初見さんは良ければデビュー作「月明かりに照らされて」を読んでみてね!作者ページを見ていただければTwitterに飛べます。
あとがきにて次話投稿日とお知らせを書いておきます。
4月1日(火) 天気 晴れ
こんなテンプレートな日記みたいな始め方はどうなんだろうって僕は思うけれど、たまには良いかなって思うからこのままいくね。
僕は今日も目覚まし時計で目を覚まして両親と一緒に朝ご飯を食べる。僕が中学生になって三回目の四月を迎えているから特に変わった事も無い。
僕はありふれた小説の主人公のような明晰な頭脳も持っていないし、抜群な運動神経も無い。だから中学校も公立なんだ。
副菜も添えるならば、かわいい幼馴染もいない。
朝ご飯を食べ終わってから自室に戻り、少しくたびれた制服を着る。正直学校になんて行っても格段面白い事なんて無い。だって僕に主人公補正なんてない平凡な人生を歩んでいるから。でも行かないと両親に迷惑をかけるんだから行かなくちゃ。
「行ってきます」
抑揚のない僕の声とは裏腹に小鳥たちはリズムに乗って歌を歌う。
外を出るとまだ気温が低いのに桜の花びらが舞ったり、新芽が出たりと寒色と暖色がぶつかっていて鼻がムズムズした。
歩いていると同じ制服を着た生徒らが僕より大きな一歩でズンズンと前に進んでいく。みんな新しい季節に気持ちが華やいでいるらしい。みんな暖色。
僕はみんなとは違い冬眠中に無理矢理叩き起こされたクマのようにのしのしと歩いて中学校に到着、そして二年の時と同じ下駄箱に靴を入れて掲示板に向かう。
「えーっと。や……や……」
僕は自分の名前を探していた。新しいクラスを見る為なんだけど、友達が少ない僕にはどのクラスになっても不利益が無いから気楽な気持ちなんだ。だからクワガタ虫欲しさに雑木林の中に入るようなドキドキ感なんて僕の心には存在しないんだ。
僕の新しいクラスは3-Aだった。僕はそのまま教室に向かって歩いていき、自分の席を見つけるや否やすぐに座り始業式の時間になるまで机に突っ伏した。
今だから言える事なんだけど、今回の始業式の記憶が全く残って無いんだ。校長先生のありがたい言葉など、僕にはただのお経にしか聞こえなくてこのありがたい言葉の意味を理解するにはまだまだ時間がかかるんじゃないかな。
それにね、この後の出来事が印象的だったんだ。
始業式が終わったらお決まりのクラス内自己紹介。みんなハキハキと声を出して精いっぱい自分の事をプレゼンしていた。
そして僕の番になる。僕はすっと立って自己紹介。
「山手聡士です。一年間よろしくお願いします」
すごく普通にやりこなした。ちなみに読み方は「やまて」であって日本の首都圏を延々とぐるぐる回っている鉄道路線のような読み方では無い。名前は「さとし」と普通に読む。みんなこっちを向いて言い終わったら温度の分からない拍手を僕にくれた。
ここで後悔したのが、僕の後ろの席にいる女の子の自己紹介を真剣に聞いていなかった事。後ろから読んでも同じ読み方だとしか聞いていなかったんだ。
この後、僕はちょっとした事件に巻き込まれる。
自己紹介が終わって、今後の予定を担任の先生が話し終えれば学校初日なんて終わる。みんな中学生活最後の部活動だからか、やる気の満ちた表情で持参した弁当にがっついている。
僕は部活に入っていないから帰ろうとした時。
つい「あっ」って言ってしまった。
スクールかばんが開けっ放しだったのを忘れて肩に掛けようとしたら僕のかばんの中からA4サイズでA罫の薄い青色の大学ノートが床に鈍い音を立てながら落ちた。
僕はそのノートを拾おうと思ったんだけど……。
女の子らしいきれいで華奢な手が先に僕のノートを拾ったんだ。
「これ、山手君のノートですよね?」
メガネをかけたショートカットの女の子。
僕は妙にドキっとしたんだ。だって女の子に話しかけられる事なんて今までにほとんどなかったから。それに声のトーンで分かったけど、僕の後ろの席に座ってる女の子だ。自己紹介なんて聞いてなかったから名前が分からない。
だから僕は「ありがとう」って言った。
