時系列で言えばカブラカン撃破の前となります。
しかも約7000文字とかなり長め。力を入れて書いたので若干テンポが悪くなると思いますが、それでも読んでくれるとありがたいです。
ホワイトグリントという存在がその一瞬、二つの運命を重ねさせる。
ホワイトグリントの襲撃という名の地獄から二週間後。
スピリット・オブ・マザーウィルはホワイトグリントと交戦した際にコジマに汚染された旧ピースシティ都市中心部から離れ、建物がほとんど砂に埋もれている端の方へと移動していた。
ちなみにホワイトグリントと交戦した際の無残な戦果はBFFを通してGAへと行き渡り、企業は司令官交代の判断を下した。二週間が経つ間には、既に司令官は変わっている。
前任の司令官はVOB搭載型ネクストに有効な戦術――護衛機体に頼らず、距離に関係なく絶大な火力そのものを押し付ける移動要塞としての役割を更に色濃く出した戦術の第一歩を築いた功績を考慮されて、現在はBFF第八艦隊のギガベースの副司令として着任している。
≪各員に通達、今から約五時間後に味方のネクスト二機を載せた大型輸送機が補給を受けに来る。カブラカン撃破の任を受けた戦力であるため、急ぎ大型輸送機の進行方向となっている第二カタパルトに受け入れる。手の空いている者は受け入れ準備に入れ≫
新しい司令官の指示がマザーウィル内部と通信に行き渡り、無傷で手の空いている者はすぐに受け入れ準備に駆り出されていく。
周りがこうも忙しくしている中、トーマスは二週間もの間コジマ汚染の疑いで医務室の隔離部屋に隔離されていた。もちろんコジマ粒子に汚染されていたトーマスの装備は全て廃棄されており、今のトーマスはガスマスクで隠していた少女のような顔立ちを表に晒し、シャツにズボンと支給された衣服を着込んでいた。
「こんにちは、トーマス。今日は検査の最終日だ」
受け入れ準備が忙しくなってからしばらくして、汚染防護服を着込んだ医者がトーマスのいる隔離部屋に入って来た。
「ようやくなんだな」
隔離部屋の隅に座っているトーマスは、感傷気味にそう告げる。
それを見かねた医者は「検査の最終日なのだから少しは喜びたまえよ。まだこの前の戦闘を引きずっているのかね?」とトーマスに訊ねた。
「戦場をなにも知らないで……こんな一面真っ白な隔離部屋に監禁しておいてよく言う」
「なにも知らない? 監禁? その物言いは聞き捨てならんな。こうやって君を隔離しているのはこのマザーウィルに所属しているみんなのためでもあるし、私だってあの戦闘は怖かったのだ。まずはそれを理解したまえ」
トーマスはその瞳に残った地獄を怒りの殺意に変えて、医者は年老いた身の経験を口の達者さに変えて、言い合いはヒートアップする。
「理解しているさ! だから言うんだ、医者のあんたには俺のことなんて分からない。戦場にいれば怖かっただけじゃ済まされないんだよ……!」
トーマスが医者の言うことに理解を示して自らを語る時、その瞳に助けられなかった者たちの顔が映る。
喪失感。悲しみ。後悔。恐怖。
顔を思い出して助けられなかったことを思い出せば、それらの感情がトーマスの心に滲み出てくる。
「そうか、それは大変だったな。やはり雇われの兵士である君と正式に企業に属している私とでは見ているものが違うということだ。とりあえずはその被害者根性をやめて私に検査をさせておくれよ。時間は有限なのだからな」
しかし年老いているが故に経験で語る医者はトーマスへの理解を拒否した。
医者のその態度からトーマスはこれ以上何を言っても無駄だと瞬時に悟り、医者の要求に従うように「分かった」と一言だけ告げる。
「よろしい。では検査を始めよう」
医者は早速汚染検知器でトーマスのコジマ汚染度合いを見る。全体を見ていく内に結果が出て来る。安全、汚染なしである。
汚染がないと分かったところで次は身体内部の汚染を確かめる。採血や小型の汚染検知器を使い、しばらくの検査後先ほどと同じ汚染なしの結果が出て来る。
「これで検査は終了だ。君の身体はなにも異常はない。さぁ元気と分かったのだ、若者はさっさとここを出て外で手伝いでもしてくるのだな」
医者に嫌味混じりなことを言われながらトーマスは隔離部屋を出て、医務室から出て行く。そして視界に入るのは長い廊下である。
