夜が明ける。それは新しい朝が来る証拠だ。
太陽が顔を出す。汚れた大地と汚染の行き届いていない大空が照らされる。
「太陽が昇ってきたな」
汚れたガスマスクを通してトーマスの瞳に太陽が映る。太陽の眩しい光はガスマスクによって遮られており、トーマスは太陽を直視出来ていた。
≪各員に通達。これより地上警戒部隊を配備する。配備機体はAI制御のMTだ。各カタパルトからAI制御のMTを起動し、地上に降ろせ≫
マザーウィル司令官の命令は伝わり、その途端にカタパルト上は忙しくなる。もちろんトーマスがいる第四カタパルトも例外なく忙しくなり始めていた。
補給所の人間が飛び出し、カタパルトの隅で待機状態のMTに向かっていく。
≪降ろすぞ! 各MTのチェックを急げ!≫
無線通信から補給所の人間の怒号が響いた。
あまりにうるさい怒号、トーマスはたまらず耳を塞ぐ。塞いだままコックピットモニターを見れば補給所の人間が忙しなく動いている様子が見えた。
「現場はこれ以上にうるさいんだろうな、ノーマル乗りで良かったよ」
現場の騒音を想像しながらトーマスはぼやく。
そんな時である。コックピットモニターに一機のMTが倒れる姿が映った。
≪ちくしょう、またやっちまったか! こっちは他のMTで手一杯だ。ノーマルの新人に手伝わせろ!≫
≪トーマスっていう名前らしいですよ≫
≪よしトーマス! 早く倒れたMTのところに向え!≫
怒号からの唐突な名指しである。
トーマスはビクッと反応して「分かったよ!」と急いで通信を返した。そのまま補給所の人間の要望通りに倒れたMTのところへと自機を移動させる。
「来たぞ。で、どうすりゃあ良いんだ?」
≪MTを起こしてください!≫
「了解」
倒れたMTの近くにいる若い補給所の人間の指示に従い、トーマスは倒れたMTを起こし始める。左腕の腕部グレネードキャノンは砲が長い、なにも装備されていない右腕を主に使って周りの人間に気を付けながら慎重にMTを起こしていく。
とても慎重な作業だ。周りの人間に機体の一部をぶつければ余計な死人が出るのは確実である。
「このまま、このまま……よし!」
慎重な作業の末、トーマスは無事にMTを起こした。周りの人間に被害はない。
無事に作業を終えることが出来た。
≪よくやった新人! 前の姉ちゃんみたいに人をぺちゃんこにしないで済んだな!≫
「ぺちゃんこか……考えたくもないな」
≪あぁそうだな、俺もぺちゃんこは願い下げだ。持ち場に戻って良いぞ≫
「了解」
MTを起こすという慎重な作業を終え、トーマスはカタパルトの端という明らかにハズレを引いた持ち場に戻っていく。
「この持ち場は良い眺めなんだけど、落ちやすいっていうのが複雑なんだよなぁ。全くこの運の悪さはどうにかならないのか」
持ち場に戻り、早速文句を垂れるトーマス。
そこに一気のノーマルが近付いて来る。
≪あなたは成功させたんですね≫
秘匿通信。女性の若く澄んだ声がトーマスの耳に入ってくる。
そしてトーマスはその声を知っていた。
「エリーゼか?」
≪はい≫
「そっちは……失敗したのか?」
≪なぜ分かるのですか?≫
「さっき補給所の人間がさ、前の姉ちゃんみたいに人をぺしゃんこにしなかったなって言っていたから。もしかしたらと思って」
トーマスが補給所の人間が言っていたことを告げると、エリーゼは沈黙した。その沈黙は空気を重苦しくしていく。
「なんか、ごめん」
≪謝らなくて良いです。私は確かに味方となる人間を踏み殺しました。それは紛れもない事実ですから≫
「あまり気負うなよ……この先味方であれ敵であれ、戦闘になれば人を殺すことになるんだから」
≪分かっています。分かっていますとも≫
そこで秘匿通信は終わった。
エリーゼはそれ以降なにも言わず、自らの持ち場に戻って行く。その後ろ姿は地平線から出たばかりの太陽の光を浴びて、悲しげに影を広げているばかりであった。
「慰められる良い言葉、思いつかなかったな」
ポツリと出た独り言。
トーマスはカタパルト端から太陽を見つめる。
※
太陽が地平線から大空の上に昇る。それは時間が過ぎた証。
