無数の兵器と無数の人間がカタパルト上に存在するスピリット・オブ・マザーウィル。
その無数の人間の中にトーマスもいた。
「とりあえず武器はこれにするか」
コックピット内のシートに引っかけてある『GA03‐SOLARWIND』の武装対応表を見つつ、トーマスは機体をカタパルト上に存在する補給所に移動させた。
補給所には弾薬からACの各パーツ、燃料、補強のための装甲板など色々と揃っている。
そして補給所は各カタパルト上に設置されている。こうすることによって護衛機体が六つある各カタパルトを移動して、マザーウィル内に収容するという大きな手間が掛からない。
その反面、戦闘が発生した場合、補給所が狙われるというリスクが発生する。もしも補給所がやられてしまえば護衛機体は補給を受けられず、ジリ貧となってしまうだろう。
しかしカタパルト上に存在する護衛機体とスピリット・オブ・マザーウィルから放たれる弾幕が補給所への攻撃を許さない。
効率の良い補給所、それを守るための熾烈な攻撃。
大きなリスクは抱えているが、スピリット・オブ・マザーウィルと何百機の護衛機体の組み合わせによる防御は人類史上類を見ないほど分厚く、そんなリスクなど些細なことだと消し飛ばしてしまうほどだ。
「あー、すまん。武器を変えたいんだが大丈夫か?」
≪武器の変更か! そっちにノーマル用の火器が置いてあるから好きなように使ってくれ、ただし手荒に扱って壊すなよ!≫
「分かったよ」
トーマスは補給所にいた作業員と適当な会話を終わらせて、補給所近くにある武器置き場に機体の足を進める。そうして見えて来るのはノーマルの武装がずらりと並ばれた武器置き場だ。
「ここか」
武器置き場では数機のノーマルが武装の変更をしている。そのどれもがトーマスの機体と同じ『GA03‐SOLARWIND』だ。
トーマスの機体が武器置き場に入っていく。
武装対応表であらかじめ決めておいた武器を機体の手に取っていく。
「これとこれにしよう。後はっと……そこの機体、これ付けてくれないか?」
≪はい、よろしいですよ≫
トーマスが隣のノーマルに呼びかけると、女性の若く澄んだ声が返ってきた。
選ばれた武装は腕部専用のグレネードキャノンと背部専用の垂直ミサイルだ。
トーマスの機体がもともと持っていたマシンガンは武器置き場に置かれ、代わりにグレネードキャノンが左腕部に付けられる。そして背部専用の垂直ミサイルは先ほど呼びかけたノーマルに手伝ってもらって、両背部に付けられる。
「ありがとう、助かった! 俺はトーマス=フェイスだ。そっちの名前は?」
≪エリーゼと言います≫
トーマスにとって久しぶりに聞く女性の声。しかも若い。
そのままトーマスは調子を良くして「俺もこのカタパルトの護衛機なんだ、同じところの護衛機同士よろしくな」とエリーゼに距離を近くする。
≪よろしくお願いします≫
エリーゼから返ってきた返事はごく淡白なものだ。
トーマスとエリーゼの距離は一気に遠くなる。
「はぁ……」
距離を縮めて仲良くなりたかったトーマスは溜め息を吐いて、離れていくエリーゼの機体を見つめる。
「まぁ良いや、縁があればまたお話出来るだろう」
気を取り直してトーマスは武器の付け替えを終わらせた。その後、トーマスは補給所に立ち寄って燃料の補給を行い、自分の持ち場に戻った。
そこから数時間が経つ。
トーマスはコックピットモニターで警戒を怠らずに、くつろいでいた。
そこに通信が入る。
≪こちらはマザーウィルの司令官だ。これよりスピリット・オブ・マザーウィルは旧ピースシティに移動する。各員戦闘配備のまま待機≫
司令官の声と共にスピリット・オブ・マザーウィルは巨大な六本の足を前に進め始めた。出撃である。
重々しい一歩一歩が轟音を立てて、土煙を上げながらマザーウィルは進んでいく。
「いよいよ出撃か、少し緊張するな」
コックピット内でも感じるマザーウィルの重々しい足音。
戦闘があるのではと、トーマスの身体に仄かな緊張が巡って行く。
※
スピリット・オブ・マザーウィルの移動開始から十時間が経った。
