僕と、君と、歩く道   作:小麦 こな

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第14話

 

8月も終わり、暑さはまだ残りつつも確実に季節は前に進んでいる9月1日(月)。

9月って何だか雰囲気が変わるような気がするんだ。空気が秋って感じがする。あと一つ、特定の年齢層だけ雰囲気が変わるんだ。

 

その年齢層と言うのは……。

 

「どうよ?模試の成績は?」

「僕は最初からずっとC判定だよ」

 

僕たち受験生の事。夏休みまでは「受験なんてまだまだ先だぜ!」って思っていても二学期が始まってから何故か急に焦りだす生き物。それが受験生だと思うんだ。

あの脳筋で有名な桃谷でさえ受験の事を話すものなのだから。

 

「まぁでも高校ぐらいで人生なんて変わらねーからテキトーで良いわ!」

「桃谷、今の日本は学歴社会なんだよ?」

「そんな社会すぐに崩壊してしまえ」

 

僕もその意見には同意する。でも社会がそうなら僕たちもそのように適応しないと生きていけない。僕たちは操り人形みたいなものかもしれないね。それが嫌なら上に立つしかない。……なんて自尊心を大事にする日本人っぽい考えだなって思う。

 

学歴はもちろんある方が良い。だけど学歴が無くても素敵な人間なんてたくさんいる。学歴だけあって持っている知識を応用できない高学歴の方がダメな人間だって僕は思う。

 

「あ、そうだ!俺ぁ驚いたぜ~山手」

「何か面白い事でもあったの?」

「今朝大和から聞いたんだけどよ、お前らついにキスしたらしいな~」

「なっ!」

 

僕は勢いよく立ち上がった。座っていた椅子が勢い余って後ろの大和さんの机に当たってしまって大きい音が教室中に響いた。

え、いや、ちょっとまって。なんで大和さんはそんな恥ずかしい事を言いふらしているんですか!ビッチなの?

 

「どうしたんですか?山手君。すごい音が廊下まで聞こえていましたけど」

 

大和さんがタイミングよく教室に入って来る。手にはハンカチが握られていて手を拭いているようなしぐさを時折している。

 

「大和さん!どうしてあんな事を桃谷に話しちゃったの!?」

「え、えっと……。話が全く分かりませんけど……」

「キスしたことだよ!僕たちが!」

「ちょっ!山手君!声が大きいですよ!」

「そんな事を言いふらしていたのは大和さん……で、しょ……」

 

僕は急に我に返ったんだ。

だって僕と大和さんはいつもと同じように一緒に登校して、教室に入る前に大和さんはお手洗いに行ったから僕が最初に教室に着いた。それに僕が教室に着いた時にはすでに桃谷がいたから……。

 

桃谷が大和さんと話す機会なんて女子トイレに潜伏していない限り不可能だ。

 

 

何故だろう。すごく身体が冷たくなってきている。半袖のシャツも冷たい汗でぐっしょりなんだけど……。

大きい音を立てたからクラス全員が僕たちを見ている。

 

「は……はったりのつもりだったんだけど、山手……お前まじか」

「ははは……な、何のことかな?」

 

あ、運動部の男が一人食べかけのパンを握力で潰してる。

そう言えば小学校の時、コッペパンを両手で縮めて「これならパン嫌いでも一口で食べれるぞ」とかやったっけ。口に入れた瞬間地獄だったな……今はそれどころじゃ無い。

 

「お前、中学校を卒業するだけじゃ足りないからって童……」

「桃谷!これ以上しゃべらないで!」

 

 

 

 

今日は学校が半日で終わりなのに僕は乾燥させた唐辛子のようにげっそりしていた。理由は言わずもがなだと思うから割愛するね。

大和さんはクラスの女子に連行された。かばんはまだ置いてあるから教室に帰って来るはずだけど連れていかれてもうすぐ一時間が経つ。

 

帰ってきたら大和さんにちゃんと謝ろう。

 

 

僕は大和さんが帰って来る間、今まで起きた事を日記に殴り書いていたんだ。

でも、この時に思った事があったからその事について書く。

 

「大和さんと会って、もう半年になるのか」

 

