オーゼンの拾いモノ   作:ぽぽりんご

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第12話_飯を食えれば幸せだ

 

「地上だ!」

 

 空を見上げる。

 暗い! 夜明け前な上に、周囲から立ち上る煙だか水蒸気に阻まれて、ろくに星も見えない。

 

 

「町だ!」

 

 周りを見渡す。

 人影すらなく、見えるのはゴミの山ばかり。腐敗臭が酷い。

 薄暗く、汚い町並み。無秩序に増設された建物は、日当たりの事などこれっぽっちも考えていない。仮に昼であったとしても、暗く閉ざされているのであろう。

 ああ、もう。活気の欠片もねぇな!

 

「オーゼン。爆上がりした私の期待値が、滝に落ちる勢いで急落中なのだが」

「スラムだからねぇ。今日を生きるのに必死な連中さ。期待するようなものではないだろう」

 

 そう言って、オーゼンは歩き出した。

 こそこそと夜明けを狙って地上に出たにしては、堂々とした歩みだ。いくらこの時間とはいえ、道のど真ん中をこんな怪しい奴が歩いていたら、注目の的であろう。

 目立たず行くのではなかったのか?

 や、オーゼンに目立つなというほうが無理なのはわかっているのだが。

 というか、夜明け前に移動をはじめるなら言っといてくれよ。

 

「これから、一休みできる所に向かう。今までよりはマシな食事が用意できるだろうさ」

「そうか? しかし、オーゼンの料理は期待できないからな……や、待て。デコピンは止めろ。大人げないぞオーゼン」

「安心していい。便利に使える奴を預かっていてね、作るのはそいつさ。器用だし、頑丈だしでなかなか気に入っているんだ」

 

 なぜだか、まだ見ぬそいつに親近感を覚えた。

 不思議な事もあるものである。

 

 

 

 そんなこんなで、オーゼンの隠れ家に到着。

 道中の記憶? 忘れた。私の興味は、食事に百パーセント集中している。

 

 オーゼンの隠れ家は、一言で言えばすさまじい有様だった。なんでもかんでも、籠に突っ込めばいいと思っているのではなかろうか。家具を使え、家具を。籠は万能の収納具ではない。

 そう思い問いかけてみるも、頻繁に拠点を移すので面倒とのことだった。

 

 や、後から物を整理する方が面倒だと思うのだが。

 それとも、一度しまいこんだものは二度と使わないとでも言う気だろうか。なら、捨てろ。

 

「さて、私は出かけてくる。君は飯でも食っているといい」

「なんだ、落ち着きがないなオーゼン。飯ぐらい食ってから行けばいいのに」

「色々と、しがらみって物があるのさァ。地上に出た以上は、顔ぐらい出さないとね……代わりにこいつを置いていく。聞きたい事があれば、こいつに聞くといい」

 

 オーゼンに紹介されたのは、灰色の髪の子供だった。

 年は……八歳程度だろうか? 私と同程度の背丈だ。私には及ばないが、なかなか凛々しい顔つきをしている。名前は、ジルオというらしい。

 

 オーゼンの下僕ことジルオは、オーゼンの言う通り確かに器用であった。

 彼の作る料理は繊細で、オーゼンの図太さ溢れる調理法とは隔絶された何かを感じる。

 彼とは仲良くできそうだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 しばらくして。

 素晴らしい朝食を堪能した私は、この町の地図を広げた。

 この町の、面白そうな所を見て回るためだ。

 まだ朝日は出ていないが、空が若干明るくなりはじめている。もうすぐ朝だ。

 なら、外に出ない手は無いだろう。

 

 

 事前にオーゼンに色々聞いてはいたが、オーゼンは糞の役にも立たなかった。

 町を見て回りたいのならば、まだ子供であるジルオに聞いた方がマシだ。

 オーゼン、ほんと、ダメ人間。

 

