「行ってきます!」
新年を迎えて、この冷たい風も年を越したのかなって思いながら僕は家の外に出る。
今日は始業式だから久しぶりに着る制服に少しウキウキしながら家の前にある電柱で立っている君に会う。
「おはようございます、山手君!」
「おはよう、大和さん。じゃあ行こうか」
僕は松葉杖を両手に持ってゆっくり歩いていく。足が治るのはまだまだ先らしい。受験までには治ってほしいと思う反面、ゆっくり歩くから長く大和さんと登校出来ると言うメリットを失いたくない僕もいる。
「……山手君、もう少し速く歩けませんか?遅刻してしまいます……」
「ははは……大和さん、一緒に遅刻して反省文を書こう」
「そんなの嫌ですよーっ!」
どうやらゆっくり歩きすぎたらしい。三学期って一番少ないけど、今までの集大成だから何が起きても楽しい思い出になる気がする。
ミニトマトと同じだと思う。実が出来るまで時間はかかるけど、実が出来て赤くなるまでの方が期間は短いのに印象に残る。何事も最後が良かったらそれで良い。
「ねぇ大和さん。さすがに怒っても良いよね?」
「あ、はは……」
僕も約一ヶ月ぶりの学校とあってちょっと楽しみだったんだ。だけど、僕の机を見たら、どうしてそんな事を思っていたんだろうってなった。
机の中にカビが生えたパンが置いてあった?そんなの捨てたら終わりでしょ。
机に下ネタが彫られてあった?そんなの机を変えたら一件落着。
じゃあ、何があったのって思っているよね。
僕の机の上に花瓶が置いてあったんだ。菊の花が活けられていた。
教室の端っこで笑いを堪えている桃谷も忘れてはいけない。
「やって良い事と悪い事が世の中にはあるってしっかり桃谷に教えなきゃ」
途中まで良くても、最後にやらかしてしまったらすべては水の泡になってはじけて消えてしまうんだ。桃谷のようにね。
今日は始業式だから学校は午前で終わりを迎える。学校に残って勉強の発散に運動している人や学習塾にそのまま行く人など時間の使い方は十人十色。
僕は大和さんに付き添ってもらって自宅まで帰るけど、今日はちょっと遠回りして帰りたい気分だ。
「大和さん。ちょっと遠回りして帰らない?」
「え?……良いですけど」
「やっぱり辞めた。まっすぐ家に帰ろ」
「え?ジブンに気を使わなくても良いですよ?」
「僕、足が折れてるの忘れてたんだよね。さぁ帰ろう!」
大和さんも僕の事を気にかけているから、おあいこだよ。
遠回りして帰ったらあの日みたいにまた事故にあっちゃうって思ったのかな?
あんまり聞く事じゃないけど、もしトラウマを植え付けたのならその芽を取ろう。
「大和さん。言いたいことがあるけど良いかな?」
「松葉杖で手が疲れましたか?おんぶ以外なら聞いてあげれますけど」
中学校から僕たちの家に変える方向にある橋の上でそんな事を言った。
この橋の下の川は都会のわりにはきれいな川が流れていて、春になれば河川敷の脇にあるソメイヨシノが一斉に花開くんだ。
「遠回りして帰ったら、また事故にあったらどうしようって考えた?」
「あ、はは……。勘が良いですね、山手君は」
「僕は大和さんの事なら何でも分かるよ」
「ま、また変な事を急に言い出すんですから」
桜の花びらのような顔色になった大和さん。でも僕にはちょっとつらそうにも見えた。
橋の下を流れている川は心なしか汚れて見える。流れ方も荒々しい。
「その、怒らないで聞いてくれますか?」
「うん。僕で良かったらぜひ聞かせて欲しい」
「山手君が昏睡状態に陥っていた時に、ジブンは山手君の日記を何回か読んだことは知っていますよね」
知ってる。二人でキスした後、僕は母親に電話をして大和さんを家まで送ってあげてほしいって伝えて、別れ際に返してもらった僕の日記。
その日記は後半になるにつれて所々ふやけていて大和さんがどんな状態だったのかは火を見るよりも明らかで僕の胸をくすぐった。
「山手君の日記を読んでみたら、脳裏でその時の思い出が映像になって流れるように感じました。きっと山手君の想いが詰まっているからです」
「そこまで想いを込めては無いけどね」
「それで……山手君が事故にあった瞬間も映像になって流れてしまったんです。ジブンで書いた文章なのに、思い出してしまって……」
つらいんです、って大和さんは言った。僕は気を失っていたからどんな事故現場か分からないけど、昏睡状態に陥るくらいの衝撃を受けたんだからひどい現場だったのだろう。
「山手君の日記を悪者みたいに扱ってしまってスミマセン」
「ううん。大和さんは何も悪くないから安心して」
僕が日記を始めた理由は、今日の出来事をバネに明日は今日より一歩進みたいから。でもそれはちょっとでも日記に関わってくれた大和さんにも当てはまるんじゃないか?
