オーゼンの拾いモノ   作:ぽぽりんご

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第11話_憧れは止まらない

 

 

■誰かの夢

 

 

「要は、風の影響が怖いんだろう? なら、こういうのはどうだ」

 

 そう言って、私は手にした飛行船──の、模型に風を送る。

 すると、模型はくるくると回り始めた。

 要は、垂直軸型の風車と同じ原理である。

 

「同じ側に風を受け続けるから、致命的に傾くんだ。なら、回してやれば安定する」

「……お前は、こんな船に乗りたいのか?」

「ぜったいに嫌だ」

 

 当たり前だ。誰がこんな船に乗ると言うのか。

 これを考えた奴は馬鹿ではないか?

 まぁ私の事だが。

 

 

 図面と模型、試作品の散乱した部屋。

 数日前に片付けたばかりだと言うのに、もう床が見えなくなっている。

 どうして、こうなってしまうのだろう。

 もしかすると、夜な夜な妖精さんが散らかして回っているのかもしれない。

 でなければ、説明のつかないペースだ。

 

 ちなみに、妖精さんも私の事である。

 

「なら、これは? 筒の中に、木のブロックと水を入れてある。木は当然水に浮くから、船が傾くと、傾いたのとは逆方向に木が移動。壁をノックする勢いで、傾きを正そうという考えだ。模型で試したら、なぜか余計にバランスを崩す結果になったけれど」

「当たり前だろう……そもそも、装甲板なんてつけた上に、さらに重りをつけるなど論外だ。重りをつけていいのなら、とっくにつけている。仮に乗せるとしたら、単純に船の最下部にバラストを配置した方がいい」

「そうかー、だめかー」

 

 私は、後ろに倒れこんだ。

 この部屋で唯一の安息場所、マイクッションが私の体を受け止める。

 

 

 

「お前は技術者ではない。なぜこんなことを考えている?」

 

 技術者の彼が、私に問いかけてきた。

 言外に、無駄な事をするなと言われている気がする。

 しかし、無駄などありえない。私は天才の類なので、きっと誰も考え付かないような画期的な発明をしてしまうはずなのだ。いつか。きっと。

 

「一応、上からの指示だろう? 乱気流の中でも飛べる船を作れってのは」

「どこを飛ぶつもりなのかは知らんが、わざわざ危険を犯して飛ぶ必要はないと思うがね」

 

 それは確かにそうだが、いつでも安全な場所に着陸できるとは限らない。万一の事を考えるのは、悪い事ではないと思うのだが。

 

「連中は、使うために作ろうとしている。目的もある程度、察しはつく。そんな船は作らない方がいい」

「夢がないなあぁ、君は。どんな場所でも自由に飛び回れる船が欲しいと思わないのか?」

 

 夢ばかり追い求める私とは正反対だ。

 だからこそ一緒に居られるのかもしれないが、少々寂しく感じる事だってある……一緒に馬鹿な事をやってみたいとか、そういう感情もあるのだ。

 

「夢に殺されたくないだけだ。僕は臆病だからね」

 

 起き上がって、彼の目を見る。

 臆病には程遠い。彼も私と同じく、飛行船馬鹿だ。寝る間も惜しんで、飛行船の事ばかり考えている。

 そんな彼が「夢に殺されたくない」なんて、らしくない。

 だから、私は彼に聞いてみた。

 

「お前は、乗らないだろう?」

「君が乗るだろう。臆病にもなるさ」

 

 その返答をうけて、私はきょとんとしてしまった。

 頭の中に言葉が浸透していくにつれて、自然と笑みが零れてしまう。

 

「なんだその笑みは。気持ち悪いぞ」

「いやいや、精一杯の嬉しさの表現だよこれは。私のことを心配してくれているのか。うんうん、結構結構」

 

 彼の背中をばんばんと叩く。

 彼は嫌そうな表情をするが、されるがままになっていた。

 

 

 そんな馬鹿な話ばっかりしながら、今日も一日が過ぎていく。

 空を飛ぶために、毎日を過ごしていく。

 これが私の日常だ。

 

 

 

 

 私が空に憧れたきっかけは、一冊の本だった。

 小さな頃に読んだ、ありふれた物語。

 空を飛び回り、世界中の財宝を漁る冒険譚。 

 