「む、展望台か。ここも要チェックだな……ジルオ、ここには行った事ある?」

「ないな。かなり寂れている場所のはずだぞ? この町の人間は、上ではなく下ばかり見ているから」

「そういわれると、ここが駄目人間の吹き溜まりに聞こえてくる」

「間違った解釈ではないな」

 

 自分の町に対して、酷い言いようである。

 あまり踏み入った事を聞くつもりはないのでスルーするが、どうもジルオはこの町があまり好きではないらしい。

 それどころか、自分自身すら嫌悪している節がある。

 オーゼンと一緒に居てもその辺のフォローなんて期待できないし、オーゼンなんかと一緒に居る羽目になっているしで、きっとジルオはクソのような人生を歩んできたのであろう。

 オーゼン、ほんと、ダメ人間。

 

「さっきから気になっていたんだが、回る場所が多すぎないか?」

「心配はご無用。ジルオよ、私はこう見えて体力には自信がある。なにしろ、オーゼンと行動を共にしていたぐらいだ」

 

 ジルオは、私と一緒に来てくれるらしい。

 本来、ジルオはオーゼンと一緒に行動させられるはずだったらしいのだが、オーゼンに何か言われそうになった瞬間「や、俺はこの子に町を案内するんで」と発言したのだ。オーゼンに発言を許さない、すばらしい判断速度である。こいつ、慣れてやがるな。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、オースの町である。

 朝日が出るころには、町が活動を始めていた。朝早いな、お前ら!

 

「さすがに、夜明け前に比べると活気があるな!」

 

 通りに出ると、せわしなく人が行き交う姿が目に入る。

 手荷物を見る限り、店の準備でもしているのだろう。まだ日が出たばかりだというのに、ご苦労な事だ。

 

 頭上に広がるのは、青い空。

 ほとんど雲はなく、晴天と言っていい。

 やや白みがかった、透き通るような空だ。

 じっと見ていると、なんだか魂が吸い取られていくような……

 

「どうした、大丈夫か?」

「うん?」

 

 ジルオに肩を掴まれた。

 気づけば、体がかなり傾いている。

 ジルオに支えられなければ、倒れていた事だろう。

 

「すまん、空に魂を吸い取られそうになった。やはりアビスよりも明るいな。太陽が出ているから……うおっ、まぶしっ」

「君は馬鹿なのか」

 

 太陽を直接目にしてしまった。

 目がチカチカする。網膜に焼き付いた黒い影は、数分は取れないだろう。

 おのれ。私を拒絶するとは、いい度胸だ太陽よ。

 

「空をじっくり見るのは最後にしよう。まず、やるべきことは──食事だな。間違いない」

「さっき食べたのでは?」

「あれは、お腹の準備運動だ」

「そうか。準備運動なら仕方ないな……」

 

 わかって頂けたようで、なによりである。

 しかし、心なしかジルオ君からは疲れが見えるような。

 まだ出発したばかりだぞ。疲れる要素などないであろうに。

 

 

 朝も早くから開き始めた勤勉な店を巡り、飯を食う

 奈落で調味料といったら、人体に必須の塩、それと食材を腐らせない目的で使う香辛料がメインであった。

 しかし、地上ではその縛りがない。

 つまり、奈落にはない味が楽しめるということである。

 こんなに嬉しいことはない。

 

「ジルオ、ジルオ。私は、色んなものを食べてみたい。ゆえに、私と君で半分ずつ食べるのが良いと思うのだが、どうか」

「別に構わないが、そんな焦る必要はないんじゃないか? 今日食べきれなかったものは、明日食べればいい」

「や、早めに食べとかないとダメっぽい気がする。なんとなく」

「はぁ」

 

 やや嫌そうな顔、あと苦しげな表情、まるで深界一層の上昇負荷を受けたかのような雰囲気をかもし出すジルオ君の口に、残り物の食事を詰め込み私は行く。

 ふはは、私を止めてみろ。

 

 

 

「お、坊主。なんだ、今日はデートか?」

 