僕も目を覚ましてから毎日日記を書いているけど、以前のように書けなくなっていて何か違うなって感じ始めていた。
僕は通学かばんから日記を取り出す。A4サイズでA罫の薄い青色の大学ノート。
それを僕は思いっきり、
川に向けて放り投げた。
「山手君!何をやってるんですか!」
「多分、これが正解だと思うから」
僕の手から離れた日記は荒々しい川の流れに飲み込まれて、見えなくなった。
今まで僕が毎日やっていた習慣を放棄する事だからダメな事だと思う。今まで積み重ねていた山を一気に崩したようなものだから。
でもね。
「誰かを不幸にするような日記なんて僕は望んでいないし、僕は日記を書くことで逃げていた部分もあったと思うから」
「ですが、山手君の毎日の頑張りを否定しているみたいに見えてしまいます……」
「違うよ、大和さん。日記を書かなくても僕はもう進めるから」
だからさ、大和さん。
「だからさ、大和さん!後ろを見ないで前を見て歩こうよ。もう僕は戻って来たし、どこにも行かないから」
「山手君……」
怖いのも分かる。だけどきっと大丈夫なんだ。
「一緒に前を向いてゆっくり歩こうよ!大和さん!」
「はいっ!」
僕は思い切り一歩を踏み出したけど、骨折している事を忘れていて盛大にバランスを崩してこけてしまったけど、大和さんは笑顔だった。
きっと、明日になればこの川も元通りきれいな川に戻るだろう。
「ただいま」
大和さんと別れて僕はまだ誰もいない家に着いた。ちょっと疲れたからソファーに腰掛けて松葉杖を床にそっと置いた。
偉そうな事を大和さんに言ったけど、僕も実はちょっと悩んでいる事があった。
それは大和さんに告白するかどうかと言う事。
もちろん僕は大和さんの事が好きなんだ。その事実は変わらない。大和さんはどう思っているかなんて分からないけど、僕を嫌っているようなしぐさは無いからもしかしたら……なんて思う。
でもさ、来年から大和さんはスタジオミュージシャンになるんだよ?事務所に所属するから芸能人なんだ。一方、僕は一般人。
僕には到底届かないところまで大和さんは行ってしまったように感じたんだ。
「どうしたら良いのかな……」
僕の小さなつぶやきが、暖房によって発生したカラカラとした空気に呑まれてどこかに行ってしまう。
告白しても良いのかな?
僕の想いを伝えたら、これから頑張る大和さんの足枷にならないかな?
僕はいつもの癖でかばんをごそごそして何かを取り出そうとして気づいた。
そうだ。僕はさっき日記を川に投げ捨てたじゃないか。その時僕は一緒に前を向いてゆっくり歩こうよ、って言ったよね。
もう決めた。もう迷わない。
この想いを、卒業式が終わったら伝えるんだ。
@komugikonana
次話は2月1日(金)の22:00に投稿予定です。
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~次回予告~
卒業式。今まで秘めてきた僕の想いを伝える、運命の日。
卒業式は静かには終わらなくて……!?そして最後、隣にいる君と一緒に最後まで観よう、ね?
では、次話までまったり待ってあげてください。