トーマスは廊下の案内板に従って進み、何人かの乗員とすれ違いながら第二カタパルトの方へと歩いて格納庫を通る。
「装甲板と弾薬はいるのか?」
「必要なのは輸送機の燃料だけだが……念のためだ。一応それらも持って行け」
格納庫内でなにやら話している作業員たちの近くを通り、トーマスは第二カタパルトに出る。外に出れば月明かりに照らされる夜の光景がその目に映る。
そしてこの夜の中、第二カタパルトでは念入りに受け入れ準備の作業が行われていた。
来たばかりで仕事を割り振られていないトーマスは付近の作業員に「今来たところなんだが、なにか手伝うことはあるか?」と尋ねた。
「ここは特にないな。補給所のところへ行ってみろ、たぶんなにか手伝うことがあるはずだ」
「そうか、教えてくれてありがとさん」
トーマスはお礼を一つ言って、作業員から言われた通りに第二カタパルトの補給所に向かう。
五時間後、それも大型輸送機の補給だけ故か、補給所は特に忙しくしていない。トーマスはそんな補給所に入って中で指示を出している作業員のところへ向かった。
「悪い、今来たところなんだが手伝うことはあるか?」
指示を出している作業員にそう訊くと、返事は「ない」の一言だった。そして付け加えられるように作業員から「君はノーマル乗り、私はここの担当。敵が来た時に君には嫌でも死ぬ覚悟で働いてもらうよ」と告げられる。つまりは役割の話だ。
言われた意味を察するトーマスは「分かった。敵が来るまではゆっくり休んでる」とだけ告げ、補給所を出た。
もはやなにも手伝うことがない。
トーマスは仕方なくしてマザーウィル内に戻っていく。
「しかし困った。こうもやることがないと暇だ、今は機体もスクラップ状態だしなぁ……」
廊下を歩きながらトーマスは呟く。
トーマスの乗機はホワイトグリントとの戦闘で大破、既にバラされて格納庫内に収まっている。機体の調整もコックピット内に飾り付けすることも出来ない。
本当にすることがないのだ。
「まだ少し眠いし、しばらくはここで寝ているか」
トーマスは来た道を戻り、休憩所に立ち入る。
休憩所にはトーマス以外誰一人いない、寝るには絶好のタイミングである。
「ほわぁ……んー……」
あくびを一つ。そうしてイスに座り、長テーブルに上半身を伏せさせる。
その内に眠気が襲い、目は閉じられる。
トーマスは眠りに落ちていく。
※
トーマスが眠る内に時間は過ぎていく。夜は朝となり、月は沈んで太陽が顔を出す。
眠りに落ちてから五時間が経った。その時だった。
≪各員に通達。大型輸送機の到着を確認。各砲台は警戒態勢のまま待機、第二カタパルトは大型輸送機の受け入れを開始せよ≫
「んー? ん? なんだ?」
艦内放送で指示が飛んだ。
その艦内放送の騒音にトーマスはゆっくり目を覚まして、長テーブルに伏せていた上半身を起こした。
そのまま周りに目をやれば何人かの人間が休んでいた。仮眠している者もいれば飲み物を飲んで休憩している者もいる。
「例のカブラカンの任を受けた連中が来たのか」
トーマスは艦内放送で聞き取った内容を寝ぼけながら思い出し、呟いた。トーマスにとっては特に興味のないことである。手伝うことがあるのなら今頃は第二カタパルトで受け入れを手伝っているところだが、手伝いもない今は明確に行く理由がない。
「……行ってくるか」
少しの沈黙の後、トーマスは途端に興味を湧かせる。
「リンクスも傭兵、どんな機体か、どんな奴か、敵になるかもしれない連中は見ておかないと」
その興味はいつか敵対するかもしれないという警戒心から来るもの。いわゆる行く理由は敵を見て知るようなものだ。
トーマスは早速身体を起こして、第二カタパルトに向かう。
「うっ……」
また長い廊下を進んで、第二カタパルトに出てきたトーマスに太陽の光が容赦なく照りつける。あまりの眩しさにトーマスは手で光を遮る。
視界がハッキリしてきたところで、第二カタパルトの方を見れば例のネクスト二機を載せた大型輸送機が止まっている光景がその目に映った。
「あれが例のカブラカン撃破の任を背負った連中か」
呟き、大型輸送機の方へと近付く。すると大型輸送機からトーマスと同年代ぐらいの青年が降りてきた。