月明かりに照らされた砂漠。しかし普段砂漠の中には見慣れない朽ち果てた高層ビルなど、多数の建物があった。
その建物たちが示すところは、ここが旧ピースシティだということ。
何十年も続く戦いの中で朽ち果てた街だ。
≪旧ピースシティに到着! 各機は警戒態勢で待機!≫
通信から送られてくる指揮官と思われる大声がトーマスの耳に響く。
快眠から強制的に起こされたトーマスにとってはあまり良い目覚ましではなく、あくびをしながらコックピットモニターを見た。
「なんだよ、もう着いたのか」
快眠から起こされて早々文句を言い、トーマスは砂漠化した旧ピースシティを視界に入れた。
同時にマザーウィルの歩行は終わる。重々しい足音と共にやってくる振動は止まった。
≪こちらはマザーウィルの司令官だ。これよりスピリット・オブ・マザーウィルは旧ピースシティにて敵部隊の警戒を行う。各員は警戒態勢のまま待機、夜明けと同時に地上部隊を編制して旧ピースシティを拠点とする。通信終了≫
堅苦しい雰囲気の通信が終了した。
トーマスは緊張を解いて「はいはい」と誰にも聞こえないよう一人呟く。
そうしてトーマスは再び目を閉じた。
「もう一眠りするか」
月明かりに照らされている中、目を閉じると同時にトーマスは夢の世界へと堕ちて行く。
※
それは夢の世界。過去の記憶。トーマスの顔に大きな傷跡を残させた出来事。家族を失った日。レイヴンになった歳。リンクス戦争。
トーマスが夢の世界を認識出来てくると、止まらない爆発音と発射音が耳を貫く。
≪トーマス! お前も前に出て撤退する味方を援護しろ!≫
響く父の声。
その声を懐かしむ暇などない。
トーマスは今、予備パーツで組み上げられた中量二脚型のハイエンドノーマルのコックピットにいるのだ。しかも小さな手で操縦桿を握っている。コックピットモニターに視線を移せば、地獄と呼ぶに相応しい残酷な世界がトーマスの視界に入った。
機体の残骸、土を被った無数の死体、絶え間なく来る弾幕、銃口から弾を放ち続ける多数のノーマル。
そしてモニターには顔に傷跡のない十歳のトーマスが薄らと反射して見える。
「分かった、僕も加わる!」
幼いながらも勇ましい声。
トーマスは握った操縦桿で機体を操作し、撤退する味方から離れて前に出た。
前に出れば当然ながら敵に狙われる。
「くっ……」
トーマス機が被弾する。ハイエンドノーマル故に軽微で済むものの、コックピット内にはしっかり振動が伝わる。
その振動が生み出すのは撃たれるという恐怖感。その恐怖感がトーマスの身体を駆け巡る。
「どうやって武器を!」
トーマスは焦った。
この頃は作業のためにしか機体に乗ったことがない。武器の扱いなどまるで分からないのだ。
「父さん!」
≪今は前に向けて撃て! 当たらなくて良いから敵を近付けさせるな!≫
「分かった!」
トーマスは父に言われるままに、生き残るために機体が持つスナイパーライフルを前に向けてトリガーを引く。もちろん発射された弾丸は敵ノーマルには当たらず、敵側から放たれた弾丸に被弾する。
「殺される!!」
被弾することでトーマスの恐怖感は増していく。
死への恐怖だ。
しかし同時に死ぬことへの抵抗が働いた。生存本能である。
トーマスはその生存本能によって、武器の扱い方を瞬時に理解した。
「くそ……死ねるかよ、クソッタレ共が!」
雄叫びとも取れる叫び声は勇気となり、トーマスは迷いなく敵ノーマルのコックピット目掛けてトリガーを引いた。
放たれる弾丸。
敵ノーマルのコックピットを確実に貫いて、血飛沫のように機体の破片を飛び散らせる。
「一機目」
トーマスはそのままトリガーを引き続けた。
二機目、三機目と撃破を重ねて行く。
≪上手い。敵の数が減った今がチャンスだ、俺たちも撤退するぞ!≫
「分かった!」
父の機体と一緒にトーマスの機体も撤退を始める。
その時だ。
影が一瞬トーマスたちの上を通った。
≪なんだ!?≫
なんの影か分からず、二機とも足を止めて警戒を始める。が、全ては無意味だ。
