沈んでいった意識。開かないトーマスの目は自分を見る。
あったかもしれない出来事と違う自分。
ホワイトグリントに殺された自分。巨大な銃弾に身体を貫かれて絶命した姿。
首輪付きに殺された自分。血肉を大地に散らし、機体と同様に木端微塵になった姿。
首輪付きに殺されず、オーメル・サイエンス社に回収されて契約を更新した自分。実験用ネクストの部品となって消えていく姿。
世界の境界線を超え、未知なる者たちと触れた自分。親しき者が傷付く姿に耐えられず狂った末、親しき者たちに死の救いを与えられた姿。
似て非なる並行の世界で戦い続ける自分。己の罪――救わなかった子供を、既にこの世を去った母へと導く姿。
必ず訪れる死の結末。そこに正史はなく、最適解はない。
そんな変わらない結末と幾多に分岐した自分を見続けるトーマスに対して、救わなかった子供――母を探し続ける子供が迫った。その瞬間、閉じた意識は再び開かれていく。
※
意識を失った日である対ネクスト戦の訓練から数日が経った。
トーマスが医務室のベッドで目を覚ませば、その初日から身体の隅々までを検査される。そして検査が終われば、数日の安静と共にまた検査が始まる。
繰り返される検査と共に送る安静の日々。
「どこにいるかと思えばこんなところで寝込んでいたか、トーマス」
そこに一人、医務室に声と共に訪れる。
その声はトーマスにとって聞き覚えのあるもの。まさかと驚いて、トーマスは声の方を見る。
「え? お前……!」
トーマスの目に映るのは知っている顔の人間。マザーウィルの時にハイエンドノーマルを組み上げた作業員。
「久しぶりだな」
知っている声と顔。
トーマスのところへ訪れたのはまさしく、ヴェイン=フローレスであった。
「な、なんでヴェインがここに?」
「トーマス、お前のネクストを触りに来たのさ。そんな訳で、今日から俺もここの配属だ」
ヴェインもここの配属になったという事実。気の許せる顔見知りとのこうした再会に、トーマスは気を緩ませる。
「他の連中がお前のことを〝いつも強面のリンクス〟って言っていたから少し覚悟したが、そうでもないようだ」
「はぁ……AMSがどうにも苦しくてよ。表情まで気を回してられない」
気の緩みと同じく表情も緩ませ、強面の表情はない。
気を楽にしてお互いの会話は続く。
「しかし元々同じ所属の見知った顔を寄越してくるとは……配慮か?」
「さぁな、上からはなにも聞かされてない。ただネクストを好きなだけ触れるってことで、俺はここに来ただけだ」
「お前は、マザーウィルの時と変わらんな」
「そっちは変わったな」
「変わるしかないさ。ネクストっていう化け物の力を得るにはな」
会話は他愛ない方向へと進む。大して重要でなく、大きく癒されることもない。しかし削られた精神を戻すのには十分なものとなる。
そうして他愛ない会話は思いの外長くなっていくのであった。
※
ヴェインの配属から数日。
トーマスはベッドの生活から抜け出して復帰。現在はヴェインをNSS計画に新しく加え、意識不明の原因になったネクストの最適化が進められている。
「まず現状の問題はリンクスのAMS適性に起因する最大稼働時間のあまりの短さにあります」
技術者たちに加えて、アーキテクトに任命されたヴェイン、搭乗者のトーマスの集まり。
その集まりの中で、訓練中にオペレーターを担当していた者が話を切り出す。
「となれば稼働時間を伸ばすか、はたまた短時間で決着を……」
「トーマスの意見は?」
技術者の一人が問題解決に頭を傾けているところで、ヴェインはトーマスに意見を求めた。
トーマスは「うーん」と訓練の時を思い出す。
二分以上耐えられないAMSの負担。そこから導き出される答えは――
「まずは絶大な瞬間火力と速い敵にも食いつける機動力が欲しい。二分以内で終わらせるなら、これがベストだろう」
絶大な瞬間火力と高機動機体に食いつける機動力。それによる短時間の決着こそ、トーマスが導き出した答え。
そのトーマスの答えに対して、ヴェインは「武器腕はどうだ? 瞬間火力向上と一緒にAMSの負担も軽減出来ると聞いているが」と提案した。
「はい、武器腕はAMS負荷の軽減に繋がります。同時に防御面や継戦能力の低下もあります」
「それなら武器腕にしよう。短期決戦を挑むから継戦能力は捨てて、防御面は機動力とエクステンションで補う」
ヴェインの提案に付け加えられた技術者の説明を聞き、トーマスは武器腕にすることに決めた。これで機体の方向性が定まる。
「よし、武器腕を取り付けた後は軽いシミュレーターで試しながら細かい調整ってところか」
「マザーウィルの時と同じやり方だな、了解だぜ」
機体の方向性が定まったところで彼らは一度解散し、それぞれの役割でネクストの最適化を進ませていく。
※
ネクストの最適化が武器腕取り付けから大まかな機体フレーム完成まで至り、彼らが休憩を取っている頃合い。
とあるニュースが突然訪れる。
「おい、ホワイトグリントが墜ちたって、ニュースでやってるぞ!」
かのホワイトグリントが墜ちた。その衝撃的なニュースは瞬く間に広がり、トーマスの耳にも届いた。
「ホワイトグリントが墜ちた、か……」
トーマスは呟き、思い出す。
ホワイトグリントに父親を殺されたあの時。
ホワイトグリントがマザーウィルの上に無数の屍を作っていたあの時。
ホワイトグリントの攻撃によって上半身だけになってしまったエリーゼを、殺して楽にさせたあの時。
ホワイトグリントに対して復讐心はあった。だが、リンクスの少年――叢雲=ジンとマザーウィルで出会ってから復讐心だけを抱けなくなった。
「奴は何のために戦っていたんだろうか」
そしてホワイトグリントが墜ちたことを知った今、復讐心は霞んで、ただホワイトグリントの戦う理由が知りたかった。
知れば、父親の死やマザーウィルでのことを少しは納得出来るかもしれない。
その心はいわゆる
「まぁ話す機会もないか……だからもう良いだろう」
霞んでいた復讐心は消える。
トーマスは本人のいないところで遂にホワイトグリントを赦し、父親との思い出を閉じた。心の隅にこびりついていた復讐という重荷から自分を許すためにも。
「さぁ、行くか」
休憩を終えたトーマスは席を立ち、重荷を降ろした足でネクストの最適化をしていくのである。
同時にホワイトグリント撃墜に伴うラインアークの弱体化によって、企業連の思うように世界は最適化されていく。
まさしく最適化は続く。革命の黒い旗から、濁り水が流れ込んでくるのも知らずに。