その青年は跳ねた黒髪が特徴的で、身長はトーマスよりもある。顔立ちが女性的なトーマスよりも男らしい。まさしく青年という言葉が合いそうな印象である。そして最も特徴的なのはその右腕、よく見れば金属製の義手になっていた。
「あいつも苦労してそうだな」
青年の右腕の義手を遠くから横目で見つつ、トーマスは呟く。
そして義手の青年は補給所で指示を下している作業員に話しかけに行った。もちろんトーマスは彼らの会話内容に興味はなかった。今興味があるのは大型輸送機に載っている二機のネクストとそれに搭乗するリンクス、それだけだった。
そうしてトーマスは迷いなく大型輸送機の中へと入り込む、その矢先だった。開かれたままの扉の前に一人の女性が立っていた。
「中身を見に来たのかしら?」
金髪ロングで身長も胸も大きいのがとても印象に残る見た目。しかも顔立ちはとても綺麗でありながら少女の面影をまだ残しており、声もまた少女の面影を残している。まさに美少女、もしくは美女と呼ぶにふさわしい女性だった。
「そうだ、輸送機の中身を見に来た」
そんな女性に話しかけられただけで、トーマスは内心恋心に火が付きそうになりながらも冷静に返事を返した。するとそのまま女性は扉の前から離れてトーマスを大型輸送機内へと通した。
「早めに見ていってくれると助かるわ。あ、機体の収容スペースには入らないでよね?」
「見るだけだよ、すぐ済ませる」
背中を向き合わせた状態での軽い会話を終わらせ、トーマスは二機のネクストのいる貨物室の方へと向かう。
向かう先にある貨物室はコジマ汚染を防ぐための密閉されたネクストの収容スペース、ネクストの収容スペースでの作業後に向かう除染室、そして作業員及びリンクスの休憩兼待機に使われる待機室に分けられている。
トーマスはその分けられた内の最初に足を踏み入れる待機室に訪れた。
「誰も……いないか」
トーマスの言葉通り待機室には誰もいない。ふと待機所のモニターから収容スペースを覗けば、二機のネクストとその周りにいる汚染防護服を着込んだ作業員たちが見えてくる。
そして目的のネクストは緑の重量二脚型と真っ赤な軽量二脚型の二機。今は機体の調整をしているようである。
「あの機体は!」
それは唐突だった。
トーマスの視界に真っ赤な軽量二脚型ネクストが入ると、その目は怒りと憎悪に染まった目に変わった。
真っ赤な軽量二脚型ネクスト、その機体構成はまさしくトーマスの幼き頃に父を惨殺していったホワイトグリントと同じものだったのだ。
「どこまでその面を見せつければ気が済むんだよ、ホワイトグリント……!」
青年への同情、初めて女性に抱いた一瞬の恋心、もはや今日一日に抱いた感情は全て忘れて怒りと憎悪だけが満たされる。
声は怒りに震え、表情は憎悪に歪み、その身には殺意が満ち溢れる。
二週間前のホワイトグリントとの戦闘にも表れた復讐心が今再びトーマスの全身に表れた。
「乗っているのは誰だ!」
真っ赤な軽量二脚型のコックピットが開き、その目に焼き付けるほどに搭乗しているリンクスを見つめる。出てきたリンクスは汚染に強いパイロットスーツを着ており、ヘルメットのせいで顔は分からない。だが、その身長は子供のように小さく、特徴的だ。その姿を焼き付けた今では他の人間と間違えることなどない。
「早くここに来い……! お前にも地獄を見せてやる……!」
収容スペースに無断で入れない以上、トーマスは待機室で軽量二脚型に搭乗していたリンクスを待つしかなかった。
そうして今か今かと復讐心を忍ばせる内に、待機室に一人の少年が入って来た。少年の容姿は少年とも少女とも取れる可愛げな姿であり、その身長からして真っ赤な軽量二脚型ネクストのリンクスで間違いなかった。
「なぁ、お前だよな? あの真っ赤な機体に乗っていたのは」
トーマスの確認するような問いに少年は「うん」と返事を返した。
「お前が!」
「!?」
確証を得られたトーマスは少年を押し倒し、ホルスターから取り出した拳銃の銃口を額に押し付けた。既に引き金には指が掛けられている。
「死ぬ前に答えてもらおう、お前もホワイトグリントなのか?」
「違う!」