なにもないまま時間帯は昼となった。
各カタパルトの護衛機体は警戒態勢のまま待機しているばかり。しかしこのままなにも起きない訳ではなかった。
≪各員に通達。AI制御のMTが所属不明機体を捉えた。我々はこれを敵と判断し、殲滅に移る。各員は戦闘態勢に移行せよ。このマザーウィルの力を奴らに思い知らせてやれ!≫
≪各砲台、各護衛機体に敵ターゲットの座標データを送ります≫
司令官からの攻撃命令。それと同時に各砲台、各護衛機体、そしてトーマスの機体にも敵の座標データが送られてくる。
敵はマザーウィルから十二時の方向だ。
「ここに配属されての初戦闘か、敵はなんだ?」
座標データを元に第四カタパルトから敵を見る。コックピットモニターに映るのはアルドラ製のノーマル『GOPPERT‐G3』だ。
数はたったの十機。マザーウィルを襲撃するにはあまりにも少なすぎる数だ。
「この数じゃ正規の部隊じゃないな。となれば、どこぞの無法者集団か」
トーマスが敵ノーマルを見て告げた通り、敵は無法者の集団。つまりは盗賊連中である。数の少なさ、それぞれ違う武装、乱雑な落書き、機体の腕や脚に付いた血の汚れがまさに盗賊の証明である。
≪ミサイルハッチオープン。主砲の発射と同時にミサイルを発射させろ。各護衛機体は戦闘態勢のまま待機だ≫
司令官の命令がマザーウィル全体に行き届くと、各カタパルトのミサイルハッチが開き、主砲となる三連キャノンが無法者の集団に向いた。
圧倒的大きさの主砲、そして多数のミサイルハッチ、これだけ強大な武器を向けられては少数しかいない無法者の集団などあっという間に消えてなくなるだろう。
≪各砲台から伝達。攻撃準備完了とのことです≫
≪よし、攻撃開始だ!≫
スピリット・オブ・マザーウィルの巨体から繰り出される圧倒的攻撃。主砲が火を噴き、ミサイルハッチからは軽く百発を超えるミサイルが発射される。
「こりゃあ敵は死んだな」
マザーウィルの圧倒的な攻撃を目の当たりにして、トーマスは呟く。
そしてあまりに大口径な主砲の砲弾が無法者の集団近くに着弾。大きな着弾音と共に砂漠化した大地の砂が高らかに舞い上がる。
その後にミサイルの雨が無法者の集団の上に降り注いだ。しかもミサイルの一つ一つが敵を狙って追尾し、着弾と同時に凄まじい数の爆発が巻き起こる。
まさにマザーウィルが攻撃した地点は地獄。その地獄に巻き込まれれば死者になるのは間違いない。
≪撃ち方やめ。敵の撃破確認を急がせろ≫
≪了解!≫
AI制御のMTとマザーウィルの各カメラで撃破の確認を行う。敵の撃破が確認出来るまでは敵を撃破したとは言わない。
砂塵の中にAI制御のMTが入って行く。舞い上がった砂が視界を妨げている今は各カメラが全く機能しないのだ。
≪敵所属不明機、全機撃破。殲滅完了です≫
砂塵の中に入ったMTのセンサーとカメラで、至近距離から敵の殲滅を確認。すぐにオペレーターが告げる。
少しして舞い上がった砂が消え行くと、目視でも敵の撃破が確認出来た。
≪各員に通達。敵の殲滅ご苦労、これより敵ノーマルの回収作業を行う。尚この作業は一番近い第四カタパルトに任せる。他カタパルトは戦闘態勢のまま待機だ≫
司令官から命令が下る。
撃破した敵ノーマルの回収を頼まれた第四カタパルトは途端に忙しくなり、回収部隊の編制が始まった。
≪今回はごく単純な作業、敵の残骸回収だ。よって今回は練度の低い連中を向かわせる。今から名前を呼んだ者は回収部隊に編制される。では発表する≫
指揮官という肩書だけの人間が名前を呼んでいく。
呼ばれたのは全員で六人。その呼ばれた名前の中にトーマスの名前は見事に入っていた。
「まぁ戦闘よりは楽か、気軽にやろう」
トーマスは回収部隊に編制された。
編制を終えた回収部隊はマザーウィルのリフトから地上へと降り、トーマスを先頭にして撃破した敵の残骸へと向かう。
「こちらトーマス、敵の残骸に到着。これより回収作業に移る」
≪了解。敵が出た場合はここから援護を始める≫
「了解した、そちらに背中は任せる」
回収部隊が敵の残骸に到着。トーマスは報告の通信をして、回収作業に移った。