上から訪れた弾丸が瞬く間に父の機体を貫いた。
≪うぐぁぁぁ!!≫
この極限状況下で父の悲鳴が響く。
その悲鳴はトーマスを混乱させた。なにが起こっているのか認識出来ないのだ。だからトーマスは上から撃たれ続ける父の機体を見つめているしか出来なかった。
「父さん?」
呼びかけても父から返事が返ってくることはない。
父も機体も完全に沈黙しているのだ。
そして白い機体が上空から降りてくる。
「ネクスト?」
白い機体を確認したトーマスはネクストだと認識した。
そう、そのネクストはジョシュア=オブライエンが乗るホワイトグリントだ。
「……?」
ホワイトグリントが敵なのか、味方なのか、トーマスには分からない。
トーマスが疑問に思ってまばたきした瞬間、ホワイトグリントはトーマス機のコックピットを撃ち抜いた。
「!?」
確実にコックピットを撃たれ、中にいたトーマスは重傷を負った。それと同時にトーマス機は倒れ、沈黙する。
「ぐぅ!!」
ここが夢の世界だろうと凄まじい痛みはトーマスを苦しめる。
ホワイトグリントの放った弾丸はコックピットを貫いたものの、トーマスには当たらなかった。しかしトーマスに与えたダメージは大きい。
「ちくしょう……!」
弾丸が貫いた瞬間の衝撃波はトーマスの身体に圧倒的な負担を掛け、骨の何本かを折らせた。だがそれ以上にトーマスにダメージを与えたのは、機体の破片だ。
弾丸が貫いた際、コックピット内に飛び散った大小の破片はトーマスの身体のあちこちに突き刺さった。その中でも一際大きい破片は熱を帯びながらトーマスの顔に突き刺さっていた。
「まだ……死ねるかよ……」
出血により、トーマスの意識は遠くなっていく。
光のないコックピット内でトーマスの目は強制的に閉じられた。
本来ならここで生死の境を彷徨うことになる。だが、ここは夢の世界であり、過去の記憶。場面は一気に切り替わる。
「ここは?」
トーマスは閉じた目をすぐに開いた。
視界に入ってくるのは大きいテントで覆われた空間、寝ている負傷者を囲う医者だと思われる者たち、医療器具などなど。
そのままトーマスは上半身を起こして手元に視界を移した。
見えてくるのは血に濡れた手と血に染まったベッド。
横に視線を移せば、丁度鏡があった。その鏡に映るのは顔の半分と身体のあちこちが血に染まった包帯で覆われている姿だ。
「僕は……生きているのか。そうだ、父さんは!」
自分が生きていると分かったトーマスは、次に父の安否が気になった。
父の安否を確認すべく身体を痛めようが構わずに、トーマスはベッドを飛び出した。
周りにいた医者たちから「君、まだ寝てなさい!」と言われるものの、トーマスの耳には一切入ってこない。
トーマスはただ走り、テントの外に出た。外に出てすぐ、横たわっている父の機体が見つかった。
「父さん!」
トーマスは父の機体に駆け寄る。機体の正面に回り、コア部を視界に入れた。
時に、事実というものは残酷なものを見せてくる。
「父さん……?」
トーマスの視界に入ったのは、父の機体のコア部に複数の風穴が空いている光景だった。
この光景を視界に入れた時点でコックピット内がどうなっているかは容易く想像出来るだろう。
それでもトーマスは望みを捨てず、コックピット内を見た。
「なんだよ、これ……」
トーマスが見たコックピット内の様子は酷いものだ。
血肉がコックピット内に飛び散っており、内臓の一部と思われるものが表に出てきている。この光景を見れば子供のトーマスでもすぐに分かる。
父は死んでいるのだ。
しかも下半身の一部しか原形が残っていない。酷い有様の死体だ。
「死んだのかよ」
トーマスは一人呟く。
母が既に他界している中、トーマスは父を亡くした。
これで完全に一人ぼっち。
汚れた空の下、トーマスは傷に沁みる涙を流す。流し続ける。
※
「嫌な夢、見ちゃったな」
トーマスは目を覚ました。
その目に涙を浮かべながら、残酷な地獄を体験した記憶を思い出しながら、そして生きることを強く願いながら。
トーマスは前に目を向ける。