「うおお……明るい」
深界一層。
始まりの階層、奈落の縁。
そこは、太陽の光であふれていた。
二層はとても薄暗かったため、余計に眩しく感じる。
光だけではない。緑が溢れている。水も、生命も。いままでの階層とは大違いだ。
ここまでくれば、地上とそう変わらないはず。
「一応は穴の中なのに、なぜこんなに明るい……?」
「まぁ、色々とあるのさァ」
ぞんざいな返答だけして、オーゼンが歩き出す。
おい待て、まだ私の観光が終わっていない。
まだ見たいものが沢山……
「むっ」
違和感を探知!
無駄口を叩いてオーゼンにどつかれる遊びをやめて、そちらに向かう。
私の背丈より成長した草(万死に値する)をかき分けると、それはあっさりと見つかった。電報船だ。手にとって調べてみると、ガス袋に穴が開いている。鳥にでも襲われて、ガスが抜け墜落してしまったのだろう。
「待て……今、どうやってそいつを見つけた?」
「んー、何となく? ノリで?」
私を追いかけてきたオーゼンの問いに、適当に返答する。
うまく説明できないが、ビビビと来るのだ。
なんとなく、もやっとした感覚。そうとしか表現できない。
腑に落ちないといった表情のオーゼンだが、諦めたのか追及を止め、電報船に乗せられていた紙を手に取って広げる。
「中身は、二層のスケッチか? ついでだ。こいつも持って行こう」
「まぁ待てオーゼン、気が早い。せっかく電報船がここまで運んできてくれたんだ。最後まで役割をまっとうさせてやろうじゃないか」
スケッチを鞄に入れようとするオーゼンを抑え、私は腕まくりをした。
見た感じ、簡単に直せそうなのだ。チャレンジしてみたくある。
ふへへ、なんだかワクワクしてきたぞ。
電報船の損傷個所を確認。近くにあった水たまりにガス袋を沈めてみるが、穴の開いた箇所以外からのガス漏れは無し。柔らかい草の上に落ちたからだろう、損傷は軽微だ。
開いた穴からガス種を放り込み、手早く補修。糸で縫った上から、温めた樹脂を塗りたくる。これで、ガスが漏れないはずだ。あとは軽く火にあぶってやるだけで完了。樹脂部分を熱してしまうと再び溶け出してしまうので、そこに注意しつつしばらく待つ。一度濡らしたため時間はかかったが、中に入れた種が熱で破裂。ガスを発生させて──
「ほら、浮いた」
「へぇ……」
ものの十分程度で完璧な補修をこなした私に対し、オーゼンは驚きの表情だ。
オーゼンが驚くなんて、これはレアなのでは?
「裁縫道具に、補修用の樹脂。シーカーキャンプにあったものか。いつの間にくすねて来たんだろうねぇ」
「や、有効活用しているのだから良いのでは」
適当にごまかしつつ手を離すと、電報船がゆっくりと上へと登っていく。
樹脂を塗った面を下にしたので、いい感じでバランスも取れている。これなら、地上まで上がってくれることだろう。
「害獣除けは、塗らなくてよかったのかい?」
「焦げ臭さ満点の電報船を襲うような鳥は居ないのでは? 三十分ぐらいなら持つはず。それだけあれば、地上まで届く」
「まぁ、そうだね」
電報船は、どんどん高度を増していく。
ものの数分で、その姿は見えなくなった。
満足した私は、移動を再開……おい待てオーゼン、置いていくな。
走ってオーゼンを追いかけつつ、ちらりと上空を見上げる。電報船が落ちてくる気配は無い。久しぶりに弄ったが、どうやら腕は衰えては──久しぶり? いや、電報船を弄るのは初めてだ。
初めてでこんな完璧な仕事をこなすなんて。
やはり、私は天才なのでは?