 初めて読んだ日は、眠れなかった。

 胸の中に灯った火が、煌々と燃えさかっていたのだ。

 その炎は、ついぞ消えることがなかった。

 ずっと燻り続けて、残り続けて、ついにはまた燃え始める。

 憧れは、止まらないのだ。

 心に蓋をしたところで消えはせず、その身を焼き続ける。

 

 

「お前は、またよくわからないものを作って」

 

 憧れを胸に抱いてから、数年後。

 電報船──どこかの国で使われているという、小型のガス気球を作っていると、両親からそう言われた。

 彼らは、私の憧れを快く思っていないらしい。

 なんでも、女らしくないそうだ。

 

 や、それはどうだろう。

 ガスが漏れないための縫合。風に負けず、まっすぐ上に向わせるための繊細なバランス。鳥類に襲われないための獣除け、その調合の創意工夫。全ての技術が、私の村では女性らしい物と呼ばれているはずなのだが。

 

 そう反論してみるも、両親は納得しなかった。

 私は悟った。彼らは、私の憧れを理解する気などないのだ。

 自分たちの考える生き方以外を、認めていない。

 

 

 非難する気にはなれなかった。

 私たちの住んでいるのは、吹けば飛ぶような寒村だ。

 選べる選択肢は、そう多くない。

 生きるというのは、難しいことなのだ。

 だから、彼らの態度は、正しいものなのだろう。

 

 でも、落胆はした。

 私の気持ちに同調してくれる人がいない。

 それは、とても寂しいことだ。

 まるで、私が世界に一人、取り残されてしまったかのような。

 

 

 一年もすれば、考え方が変わった。

 世界なんぞ知らん。

 世界において行かれる? 違うね。私が世界を置き去りにするのだ。

 私の向かう先には、新しい世界がある。

 もし、仮に無かったとしたら。それは、自分で新しい世界を作れるということだ。むしろ、そちらの方が素晴らしいことのように思えた。

 誰も見たことのない、誰も知らなかった世界。

 それを、私が見つけるのだ。

 

「そうさ──そんなもので、憧れは止まらない」

 

 

 

 初めて空を飛んだときのことは、よく覚えている。

 まるで心が爆発してしまったかのような衝撃。

 あんなに気持ちが暴走してしまうとは、想像以上だった。

 長年求め続けたものを、手に入れたのだ。

 乾いた大地に水を撒いたように、炎に燃料をくべたかのように、私の心は潤い、燃えさかり、激しさを増す。

 

 ああ、これなのだ、と。

 私は納得した。私は、このために生きてきたのだ。

 ずっとずっと求め続けてきたのは、やはりこれだったのだ。

 

 気球からぶら下げられた籠の中、不安定な足場に立った私は、強引に直立する。そして、近づいた空に向けて手を伸ばした。冷たい風が、火照った体に当たって気持ちいい。情熱というぐらいだ、この感情は、私の体を熱くして止まらない。

 もっと速く、もっと高く。そうしなければ、もどかしさでこの体が燃え尽きてしまうかもしれない。

 

「見たか! 私は、新しい世界を見つけたぞ!」

 

 叫ぶ。

 

 これは、誓いだ。

 口に出さねば、叶わない。

 恐れを知らぬ子供のように、恋いこがれる乙女のように、私は感情のままに叫び散らした。

 

 

「次はもっとお前に近づくからな! 覚悟して待っていろ!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「復ッ活ッ!!」

 

 私は気合を入れつつ起き上がった。

 なんだか体調が優れなかったが、少し休んだら大丈夫だったようだぜ。

 

「寒い!」

 

 なんだこれめっちゃ寒い。

 周囲は真っ暗。夜だ。

 地上に近いこの場所では、昼夜の概念が存在する。

 日が昇るまでは、寝袋にくるまっているべきな気がした。

 私は凍死などしたくない。

 や、凍死するほどの寒さではないのだろうが。しかし、寒いものは寒い。

 

 私は暖かい羽毛にくるまり、温もりを堪能した。

 ちらりと周囲を見回すと、オーゼンが寝ているのが見える。

 たぶんさっきの声で起きたと思うが、私の事などスルーしてもう一度眠ったらしい。

 この辺は基本的に安全なので、見張りを立てなくても大丈夫なのだとか。

 「基本的に」をどういう意図で付け加えたのかは、少し気になったけれど。

 

 

 

 しばしの沈黙。

 落ち着いてから、色々と考えを巡らせる。

 

 さっきは突然体調を崩したが、安全な場所まで来て気が抜けてしまったのだろうか?

