機体の完成から数週間が経った。
最適化された世界には似つかわしくないほどに不明機の襲撃は増える一方であり、遂にはアルテリアが攻撃されたことも公に報じられる。
世界は危機的な状況に入ったのだ。
「そろそろ機体の名前も決めるか。不明機と裏切り者が闊歩するこの時世だと、名無しは味方に撃たれる危険もあるだろうし」
「それもそうだな」
機体名登録を促すヴェインと出撃待機中のトーマス、いつもの如く二人揃って機体を見上げた。
現在カラードに登録されているトーマスのネクストの名前は空白となっており、入念な確認をしなければ不明機とほとんど同じ。味方に誤射されても文句は言えない。
「うーん、レイヴンとカラス繋がりでヤタガラスってのはどうだ?」
「ヤタガラス?」
ヴェインから発せられる知らない言葉。歴史に詳しくないトーマスは首を傾げる。
「あー知らないのか。ヤタガラスってのは今の有澤重工の領土、昔は日本と呼ばれていた国の神話に出てきた神様だよ」
「へぇー……詳しいな」
「だろう? 勉強したんだぜ?」
これまで勉強してきたことを自慢気な様子でヴェインは告げ、その横でトーマスは「勤勉なこってぇ」と話しを続ける。
「とりあえず、そのヤタガラスというので機体名を登録してくるよ」
「はいよ。そっちが登録している間にこっちは機体のチューンをしておくぜ」
機体名が決まった。それぞれのやることも決まり、二人はお互いに背を向けて離れていく。その後ろ姿に濁りの如く黒い影を落としながら。
※
カラードに〝ヤタガラス〟という機体名が登録されてから二日後のこと。
予測が付かない不明機による襲撃が相次ぐ中、アルテリア・ウルナ襲撃の情報が突如として入ってきた。
ウルナ襲撃が発覚したとなればGAも流石に本腰を入れねばならず、待機中のトーマスも含めて早急に不明機迎撃のブリーフィングが行われる。
≪諸君、今回の作戦は我がGA社の最重要施設の一つ、アルテリア・ウルナの防衛だ≫
コックピットモニターに映るブリーフィング。切り立った崖と崖の間に作られた施設とその先にある防衛目標の映像。トーマスはじっと見つめる。
≪現在不明機の機体及び襲撃の信憑性を精査しているところだが、襲撃時刻まで猶予がない。これまで通りの襲撃ならネクスト戦力での襲撃の可能性が極めて高いだろう≫
ブリーフィング内でこれまでの不明機による襲撃の映像記録が複数映し出される。映像のほとんどは不明機であるネクストが企業の施設を襲撃する一部始終であり、その映像記録が唯一の判断材料となる。
≪よって、こちらのネクスト戦力は敵ネクストとの交戦を前提に最前線に配置。通常戦力は全て施設防衛に回すこととなる≫
戦力の配置が映る。通常戦力は話された通りに後方のアルテリア・ウルナに固まっており、ネクストは防衛目標から離れたところの不明機の予測進攻ルート上に配置されている。
≪ブリーフィングは以上だ。各自はただちに作戦を開始せよ≫
ブリーフィングは終わった。
早急な対応のため各所で出撃が急がれる。
「二度目の出撃でいきなり大役とは」
役割の大きさを実感している間、コックピットモニターはブリーフィング画面から現実の大型輸送機の機内へと切り変わった。
≪ヤタガラス、出撃してください≫
オペレーターの出撃を促す通信。
トーマスが「了解」と告げると、大型輸送機の下部が開いていく。出撃の時だ。
「荷の重い任務だな。まぁやってみせるさ」
大型輸送機からヤタガラスが投下された。
作戦領域から過ぎ去っていく大型輸送機を背後に、曇った空の中を降りていく。風を切って、降る雪を下から浴びて、不明機の予測進攻ルート上にヤタガラスが降り立つ。
「さて、敵は来るか?」
コックピットモニターから見える視界に敵の影はなく、レーダーに自分以外の光点はまだない。
戦闘音もない。雪が降るだけの静寂そのもの。
「来ない。外れを引いた、いや……」
しかし静寂を破るが如く敵は来た。レーダー上に赤い光点が一つ、音速を超えて接近してくる。
「やはり来たか、あの時の子供」