たしか、ここで僕が帰ろうとした時にこの日記を落として、それを大和さんが拾ってくれたんだ。

あの時の僕は惰性で動いていたけど、今は違う。

 

僕は、歩きたい道を見つけたんだ。

まだ僕は何もやり遂げていないけど、本当に小さいけど、一歩進んでいる。

たとえそれが、亀が踏み出す一歩ほどの歩幅であっても。そんな一歩を踏み出し続ければ、いつかウサギにも勝てるんだ。

 

 

「どこか遠くに行きたい……」

「あ、大和さん。その……お疲れさま?」

 

大和さんが抜け殻状態で教室に戻って来て、僕の早とちりのせいでこんな姿になってしまった大和さんを見ると罪悪感しか湧かない。

 

「その、大和さん。今日の事は僕が全部悪い。ごめんね」

「良いですよ……。それより、中学生の女子って怖いッス……」

 

聞いた話を抜粋すると、「やっぱり体育大会の時から付き合ってんの?」とか「ファーストキスだったの?」とか「初めてのキスの味は?」とか。

本当にごめんなさい、大和さん。

 

「元気出して?……ほら、大和さん。楽器店に行こうよ」

「おお!良いですね!たしか今日は新しい機材が入荷される日ですよ~!」

 

「山手君!急いで行きましょうっ!」と言ってかばんと僕の腕を掴んで走り出す大和さんを見て、やっぱりこうじゃないとねって思った。

 

 

 

 

楽器店に着いてからの大和さんは、学校にいた時とはうってかわっていつもの機材モードに突入していた。

「この会社さんだったら良いコーラスエフェクターを作ってくれると思っていましたが、本当に実現するとは!」なんて小さい機材の入ったショーケース前で興奮したり、小さいPAミキサーを前に「これなら家に置けそうですね~!色々試したいことが……フヘへ」って言ったり。

 

他にもたくさんの名言が飛び出したんだけど、僕は以前までは宇宙人と交信しているみたいに意味不明だった言葉たちが、単語ごとに意味が分かるようになってきたんだ。

 

僕も近い将来、機材オタクになるのかもしれない。

 

 

その帰り道、たしか……花火を観ていて野良犬に襲われそうになった公園付近での出来事だったと思う。

 

「山手君」

 

こんな感じで僕は大和さんに話しかけられたんだ。空はきれいな夕焼けで、赤らめた太陽を背景に位置している大和さんはとても映えていた。

 

「ジブン、あれから考えました。ハロウィン祭の事」

「うん」

「何度も考えたんですけど、答えは同じで……。ジブンはみんなの前で演奏なんて出来ないですから」

 

僕はふーっと息を空に向けて吐いた。

僕には大和さんの出した答えに反論するつもりなんて無いし、そんな権利も無い。だから僕は笑顔を作ってその答えを受け入れようとした。

 

だけど大和さんの言葉にはまだ、続きがあったんだ。

 

 

「ですが、それは昨日まででした」

「え?」

「ジブン、今日気づいたんですよ。君と、いや山手君となら出来るんじゃないかって」

 

その時の大和さんの表情は、夕焼けのきれいさなんて足元にも及ばないくらいの、輝いた表情に見えた。

 

「ジブンも山手君と一緒に演奏したいですっ!」

 

僕は左手を大和さんに向けて出す。そして僕は言う。

 

「大和さん、よろしくね!」

「はいっ!」

 

大和さんは僕の出した左手を両手で握ってくれた。大和さんは「迷惑をかけるかもしれませんが」って言っていたけど、フォローするに決まってる。

 

 

ほらね。僕はカメみたいな小さな一歩を踏み出している。

君も進んでね。小さな一歩を。

 

 




@komugikonana

次話は12月24日(月)の22:00に投稿予定です。
次の投稿日ってクリスマスイヴなんですね……私はぼっちですので元気に投稿しますのでよろしくお願いします。

新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterをフォローしてくれた方もありがとうございます!

評価9と言う高評価をつけていただきました 空中楼閣さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

麻弥ちゃんがハロウィン祭で聡士君と演奏する事になりました。この先の展開もどうかご期待ください。

では、次話までまったり待ってあげてください。

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