身を刺すような暑さも太陽と共に帰って行き、暗いけれど何故か情緒ある夜道を僕と大和さんは歩いている。目指す場所は公園。
さっきまでお祭り会場にいたからかもしれないけど、今歩いている夜道はとても静かでまるでこの世界に僕たちしかいないような気さえする。
「ここの公園です。少し遠いですけどしっかり花火が見えるはずです!」
「この公園、僕が小さい頃よく遊んだっけ。懐かしいな」
「あっちの方向から花火が上がりますからブランコに腰掛けながら観ませんか?」
僕たちはブランコに腰掛ける。ブランコに腰掛けながら二人で花火を観るっていかにも青春の一ページみたいな感じがして自然と口角が上がる。
ドーーン!!
「おお!花火きれいですねっ!」
「うん、そうだね」
花火が上がり始めて、大和さんはブランコのチェーンを掴みながら目を輝かせている。
僕は花火が咲いた時に発せられる光に写される大和さんの顔を見ていた。もちろん花火もきれいなんだけど、浴衣を着て目をキラキラさせている大和さんも負けないくらいに美しかったんだ。
だから僕は、もっと近くできれいな大和さんを見たいって思った。
「ねぇ大和さん」
「どうかしましたか?」
「大和さんの方に行っても良いかな?」
「え?……ええっ!?」
僕は大和さんの後ろに立って、彼女の肩に手をぽんっと置いた。本当はそのまま後ろから包み込みたかったけど、今の僕にはそこまでの勇気は無かったんだ。
それに僕たちは恋人ではないから的確な線引きは大事だと思った。
「や、山手君」
「花火きれいだね、大和さん」
「そ、その……」
大和さんは立ち上がって僕の方を見た。顔はやや下向きだったからちょっとやりすぎてしまったかなと思って目が下の方を向いてキョロキョロとしてしまったけど。
僕の心配は杞憂に終わった。
「ずっと立っていたら疲れますから……い、一緒に座りましょうっ!」
「え?」
「山手君が先に座ってくださいっ!」
大和さんにほぼ無理矢理ブランコに座らされて、その上から大和さんがちょこんと座ってきたんだ。簡潔に言えば、僕の膝の上に大和さんが座っている。
大和さんと出会って、初めてこんなにも長く密着したのかもしれない。大和さんからはほんのりと良い香りがしたんだ。シャンプーとかそんなのじゃなくて、女の子の香り。
「お、重たくないですか?ジブン」
「軽すぎだよ大和さん。また野菜ばっかり食べてるの?」
「あ、はは……。野菜が好きですから」
「一度、サーロインステーキでも食べてみたら?」
「そんな高級品食べれませんよ~」
僕たちは無邪気に笑う。同時に大きな花火がドーーンと花開く。
僕は以前まで花火を長時間見ていると飽きてしまうからあまり好きでは無かったけど、今日から考えが一新された。
花火大会も最後に差し掛かり、たくさんの花火が宙を舞う。
そして花火大会が終わると、公園内では華やかさもにぎやかさも花火と一緒に消えてしまい、残ったのは質素な空間と静寂だけだった。
「ジブンたちもそろそろ帰りましょうか」
「そうだね。家まで送っていくよ」
僕たちはブランコから立ち上がった。さっきまであった大和さんのぬくもりが無くなることに少しの違和感を感じる。
僕は周囲に忘れ物は無いかだけを確認して大和さんと公園を出ようとした。
この時に厄介な出来事が起きたんだ。
この公園には一か所しか出入り口が無いのだけれど、その出入り口から茶色い生き物が入って来たんだ。
正体は犬で立ち上がると僕の身長ぐらいはあると思う。まだ犬はこっちに気づいていない。
この時代に野良犬なんていないと高を括っていた僕は全身に緊張感を走らせる。
「どうしたんですか?山手君?」
「大和さん、今は静かにして」
「え?」
急に静かにしてって僕が言ったから驚いたのか大和さんの持っていた巾着の鈴が音をあげた。普段は心安らぐ音なんだけど、今は寿命が縮んでしまいそうな音。
ウゥ~……
「まずい、犬に気づかれちゃった……」
僕はこの状況を打破するために色々策を巡らす。だけど途中、僕は大事なことに気づいたんだ。
大和さんの方を見ると微かにだけど震えていて、顔は青ざめていておびえたような目をしていた。
大和さんはとっさに逃げようとしていたから僕は彼女の腕を握った。
「大和さん!落ち着いて!今動いたら犬が確実に大和さんの方に行ってしまう!」
「で、でもあの犬こっちに近づいてきてますよ」
「僕が公園の奥の方に走るから、大和さんはその隙に公園から離れて」
「そんな事をしたら、山手君が危ないですよ!」
「僕なら大丈夫」
僕はぎゅっと力を込めて大和さんの手を握る。震えている大和さんの不安を少しでも吹き飛ばせるように。
「僕が合図を出すから、大和さんは落ち着いて確実にこの場を離れてね」
「分かりました……」
僕は肩にかけていたかばんを手に抱え込んでゆっくりと公園の真ん中に歩み寄って犬の興味を僕に向ける。……よし、今だ!