 四層からここまで登ってくるのは、かなりの苦労があった。シーカーキャンプで少し休んだぐらいで、それ以外は常に気を張っていなければならなかったのだ。疲れが溜まってもおかしくはない。

 そういうことにしておこう。

 

 

「あと、また変な夢をみたような」

 

 誰かの夢。

 さすがの私も、こう何度も繰り返されれば、さすがに気づく。

 私は、他者の記憶を夢という形で覗き見ている。

 自分が出会っていない(ライザ)の事を詳しく知っていたりするのは、そういう事だろう。

 

 以前見た夢で、黒ずくめのヤベー奴が言っていたのを思い出す。

 確か、「他者の過去を読み取り、自身へ取り込む」だったか?

 その言葉は、確信を突いているように思えた。

 

 

 ただ、今回の夢は、今までと毛色が違うような気がする。

 

 オーゼンの夢は、オーゼンがすぐ傍にいたから見たのだろう。

 探掘家の夢は、彼女の笛が枕元に埋まっていたから見たのだろう。

 黒い変態が出てきた夢も、私が寝ていたのと同じ場所で起きた出来事だ。

 何かしらの繋がりがあった。

 

 しかし。今回は、見たこともない場所が舞台であり。

 登場した人たちも、見覚えのない人たちばかりだった。

 そこが、今までと明確に違う。

 

 

「……自分の夢、か?」

 

 本当の意味での、ただの夢。

 どうだろう。理由は説明できないが、違う気がした。

 頭の中で作り上げたにしては細かい所まで練られているし、自身の過去の思い出という線も無さそうだ。

 記憶なんて無いけれど、たぶん私はあんな長い年月を生きてはいない。

 

 

 とすると、他にどんなことが考えられるだろうか?

 先程の夢は、今までの夢より鮮明だった。夢の主が子供だった時から大人に成長するまで、余す所なく見てしまったのだ。今までの比ではないほど、強い結びつきがあるはず。

 

 私と繋がりが強い人。

 そんな人が、いたのだろうか?

 

 

「──ああ、そうか」

 

 思わず呟く。

 ふとした思いつきだが、これが正解だと思う。

 私が出会った事のある人物で、私と強い結びつきのある者。

 私自身が覚えていなくとも、出会わない事などありえない。

 媒体というなら、これほど強い物もないだろう。私の体は、全て彼女が造ったと言える。

 だからきっと、そういう事なのだろう。

 

「私の母親の夢、か」

 

 あまり、考えないようにしていた事だ。

 なぜ私は、あんな所に一人でいたのか。

 なぜ、記憶が無いのか。変な遺物を体に埋め込まれている理由は?

 そして、私はいつ、どうやって生まれたのか?

 

 先程の夢の続きを見れば、わかるのかもしれない。

 しかし、恐怖を感じる。

 漠然とした不安だ。

 果たして、夢の続きを見ていいのか。

 

 

 

 頭を振って、余計な考えを頭から追い払う。

 別に、今すぐ解決しなければならない問題ではない。

 奈落から出て、安全な場所でゆっくり考えればいいことだ。

 

 私は気を紛らわすために、奈落の外へと目を向ける。

 上空を見ても、見えるのは暗闇ばかり。

 今は夜だ。太陽の光がなければ、奈落の底を見下ろしているのと変わらない。

 

 

「空、ねぇ」

 

 しばらく見つめ続けるが、変化は無い。

 ただ、黒一色が広がるのみ。

 あと数時間もすれば、日が出て色味も変わってくるのだろう。

 それを眺めているのも、いいかもしれない。

 

 夢の中の自分が、あれほど渇望した光景。

 なら、きっと素晴らしい物のはずだ。

 だから、私が見ても感動するのかもしれない。

 そんな期待感も、無いわけではない。

 

 

 だが。

 

 

「そんなに、見たいものなのか?」

 

 

 そう思ってしまう。

 

 目をつむる。視界は黒一色。

 目を開けていても閉じていても、見えるものは大して変わらない。ただの、黒。

 明るくなれば、また色とりどりの風景が見れるはず。それを待とう。

 

 私は、じっと光が差してくるのを待つ。

 耳をすませば、虫の声が聞こえてきた。

 単調な音が繰り返されるのは、やや眠気を誘う。

 

「夜の一層は、なんだか寂しいな」

 

 

 空はまだ、見えなかった。

 

 

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