◇◇◇
そんなこんなで、寄り道をしながら色々拾い集めつつ、私たちは地上を目指した。
今までと比べると、格段に楽な道のりだ。なにせ、観光ができるぐらいである。
鳥の鳴き声が聞こえる。
近い。捕まえて、食ってしまうのもいいかもしれない。
連中、私が姿を見せるとすかさず襲い掛かってくるのだ。鳥というものは、子供を見たら襲う習性があるらしい。私の常識と乖離があるが、襲われるのは事実なので、私の常識が間違っているのであろう。
今日のご飯を確保したあと。
明るい日差しに照らされながら、深界一層を登る。登る。登る。
もっと上までいけば、頻繁に人とすれ違う程だという。
上昇負荷も、気持ち悪くなって吐きそうになる程度……オロロロロ。
「汚いねぇ」
おいこらオーゼン、吐いている人間に追い打ちをかけるんじゃない。
お前には、人の心がないのか。
あと、なんでオーゼンは平気そうなの。
「オロロロロ……お、あれはなんだオーゼン。風車か?」
「切り替えが早い」
謎の建造物を見た私は、瞬時に体力を回復させた。
ふーむ、風車とは。たしかにここは風が強い……が、あと少し下ならもっと強いのだ。なぜこんな中途半端な所に。
「そもそも、あれは何のための風車? こんな所で風車を回す必要性を感じない」
「今は使われていないが、昔はあれで水を汲み上げていたみたいだねぇ。おそらく、その辺で畑でも耕してんだろう」
「まじか。すげぇな昔の人」
こんな所で日常を過ごす? 上昇負荷はどうした。
昔の人は、みんなオーゼンのような人だったのかもしれない。
なにそれ怖い。そんな世界は滅んでしまえ。
ふむ? そういえば、六層にも都と呼ばれている場所があったような。
そんな所に都を作るなんて、大昔の人は、常軌を逸しているとしか思えない。ここで農業を営むのとは、わけが違う。
そも、住みやすい所に人が集まるからこそ、町ができるのだ。
住みにくい所にわざわざ町を作るとか、ぜんぜん意味わかんない。
それとも、あれか。
昔の六層は、町を作るのにいい場所だったとでも言うのだろうか。
「ありえないか。地上より奈落のほうが住みやすい、なんて状況は」
「どうかねぇ。何にだって、例外はツキモノさ」
「オーゼン、常識で考えた方がいい。オーゼンはどちらかというとゴリラ寄りの存在だから、人としての常識に疎いのは理解している。しかし人類というものは……あいたっ! この程度で怒るとは、大人げないぞオーゼン」
無駄口を叩き、気分を紛らわせながらも足を前に出す。
このペースなら、明日には地上に着きそうだ。
今までとは段違いのスピード。上昇負荷が弱いと、こんなにもペースが変わるものか。
「もうすぐ、深度六百メートルだ。そこにエレベータがあるけど……君と一緒なら、裏口から登った方がいいかなァ」
「裏口とな」
「スラムの住人が、盗掘する時によく使う場所さ。君は探掘家ではないから、正規のルートが使えない。盗掘者扱いされたくないなら、こっそりと登るしかないよ」
「盗掘者扱いされないために、盗掘者と同じルートを登るとは皮肉が効いているな……お、空が見えてきた」
空。始めて見る景色。
青い。綺麗だ。
まるで、吸い込まれるかのよう。
なにもかもが雁字搦めで縛りつけられる地上とは違い、空は自由だ。誰にも辿り着けないがゆえに、誰にも邪魔されない。
空の彼方まで飛んでいけば、どこまでも自由になれる気がした。
だから、私は旅立ったのだ。
そう。空は私の原点だった──
「……あれ」
そこまで考えて、思考にノイズが入った。
ザリザリと、耳障りな音。頭がぼーっとする。回路が焼き切れてしまったように、思考が繋がらない。
えーっと、何だっけ。
私は今まで、何を考えていたんだっけ。
空を見上げて、何かに思いを馳せていたような気がするのだけれど、思い出せない。
私は、何をしようとしていたのか。
なぜ、空を見上げているのか。
なんでこんな所にいるのか。
というか、そもそもの疑問として。
「私って、誰だっけ」