ジブンの家の前まで聡美さんに送っていただいて家に帰りました。家では母が山手君の具合を聞いて来たんですが、ジブンは迷わず良い顔で寝ていました、って答えました。
その後はご飯を食べて、お風呂に入ってから少し勉強をしましょうか。
自室に入って通学かばんを開けると、いつもはここにはいないから居心地の悪そうにしている山手君の日記がそこにはいて思わずクスッと笑ってしまいました。
明日も、これからもずっと笑顔で君に会いに行こうって決めた後は少し勉強して寝ました。
そして君が目覚めないまま、中学校の終業式を迎えました。君の日記風で言ってみるならば「ぽっかりと空いた君の存在に打ちひしがれながらも、周りの生徒と同じように少しの希望を追い求める12月22日(月)」と言ったところでしょうか。
あれからジブンは毎日1日も欠かすことなく病院に通いました。あれから二週間が経っていますから足の筋肉なども少し減ってきているのが目に見えてきましたが、顔色はとても良いんです。すぐ目覚めて「おはよう、大和さん」って言いそうなんですよね。
桃谷君とかは1回しか来ていません。「山手はこんな事で死ぬ奴じゃないから意識が戻るまで会わない。もし死んだらぶん殴りに病院に殴りこむ」って言っていました。
ジブンもこれから山手君に会いにもう通い慣れた病院までの道を歩きます。学校から片道30分もかかりますから最初は大変でしたけど今は慣れました。
「♪~」
病院が見えてきたところでジブンの携帯が鳴って心臓が救急車のサイレンのように高鳴りました。もしかしたら山手君が……って思ってジブンは勢いよく電話に出ました。山手君の声が聴けるかもしれないって思ったんです。
「もしもし!」
「お忙しいところ申し訳ございません。私、芸能事務所trueの斎藤と申します。大和麻弥さんのお電話で間違いございませんでしょうか」
「あ、はいそうですが……」
ジブンは山手君関係で無かったことに少し落胆しましたが、芸能事務所からの電話でまた違った緊張感がジブンを包み込みました。
「大和さんにはぜひ最終面接に進んでいただきたいのですが、どうなされますか?」
「はい!受けさせてください!」
「ありがとうございます。日時なんですけれども24日の水曜日、午前10時から1時間を予定しておりますが大丈夫でしょうか」
「はい!大丈夫です」
「分かりました。では24日の水曜日の午前10時にお待ちしております。失礼します」
「お電話ありがとうございました!失礼いたします」
向こうから電話が切れた事を確認してからジブンも電話を切る。
左のポケットに入っている緑色のお守りをきゅっと握りました。君の言う通りでしたね。立ち止まってばっかりだと思っていましたが、本当に去年から進めていたんですね。
いや、もしかしたら君と二人で一緒に頑張ったからかもしれませんね。
「今日も来ましたよ、山手君」
ジブンは君が眠っている病室に入って挨拶をする。マフラーと手袋を通学かばんの上に乗せる。今日の君も気持ちよさそうに寝ていますね。
「山手君!さっき電話があって最終面接に呼ばれましたよ!スタジオミュージシャンまであと一歩の所まで来ましたよ!」
まだ誰にも伝えていない大事な事を、一番に知ってほしい人に伝えました。電子音で聞こえる規則正しい心音なんて今は耳に入りません。
君の手を優しく握る。ほんのりと温かい手は離したくないほど気持ちが良いんです。
「ジブン、絶対にスタジオミュージシャンになります!ですから山手君も目を覚ましてジブンと一緒に喜んでくださいよ?約束ですからね」
握っていた君の手をちょっとだけ細工してジブンの小指と絡ませる。指切りげんまん。
嘘ついたら針千本どころかドラムスティックも飲ませますからね。
「あ、そう言えば懐かしいものを持って来たんですよ、山手君」
芸能事務所からの電話があったり、君と約束したりと病院に来てから忙しくてジブンは君に聞かせてあげようと思って持ってきたものをうっかり忘れていました。
それはボイスレコーダー。
「覚えていますか?ハロウィン祭の練習で自分たちが初めてスタジオで合わせた時の音源ですよ」
実は昨日、君に速く目を覚まして欲しいからネットで昏睡状態について調べたんです。ネットの情報ですから全てが正しい情報では無いとは思っていますが、少しでも知識になればと思ったんです。
ネットに書いてある事は時々残酷で、昏睡状態に陥っての回復はまず見込めないだとか、植物状態だとか出てくるんです。
しかしジブンは少し気になる情報を得たんです。思い出深い音楽を患者に聞かせると良いと言う情報です。
ジブンは音量を小さく、尚且つしっかり君にも聞こえるような絶妙な音量で録音を再生しました。
伴奏が始まってから久しぶりに聴く君の声に寂しさで胸が締め付けられましたが、一方できれいな君の声に心が満たされ、ジブンはシーソーのようなドギマギと照れくささを覚えました。
サビに差し掛かって、君の声とジブンの歌声が合わさる。
「こうして聴くと、言葉には上手く出来ませんけど、良いですね山手君?」
録音したのは二ヶ月ぐらい前だからそこまで昔の出来事ではないのに、懐かしく感じる。君の声が聴けなくなって二週間ぐらいだから最近の出来事なのに、寂しく感じる。
けれど、当時の思い出が目を閉じれば鮮明に浮かび上がって来て目頭が熱くなるような、けれど心が満たされるような。そんな感じがしました。
ジブンは君に問いかけた時、つい咄嗟にえっ、と声を出してしまいました。
一体どうしたんですか?山手君。
「どうして、山手君は泣いているんですか?」
何度も目をこすって見直しました。けれど何度見ても同じでした。
眠っていて、ピクリとも動かない山手君の目から一筋の涙がこぼれて頬を伝ったんです。
サビが始まって、終わるまでに見せた君の行動にジブンは思わず寝ている君の首にそっと抱き着きました。
ジブンはここにいますよ。
現在、ジブンは部屋で面接の練習を一人で行っています。
あの後、担当医や看護師の方に君が涙をこぼしたと言う事を伝えたのですが、誰もが「見間違いじゃないかな」と返答されました。
でも、ジブンは違います。君が見せてくれた「行動」だと思っています。例えみなさんに虚像だと言われても、ジブンは確かにこの目で見ましたから。
虚像も見ることが出来れば実像なんです。
もう日付もまたぎましたから正確に言えば明日ですが、面接の日が近づいてきました。
疲れをためないように今日はもう寝ましょう。
ジブンは寝る前にいつも君の日記とお守りを手に持って君との面会が終わった後の事を伝えるんです。……母からは「怖い」と言われてしまいましたが。
面接の日は朝から事務所ですから、朝は行けませんが昼には絶対に君に会いに行きますから。
待っていてくださいね。
@komugikonana
次話は1月23日(水)の22:00に投稿予定です。
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~次話予告~
麻弥ちゃんは最終面接。クリスマスイヴの日に奇跡は舞い降りるのか!?ラスト、麻弥ちゃんが……!?お楽しみに!!
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