頑張って完結まで疾走します。
シガンシナ区、ウォール・マリアを放棄した現在の人類の活動領域の最南端、トロスト区。
ロビンたち避難民は、そこからウォール・ローゼの未開拓の地に住処を移した。
故郷を追われた者たちのその後は凄惨なものであった。シガンシナ、ウォール・マリアの陥落により、生き残った人類の直面した課題は領土の大幅な縮小と食料の不足であった。それもそのはずである。一気に領土を失い、その避難民だけが、壁内に流れてきたのだ。
ウォール・ローゼの住民たちは彼らによって自分たちの食い扶持が減ることなどを危惧し、彼らを貶む者もいた。
雨風すら、満足に凌げない簡素な小屋で過ごし、配給も僅かなパンが一日一度配られるのみ、苦しみに喘ぎながらも、少しでも食料の生産を増やす為に、鍬を手に荒地を開墾ししていくことを余儀なくされた。
ロビンとユイヤもその生活を余儀なくされた。
「ユイヤ、配給を貰ってきたぞ。まあちょっとだけどな」
「………」
ユイヤは口を開かず下を向いたままであった。ユイヤの家族は現在も行方不明が続いていた。昼間にリザが避難区域を歩き回り、彼女の父の安否は確認できずにいた。
「お嬢様………」
「うん、ありがとう。リザもロビンも疲れたでしょう。少しでも食べましょう」
心配そうに見つめるリザに心配かけまいと気丈に振る舞おうとするユイヤだが、彼女の心が少しずつ疲弊していくのは目に見えていた。
ユイヤは固いパンを何とかちぎりながら口に運ぶ。普段彼女が口にするパンとは別物といっても差し支えないだろう。それほどにまで開拓地の生活は、粗悪なものであったのだと。
「……にしても、なかなかキツイもんだなぁ。土の状態も最適なものじゃないし。でも効率的に耕す方法を思いついて土はいい感じになってきたぞ。これなら案外作物も育つんじゃないか」
パンを齧りながらロビンはユイヤに笑いかける。
今はユイヤにとっての世界が大きく変わりすぎて心が壊れかけているのだった。そんなユイヤに少しでも明るい話題を投げかけて、彼女の心の均衡を保つことが何よりの『最適解』であるとロビンは感じ取っていた。
「……ロビンはつよいね。こんな状況でも前を向けるなんて、私もだけどみんな一日の作業が終わっても下を向いて……」
ユイヤがそう言って見渡す難民用小屋には同じようにシガンシナ区やウォール・マリアから避難してきた者たちが身をかがめて薄い毛布に体を包んでいた。
そこには老若男女問わずに可能な限り詰め込められていた。
「ごめんなさい…ロビンのお父さんも行方不明で不安なはずなのに、私のために明るく振舞ってくれているんでしょ……」
行方が知れていないのはロビンの父であるクリスも同じであった。リズが聞いた限りだと最後まで一人でも多くの市民を逃がすために陣頭指揮を執っていたとのことだ。
「大丈夫だよユイヤ、あの親父のことだ。そのうち帰ってくるよ」
ロビンは子供ながらにも父のことを兵士としても一人の人間としてもクリスのことを尊敬しており、その心の強さを誰よりも信じていた。
「親父なら大丈夫ですよねリズさん?」
「え、えぇそうね。隊長なら……」
大丈夫、そうリズが言い切る前に、
「ここにユイヤ・リグエーダという女の子はいますか!」
扉を開けた先に女性の駐屯兵が立っており叫ぶようにしてユイヤを探しに来ていた。
「は、はい。ユイヤは私ですが……」
ユイヤが恐る恐る手を挙げて立ち上がるとその駐屯兵がユイヤの方向を見て微笑む。そして速足でユイヤの前に跪くと
「君のお父さんが見つかったよ。怪我はしてるけど無事だよ」
「えっ⁉」
ユイヤの目に光が戻る。内心では父の生存を諦めかけている自分がいたことはユイヤも気付いていた。彼女の顔に光が戻っていることを感じたロビンはほっと胸を撫でおろした。
「それは本当かしら、旦那様が……」
「あら、リズじゃない久しぶりね…そうね、救護班の所にいるから貴女も一緒に来て」
その駐屯兵はリズの昔の同僚であるのか、少し懐かしさを感じさせるような顔を向けていた。
しかし、その駐屯兵はロビンの顔を見ると少し顔を暗くした。
「君…ロビン君よね、クリス隊長の息子さんの」
「え、ああはい。ロビン・フランシスです」
「……君も一緒に来てくれないかな。お父さんもみつかったから」
その駐屯兵は、心の優しい兵士なのだろう、子供であるロビンに対しても丁寧に言葉を紡いでいた。だがロビンの勘がその言葉が最悪の想像を───最も考えたくない事がロビンの脳内を埋め尽くしていた。
駐屯兵団駐留所
ここでユイヤは父親である、ユード・リグエーダと再会を果たしていた。
「お父さま…ッ‼ よかった!よかった!」
「ユイヤ!すまない…迎えに来るのが遅くなってしまった」
最愛の娘を抱きしめたユードは涙を流しながら同じく泣きじゃくるユイヤの頭を優しく撫でる。この未曾有の地獄の中でユイヤにわずかにでも希望の光が差し込んだ瞬間であった。
「お父さま、今までどこにいたの?リズからも行方不明って聞かされていたから」
「……」
ユイヤのその言葉にユードは顔を俯かせた。
「お父さま…」
「すまない、『彼』にまだ言うなと言われてしまって」
「彼……」
ユイヤはユードの視線が駐留所の中に向けられている事に気付いた。