 屋台を巡って本日五回目の食事をとっている私たちに対し、おっさんが声を掛けて来た。

 大きな体だ。フォルム的には、人類というより熊といったほうが近い。

 

「内緒で新しいウィンチを買ったこと、奥さんに言いつけますよハボルグさん」

「お前さん、どんどんふてぶてしくなっていくな……」

 

 どうやらジルオの知り合いらしい。

 彼は熊のような外見をしているが、話をしてみると、見た目に似合わず常識的な人間であった。

 今まで私が遭遇してきた人類の中で、もっともまともな人間と言っていい。

 

 思い返してみると、私が出会ったのはオーゼン(変人)、幻覚のライザ(度し難い)、シーカーキャンプを住み家にしている探窟家達(変態)、ジルオ(生意気な子供)と変な奴らばかりだ。

 私の運勢は、もしかして地に落ちる勢いで最悪なのではなかろうか。

 あらゆる領域において天才的な才能を見せる私に対し、神がバランスを取るため運勢を最悪値に設定したのかもしれない。

 恨むぞ、神よ。

 

 

「っと、お使いの途中なんだった。坊主、嬢ちゃん。またな!」

 

 二十分ほど、ハボルグのノロケ話を聞いていただろうか。

 鐘の音が聞こえたかと思うと、ハボルグは慌てて去っていった。

 今のは、昼の鐘か? 昼食の買い出しに出ていたとすると、とんだ遅刻である。

 ハボルグは奥さんの尻に敷かれているようだし、小言は避けられないだろう。南無。

 

「ショウロウの鐘が鳴ってよかった。あれがなければ、延々とハボルグさんの家庭について聞かされる羽目になっていた」

「あの人、そんなに話好きなのか」

「奥さんの事になるとな。人が変わってしまうんだ」

 

 常識人に見えていたが、私の目は節穴だったのか。

 よくよく考えてみると、こんな町で常識人が育つはずがなかった。

 なんてこと。こんなに沢山の人がいるのに、常識人が私ただ一人だけしか存在しないとは。

 

 

「……ところで、気になっていた事があるのだが」

 

 ハボルグに手を振りながら、ジルオが恐る恐るといった面持ちで話しかけてくる。

 なんだ、あらたまって。気軽に言うと良いぞ。

 

「君は、女の子なのか?」

「それは、答えにくい質問だな」

「そうなのか。すまない、軽率な事を言った」

 

 や。

 自分でも分からんし、どうでもいいので気にしていなかったというのが正しいのだが。

 自分で体を造り変えられるので、私はどちらにだってなれる。

 今の所、性差が如実に現れる部分は造っていないが……自分では、どちらかといえば女性っぽいと思っている。

 ジルオも「女の子か?」と聞いてきたし、ハボルグは私の事を「嬢ちゃん」呼びだった。

 客観的に見ても、女性に近いのではなかろうか。

 

 

 まぁいい。

 性別など、どうでもいい。

 それよりはご飯だ。

 

 その後も、雑貨屋を冷やかしたり、路地裏で絡んできたチンピラに対しておケツ百叩きの刑を処したりしながら、私達は町を周った。

 ふむふむ、なかなか良い町ではないか?

 広大なスラムがある部分が少し気になるが、町の特色を考えると、やむをえないのかもしれない。

 奈落に挑む者が多い関係上、ここには親を亡くした子供が多い。

 そして、ここはゴミ拾いをしているだけでも最低限の収入は得られるので、子供でもある程度は生き長らえられる。

 そうして生き残った子供達が大人になっていった結果が、あのスラムなのだろう。

 

 大通りの方は、活気に溢れている。

 昼を過ぎたと言うのに、人の流れは衰えない。屋台の数は、朝の数倍にまで膨れ上がっていた。歩くのも辛いほどの人口密度だ。子供の姿では、周囲の状況がまったく見えずに苦労する。これでは、美味しそうな料理を出すお店があっても分からないではないか。人間は、視覚情報がなければ何もできない無力な存在だ。

 