「こりゃ酷いやられようだな」
トーマスの視界に映った敵ノーマルの残骸は酷い有り様だった。機体の四肢は吹き飛び、装甲の表面が焼けている。しかも明らかにコックピットが潰れているぐらいにコア部が凹んでいた。
そんな酷い有り様の残骸を持ち、あちこちに落ちているパーツを拾う。そして一通り集めると、敵ノーマルの残骸一式を運んでリフトに乗せる。
その作業を回収部隊は繰り返す。しかし中には作業途中に酷い死体を見て、仕方なく帰還する者もいた。
「こちらトーマス、作業を終えた。帰還する」
≪了解、第四カタパルトに戻り次第持ち場に戻れ≫
「はーいよ」
敵ノーマルの残骸回収任務は二時間ほどで終えた。
回収部隊はマザーウィルのリフトに乗り、第四カタパルトに帰還する。この時リフトに乗ったのはたった一機、トーマスのノーマルだけである。他の機体は酷い有り様の死体に精神をやられて作業途中に帰還していた。
≪最後までよくやったな、トーマス。もう一仕事頼まれてくれるか?≫
「はいはい分かったよ。で、その仕事というのは?」
≪解体作業の手伝いだ。うちらで再利用するための簡単な仕事さ≫
「そんなの補給所の人間だけでやれって言いたいところだけど……まぁああいう死体は見慣れていないとキツイだろうな」
≪そういうことだ。第四カタパルトは若い連中が多い、そのほとんどの連中は酷い死体を見た経験がないんだ≫
「それなら仕方ない。その仕事やるよ」
トーマスが第四カタパルトに戻ってすぐの通信。その通信から飛び込んできた追加の仕事をトーマスは仕方なく受け、敵ノーマルの残骸が置いてある補給所に向かう。
「補給所に来たぞ。どれの解体をやれば良いんだ?」
≪そっちに転がっている二機の残骸の手伝いを任せる≫
「了解」
補給所の人間が指差す。そして指差された方向には二機の残骸が転がっていた。
≪あ、こっちです≫
若い補給所の人間が通信で呼びかけ、一機目の残骸のところへトーマスを誘導する。その誘導に従い、トーマスは若い補給所の人間のところへと向かった。
「俺はどうすれば良い?」
≪コア部の解体だけ手伝ってください。ノーマルを使った機体の解体作業はそれぐらいしかないので≫
「分かった」
若い補給所の人間から来る指示に従い、トーマスは解体作業の手伝いを始める。
まずは一機目。コックピット部分が潰れており、コックピットハッチは外部操作や内部操作を受け付けないぐらいに損傷している状態の機体である。
「開いて中を確認するか」
トーマスはノーマルのマニュピレーターで損傷したコックピットハッチを無理やり開く。そして薄暗いコックピット内、そこにいる死体を見る。
「これまた酷いもんだな」
死体を見たトーマスが告げる。
その死体は身体全体が押し潰されている状態だが、頭以外原形を留めていた。唯一原形を留めていない頭は、脳みその肉片と頭蓋骨の破片をコックピットのあちこちに飛び散らせているぐらいに粉砕されていた。
≪うわぁ……≫
「死体の処理はやめとけ、慣れてないと俺の子供時代みたいにゲロ吐きまくるぞ」
酷い有り様の死体を見て、若い補給所の人間は吐き気を催していた。
その様子を見ていたトーマスは気遣って「死体の処理は二機とも俺に任せておけ。その代わり、後の解体作業はそっちに任せるぞ」と若い補給所の人間に告げた。
≪ありがとうございます……後のことはやるので死体の処理だけはトーマスさんにお任せします≫
若い補給所の人間が吐き気を催し、死体の処理はトーマスが担当することになった。
「よし、血で汚れるからゴム手くれ」
「はい」
ノーマルから降りて早々にトーマスはゴム手袋を要求。若い補給所の人間は素直にゴム手袋をトーマスに渡した。
「ありがとよ。これがなきゃ血でびちょびちょだ」
軽く礼を言いながらトーマスはタクティカルグローブの上からゴム手袋を着用し、残骸のコックピット内に入り込む。
鉄と血の臭い、焼け焦げた臭い、汚物の臭い、それらが幾重にも重なってコックピット内を漂う。ガスマスクの上からでもトーマスの鼻が曲がるほどの悪臭だ。さながらコックピットは棺桶のようである。