「大和さん!今だっ!!」
「は、はい!」
僕は全力で奥の方に走る。ちらっと後ろを向いたら犬が吠えながら追いかけてきている。流石に犬に走力は勝てないから徐々に距離が狭まっていく。それに痛めている右足も完治していないから縮まるスピードが早い。
良い距離感になったところで僕は手に持っていたかばんのチャックを開けて犬に投げつけた。
かばんは犬に直撃し、中からベビーカステラがころころと出てくる。
犬がベビーカステラを食べている内にこっそりと公園を後にしたんだ。かばんと財布は回収出来なかったけど、大和さんが無事なら良いかなって思えた。
「山手君!大丈夫ですか!」
「うん。噛まれてもいないし、無傷だよ」
公園を後にした僕はしばらく歩いていると大和さんを見つけた。僕を見つけた瞬間走って来てくれた。
そのまま僕は大きな衝撃を受けた。走って来た大和さんがそのまま僕の胸に飛び込んで来たんだ。
「本当にケガしていないんですね?」
「うん。ベビーカステラに助けてもらったよ」
「携帯に何回も電話したのに出なくて心配したんですよ!」
「ごめん、携帯はマナーモードだから全く気付かなかったよ」
「本当に……山手君がケガしたらって……ううっ……」
うっうぅっ……うわああぁああ―――――――――
僕は泣きじゃくる大和さんを引き寄せて、頭をゆっくり撫でてあげた。そうする事しか出来なかったから。
恥ずかしいとか、いやらしい考えとかはこの時は全くなかった。あったのは大和さんに心配かけないような、もっと上手いやり方があったんじゃないかと言う想いだけだった。
「スミマセン……取り乱してしまいました……」
「ううん、気にしないで」
落ち着いた大和さんを僕はゆっくりと解放してあげる。そして今日はもう帰ろう、と伝えて大和さんの家に向かう。
歩いている時、大和さんは僕の手を握って来たから僕も握り返した。
無言のまま僕たちは手を繋ぎながら歩いて、無事に大和さんの家の前まで着いた。
「今日は色々あったけど、お祭りに誘ってくれてありがとう、大和さん」
「いえ、こちらこそまたご迷惑をおかけしましたから……あっ!」
「え?どうしたの大和さん」
「み、見てください!きれいな星ですよっ!」
僕は大和さんの手の指している方向を見ても星がたくさんあってどれがきれいな星か分からなかったから、大和さんにどの星?って聞こうとしたんだ。
僕が大和さんの方に振り返った時。
僕の口に柔らかいものが触れたんだ。そして近くには大和さんのきれいな顔。
口と口の、そっと触れたようなキス。
「き、今日はありがとうございました!ま、またどこか行きましょうね!」
大和さんはそそくさと家に入っていったけど、僕はしばらく何が起きたのか整理に時間がかかってしまって。大和さんとキスしたんだって分かった僕はこの日、全く寝付けなかった。
だって、唇のあの感触が忘れられなかったから。
@komugikonana
次話は12月19日(水)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterをフォローしてくれた方もありがとうございます!
今話は少しぶっ飛んだ内容ですね。書いてるときは普通だったんですけど添削中に「すごい内容になってんな」ってなりました。たまにはこういう内容も良いよね?(笑)
余談ですけど
私、実は今日15時47分に起きたんですよ……。皆さんはこんな大学生になってはいけませんよ。私はド底辺ですから良いんですけど。
では、次話までまったり待ってあげてください。