「待てジルオ。鼻腔をくすぐる、この香ばしい匂いは何だ? 非常に興味深い。おそらく、魚介系の何かを煮詰めて作ったソースのようなもの。確かめる必要があるのでは」

「君は、言い方がいちいち回りくどいな。食べたいのならそう言えばいい」

「食べたい」

「そうか。なら買ってこよう。君一人分でいいな?」

 

 強い口調でそう宣言するジルオ。

 買ってくれるというのでお言葉に甘え、私はベンチに座ってジルオを待つことにした。

 できれば屋台まで行って直接選び、気になる料理があったらついでに買っておきたかったが、この人込みではしょうがない。私は、人込みの中を歩くのに慣れていないのだ。

 

 しばらく待ち、人込みの中をやっと抜け出たジルオからご飯を受け取って貪り食う。

 うむ、美味しい。

 貝を煮詰めて作ったクリームソースをたっぷり掛けたお肉。口に入れた瞬間、クリームの甘みと貝の風味が口一杯に広がる。おまけに、肉の中にはチーズが詰め込まれていた。とろけたチーズが肉汁に絡まり、得も言われぬ幸福感を運んできてくれる。率直に言って、最高では?

 

 

 

「──ん、飛行船?」

 

 食事を終えた私が幸せを噛みしめていると、顔に影が差した。

 見上げると、飛行船が町に接近してきているのが見える。

 やけに仰々しい船だ。巨大な船体に多数描かれた文様は、この町では見ない類の物。文化圏が違う国の船だ。

 無遠慮に突き進むその船からは、少々不穏な空気を感じた。

 

「また来たのか」

 

 飛行船を見たジルオが、かなり疲れた表情で溜息をもらした。

 

「また、とは?」

「カンナカムイという国の調査隊だ。以前、奈落に飛行船で挑んだ連中がいてな。案の定、失敗したわけだが……色々と、門外不出の品まで持ち込んでいたんだろう。ああして、遺品の回収に躍起になっている」

 

 他の探窟家とトラブルになる事が多いので、勘弁してほしいと愚痴をこぼすジルオ。

 妙に実感のこもった感想だが、ジルオはこの年でそんなトラブルに首を突っ込んでいるのだろうか。

 子供らしくないのでは?

 

「ふーん」

 

 私は、デザートとして買った芋の揚げ物を口に頬張りながら、気のない返答をした。

 

 もう一度飛行船を見る。

 構造に特徴がある。メインの浮袋とは別に、複数の補助浮力を搭載。万が一の場合にも安全に着陸できる──なんて(うた)っているが、実は真っ赤な嘘だ。あれは、密輸用。メインの浮袋を弄るわけにはいかないので、実質意味のない浮袋を用意して、そこに荷物を隠しているわけである。

 船体に書かれたマークには、暗号が仕込まれている。どれも同じに見えるが、それぞれ微妙に違う。これは特殊作戦群の所属を表しており、各国に潜んだスパイは暗号を見て接触の有無を判断する手筈となっている。

 

「赤笛たちを、退避させておいたほうがいいだろうか」

「うん、そうした方がよさそう」

 

 私は、ジルオの言葉に同意を返した。

 見覚えのある文様の配置。ねっとりとした、嫌な空気。

 母の記憶の通りなら、大変危険な連中である。

 関わらない方がいいのは、間違いない。

 

「……殲滅班か。そんな連中を派遣するなんて、戦争でもするつもりかな」

 

 汚れた指をペロリと舐めつつ、小さく呟く。

 連中が動いた以上、何もしないで帰るというのは滅多にない。何かあったのだろう。

 が、物騒度合でいえば、この町の探窟家達も相当なものだ。貴重な戦力を損耗させたくはないだろうし、正面衝突という事態も考え辛い。小競り合いだけで済めばいいのだが。

 

 

 ま、何にしろ私には関係ない話だ。

 気にするだけ無駄というもの。

 あまり、近寄らないようにだけしておこう。

 

 

 

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