぁその時に判断させてもらうさ」
最後の司令官の気遣いに感謝し、トーマスはCICから退室して行った。
地獄はひっそりと時間を掛けて迫る。獣の目が実物のマザーウィルを捉える時、地獄がまたやって来るであろう。
首輪付きとの邂逅は近付く。少しずつと。