「いえいえ!当然の事ですから!……どうして始業式にノートを持ってきているんですか?」
まさかこうして話が継続するなんて思わなかった。かなりドギマギしながら答えたから声は震えていたし、所々噛んだ言葉もあるけどこう伝えたんだ。
「僕は毎日このノートに日記を書いているんだ。最近始めたんだけど」
「おお!日記なんて凄いッスね!」
確かに日記を書いている人ってほとんど見かけない。毎日になるとめんどくさいし、そんな事をする暇があったら受験勉強した方が良いって考える人も多いと思う。
でもね、僕がそれでも日記を書くには理由があるんだ。
「今日の出来事をバネに明日は今日より一歩進みたいから日記を書くんだ」
これは僕のモットー。人間は目に見える成果しか見ないんだ。だけど僕はたとえどんな小さな一歩でも前に進めたら進歩なんだって思う。今は友達も少ないし勉強も、スポーツも出来ないけど何にでも頑張ってみようって三月の最終日に思ったんだ。
こんな出来事が事件では無いと思う人もいると思うけど、僕には事件。それにまだ終わっていなかった。
と言うのも日記を拾ってもらって帰ろうとしたんだ。すると、
「良かったら、途中まで一緒に帰りませんか?」
その時、僕のドキドキはキャパシティーを越えた。胸の鼓動が視界を揺らしているように感じてしまうほどだった。もちろん断る理由もないから了承した。
だけど問題が山積みなんだ。まずこの女の子の名前を知らないという問題がある。女の子は僕の名前を知っているのに。それに加えてこの女の子、かなりかわいい。
でも今日から少しづつ進むんだから勇気を振り絞ったんだ。こんなに勇気を出したのは生まれて初めてかもしれない。
「キミの名前、なんだっけ?」
高いところが苦手でまだ飛ぶことが出来ないひな鳥のような気持ちだった。みんなは当たり前のように出来る事が僕には勇気のいる事なんだ。
勇気を振り絞って良かったと今になって思う。
「え!もう忘れたんですか!?……大和麻弥です。覚えてくださいよ~」
こうして大和さんと知り合えたのだから。僕のルール上、名前の知らない人は知り合いの数に入れないから、今年に入って出来た初めての知り合い。
ひな鳥のような僕も、いつか大空に飛べる日がくるのかな。
「うん。もう覚えたよ。これからはよろしくね、大和さん」
僕と大和さんはそのまま一緒に帰った。僕と大和さんは帰り道の方向が同じで大和さんの通学路の途中で僕の家があるという事実を知った。
僕は大和さんと別れた後、無性に落ち着かなかったんだ。多分女の子と一緒に帰ったという高揚感が原因なんだと思う。
「何か良い事でもあったの?」
晩御飯中もずっとそわそわしている僕に母親はそう聞いて来た。女の子と一緒に帰ったんだって言ったらいじられそうだったから僕は「別に何も」って言ってやった。
そのままの状態でお風呂に入って自室に入り、大学ノートを机に出して昨日始めたばかりの日記をつらつらと書いたんだ。
今日はなんだか字までもがフワフワとしていたけど、今日ぐらいは良いんじゃないかな。
僕は大和さんとの別れ際にした会話が頭から離れてくれないんだ。大和さんは普通に出した言葉だと思うけど、僕は嬉しくてつい大きな声で返事をしたんだ。
今日は目に見えるような大きな一歩を踏み出したんだ。人間みんなが欲しくてたまらない成果。そんな成果を今日は達成できたから明日は目に見えない一歩かもしれないし、また見えるかもしれない。けど僕は今日より明日は成長している事を願ってみる。
別れ際、二人で交わした会話。
「では、山手君。また明日」
「うん、大和さん。またね!」
@komugikonana
次話は11月28日(水)の22:00に投稿予定です。
少しだけお知らせを。
・『月明かりに照らされて』のエンドロールを最新版にしました。最終話のあとがきにエンドロールを載せました。
・私にメッセージを送ってくださった方々、出来れば返信をお返ししたいので設定を「すべて受信」にしていただくか、お気に入りユーザーに入れていただければ幸いです。
では、次話までまったり待ってあげてください。