「相変わらず臭いな、死体っていうのは」
文句を垂れながらも淡々と死体の処理を始めるトーマス。始めに死体を引き出し、カタパルト上に投げ捨てる。それから脳みその肉片や頭蓋骨の破片を全て外に取り出して死体の処理は終了である。
「終わったぞ。この死体はどうすれば良い?」
「そんなの僕に訊かないでください……!」
「あー、分かった」
トーマスは自分で判断して死体一式をカタパルト上から投げ捨てる。
かなりの高さから落ちて行く死体。そのまま死体が地上に激突するとあっという間に原形をなくして四肢を飛び散らせた。
「さて、次だな」
次に二機目。コア部の状態は比較的良好。おまけに腕部パーツは左右どちらも原形を留めており、脚部パーツは左脚部がなくなっているだけに留まっている。機体全体が再利用の利く良い状態だ。
しかしコックピットハッチはどこかへ吹き飛ばされており、焦げ付いたコックピットからまたも悪臭が漂ってくる。
「次の死体も酷い状態だろうなぁ」
苦い顔をしながらトーマスは呟く。そうして苦い顔から顔色を変えず、コックピット内を覗いた。
「こりゃ酷い、爆発で粉々にされたみたいだ。処理が大変そうだぜ」
トーマスの視界に入る死体。その死体は身体全体の原形がほとんどなく、原形が残っているのは足元ぐらいしかなかった。肉片はコックピットのモニターや壁面に飛び散っており、骨の破片は床に転がっている。どう見ても凄まじい惨状だが、それら以上に飛び出た小腸大腸が酷い状態を作り出していた。
「クソ、混雑した配線みたいに複雑に絡まってやがる。自然にこんな状態になるとはつくづく運がない。こうなるとハサミが欲しくなるな」
腸がコックピットの操縦桿やシートに引っ掛かっており、引っ張っても取れない状態となっていた。
そんな酷い状態を目の当たりにしたトーマスは二機目のコックピットから一度離れ、補給所に立ち寄る。
「突然すまん、腸切るためのハサミあるか?」
「腸!? と、とりあえず良いだろう。ハサミを持って行け」
「サンキュー、後で返しに来るぜ」
ハサミを受け取ったトーマスは二機目の残骸に戻っていく。死体処理の再開である。
トーマスは再び悲惨な状況になっているコックピット内に入り込む。
「よし、作業再開だ」
手に持ったハサミを使い、引っ掛かった腸を切る。切った断面からは当然ながら血がどくどくと出てくる。
「最悪だぜ、全くよ」
酷い有り様の死体を見慣れたトーマスでも実際に死体の内臓を触り、切るのはこれで初めてだった。
腸を切った触感が手に残る。その触感はトーマスにとって心底気持ちが悪いものだ。
それでもトーマスは死体の処理を続ける。やる人間がいないのなら、と割り切って腸を切っていく。
「よし、後は全部外に出すか」
腸を取り出しやすい形に切り終え、肉片と骨の破片も含めて外に出す作業に入る。
まずは切った腸を一まとめにして外に出し、その後に唯一原形が残っている足を外に取り出す。後は細かい肉片と骨の破片を取り出して死体の処理は終了である。
「終わった。こいつも捨てるか」
トーマスは外に出した死体一式を持ち、カタパルト上から放り投げる。臓器や肉の一部が宙を舞って地上に落ちていく。
これで解体作業の手伝いは終わりだ。
「お疲れ様です、トーマスさん。ゴム手袋とハサミは補給所に戻しておいてください。後はこちらでやっておきますので」
「おう、お疲れさん」
トーマスは補給所に立ち寄ってゴム手袋とハサミを補給所に返却、そのまま自分のノーマルに戻る。そして疲れたようにコックピットシートに深く腰を掛けた。
トーマスの視線がコックピットモニターに移る。モニターには夕日が映っていた。
「もうこんな時間か。疲れたし、警戒は他の奴らに任せよう」
汚れた世界でも変わらず綺麗に輝く夕日。それを目に焼き付けながらトーマスは呟いた。
そして時間が経てば、夕日の輝きは眠気に襲われているトーマスの意識と共に落ちていった。
トーマスにとっての一日の終わりの訪れである。
確実にエタりませんが、他作品もあるため更新頻度はかなり遅めです(;一_一)