敵の来る方をモニター越しに見れば、黒とオレンジの中量二脚型ネクストの姿が視界に入った。そのネクストの姿は紛れもなくこの前の不明機――結果的に見捨ててしまった子供のネクストだ。
「運命なのか、罰なのか、これは……」
もう助からないと天国に行けるように祈り、結果的に見捨ててしまった罪悪感が心の中に積もっていく。そしてなにより母親を探し続ける子供の姿が、父親を亡くした自分に嫌でも重なる。
「クソッタレ!」
トーマスの中で戦いを拒む気持ちが大きくなっていく。
それでもお互いの距離は各種武装の射程内。子供の乗ったネクストが二つの発射音を発すると共に、嫌でも戦闘は始まる。
≪戦闘を確認しました。ヤタガラスはただちに不明ネクストを撃破してください≫
反撃せずに攻撃を回避した直後、淡々とネクストの撃破を後押しするようにオペレーターから通信が入る。
「くっ……了解」
知っている子供が乗っていようと目の前にいるのは敵のネクスト、トーマスの後ろではGAがこの戦闘を見ている。嫌でも戦わなくてはならない。
「仕方ないと、やむを得ないというのか!」
今の気持ちと今の状況に挟まれてヤケクソを起こす。その拍子に引き金を引いて、子供の乗るネクストへ武器腕バズーカと背部のグレネードキャノンを撃ち込んだ。
もちろん子供の乗るネクストが親切に攻撃に当たってくれるはずもなく、攻撃は回避される。
「納得出来るかよ!」
戦いを拒んでも戦いは続く。
攻撃を当てるための近距離、回避するために繰り返されるQB、戦闘はこの前のように近距離での高速戦闘となっていく。
「ネクストに乗っている子供、お前はどう思う!? 似た境遇の人間が殺さなきゃいけない相手だったら!」
放たれる攻撃と避ける行為の中で、ヤケクソになっているトーマスは子供へ問いかけた。
≪殺す。ママに会うために……≫
そして幼い声で返ってきた答えはこれであった。
「クソッタレがぁ……!」
相手が殺意を持っている以上、殺さなければ殺される。
それを知っているからこそトーマスの気持ちは今の状況とぶつかり合う。理性があるからこそ自分の気持ちと今の状況に挟まれる。
「だったら俺も、お前を殺す!」
そうして無理にでも戦いを受け入れて殺意を持つ。
ヤケクソで、今の気持ちを無視して今の状況を優先したトーマスにもう手加減はない。
「殺してやる!」
≪うっ……!?≫
手加減がなくなった拍子にヤタガラスの動きは変わり、一瞬にして子供の乗るネクストへ一斉射撃の直撃を与えた。
子供の乗るネクストのPAはすぐさま減衰し、中破へと追い込まれる。
その時であった。
≪施設内に不明ネクストを確認! 侵入されています!≫
≪ネクストがもう一機だと!?≫
戦闘の最中に状況の一変を表す通信が入ってきた。
「なっ……!? こっちは囮!?」
≪そうだよ、お兄ちゃん≫
ヤケクソになったトーマスの頭が冷め、目の前のネクストが囮であることに気付いても既に遅いと冷静な判断が下る。
騒がしくなる通信。施設から響いてくる戦闘音が、時すでに遅しということを証明している。
≪不明ネクストが防衛目標に接近中! 迎撃が間に合いません!≫
施設からの戦闘音は激しさを増していく一方であり、通信からはもはや取り返しのつかないところまで来ていることが聞いて取れた。
子供の乗るネクストが囮としての役割をこなした証拠である。
≪じゃあね≫
「あ、あぁ……殺さずに済んだな」
一変した状況は、これ以上の戦闘は割に合わないことを示している。
もはや子供の乗るネクストが撤退する後ろ姿を見つめるだけ。自らと似た境遇の背中を見つめるだけ。
≪防衛目標が破壊されました! 不明ネクストは撤退していきます!≫
≪敵にしてやられた……被害状況の報告を頼む≫
こうしてGAの作戦は失敗に終わり、革命の黒い旗が世界の表舞台に現れる。
ウルナを含めたアルテリア施設が襲撃された今、革命の黒い旗を掲げた者たちは『ORCA旅団』の名を世界に示すだろう。
ちなみに子供の乗るネクストは企業混成機です。詳細なアセンは後のお話にでも書いておきます。