それはロビンが先程の駐屯兵に連れていかれていた場所であった。
「…………」
ロビンは今目の前の光景に対して放つ言葉を失っていた。
彼の眼前にベッドに横たわるクリスが右足を失った状態で目を閉じていた。欠損した右腿に巻かれた包帯から夥しい量の血液流れていたことを想像させていた。
彼の下で戦った駐屯兵らが涙をこえて拳を握っていた。
「隊長は、扉がしまるギリギリまで巨人を倒して市民を守っていたの…片足を巨人に食われても」
「……親父はいつ死んだんですか……」
「つい先程だったの。隊長…君のお父さんが自分が死ぬまで伝えるなって……」
「そうですか…親父らしいな……」
ロビンは父の身体に触れる。その体温は感じられず、今日の夜風よりも凍てつくような冷たさはその体に血が廻っていないことを否応にも感じさせられる。
「この感じ……母さんと同じだ……」
ロビンは五年前に無くなった母親が死んだ時もこの冷たさを経験していた。
「なぁこんなところで寝てるなよ、今こそ兵士は働く場面だってさっき言ってただろ?なら早く…おきて…くれよ…」
ロビンは目に涙を浮かべていたが歯を食いしばって耐えていた。
「ロビン…」
その背中を後ろからリズが優しく抱きしめた。いつも姉のように接してくれるリズロビンの背中が震えていた。
「あなたはまだ子供なのだから、今日は泣いていいのよ…」
「─っ!っぁ──!」
ロビンはその言葉に堰が切れたように涙が溢れだした。どれだけ気丈に振舞ってもまだ10歳の少年であった。
ロビンは自分の帰る家と唯一の家族を失ってしまった。
※
駐屯所から外に出たロビンは外に出て夜空を見上げていた。
だが、その瞳は虚ろなものでこの世の残酷さに打ちひしがれていた。
「ロビン君……」
ロビンの隣に座るユード。頭から出血をしたのだろう、包帯を巻かれていた。
「すまない……君のお父さんは私をかばって足を……それでも私を救うために戦って……すごく強い男だよ彼は」
「みたいですね。親父らしいというか」
「彼は最後まで君のことを案じていたよ、無事なのかって」
「そうですか……」
ロビンは返答は出来でいたが俯いたままだった。
「俺、親父に兵士になるって言ってからずっとトレーニングして来たんです……最初はある程度何度もこなせるって思っていたんです」
ロビンは足元の小石を数メートル先の木に向けて投げる。小石は葉の一枚に命中し、ひらひらと落ちた。
「でも俺親って器用貧乏なんです。強かった親父と違って…そんな親父でも巨人には勝てずに殺された……」
ロビンは迷っていた。そんな器用貧乏な自分が兵士になって戦えるかということに。
「情けないわねロビン。あなた、もう諦めるの……」
落ち込むロビンの前に現れたリズは一枚の封筒を手に持っており、ロビンに差し出す。
「リズさん……これは?」
「隊長が最後にあなたへ残した手紙…遺書よ」
「遺書……」
ロビンは封を切ると中の手紙を手に取る。痛みに苦しみながら書いたのだろうか、字に伝わってくる。
『ロビンへ──
お前がこの手紙を読んでいるときは恐らく俺はこの世にいないだろうな。
まずはお前を一人残していくことはすまないと思っている。だが俺は駐屯兵団の隊長として、一人の兵士として、何よりお前の父親として、務めを果たす事が出来たことは後悔していない。
だが、俺の死を知ったお前が万が一にも戦うことを迷うことがあったらと思うとおちおち死んでもおれん。だからお前に行っておくことを言っておこうと思う。
お前は何でもこなせるし頭の切れも悪くない。隙はないが強みがあるわけではないと思う。お前がいつも言う器用貧乏もその通りだろう。だがお前はユイヤちゃんが昔人攫いにつかまりかけた時に俺が来るまで守り抜いたことがあっただろ?その時お前は大切なものを『守る』為に諦めずに戦える男だと思った。だからお前は俺の復讐とか余計なことは考えるなよ。お前の『心臓」はそんなことを原動力にしない。
そして死ぬために戦うな、生き切るために死ぬ気で戦え!そうすればお前がは最強の兵士にはなれないが、最高兵士にくらいはなれるだろう。流石にきつくなってきたな…ロビン…絶対に死ぬなよ……
──クリス・フランシス』
クリスの手紙、最後のほうは字が崩れてきていた。
「親父め…言いたいことだけ言って逝きやがって……」
ロビンはまた涙がこぼれてきていた。だが今度は悲しみの涙ではなく父は巨人に殺されたわけじゃなく最後まで市民の『盾』であろうと戦い抜いた事を知れたこと。そして父が自分の戦うことへの背中を押してくれ、託されたのだと感じた。
「やっとロビンらしい顔になったわね……」
そう笑みを浮かべるリズはロビンに銀のペンダントを差し出した。薔薇の掘られたペンダントは血と戦いで出来た傷でボロボロになりながらも持ち主の強い意志を感じた。
「これは親父の……」
「ええ、ちゃんと隊長の遺志も連れて行ってあげなさい」
ロビンはリズからペンダントを受け取ると首にかける。その冷たく無機質な筈のペンダントは質量以上の重みと熱を感じた。
「わかってる、俺は、親父のように守る為に戦うために兵士になる……!」
ロビンの心にも不屈の灯火が灯った。
ロビンが戦うための決意をしました。
この後訓練兵団への入隊に進みます。