「じゃあホワイトグリントとどういう関係なんだ。あの機体構成にしているってことはなにか関係があるんだろう」
トーマスが少年に問う。その時だった。背後から「そこのあなた! ジンから離れなさい!」と女性の声が響いてきた。
声のした方に目を向ければ、そこには先ほどの金髪の女性がトーマスに銃口を向けて立っていた。
「銃を捨てて離れなさい! 早く!」
「……分かった」
ここで撃たれたくないトーマスは金髪の女性の指示に従い、拳銃を床に置いて仕方なく両手を上げながらジンと呼ばれた少年から離れた。
「そのまま両手を上げたままでいなさい! ジン、こっちへ」
「う、うん」
少年は金髪の女性の後ろへと隠れ、金髪の女性は少年を守るようにしてトーマスに銃口を向け続ける。
「あなた、ジンになにをしたの?」
「質問しただけだ。そいつがホワイトグリントという名の大量殺人の英雄様なのかどうか、な」
「そう……残念だったわね。人違いよ」
「どうやらそのようだ。だからもう一つ質問する。女の後ろに隠れているお前とホワイトグリントは一体どういう関係なんだ?」
トーマスがそう質問を迫った時、ジンと呼ばれる少年が口を開いた。
「助けてくれたんだ。僕たちのいたコロニーはリリアナって言う武装組織に攻撃されて、皆死んで、ノーマルに乗ってたお母さんも……死んだ。僕も死ぬんだって思った。でも、そこにホワイトグリントが来てくれて助けてくれたんだよ」
トーマスは苦笑した。唯一の家族であった父を無残な姿に変えられた身では少年の言葉を半ば信じられなかったのだ。
「助けてくれただって? だから憧れたのか、あんな大量殺人の英雄に……」
「うん」
苦笑するトーマスの言葉にジンは確かな返事を返す。
庇うような嘘を吐いてないのは一目瞭然。その言動からして嘘はない。
「そうか、そうなのか」
「そうだよ。だから僕はあの機体に乗ってる」
乗っている理由と機体構成をホワイトグリントと同じにした真意を知って、トーマスは脱力する。対してジンの声は嘘を微塵も感じさせない確かなものだった。
もはやトーマスの怒りは行き場を失った。怒りの矛先にいたのは〝人を救った〟姿のホワイトグリントに憧れた少年だったのだ。ホワイトグリントに乗っていた者でもなければ、大量殺人の英雄に憧れた者でもない。
理由と真意を知った今、トーマスはジンに対して理不尽に怒りをぶつけられなかった。
「知らねば分からない、か。早とちりした俺が悪かった、殺す気で銃口を向けてしまって本当に申し訳ない」
怒りの感情を冷まして冷静となったトーマスは素直に謝った。
そして向けられていた銃口は下に下げられ、金髪の女性が「分かってくれたようね」と緊張を解いたように柔らかく告げる。
「今は忙しいというのに邪魔をしてしまったな。俺は大人しくマザーウィルに戻るよ」
そう言ってトーマスは大型輸送機から降りようと開いたままの扉へと向かった。
「待って、あなたはホワイトグリントとなにかあったの?」
ジンの声がトーマスを呼び止める。
戻ろうとしていた足は止まり、背中を向けたままでトーマスは口を開く。
「お前がホワイトグリントに助けられたなら、俺はホワイトグリントにたった一人の家族を奪われたのさ。あの幼い時のことは今でもよく覚えてる。父さんを酷い姿の死体に変えられて、俺の顔にこんな傷跡を作っていたこと。死ぬのは怖かったし、父さんの死体を見た時は傷口に沁みるくらい悲しかった。あの時はリンクス戦争の最中だったから仕方なかったのかもしれないけど、それでも俺はホワイトグリントを許せない。俺の前にまたホワイトグリントが現れたら次こそは殺したい気持ちだよ」
今度はトーマスが己の理由と真意を話す。
トーマスのホワイトグリントに対する復讐の理由とその真意を知ったジンと金髪の女性は出す言葉がなく、話しが続くことはなかった。
無言の続くままトーマスは大型輸送機から出ていき、マザーウィルへと戻っていく。
それから数分後、大型輸送機は二機のネクストを載せてカブラカン撃破のため飛び立っていた。
「お前は大量殺人の英雄になるなよ」
飛んで行く大型輸送機を見つめて、届くことのない言葉をジンに向けて言い放つ。
それぞれの場所へ、それぞれの戦いへ、それぞれの道へ、彼等は向かうだろう。